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僕らのマル秘井世界部!  作者: 何ヶ河何可
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もえる頬は、さながら果実 #伍

メッセージの書き方を少し変えました。読みにくくなったなぁって思ったら戻します。

「おはよー。なになにぃ、ノゼくん、って誰?」


 文化祭を週末に控えた本日、月曜日。

 9月も最後の週となり、朝夕は少し肌寒い日も混じり始めてきた今日この頃。

 先に登校してきてお喋りしていた私と麩弓(ふゆみ)ちゃんのもとへ、リュックを自分の席に預けた遥花ちゃんが上記の台詞と共にやって来た。

 私は朝の挨拶を麩弓ちゃんと一緒に返してから、解説する。


「1年3組の男子だよ、海月のピアスしてる」


 結構、特徴的な部分を挙げたつもりだったんだけど、遥花ちゃんはまだ首を傾げている。

 見かねた麩弓ちゃんが補足してくれる。


「髪はちょっと長めの、中性的な見た目の人だよー。ほら、しゃらしゃらしたピアスしてる」

「あー、あの人か。確かに三組にいたね。へー、ノゼくんって言うんだ」

「うん、野世十和(のぜとうわ)くんだよ」


 ふーん、と遥花ちゃんが興味なさげに相槌を打ったところで、いつメンの最後の一人が登校してきた。


「みんなおっはー、野世くんがどうしたってー? あ、麩弓そこ私の席だって」


 知ってるよ、温めてあげてたの、と澄ました顔で麩弓ちゃんは応じて立ち上がり、スカートを膝の裏に挟んで私の机の横にしゃがむ。七継ちゃんはリュックを机の脇に引っ掛けて椅子に座り、「なんか生温かいな、親鳥が温めた卵みたいだ」と絶妙な感想を溢す。


「てかさ、私、ノゼくんの着けてるピアスって海月じゃなくて風鈴だと思ってたよ」


 そう言いながら、遥花ちゃんは私の後席に座った七継ちゃんの背後に回って、その首筋に腕を絡める。「ちょ、暑いってぇー」と必死に引き剥がしにかかる七継ちゃんを物ともせず、何食わぬ顔で遥花ちゃんは会話を続ける。


「だってあれさ、逆さまの丸いお椀の中に棒が何個か垂れ下がってない?」

「えーあれって上の部分はお椀じゃなくて傘で、下の部分は触手なんじゃない? だってなんか傘のところに模様入ってたよ?」


 麩弓ちゃんの反論に遥花ちゃんは言葉を返す。


「だったらより風鈴説出てくるでしょ」

「でも風鈴は中の棒一つだよ。縁取るようにいっぱい並んでるんだから絶対に海月だってば」

「なるほど、確かに」


 納得した様子の遥花ちゃんに抱きつかれている七継ちゃんは、高めに結んであるポニテで遥花ちゃんの顎先を(つつ)いている。

 二人の無言のやり取りに呆れて麩弓ちゃんのほうに視線を向けると、ずっとしゃがみっぱなしなのが気になった。


「ここ、貸そうか?」


 言って、私は自分のスカート(腿の上)をパシパシ叩いて見せる。

 すると麩弓ちゃんは眉間に皺を寄せて答えた。


「えぇ〜、だって商井ちゃんすぐ重いって言うじゃん」

「確かに言うけど」


 ノータイムで返事すると、「ほらぁ〜」と笑って返された。

 そこへ、鬱陶しそうに友人の両腕ストールを渋々受け入れた七継ちゃんが、やっとお喋りに戻ってきた。


「それで、なんで野世くんの話なんかしてたの? 商井のいつもの恋の勘?」


 そう発言する頭上では遥花ちゃんが心なしか満足げにしている。


「いや違うよ。野世くんてモテそうなのにあんまりそういう話聞かないし、そういうの見ないなぁって話」

「確かに、言われてみれば。野世くんかっこいいけど、女の気配ゼロだ」


 何か野世くんについて知ってることあれば教えて欲しいなぁ、なんて他人任せに思ってみる。野世くんの情報収集に関しては他にアテがあるんだけど、色んな人から話が聞けるならそれに越したことはない。

 と、遥花ちゃんが下に顔を向けながら口を挟んだ。


「それはそうと、トイレ行こーよ」


 ホールドに敗北を喫した七継ちゃんは、見上げずに応える。


「えぇ〜私はパス。もうすぐ朝学習始まるし」

「それはそうなんだけど……」


 ねえ行こーよーと言わんばかりに、遥花ちゃんは上半身を左右に揺らし、抱いた七継ちゃんを脅すようにする。ガクガクと右に左に揺さぶられ、グロッキーになっていく友達を見ていられなくなったので、声をかけることにした。


「私着いて行こっか?」

「んー? じゃあ、アキナイ行こー」


 遥花ちゃんは名残惜しい素振りもなく、素直に両腕を解く。

 ようやっと離れてくれたと、まるで子泣き爺から逃れられたかのように、七継ちゃんは腕をダラリと下げて机に顔を突っ伏す。

 私は、廊下を出た遥花ちゃんに続く。


「いやー私、頻尿かもしれんわー」

「おいこら。普通に男子歩いてんだから」


 突然とんでもないことを言い出した遥花ちゃんの脇腹を肘で小突く。


「私らは華の女子高生なんだから、そういうことはタブーだよ?」

「それ、よく言うよねーアキナイ。「華の女子高生は青春が命」ってやつ」

「そんな暑苦しい感じでは言ってないよ」


 命って。そこまでは思ってない。


「“青春は恋を楽しむためにある”とは持論だけども」

「あぁ。それだそれ。私は違うと思うけどね」

「じゃあ逆に、遥花ちゃんは青春をどう捉えてるのさ」


 一階東廊下の北端にある女子トイレに着き、押し戸に手を掛けて、振り向いた遥花ちゃんが意味深に笑う。


「私は、青春は遊ぶためにあると思ってるよ」


 人生の一番大事な時期を楽しまなきゃ大損だね、と付け加えてトイレに入っていく。

 やっぱり、遥花ちゃんとは気が合わないな。

 と思う反面、恋と遊びが同列に語られない辺りは価値観が同じだな、とも思う。

 恋愛は遊びじゃない。子供だろうが大人だろうが、その境目にいようが、真剣に恋をしているのだ。その気持ちを誰に揶揄される筋合いも無いし、遊びの恋なんてのはもってのほかだ。もしかしたら、こんな考えも子供っぽいと馬鹿にされてしまうのかもしれないけれど、それは子供に対する大人の嫉妬というやつだろう。

 そんな、益体もないことをつらつらと考えつつ、トイレ前の手洗い場から少し離れた位置で待つことにする。何もしないで鏡に映る自分を眺めているのも精神衛生上よろしくないので、制服のスカートのポケットから左手でスマホを取り出して、右手に持ち替えて操作する。

 因みに学校でのスマホ使用は現在の時間も禁止ではあるが、朝学習が始まる前の教室棟には滅多に先生が来ないので無問題である。

 指紋認証を突破して、癖で動画アプリに指が伸びかけたのを、いくら先生が来ないとはいえ音声を垂れ流しはまずいと思い直して、snsが幾つかあるほうのホーム画面にスライドする。

 して、井世界部以外で使い道のないアプリに通知が来ているのを発見した。私は人目が無いことを確認してから、アプリをタップ。

 開いたトーク一覧の中で未読通知を付けていたのは、コバンシャチさんだった。その名前をタップして、一覧からでは一文字も明らかにされないトーク内容を表示する。——


コバンシャチ

<返事が遅れてしまってすみません。

 野世十和さんのクラスでの態度やキャラクターについて

 教えて欲しいとのことでしたが…

 そうですね、一言で言うなら優しい努力家な人です。

 その上で綺麗な顔立ちですから、クラスでは男女どっちからも一目置かれています。勉強も平均以上に出来ますし。

 これは余談かもしれませんが、バスケ部でも一年生だとかなり上手いほうらしいです。

 恋人の有無に関しては、私の知る限りではいないと思います。この後、一応クラスの子にも聞いてみるつもりです。

 ただ、彼は特に女の子に対して素を見せない性格なので、あまり収穫はないと思います。男子と話す時と女子と話す時で雰囲気が割と変わるんです。例えるなら、営業スマイルになるみたいな…

 私が彼に恋人がいないと思うのはその点もあります。

 以上が私の見解ですが、参考になれば幸いです。

 他にも何かありましたら遠慮なく連絡下さい。


 ——なるほど。コバンシャチさんがめちゃくちゃ礼儀正しい人だということは覚えておくとして。私が知り得なかった野世くん情報を知れたのは大きい。彼が女の子に対して素を隠す性格というのは、はたから見ているだけじゃ分からなかった。

 念の為、なぜコバンシャチさんからこのようなメッセが飛んできたのか補足すると、千風ちゃんのサポートをするにあたって余りにも野世くんについて知らなさすぎた私は、井世界部のツテを利用させていただくことにしたのだ。部長に連絡して、一年三組の人のアカウントを教えてもらい、「野世くんのことを詳しく教えて欲しい」とメッセを送った。その返信が上記というわけである。

 ふーむ、異性と接する時に雰囲気が変わる、かぁ。原因が分かれば逆に利用出来る可能性も……と、

 女子トイレのドアが開き、遥花ちゃんが両手から水を滴らせながら出てきた。


「アキナイー、ハンカチ持ってない? 今日忘れてきちゃって」

「持ってるよー、はい」


 ハンカチを取り出して貸すと、隣で遥花ちゃんが「おぉ〜、いつもの柄だ〜」とか、関心なのか驚嘆なのか分かんない失礼なことを言ってのける。


「言っとくけどそれ色違いで四種類あるんだからね」

「知ってるよ。だって商井このハンカチしか使ってないじゃん。気に入ってるんだろうけど、(さそり)がプリントされたハンカチとかどこに売ってんのよ」

「ハンカチの専門店でセール品としてワゴンに入ってたよ。良いじゃん、デフォルメされて可愛いんだから。全色揃えたくなる愛くるしさでしょ?」

「まあだいぶ可愛くなってはいるけど……」


 所詮さそり柄だしなぁ、という心の声が透けて聞こえる。

 私は返されたハンカチを複雑な気持ちで受け取りつつ、悉く馬が合わない遥花ちゃんと、1-1教室への帰途に着くのだった。














 15分の朝学習タイムが終わって、朝のHR。

 丸眼鏡を掛けて髪を一つに結んでいる、数年後の定年退職が楽しみな担任の先生が、今日の予定と、文化祭までの今週の予定を口頭で説明する。それをクラスメイトは、人によっては欠伸をしたり肘をついたりしつつ大人しく耳に入れている。


「と……今日は、こんなところかな。はい、文化祭が一週間後まで迫ってるとは言え、勉強を疎かにするんじゃないよ。いつ何時でも学生の最優先は勉強なんだから」


 口酸っぱく言われる文言が今日も飛び出て、教室は平常運転だ。


「それじゃ、今日一番忘れて欲しくないのは実行委員の集会だから昼によろしく……って、そうだ、実行委員は風邪じゃん今日。私が忘れてたわー、あはは。っと、どうしよっかな。代わりに行ける人いるか? 昼休みに視聴覚室行って、多分話聞いてくるだけなんだけど」


 うーんやっぱり実行委員二人にすべきだったかなぁ、とバインダーに挟んだ、朝礼の時に配られたのだろう用紙を睨め付ける女教師。視線を上げて、教室をキョロキョロ見回す。


「誰かいないかー? このままだと文化祭の情報、1組だけ知らないことになるんだが」


 左から右、右から左、担任の両目が教室内を往復する。それを、誰もが避けるように視線を下げるか逸らすかする。

 仕方ない、誰もいないなら私が行こう。現状が長引いても雰囲気が悪くなるだけだし、なんとなくこういうのは大抵やる人が決まってるし。

 私は手を挙げようと、(もも)の下に置いて椅子と挟んでいた右手をゆっくり抜き出す。さながら刀でも抜く気分だ。慣れた手つきで腿から引き抜くと、その瞬間に担任の眉が上がった。


「お、行ってくれるの? 助かるよ、千風」

「はい、文化祭実行委員の集会なら」


 えっ、と思わず右に首を向けると、挙げた手を下ろしている最中の千風ちゃんがいた。周りのクラスメイト達も、珍しい出来事にみんな同じ方向を見つめている。あの目立つことが大嫌いな人が……? みたいな奇特な人を見る目だ。

 確かに周囲の人たちに共感出来るけれど、恋愛相談の時の約束を考えれば納得がいく。

 野世くんと——好きな人と話すため。

 そこが今の彼女の原動力なのだろう。

 恋を叶える為なら人はどんな変化も惜しまない。恥ずかしがり屋な女の子も、自分を変えて行動してみることができる。

 当の本人は、顔を真っ赤にして上気した笑顔を周囲の視線に振り撒いているけれど、それは大きな一歩だろう。

 さりげない気遣いを惜しげなく出来る優しい千風ちゃんは、どんな頼み事も基本断らない千風ちゃんは、一貫して人目を浴びることを嫌ってきた。推薦をされても、それだけは頑なに断ってきた。

 そんな彼女が挙手をした。

 それは割と、このクラスでは、常識が覆るくらい衝撃的なことだった。

 千風ちゃんの中でどんな変化が起こったのか、何が彼女を変えたのか、数分だけその疑問が1-1を支配した。

 その答えを本人以外で知るのは、私と、蔦土くんだけだ。

 私は少しの優越感と、何かが報われたような感覚を覚える。

 恋って 恋心って 凄いんだっ

 そんな恋愛の偉大さを知らしめた気分に人知れずなって、朝のHRは解散となった。

誰かの為のプチ情報

・商井はポケットを使いたいのでスカートの裾は折らない派です。服をどっちかで迷ったら機能性で選ぶタイプ。

・この話を始める前までは、商井は元々“釣井つりい”という名前でした。ですが、友人三人の名前を思いついた時に“商井あきない”ならビッタリ嵌るなぁと思ってしまい、友人三人との兼ね合いを考えた結果、苦渋の決断で商井となりました。蠍が好きなのは釣井時代のプロフィールの名残です。


(他にもここで書きたい小ネタというかプチ情報あった気がするけど思い出せない)


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