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僕らのマル秘井世界部!  作者: 何ヶ河何可
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難儀な昼 #壱

「かすっちー、ちょっとトイレ行ってくるー」


 そう言って同じクラスの友人、すとちゃんが長机に荷物を置き、席を後にする。後3分ほどで授業が始まるというのに何故このタイミングなのか。


「もう、それならさっき来る前に行けば良かったじゃん。授業開始まで時間ないんだから急いで戻って来てよ?」


 はいはーい、と彼女は朗らかに返して社会科教室を出る。

 本当に分かっているのだろうかと疑問を抱えながら、この授業でのみ許された自由席制度に則って教室入って直ぐの席に腰を下ろす。

 高校において席というのは九分九厘決まっているものだけれど、後2分で始まる日本史の授業は担当教員の意向で座る席の自由が定められている。担当教師曰く、席ぐらい自由な方が生徒も伸び伸び授業を受けれて集中力が上がり成績が良くなるのだそう。要は生徒の成績向上の為だと、他の先生方にも説明してあるとも一回目の授業で宣っていた。

 なんともアホらしい、と思ってしまう。授業中の席順と学力の推移にどれだけの関連性があるのかは私には分からないので、そこについては先生の言葉を真摯に受け取るにしても、席が自由であれば授業への集中力アップが見込めるというのは勘違い甚だしい。自由席であれば当然仲の良い人同士で近くに座る。友人が隣に座れば会話は気軽になるし、気の置けない仲で周りを固めるのは至極当たり前だ。ということは、つまりはクラス内の相関図が目に見える形で公開されるということだ。勿論全ての関係性がそこに表されるわけではないが、あの人とあの人前までは一緒だったのに今は違うんだなとか、最近あの人達距離が近いなとかが指定の席順よりも顕著に出るのは明白だろう。それに、そういうクラス内の輪に馴染めない人間からしても席が決まっていないという現実は色々と気を回し過ぎて地獄だろう。

 自由=ストレスフリーではないことはあの年であれば知っているだろうに、日本史の先生はきっと生徒を慮っている自分が好きなのだろう。

 大半の生徒、もっと言うなら自分の意見を表に出す生徒のご機嫌取りをしたい自己満足なのだろうが、でもそれで満足しているのならそれに越したこともない。ストレスは溜め込まないことが大切だ。抱え込んだストレスの尻拭いをするのはこっちなのだから。

 ……

 すとちゃん間に合うかな。

 正面の時計を見上げると、後1分で授業開始時刻だった。幸い先生はまだ来てないけれど、開始時間は開始時間。それまでに席についていなければ規則を破ることになる。規則は破る為にある、なんて捻くれたいような人間が口にするけれど私は順当に規則は守る為にあるものだと思っている。いつだって守ってこその規則だ。

 規則を破ると言えば今朝、唐井が当番を忘れて一大事になりかけた。

 本気で何を考えてるんだあいつは。

 本当に何も考えてないのかあいつは。

 「忘れてました」の一文を見た時は心底から反乱軍の結成を疑った。自分から「朝の当番は隔週にしよう」と小金井ちゃんに持ち掛けていたのに、いざ実施となればこれである。何故自ら言い出したことを初っ端で忘れるなんてことになるのか。長机の端っこで文字通り頭を抱えてしまう。

 本当なら私が朝に抜け出して井世界に行きたかったが、生憎私は井紋のアイテムを持っていない。あれが無いと井世界に行く為のゲートが開けないので、申し訳ないが小金井ちゃんに向かってもらった。

 今更悔やむことでは無いのは分かっているが、入部の際に受け取っておけば良かったと後悔する。私には討伐なんて向いてないと一考もせずに返事をするべきじゃなかった。実際向いてないのは確かだけど、こんな精神を擦り減らすような心配事があるなら、と思わないでもない。

 この先有効活用できそうもない後悔と反省に頭が熱を帯びてきた時、肩をぽんぽんと優しく叩かれた。驚いてから遅れて振り向くと、後ろの席の女子が私がさっきまで両肘をついて頭を抱えていた机を指刺して


「あの、プリント来てるよ」


と僅かに申し訳なさ気に言った。


「あ、ごめん」


 慌てて正面に向き直り、いつの間にか来ていた先生がいつの間にか配っていたプリントをその束から二枚抜き取って、残りを後ろに渡しつつ軽く会釈する。

 それが受け取られたのを確認して、一つ後ろの席の彼女達の更に後方、廊下側の列の中央付近へと目をやる。


 ……今日も一人か、横田さん。


 正面に向き戻る際、目の端で捉えた光景に心中で溢す。

 横田さん。名前は横田羽流よこたわる。私と同じ2-2の女子で、黒髪ショートヘアの小柄な子。確かコンタクトだったはず。一学期の初めは眼鏡を掛けていたから。

 彼女は今現在、掲示物も何も貼られていない社会科教室の壁を片肘ついてじっと見ていた。睨むでもなく、明後日を見るでもなく。ただ何かひどくつまらなさそうに。たった一人で。

 言うなれば、横田さんは先生が思うご機嫌取りの生徒の対象外だった。


「よっすー。遅くなっちった。プリントありがとねん」


 トイレから帰ってきたすとちゃんが、小声で陽気に話しかけてくる。遅れてきたのになんでそんな花でも周りに咲いてそうな満面の笑みができるのか分からないが、そこが彼女の良い所だ。


「もう授業始まっちゃってるよ。最前列で目立つんだから」


と唇の前で人差し指を立てる。

 それに対してすとちゃんは左手の親指を立ててみせた。

 何が良いねなのか分からないが、これはOKの意味の親指なのだろうと推測する。毎度、喋れないシチュエーションで立てる親指に多様性を持たせてくるのはやめて欲しい。この前なんて映画館で突然腕を叩かれて親指を立てられた。意味はトイレに行きたいってことだったが、察してる間に場面が変わってしまっていた。そこが後々に繋がる重要な伏線だったと、見終わってからネットのレビューを閲覧して知った時はスマホを叩き割りそうになった。もう本当に、あの時はせめて親指を立ててても良いから横に倒して振るくらいはして欲しかった。それだけでも何処かに行きたい意思は伝わるのだから。すとちゃんは微動だにしない親指に可能性を感じすぎだ。

 親友に対する愚痴とも文句とも言えない何か、強いて言うならツッコミを内心でしていると、先生が「自分が遅れて来たから挨拶は良いや」と言って教科書のページと今日やる範囲の指定をし始める。授業は5分遅れでのスタート。毎回範囲の指定はしているけど、毎回指定分の最後まで終わらない。終わらないくせに前回の続きから授業を始めるもんだから、本当にこの教科書卒業までに終わるのかと不安になる。

 そんな、中途半端に終わってはリボ払いみたいに増えていく履修必須の残りページ数を考えて再び憂鬱になった。


 今日は大変だろうなぁ


   ***


 お昼休憩。

 私達は二年二組の教室ではなく、いつものように二階の視聴覚室にて昼食を摂っていた。ただし、いつもとはメンバーが違った。


「さ、誘ってくれてありがとう。でも、なんか気遣わせちゃってるよね」


 私とすとちゃんの昼食会に初めて来た横田さんが、そう言いながら目を下に向けて、瞬きをする。まるで自分のフィールドを固くガードするみたいに。彼女の心的領域には安易に踏み込めそうもなかった。彼女自身のことは特別急を要するような案件ではないけれど、解決しなければいけない問題ではある。急いては事を仕損じるなんてこともあるので、無闇矢鱈にズカズカと踏み込むわけにもいかないが。

 横田さんを昼食会に呼んだ理由は単純明快で、彼女と少しでも仲良くなりたかったから。

 ……こんなことを言うのも気が引けるが隠さず言うなら、これも井世界部の活動の一つということだ。学校を破壊する怪井は学校で生まれるストレスによって生じる、という結果論的にほぼほぼ確証できる考察に則って、怪井討伐が不可能な井世界部の解消班は校内のストレス緩和に勤めている。

 つまり私は今まさにそれの真っ最中。

 説明を終えて、話を戻そう。


 しかし。……うーん。ちょっと昼食を誘うには強引で早かったかな。中々壁が厚い人だなぁ横田さん。

 横田さんの心のドアは思っていた通り頑丈に錠前がしてあった。今週に入って数回会話を試みたが悉く行き詰まり、愛想笑いで会話を終えることもしばしばだった。それでもなんとか昼食を一緒に摂る所まで漕ぎ着けた。

 苦節三日ではあるけれど、クラス内で時々目が合う程度には完全な初対面ではなくて、かつ心のバリアが硬い人を相手に昼食のお誘いをするのはとても緊張した。話しかける時期が時期だったし、裏の意図が察せられてもおかしくはない。同情心、なんていう欠片も存在しない心情を汲み取られる覚悟はしてある。

 でも、そうまでしてでも、彼女とは兎に角距離を縮める必要があった。


「ううん、別にそんなことないよー。私が話したいから誘っただけだから」


 話したい、という間違いではない目的を語り、弁当の紺色の包みを解く。

 あ、ありがとう、と返して口の端を緩ませながら、横田さんは購買で買ってきたウグイスパンの袋を開けて小さく齧り付く。そのままモソモソと食べ始めたのを見て、私も弁当箱の蓋を開ける。

 視聴覚室には横田さんと私とすとちゃんの三人だけで、部屋の後方廊下側の席に陣取って三人横並びに昼食を摂取している。横並びなのは微妙な距離感の表れではなく、床に備え付けの木製の長机と椅子に座っているから。部屋と一体型なので机も椅子も移動できないし、部屋自体が後ろへ行くほど段々に上っていく構造なので長机を挟んで会話することもままならない。他に人が来ない以外の利点がない、寧ろ教室よりデメリットが多い部屋である。そんな部屋で一年半毎日お昼ご飯を食べているのは最早習慣以外の何ものでもない。

 三者三様にご飯を食べ進めていると、大盛りのトマトパスタを四分の一程度消化したすとちゃんが、口内のものを一気に飲み込んでから左側を覗き込むようにして口を開いた。因みに三人の並び方は右からすとちゃん、私、横田さんだ。


「最近二人はよく話してるんでしょ? 私も気になってたんだよねー横田さんのこと。ねえねえ、羽流わるちゃんって呼んで良い?」


 うわお、距離の詰め方が大胆だ。流石すとちゃん。口の周りのトマトソースもだが、距離感のバグり方が半端じゃない。

 それに助けられる場面も多々あるが、今回は横田さんが困惑して、すとちゃんと私とパンを順々に見てしまっている。三角食べならぬ三角見である。

 すかさずフォローを入れたかったが、蒟蒻と人参の煮物を口に含んで間もなかったので、声を出すまで少し間が空く。


「っああ、ごめん大丈夫。すとちゃんがおかしいだけだから。ほら、すとちゃん初めて話すんだから自己紹介しなよ」


 急いで蒟蒻を噛み千切り、口の中を空にして遅ればせながら間を取り持つ。

 すとちゃんは目をぱちくりと瞬かせて


「自己紹介? 同じクラスなんだけどなぁ。じゃあまあ、一応。同じクラスのたてじますとらです。よろしくー」


 首を傾げつつも、簡単に自己紹介をして左側に小さく手を振る。

 確かにすとちゃんの言う通り半年弱過ごしてきて自己紹介もおかしな話か。私が紹介すれば良かったかなー、と煮物の筍を口に放ってから横田さんの方を見る。


「あ、お、同じクラスの横田よこた羽流わるです。よ、よろしくねー」


 ニコッとして、横田さんも胸の辺りで手を振り返す。笑顔ではあるが、無理矢理作っているのが口角の引き攣り具合から諸に分かる。

 け、健気だ。あの引き攣ってる笑顔が慣れないテンション感に頑張って合わせてる結果だとしたら、とても健気で抱きしめたくなる。

 小柄な背丈も相まって小動物みたいに見えてきた横田さんが、笑顔を止めて木製の机を見つめる。


「あ、あと。し、下の名前ではあんまり呼んで欲しくないかな。その、す、好きじゃないから」


 横田さんは申し訳なさそうに机上より更に下、スカートの上で握ったウグイスパンへと視線を動かす。

 それを聞いてすとちゃんは、箸を空中で回しながら天井を向く。


「ん、りょーかいー。じゃあ、横田さん…横田ちゃん……横ちゃんはどう?」


 天井から目を落とし、かなりシンプルな代替案を閃きの天才とばかりにドヤ顔で尋ねるすとちゃん。

 けれどまあ、そのニックネームにはツッコむ所も無いのでこれはどう? と、右側から左側に顔を向ける。


「うん。それなら」


 今度は口角が緩やかな角度で自然に上がる。

 それを見てすとちゃんの方に振り向くと、ニカッと満面の笑みに変わった。


「よし。じゃあ、横ちゃんで決定!」


 すとちゃんが上機嫌にそう告げて、勢いよくパスタに齧り付く。啜らないのは夏服への配慮なのだろう。

 色々と優しいな、すとちゃんは。

 ……っていうか、これって私も呼び方合わせないと駄目だろうか?

 極々小さな悩みの種を発見しつつ、白米を箸で掬って口に運ぶ。

 いや、別に良いんだけど。今の内に心開いてもらいたいのは確かだし。

 だけどいきなり距離が近過ぎやしないか? すとちゃんがいる今じゃ今更だろうか。

 白米を咀嚼し終えて飲み込み、ブロッコリーを口に放る。


「そういや、横ちゃんって元卓球部だったんだねー」


 すとちゃんの何気なく放った言葉に、下顎の噛み潰す動きが停止する。勘違いでなければ、左側にチラリと映る横ちゃんの咀嚼もゆっくりになった気がした。ほんの一瞬だけど、ピシッと固まった気もする。

 いや、ちょ、すとちゃんそれはまずい。

 そんな制止の声は、ついさっき放り込んだブロッコリーに邪魔される。


「この前のクラスマッチ大活躍だったじゃん。マジでかっこよかったわー。元卓球部コンビのおかげで最終的にクラス順位3位までいって、皆盛り上がってたし」


 今度は、横ちゃんの動きが確実に止まった。ウグイスパンに齧り付いて遠くを見つめる石像が出来上がっている。

 すとちゃんは、トマトソースに混じる煮崩れしたカットトマトと追いかけっこをしていて石化した横ちゃんに気づいていない。

 頼むから爆弾発言をする時は掴みにくいものを追いかけないで欲しい。せめてものお願いだから。

 切な望みを胸に、ブロッコリーをほぼ咀嚼なしで呑む。

 グッと喉の肉で嚥下し、


「そだねー。私はバレーで出たけど一回戦で負けちゃったからずっとすとちゃんと他の競技見て回ってたかな」


 急ぎ話を逸らす。うぅ、気持ち悪い。

 食道でも形が分かるブロッコリーに吐き気を催す。

 ふと気になって右側に視線をやると、すとちゃんは半固形のトマトソースとの格闘に飲料の如く飲むという活路を見出して実践していた。まだ会話に戻るつもりはないようだ。

 次に、反対側ではゆっくりと石化が解除され始めた横ちゃんが唇からウグイスパンを離していた。こちらもまだ会話できそうにない。

 午後は軽く死ぬな。と内臓の悶絶に軽い死を実感しながら、更に言葉を紡ぐ。


「私とすとちゃん二人ともバレーの種目に出てたんだ。でも相手が悪くてね。一戦目で準優勝したとこに当たっちゃってさ」


 取り敢えずクラスマッチの話題の中でも横ちゃんに関係ない所を話題にする。

 すると、思った通りすとちゃんが釣れた。そうなんだよー、とすとちゃんが前のめりになり、横ちゃんが急なテンションの上がり具合にびっくりして背筋を逸らす。すとちゃんは、壁際に寄っていく横ちゃんにはお構いなしに腰を浮かせて半ば立ち上がり気味に話し始める。

 私が間にいて良かったなー。まあ、私が誘わなきゃ二人が会話することもないんだろうけど。

 なんて考えて、吐き気から気を逸らす。


 そこからは、すとちゃんがバレー競技にて起こった運と実力による悲劇を熱く語り始め、私と横ちゃんは引いたり笑ったりしながらその話に聞き入っていた。

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