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僕らのマル秘井世界部!  作者: 何ヶ河何可
38/61

隠した想いを見直して2 #伍

 蔦土くんと二人で、職員室の対面にある情報室(パソコンルーム)に帰ると、先生が次回以降の授業予定について話していた。席に着くとほぼ同時に授業終了のチャイムが鳴り、先生は「座学だからって油断するなよ、普通に怪我するからな」と皮肉めいた締めをして部屋を出て行く。

 最後のいるかなーと、性格がバネくらい捩れてる情報の教師に心中で悪態をつきつつ、少ない荷物をこの両手でどう持つか一通り悩む。そこへ親切な友達がやってきた。


「商井、両手塞がってんなら持つよ」


 後ろの席のポニテ女子、七継(なつぐ)ちゃんは言うが早いか、筆箱とクリアファイルを自分のと一緒に抱いてくれた。


「あ。ありがとう。さっきは笑い堪えるの必死だったのに、助かるよ」

「いやあれは不可抗力だよ、仕方ないやつ。だって、立ち上がって即こけるって、くくっ」

「そんな思い出すほど?」


 反対方向に首を向けて、笑ってるのをバレないようにしてるのだろうが、そっちは窓なので反射してバレバレである。

 私達は出入り口付近まで歩き、靴を履くための渋滞が消えるのを、そんな感じの談笑をしながらひたすら待つ。

 すると、背後から聞き慣れた声に呼び止められた。


「ねーアキナイ、昼休み暇?」


 後ろを振り返ると、ふわふわのハーフアップを蝶々のバンスクリップで留めた友人(遥花(はるか)ちゃん)が立っていた。そして彼女のすぐ後ろには、メガネを外した裸眼の千風ちゃんが緊張の面持ちで控えている。

 なんだろうか? 見たところ、千風ちゃんが用事あるっぽそうだけども。

 不思議がりながらも、質問には答える。


「……暇だけど?」

「それなら、アキナイに頼みたいことがあるから……マジでごめんなんだけど先に教室戻っててくれる?」


 私の隣にいる七継ちゃんのほうへ片掌で拝むようにして、遥花ちゃんは謝罪を示す。

 それに対して、七継ちゃんはいつもの四人組のもう一人と合流してから、「んじゃ、先二人で食べてるね〜」と残して、渋滞の最後尾として去って行った。

 室内に残されたのは、私と遥花ちゃんと、千風ちゃんだけ。

 んー? 私には言えて他の人には明かしたくないこと?

 なんだろうか。秘密の後ろ暗い話でもするのだろうか、と千風ちゃんへ目を送るが、彼女の表情は深刻そうでも神妙そうでもない。逆にズンズンと進んでいく展開にてんやわんやって感じだ。いつもの笑顔も、状況変化に着いていけない自分を嘲るしかない、って引き攣ってる感じにしか見えない。

 が、そんな風な千風ちゃんのことなんてどこ吹く風、遥花ちゃんは三人っきりの情報室にて、声を抑えて早速話を切り出す。


「アキナイを呼び止めたのはね、チーちゃんのとある相談の相談相手にアキナイがうってつけだったからなんだ」


 チーちゃん……? あー、そっか。二人は同じ中学だったっけ。

 ほら、と言って、千風ちゃんへと目線をやるブロンドヘアの遥花ちゃん。

 それを黙して受け止めて、千風ちゃんは赤くなった頬を鎮めるために深呼吸をする。

 その時に、微かに甘い匂いが香った。柔軟剤や香水ではなく、感覚的に(かぐわ)しい花の香り。

 これを私はつい最近……いや、ついさっき嗅いだ。

 友人たちが気を利かせて閉めていってくれた引き戸からは、昼休み特有の喧騒がうっすらと漏れ聞こえる。

 千風ちゃんは勇気を充電し終えたみたいに口角を上げて、静かに口を開く。


「あのね。私、好きな人がいるんだ」


 ガラリ、


「相手は、野世十和くんっていうん……だ、けど…………」


 急速に茹蛸みたいな赤色になって、明かされた名前()()()()人物の来訪に、瞳が固まる。


 ……

 ……

 ……

 ……


 蔦土くん……!?

 女子三人の注目を集めた地点には、扉の取っ手に手を掛けて廊下で呆然としている蔦土くんがいた。

 彼が石になっている理由は考えるまでもない。聞かれたのだ。

 まずい それはいくらなんでも最悪すぎる

 彼は突然に知ってしまったのだ。好きな人の好きな人が自分ではないということを。

 脳味噌が急ピッチで思考を巡らせる。

 私が焚き付けてしまったばっかりに、彼はきちんと失恋してしまった。その心の痛みを、責任を持って受け止めなければ、怪井になる前になんとかしなければならない。

 重大な事を慎重に運んで————まずは蔦土くんを連れてここから抜け出そう。

 第一の目標を達成する為に歩み出そうと、体重を片足にかけた瞬間、横から遥花ちゃんが飛び出した。ため息をしいしい、彼女は机の上にある黒を基調とした筆箱を手に取る。

 しまった。もっと早く蔦土くんが戻って来た理由を察するべきだった。失恋のことだけで、そっちまで頭が回らなかった。

 千風ちゃんの(もと)から二人とも離れるわけにはいかず、私はその場に足を留めざるを得ない。

 後悔しても時すでに遅いが、タイミングを逃しただけでまだリカバリーは出来る。

 筆箱を手渡されて、蔦土くんはメデューサの呪いでも解けたかのように動き始める。


「あ、はは。間が悪かったかな。でも大丈夫、俺は何も聞いてないから」


 それは無理があるよ蔦土くん……

 なかなか気が動転しているのが窺える。

 早くこっちに戻って来て遥花ちゃん、そう願って彼女の背中を凝視していると、彼女は気を利かせた風にこう言った。(この時の私はすっかり、恋愛嫌いな遥花ちゃんの気質を忘れていた。)


「じゃあ、私このまま教室帰るわぁ。色々やること溜まってるし。んじゃ、あとは頼んだアキナイ。蔦土くんもタイミング悪かったことだし早く帰った早く帰った」


 告げて、追い払うような手振りで蔦土くんと出て行こうとする。

 いや、ちょっと!

 と引き止める所で、彼女はこちらを振り向いて、口止めは私がしとくからさ、みたいに人差し指を唇の前で立てて目を細める。

 そんな意味ありげに役割を果たす感じ出してもかっこよくなんかない。詰まるところ、早めに恋愛相談から逃れられる口実とタイミングを見つけて、それに飛び付いただけだ。思い返せば千風ちゃんに私を紹介したのだって、しちめんどくさい恋愛相談なら適任がいるじゃん、とかいう思考回路で行ったものだろう。

 彼女の、私と相容れないほどの恋愛嫌いは何も今に始まったことではない。だからそこは仕方ないと割り切ることもできるけれど。

 ただ、その結果として蔦土くんと離れることになるのは何としてでも避けたい。

 私は都合の良い理由をでっち上げる為、脳内にある引き出しを片っ端から開けて行く。

 すると、蔦土くんが足取り重く最後の一歩を情報室から出そうとしたその時、私同様それまで黙っていた千風ちゃんが、レンズを通さない裸の目を上げて、わりあい大きめの声で言い放った。


「あ、あの! ハルちゃんは用事があるならそっち優先しててもいいんだけど……もし良かったら、(かず)くんも相談乗ってくれる?」


 真っ直ぐ、蔦土くんの両目を見て、彼女は言い終える。

 数瞬、時が止まった。

 千風ちゃんと蔦土くんは夏休み前までずっと隣の席だったから、ある程度仲が良いのは知っている。

 でもあくまで二人は、隣の席の人、という間柄だったはずだ。

 それに今ここでその誘いは禁句だ。好きな人の他の誰かに対する恋愛相談に乗るとか、季節外れに咲く花だってそこまで狂ってはいない。

 しかしながら、千風ちゃんからすれば知らない好意は気遣いようがないわけで。

 そんな台詞が彼の心をより一層抉っていないか、怯えつつ彼の返事を耳にする。

 

「あ、はい……乗ります、相談。」

















 一度、現在の状況を整理したい。

 まず、比較的無関係な遥花ちゃんから考えると、彼女は千風ちゃんからの恋愛相談をめんどくさく思ったので、私を紹介する形で面倒事を押し付けようとした。すると大事なところで邪魔者が入ってきたので、グッドタイミングとばかりに追い出す仕草をしつつ共に退室をけしかけた。色々あった結果、邪魔者はこの場に残ってしまったが、遥花ちゃんはもう教室に帰って行って、この場にはいない。

 次に、千風ちゃんについてまとめると、遥花ちゃんの意向で私に秘密の相談をしていたところへ、予想外の乱入者が来た。乱入者の正体は、席替えをする前に隣同士だった蔦土くんだったわけだが、何を思ったのか、彼女は恋愛相談に乗ってくれないかと打診した。結果、了承を得られた。

 最後に、蔦土くんのことを整理すると、彼はクラスメイトから恋心を看破され激励された直後に、好きな人の恋愛相談の現場に偶然居合わせて、間接的にフラれてしまった。まさに茫然自失というところに忘れ物を届けられ、半ば現実に戻ってきた辺りで、「私の恋愛相談に乗って欲しい」と好きな相手に呼び止められた。その文言をどう受け取ったのか、彼はイエスと答えて、この場に居残ることを決めた。

 以上、整理整頓終了。


 情報室には、私と千風ちゃんと蔦土くん、という新たな三人が居残り、束の間の静寂が今は場の天下を取っている。

 振り返って思ったんだけど、最早この現状が最悪なのかどうかも分からない。蔦土くんが現れて失恋を確信した時は最悪と断じたけど、彼自らここに残ることを決められてしまっては、悲恋ではなかったのだと信じたくなる。私お得意の嗅覚も反応しないし(自分で言うとは相当イタい奴だ)。

 彼についてはもう一つ懸念点がある。彼の恋を応援していた私がこの場にいることだ。もしかしたら裏切られたように思わせるかも、申し訳なさを感じさせてしまうかも分からないけれど、万が一、取りつく島もなくなることだけは避けたい。

 取り敢えず——他にも細かい疑問点はあるけれど——浮かび上がった大きい疑問は二つ。“なんで千風ちゃんは彼を誘ったのか”と、“なんで蔦土くんは参加することにしたのか”だ。

 特に前者は今訊いても問題は無さそうなので、直接本人に訊いてみることにした。考え込むように己の膝を見つめている千風ちゃんへ、控えめに疑問を投げかける。


「あ、あのさ千風ちゃん。相談って蔦土くんにもして良い内容なの?」


 不意な質問に、快く答えてくれる。


「あぁ、大丈夫だよ? 無作為に選んだわけじゃないから。偶発的に聞かれちゃったのは正直あるけど、万くん口硬いし」


 男子の意見もあったほうがいいかなとも思うしねと、あっけらかんと言ってのける。

 納得の言葉を返しつつ、私の隣に座る蔦土くんを目の端で見ると、左手首にしてある腕時計を回しいじっていた。能面みたいな表情からは、感情が読み取れない。

 少し泳がせておこうか

 彼にとってこの状況が良い作用を齎すのか、それとも悪い結末を齎すのか、確実に見定める時間が必要だ。こういうのは大抵、何も分からないまま憶測で動くことほど良いほうに働かないのだ。

 視線を正面に座る千風ちゃんへ戻すと、私との軽いやり取りで緊張がほぐれたのか、徐に恋愛相談が始まった。


「んーとね……改めて言うと、私は野世十和(のぜとうわ)くんて良いなって思ってるの。かっこいいのもあるんだろうけど、一番は優しいところに惹かれて……」

 

 ここで一度、蔦土くんを横目に見る。彼の姿勢は変わらず、椅子の下で組んだ両足首の上下を入れ替えたぐらい。


「その……きっかけはね、文化祭実行委員の集会をしてる所に、たまたま友達と通りがかかった時にね、廊下から野世くんが発言してるのが見えたんだ。したら、一緒にいた子がそれを目で指して「十和と私、実は従兄弟なんだよ。あいつモテるからあんま周りに言ってないけど」って言って。その時は人前で意見を発言できる立派な人なんだな、としか思ってなかったの」


 千風ちゃんの語りを、蔦土くんは頷きながら聞いている。


「それで覗いてたら丁度集会が終わって、今度は出てきた野世くんを交えた立ち話が始まってね。始めは少し気まずかったんだよ、二人は知り合いだったからさ、疎外感があったんだ」


 羞恥心にのしかかられたみたいに俯いて話す千風ちゃんに対して、蔦土くんは棒のように真っ直ぐな眼差しで千風ちゃんを見つめる。


「でもね。それは最初だけで、途中から野世くんが話を振ってくれるようになったんだよ。その気遣いがなんだかすごくありがたくて、あったかくて……会話が終わっても、お昼休みが終わっても、野世くんの心遣いが頭から離れなくって。それで悶々と考えてたら、気づいたら、いつの間にか……好きだなって思ってたんだ」


 充足感たっぷりの、陶然とした笑顔で、そう締め括る。

 そんな彼女とは対照的に、対面に座るこちら側の空気は張り詰めていた。キリキリと鳴って、ほんの拍子に砕けてしまいそうな、ガラス同然の空気が私たちの四方八方を囲む。

 千風ちゃんはここからが本題と言わんばかりに(おもて)を上げて、白苺のヘアピンを真昼の日光に反射させる(ひからせる)

 彼女が口を開く直前、心臓が萎んでしまいそうなほど渋い匂いが鼻を刺激した。

 咄嗟に、割って入る。

 

「あ! そうだ! 私用事あるの忘れてた。ごめんけど、続きは後ででも良いかな。ちょっと急ぎのやつで」

「え、あ、それはそっち優先で良いよ」

「ごめんね。埋め合わせは後でするから。明日とか、金曜日とかに。それじゃ」


 駆け足で扉を開け廊下に飛び出し、下駄箱から靴を取り出す。私だけ抜け出しても意味がないことは分かっている。

 だから自然と恋愛相談自体が後日に延期になるように言い残してきたし、蔦土くんの上履きにはメモを残しておく。

 メモ帳から剥がした紙片を彼の靴の中に置いて、私は走って北廊下に向かう。

 記した中身は、図書館方面に来て欲しい、ということだけ。情報室は西廊下に面していて、出る時に北側か、南側かにルートが分かれる。図書館方面とは北側のことであり、私が全速力で走っている方面だ。

 私は北廊下と西廊下の交差点に辿り着き、流し目に後ろの情報室前を確認しつつ北廊下に入る。彼らは今し方、廊下に姿を現したところだった。直角に交わった壁の影に隠れて、運要素の強い今回の作戦の成功を祈る。

 流れとしては、恋愛相談を明日明後日に誘導、延期してもらって、あの場は解散、外に出てきた蔦土くんは書き置きを見つけて一人で北廊下にやってくるので、私はそこに合流する。という感じだ。

 前半部分の成功はこの目で確かめた。残る後半部分は、正直言って賭けの部分が多い。

 色々と不安要素はあるがどうだろう

 と、壁を背に、窓ガラス越しに西廊下を観察していると、蔦土くんが写った。一人で、右手にメモを摘んでいる。

 訝しみつつも北廊下に曲がってきた彼に、声を落として話しかける。


「あ、蔦土くん。ごめんね、そのメモ私なんだ」


 突然のことに目が合い、彼は癖のように即座に外す。


「あ、そうだったんだ。あれ? でも用事って……」


 普通の会話、何気ないトーン、いつもの口調、それなのに彼からは優しくて甘い匂いがしない。

 優しくも 甘くもない

 貧しくて 渋い

 花が萎れてしまったような匂いがする。

 まさしくそれは——————


「……ねぇ、蔦土くん。私、謝りたいことがあるんだ」


 そう言って、彼を連れて階段を登った。

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