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僕らのマル秘井世界部!  作者: 何ヶ河何可
37/61

隠した想いを見直して #伍

 ヒソヒソと話し合う声がそこかしこから聞こえる情報室。グループごとの発表に向けて調べ物に勤しむ一年一組のクラスメイト達は、互いに気になったことを訊いたり、有益な情報を共有したりして、この水曜四時間目の情報の授業時間をとても有意義に使っている。

 中には、話が逸れて雑談に片足突っ込んでいる人たちもいるけど、そういうのは黒板の前にある三台のパソコンと顰めっ面で対峙している、情報担当の教師にバレなければ問題はない。

 私は、自分のグループに与えられた調査テーマを検索に掛けつつ、先程から鼻先をくすぐっている匂いに、鼻をひくつかせる。

 うーん やっぱりだな

 右隣のツーブロックヘアの男の子、蔦土万(つたつちかず)くんを横目に見ると、彼は更に右向こうへ横目で視線を送ったりしていた。チラチラと、パソコンの画面と右側の景色を交互に視界に収めている。

 うん、やっぱり——彼は恋をしている

 その相手は、と彼の視線の先を追って首を傾けると、内巻きセミボブを色艶の良い黒髪にしているの女の子がいた。黒縁のアンダーリム眼鏡を耳に掛けて、白い苺のヘアピンでサイドバングをまとめている彼女は、蜷伝千風(になつてちかぜ)ちゃんだ。

 なるほどねぇ

 そう隣人の恋心を察して心躍っていると、不意に後席の友達に小声で突っ込まれた。


「なにニヤニヤしてんのさ、商井(あきない)。パソコンで変なものでも調べてんの?」

 

 言って、後ろから画面を覗き込んできたポニテの友達に、半身になって抑えた声で弁解の言葉を並べる。


「いや、ちょっと察するところがあってね」


 友人の顔に目線をやると、目を(しばた)いて私を見つめてくる。


「もしかして恋愛?」


 急に耳元で囁かれて、顔面の左側が全てこそばゆくなる。思わず上半身だけ離れて、耳を抑えつつ首肯する。


「ちょ、急に近づかないでよ〜」

「ごめんごめん。でも、やっぱそっちの事かぁ〜。商井は異様なくらい敏感だからねー、羨ましいよ」


 一応、何も決定的なことは口にしていないけれど、蔦土くんのほうを気にしてみる。首を捻って確認すると、彼は依然チラ見していた。

 私が会話に見切りをつけたと勘違いしたのか、友達が慌ててこそこそ話を続ける。


「あのさあのさ、今どんなこと調べてる?」

「今? えっと……」


 どうやら友達は互いの進捗報告をしたくて話しかけてきたらしい。私は、ながら作業で進めていたネット調査の途中経過を伝え、今度は友達の進み具合を仕入れる。


「ん、さんきゅ〜。やっぱ被るね、調べる内容。同じ単語で調べちゃうからかな」

「そうだね、似たり寄ったりで効率悪いかも。他の人にも聞く?」

「そーだね。一応聞いてみよ」


 言うや否や、彼女の隣の席の人と蔦土くんに小声を掛ける。


「ちょっと良い? 二人ともどんなこと調べてた?」


 コミュ力高めの彼女が隣席の人に視線をやって、まずはその人が答える。ふむ、半分くらいは同じサイトで得た情報だ。

 次に、蔦土くんの番。話を振られ、彼は目を合わさずにパソコンの画面を時々見ながら答える。


「えと、大体は同じ内容かな? 違うところはそんなに無いかも……うん。俺が調べた内容よりも多いくらいかな。ほ、包含されてるって言うか」


 あんまりちゃんと調べてなかったからか、緊張したようなどもった感じで自信なさ気に解答する。左手にしてある黒いシックな腕時計をいじって、分かりやすく気を紛らわしている。

 するとそこへ、私たちのグループのリーダーがやってきた。一応、グループでの話し合いの為なら立ち歩きと席移動はOKと言われている。


「みんな進捗どう?」


 尋ねられて、友人が今話していた四人全員の内容を喋る。

 追加で、調べることを一人一人異なる内容にしたほうが効率的なのでは? と提案すると、リーダーが「確かにね。ちょっと借りてもいい?」と断りを入れて、頷いた蔦土くんのパソコンを操作し始める。その間、蔦土くんは背筋を伸ばして、モニターを注視している。

 一通り調べ終わったリーダーが、取り敢えずってことでグループの調査テーマ+1単語をそれぞれに指定して、各々に割り振る。


「それで今は調べて貰えば、多分被ることは少ないと思う。ただ、同じテーマで調べてれば同じ内容に行き着くのは仕方ないことだから、調査内容を深める為にもなるべく個人の調べ方に偏りが出ると良いかも」


 そう言い残して、自分の席に戻っていく。友人は、リーダーに「さんきゅ〜」と伝えて、配られたワードをタイピングし始めた。

 んじゃ自分も調べるかなと、しばし真面目に情報の授業に取り組む。

 へー ふーん はー なるほど ふむふむ …………

 てな感じで与えられた仕事を真剣に進めていると、そのうちに周囲のことが気になり出した。つまりは集中力が切れてきたのである。

 普段パソコンなんて触らない私では、三十分睨めっこしているのが限度だ。眼の筋肉を休ませる為に、情報室内をぼーっと眺める。

 遠い席にいる友達は、片肘突いてマウス片手に欠伸をしている。もう一人の遠い席の友達は、隣の席の子と同じパソコンを見ながらモニターに指を差したりしてお話している。

 私は前のほうの席なので後方ばかり向いていると、白髪混じりの捻くれた情報担当教師にネチネチ詰められるかも知れない。ので、リスクヘッジの為に横方向に目線を置く。

 当然、視界に入るのは蔦土くんだが、視界のピントは遠距離に合わさっている。

 廊下側のグループが話し合いをしているなかに、蜷伝千風ちゃんを見つける。私達と同じくあっちのグループもジャンケンでリーダーを決めたようで、普段目立つタイプではない子がおどおどしながら話を聞いて指示を出している。千風ちゃんはそのサポートなのか、リーダーの子の近く、本来の席とは違う所に椅子を置いて話し合いに参加している。話し声までは聞こえてこないけど、傍目から見てリーダーの子が千風ちゃんに話し掛ける回数が明らかに多い。そして話しかけられたらほのかに笑んで会話する千風ちゃんは、見ていて気持ちが良い。待ってました! って感じではないんだけど、いつでも受け入れるよ、っていう安心感がある。

 だから頼りたくなってしまうんだろうな。リーダーの子に限らず、知り合いは大体。千風ちゃんはイエスマンではないから断ることはあるけれど、話し掛けやすいことはイコールで頼りやすいことだからダメ元でも頼ってみる、というのはある気がする。頼り甲斐がある、というのとは違う感じだ。

 それこそ、今みたいなリーダー役を彼女は悉く嫌う。責任どうこうよりも、人前に立つことがどうやら極端に苦手なんだと、人づてに聞いた。曰く、「人はどうやったってジャガイモにも、他の野菜にもならないんだって」らしい。

 私は千風ちゃんを見やってほっこりした気分になる。あんな人が増えてくれれば、井世界部は活動しないで済むんだけどなぁ。

 そう、気分転換を終えて、調べ物を再開しようと暗くなった画面に向き直ると、丁度そのタイミングで左肩を軽く叩かれた。


「ね、またニヤニヤしてサボってんならこれちょっと見てよ。よく分かんない資料見つけたんだけど。一緒に考えてよ」


 囁いた声のほうを振り向くと、モニター越しにこちらを覗く友達がいた。まるで山の向こうから顔を半分覗かせた入道系の妖怪みたいだ。


「別にサボってないしぃー。今からやるとこだったしぃー。それで、よく分かんない資料って何?」


 背もたれ付きのふかふかの椅子から立ち上がり、一つ後ろの席に歩く。左足を出して、右足をdッ

 バンッ!!

 派手に転けてしまった。左向きから後ろに曲がる小さい小さいカーブで、足が絡まってしまった。

 咄嗟に窓に手を突いたから膝を打ったりはしなかったものの、距離を見誤って大きな音を立ててしまった。そのせいで情報室が一瞬でざわめいて、注目が一斉に集まる。

 いやてか、羞恥心もあるけど、イッタァぁぁ


「大丈夫か? 商井?」

「大丈夫と言えば大丈夫、です。……指が痛いですけど」


 眉毛を八の字に曲げて心配してくれる先生の心優しい声に、貫き通せなかった痩せ我慢で応じる。

 あーじんわり痛くなってきた 

 痛くて患部を摩りたいけど、痛過ぎて触れない。そんな私の憐れな姿を見て、後席の友達は心配と爆笑が半々くらいの表情を向けてくる。

 んーなんだか恥ずかしさと怒りが(まさ)ってきたな

 私は利き手を突き指したこともあって、素直に保健室に行くことを申し出る。友達は着いて来ようとしてくれたけど、流石にあの距離で転けて怪我は馬鹿にされる未来しか見えなかったので遠慮しておいた。









 保健室にて、養護教諭のお婆ちゃんに手当てをしてもらう。間違いなくこの学校で一番歳を取っているであろうお婆ちゃんは、慣れた手つきでテーピングを貼って固定し、氷嚢に氷を詰めてくれる。

 動作がいちいち速いわけでもないのに、処置が素早く終わった。しわがれた声が、聞き取りやすい発声で耳に届けられる。


「はい。これを当てて、暫く安静にしておきなさい。放課後になっても痛むようだったらまた来なね」


 優しく揺蕩うような声音で喋るんだなと、手渡された氷嚢から彼女の顔へ視線を上げる。

 両目は細く、皺に潰されていた。これで見えるのかと疑わしい程だったが、応急処置の手際からして見えていないわけがないだろう。人間は意外としぶとい生き物だって言うし、外見よりも本人には鮮明に見えているのかも知れない。

 さて、治療も済んだし帰らなきゃいけないんだろうけど、授業時間が残り10分を切ったんだよね。戻ってもまともに取り組む気になれないし、そもそも利き手の指を怪我してる状態でまともに取り組めないしで、結構サボる気満々ではある。

 ただ、その為の口実が思いつかない。ここにこのまま無言で居座るのは忍びないから、何か理由が欲しいところ。正直に言うと気まずいしね。

 ……  ……  ……  ……

 うん、思ったより気まずいな。なんだかいっそのこと戻ったほうが精神的には楽なような気がしてきた。

 楽をする道を選んだはずなのにこの苦行は一体なんなんだろうか、という思考になって、腰を浮かせようと両足に力を入れる。

 と、先んじてお婆ちゃんが腰を上げて、僅かに腰の曲がった姿勢で保健室の奥に消えて行った。

 見た目年齢不相応に立ち姿が綺麗な人だなぁ

 なんて、一人取り残される形で感嘆を漏らしていると、廊下に面した保健室の扉が開いた。

 入ってきたのは、蔦土くんだった。


「あの、なんか先生が様子見てこいって。戻ってこれそうだったら一緒に帰って来いって言ってたんだけど、どう?」


 遠慮がちに、目が合ったり合わなかったりしつつ問うてくる。

 あーそっか、来て数分は指を氷水に入れて冷やしてたから、授業を抜けた時間は思ってたより経ってるんだ。

 すっかり失念していたな


「戻れるかどうかかー、んー……」


 私の中で欲と協調性が戦う。サボりたい利己的な欲求と、隣の席というだけでわざわざ先生に遣いを頼まれた蔦土くんの顔を立てるという利他的思考が。因みに先生の言うことを聞くという品行方正な理由は皆無だ。

 そんな風に頭をそこはかとなく悩ませていると、なんとなく場を持たせる為に話題が欲しくなった。

 現状に関係ない話題、なんかないかなー。……あっ、そうだ。


「蔦土くん、千風ちゃんのこと好きでしょ?」


 表情には出ず、しかし確かにたたらを踏んだ蔦土くん。エクスクラメーションマークとクエスチョンマークのセットが背景にいっぱい浮き上がっている。

 私が疑問系で投げたからか、口をわなわなさせて言葉を吐き出そうと悶えている。


「あ、やっぱり図星だった?」

「い、いや、ちがっ、ちがっ、うと、思う」

「? 思う?」


 なんでそこで不確定要素が?

 動揺しているからなのか、今は確りと目が合ってしまっている。


「なん、て言うか、その……自分でも、千風さんを他の人とは違う、特別視している節はあると気づいてはいるんだけど……」


 それが恋か分からないってこと? 初恋だったのかな

 と思ったがしかし、どうやら違うらしい。


「この感情がそういう類いのものだっては分かるんだけど……なんて言うのか、違うって言うか、間違えてるって言うか」

「間違えてる?」

「うん……うまく、言語化できないけど……」


 うずくまるように下を向いてしまう。

 ふむ、何を間違えてるんだろう? 

 出だし? それとも進め方? はたまた歪んだ恋心でも持ってるのかな?

 俯いた彼の顔を、椅子に座っているので低い視点から見上げることが出来る。こういう恋バナは初めてなのか、赤面していた。

 まーなんにしろ、恋してる自覚あるんだよね?

 だったら、そこは乙女らしく行くしかない。


「兎も角、恋してるんだったら成就させないと勿体無いよ。「命短し恋せよ乙女」ってあるじゃん? あれは男子も一緒だよ? なんなら、恋してるだけじゃ宝の持ち腐れとすら私は思ってる。恋心は宝石なんだ、綺麗に加工して好きな人を惚れさせるものだよ」


 私は君の恋が実ることを応援してる、そう最後に付け加えて、氷嚢を持った手を差し出す。彼は氷嚢と私の手を纏めて握って、椅子から立ち上がるのを手伝ってくれる。

 永らく仏頂面だった彼の顔に、対話して初めて微笑みが灯った。


「ありがとうございます。勇気出ました。踏ん切りがつきました」

「なんで急に敬語なの、私こそ急に変なこと言ってごめんだよ」


 照れ臭そうに感謝する彼からは、とても芳しい、優しくて甘い花の匂いが香った。

他人の恋心を匂いとして知覚できるヤバいヤツ(商井)

一応、現実的な理屈としては、恋愛が大好きすぎて共感覚を引き起こしてる(視覚や聴覚で得た「この人恋してね?」っていう情報が、視覚や聴覚に加えて嗅覚でも処理されてる)って感じです。



以下、本編に影響しないプチ設定

・蜷伝千風は地毛の茶髪が好ましくなくて黒く染めている



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