土がつき、 #肆
今話と次話は通しでお読み頂けますと幸いです。文字数の都合でぶった斬ったので。m(_ _)m
昼休みが終わって一発目の、五時間目の物理の授業中、蛇鶏のことについて考察してみる。因みに今物理室にいるのは六組の約半数で、残りのクラスメイトは別の教室で生物の授業を受けている。
僕は黒板に書かれた問いを必要な部分だけノートに抜き出しつつ、頭では井世界部のことを考える。
蛇鶏の怪井が凛さん起源であることは、改めて言うまでもなく確定した事実だろう。
発生した時期や、他に目立った問題が五組に見当たらないことがその根拠であるが、決定的な理由はクラスメイトと担任、それぞれと話してる時の内容の食い違いだ。
クラスメイトには、「担任にクラスtシャツの件を更に食い下がってみる」と言い、
担任には、「クラスメイトはクラスtシャツを諦めた」と言った。
正反対の言葉、真逆の行動。
これは蛇鶏が持つ前後の顔——二面性という特徴に当てはまる気がする。蛇の顔と鶏の顔、どっちが先生か級友かは些末なことだ。重要なのは、二つの圧力に挟まれてそれぞれに矛盾する対応しているということ。
それが両者の意見を立てたいという配慮に基づいての行動だというのは推測できるが、僕としては配慮よりも“対立する意見の対応に慣れていない”というほうがしっくりくる。無論テンパってあの場で矛盾したことを言ってしまった、とかではなくて。どうすれば良いか分からないから取り敢えずどちらに対しても迎合しておく、これをズルズルと続けた結果として怪井が現れたのだと思う。というかそう考えたほうが、凛さんの疾走感たっぷりな性格には合っている気がする。
なんというかこれは個人的な勘だが、凛さんは中間管理職みたいなものがとてもとても苦手そうだ。
また、凛さん自身も自らの言動の矛盾に関しては認識しているはずだ。あべこべな返答が凛さんにとって普通のことなら、友人たちと距離を取るなんてことにはならないから。気まずさを感じて、いたたまれなくなっているから、友達に「すぐ戻る」と言って昼食を抜けてきた直ぐ後にしばらくクラスの前で談笑できたのだ。あの後、山茸に時間を指摘されて思い出したように走り出そうとしたのは建前みたいなものだったのだろう。
僕は板書した問題文から使いそうな公式を推察して、ノートの次の行に書き出していく。
ここまでをまとめると、対立意見の板挟み、不慣れな立場、そして対応の不甲斐なさ、この三つがストレス(つまりは怪井要因)なんだろうと僕は踏んでいるわけだ。
だが、一つ疑問点があって、なんで金曜日に怪井が出現したのかが未だによく分からない。五組がクラス規模で金曜日に何かあったとは聞いてないので、凛さん一人で何かしらのストレス、心境の変化があったんだと予測しているんだけど……僕の考察に則るなら、クラtの話が持ち上がって以降蓄積されたストレスが金曜日になって爆発したということになる。起爆剤なんて無くて単純に時間経過で爆発した、みたいな。
けれど、さて、どこまで当たってるかな。
僕は思考に一区切りがついたので、一旦物理の問いを真面目に解き始めようかと、シャー芯を一度引っ込めてから再度カチカチと押し出す。別にクルトガではないので、尖りの位置が調整されて出てきたりするわけではない。
背もたれによっかかった姿勢から机へと前のめりになる寸前、机の中、その手前の一部が微かに光ったのが視界の下端に映った。裏返していたスマホの画面が一瞬通知を表示する為に明るくなり、それを金属の底面が反射してブルーライトの縁を型取ったのだ。
返信はっや、てか今授業中なんだけど……
とか思いつつ、授業中に最初にチャットを送った僕は片手を机の中に入れて奥にやったスマホを操作する。こういう時のために、机の中を物でいっぱいにしないのは井世界部員の基本だ。基本のキとは言わないが、基本のン程度には大切なことである。
そんな風にコソコソしないとスマホも弄れない授業中に、僕が誰に何を送ったのかというと、“キーは鍵”さんに僕の調査で分かったことを共有した上で真軸凛さんの件についてどう思うかを尋ねてみたのだ。自分だけで考えてちゃ見えてこない視点だってあるだろうし、もしかしたら僕の知らない情報を新しく持っているかもしれない。緊急で連絡したい時に一々説明する手間を省く為にも、こまめな情報共有は必須である。
机の中からチラリと覗かせたスマホの画面を瞬時に読み、受信した内容を覚えて即座にスマホを中へと戻す。脳内再生、反芻する。
<キーは鍵
俺には真軸さんは先生とクラスメイトの両方に良い顔したくて嘘ついてるようにしか見えないな。どっちからの信用も失いたくない臆病者が自分で自分の首を絞めてるっていうか。
別に責めるつもりは一ミリもないんだけど。
怪異との関係性に関しては俺も蛇鶏=真軸さんだと思うけど、ごめん怪井の詳細を伝え損ねてた。金曜日のやつ、蛇と鶏ではあるんだけど、鶏には首が無くて、蛇は鶏声で鳴いてたらしい。
だから純粋に二面性とかどっちにも建前を吐いてるとかって結論を出すのは早計かもしれない。
ざっと、こんな感じだった。
なるほどなぁ、嘘をついているか、なんとも辛口評価だ。
けども、あながち間違いではないのかもしれない。僕は凛さんが自らの言動の矛盾を恥じていると思っていたのだけれど、嘘をついた罪悪感を友人に感じていると考えたほうが納得がいく。
そして、怪井のプラス情報は全くの予想外だった。解消班だから怪井の特徴は大雑把な説明でも構わないんだけど、今回みたいにある程度の参考にする場合もある。特に怪井の発生が先発してるなら、使える情報として怪井の特徴を元に当たりを付けることもしばしばだ。
それにしても、首無しと鶏の鳴き声か……一旦保留かな。この奇妙な特徴が一体何を表しているのか、はたまた表していないのかを脳内議論するには、ちょっと時間が足りない。そろそろ授業に集中したいし、他の受験生に遅れを取るわけにもいかない。
僕はノートのすれすれを動かしていたシャープペンシルを、今度こそしっかりとノートに着けてきびきびと動かし始めた。
さてと。
時間は進んで、火曜日も既に夕方。
授業後の掃除も終わり、教室以外で勉強する人たちは軒並み捌けていった教室で静かに荷物をまとめる。勿論これからするのは帰宅しての勉強ではなく、井世界部の活動だ。リュックや勉強道具が必要なわけではないが、用事が済んだらまた戻ってくるのも勉強中のみんなに迷惑かと思うので、家で使うものを整理して仕舞っている。活動のほうは、言わずもがな、凛さんの件である。蛇鶏の原因が分かったは良いけれど、再発防止の為には凛さんと話してメンタルケア、引いては問題の解決を急がなければならない。その為の前段階として、僕が“五組のクラtの話を知ってる”ということを凛さんに教えとく必要がある。
斜め前の席に座る友達に「土井は今日残ってかないんだ」とコソコソ声で話しかけられて、「今日は家の気分なんだ、すまんね」と軽く返す。
凛さんとは今日中にまた会えればベストだな、そう裏で考えつつ、「んじゃまた明日ー」と互いに短い会話を終わらせて、僕はリュックを背負って教室のドアへと足を向ける。
凛さんがさっき荷物を持たずに廊下を歩いて行ったのは見かけた。今日はもう実行委員の集まりや仕事がないことも山茸を通して確認済み。ということはきっと、何かしら作業か勉強をしに移動したんだろう。
……若干ストーカーじみてきた自らの行動に、井世界部だからと内心で言い訳を挟みつつ心当たりの場所を目指す。
僕は凛さんと知り合って日が浅いのでお気に入りの場所などは分からないが、作業したい時に水耕高校生がどこに行くかは大体見当がつく。
まずはそこを虱潰しに回ってみるとしよう。




