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僕らのマル秘井世界部!  作者: 何ヶ河何可
32/61

凛々しきコカトリス #肆

 その日の昼休み。つまりは、部集会のあった文化祭準備期間の初日の昼休み。

 歓談の声があちらこちらよりする教室から、閑散とした廊下へと山茸の後ろに連なって出る。昼食休憩真っ只中の現在、僕は早速、山茸に誘われて文化祭実行委員の仕事に付き添うことになった。

 引き戸の金属レールを跨ぎ、空気が変わるのを肌で感じつつ山茸に質問を投げる。


「んで、今から何しに行くの?」


 隣のクラスの喧しい声をbgmに、山茸は僕の疑問に普通の会話の声量で答える。


「これ、出しに行くんだよ。期限今日までだから」


 そう微かに掻き消されながら言って、右手でヒラヒラとはためかせているのは、今朝に見せてもらったクラス出し物が記入してある希望調査メモだ。

 普段の僕だったら思わず、それ僕いる? とリアクションしそうな小さい仕事だが、真軸凛(まじくりん)さんと知り合いたい今だけは、心の中でナイス山茸!って親指を二本立ててリアクションしてる。

 しかし、流石にA6サイズの紙片を提出しに行くのに他のクラスの実行委員は誘わないよなぁと、期待からは少々ズレた現実を見る。元々仲良いとかだったら別だろうけど、山茸と真軸凛さんが連れ立って仕事するほど仲良いはずないしなぁ。

 今この瞬間にお隣の三年五組へ寄って真軸凛さんとあわよくば話せないかな、なんて浅はかにも一考してみる。なんか用事あったっけな五組に……いやなんもないな、それなら適当に話せる知り合いに……いやいやクラスメイトからの紹介じゃ真軸凛さんからの信頼が、ってなると知り合いの知り合いみたいな感じで遠回りを……ってそれは今やってるしその上別の人を梯子にするなら色々根回ししないとだし……

 そんな感じでウンウン唸っていると、僕の前を歩いていた山茸は突然、開けっ放しの戸から室内へと半身を入れて()()()を呼んだ。引き戸の真上に張り出したプレートには、“3年5組”の文字。


()()()()、今提出しに行かない?」


 や、山茸……お前、そこまでの仲だったのか……! 


「それ今日までだよね? 放課後行こうと思ってたんだけど、まいっか」


 真軸凛さんは、ちょっと用事できたけど爆速で帰ってくるわ〜、そう友人らに断りを入れて、机から引き出したアイスクリーム柄のファイルの中身を漁り始める。

 それを確認して廊下に全身戻ってきた山茸に、内心の驚きを3割減で示す。


「え、山茸って真軸さんと知り合いなの? マジで?? ほんとに???」


 語彙力が9割減してるせいで客観的な驚きは3割も減少してない気がする。してて1割だ。

 僕の驚き様に、山茸が驚き返してくる。


「え? そんな意外? だって同じ実行委員だし、委員会の時にいつも隣り合うんだよ。その度に分からないこと聞き合ううちに自然と」


 そうだったのか

 言われてみれば確かに全然自然な成り行きだ。僕も委員会のツテってそんな感じで近隣の人から出来ていったのを思い出す。

 完全に盲点というか、忘失……ど忘れしていた。

 二人が知り合いとなれば、話が早い。懸念点が消却の彼方に飛んで、とんとん拍子に話が進みそうだ。安心してほっと一息どころか、天まで飛び上がりそうなハイテンションまであるかもしれない。

 一度冷静さを取り戻さねばと外の桜に目をやったそこへ、真軸凛さんが溌剌と登場した。


「ごめんごめん おまたせ〜 やまt……あれ? 六組って実行委員増えたの?」


 引き戸のレールを飛ぶように跨いだ真軸凛さんが、きょとんとした目で山茸と僕を交互に見つめる。彼女の髪は、染髪していた名残りである金色がアクセントになっているセミディの黒髪で、それをドーナッツのヘアアクセサリーで後ろに一つ結びした髪型、所謂ポニーテールだ。

 おろっ? とでも言い出しそうな視線に当てられて山茸は説明をする。


「んーと、実行委員が増えたわけじゃなくて、手伝いをしてくれる人ができたって感じかな」

「なるほとなるほと。」


 ふむふむ、と首を縦に振りつつこっちを見てくる真軸凛さん。

 山茸は僕を紹介するように話しかけてくる。


「ほんと土井って物好きだよね。自分から仕事したいなんてさ」

「そんなんじゃないって。文化祭の裏方ってなんか楽しそうじゃん? だからなんかこう、いい感じに甘い蜜だけ吸えないかなって」

「そんなことは絶対させない。やるとなったら土井も道連れだ」

「さてはこき使うつもりだな、絶対に逃げ切ってやる」

「委員の仕事手伝いたいって相談して来た時点で既に奴隷になる運命なんだよ。諦めろ」

「手伝うとか言わなきゃ良かったや」

「そんなこともさせない。土井は必ず手伝いたいってノリノリで相談してくる運命だったんだよ」


 んな馬鹿なッ、とかなんとかやっていると、ふと真軸さんが遠くを見つめたのが目に入った。あんまり山茸と二人で会話し過ぎたかな。

 三人での会話はこういうことがあるから気をつけなければならない。二人より多い数の、複数人での会話だったら基本そうなんだけど、でもやはり三人の時は一段と気を使わなければならない気がする。1人をハブにする、という状況があまりにも容易に起こり得ると思うから。それに、場にいる人数が多くなればなるほど、会話は2か、3でやるものになりがちだから。四人で話してるつもりでもいつの間にか二人での会話が二つになってる、とか良くある。これはきっと会話は基本的に一対一が想定されていて、一対二以上になった途端にそれは会話ではなくなるからなんだろうな……とかいう持論は鶏の餌にでも混ぜておくとして。

 山茸との対話をテキトーに打ち止めて、真軸さんに向き直る。

 と、意外にも真軸さんに先手を打たれた。


「ドイくん、私五組の実行委員だけど、もし人手足りなかったら借りるかも〜」


 言いつつ、右手に持つ五組の出し物希望調査書をピラピラさせて、真軸さんはよく分からない方向に煽ぐ。


「え〜、僕六組なんだけど。手伝う時だけクラス替えとか嫌だわぁ」

「そんな必要ないでしょ笑 てか手伝ってはくれるの笑」

「真軸さんはこっち手伝ってくんないの?」

「えー私は自分のクラスがあるからさぁ笑」

「僕も六組という帰る場所があるんだけど」

「そう、奴隷には主人の元でただ働きしてもらわないと」

「あれ? どっちにいても地獄?」


 なんか良い感じに今後も真軸さんと話せる口実が出来つつあるので、乗っかっておくことにした。


「てか、“真軸さん”じゃなくていいよ。普通に。山茸は頑なに呼んでくれないけど下の名前で。同い年なんだし」

「それなら、凛さんで」

「えー、“さん”付けぇー?」


 凛さんは納得いかないように「ぇー」と口を広げ、呼び名の再考を求める。

 山茸はそれに笑いかけつつ、五組の掛け時計を廊下から覗き見る。


「あはは。まあ、最初だしね。それより、そろそろ紙出さないと現在進行形で昼休みが短くなってる」

「あ、そうじゃん。忘れてたわぁ。いこいこ」


 言って、真軸さんは先頭を駆け出そうとする。


「いやそんな走るほどでも……」


 僕が制止を口にすると、凛さんは前のめりの体勢から恥ずかしそうに背筋を伸ばす。


「あ、そっか。なんか私せっかちなんだよね。そんな私だけど、よろしく」


 このタイミングで?


「ん、あぁ、よろしく」


 なんかこの人はストレスを抱える感じしないなぁ、なんて、そんな風に思って、思うと同時に、第一印象がこのタイプは程よくストレスを抱えてることがないからなぁ、とも思った。





 三年生の教室と同じ階にある生徒会室までの道すがら、しばし三人で談笑を交わす。


「六組は出し物なにするの? 五組は第一希望『縁日』なんだけど」

「こっちの第一希望は『お化け屋敷』だけど、そっちは『縁日』か。被んなくて良かったー」


 こっちは第三希望『縁日』だからな。山茸が心の声で「セーーーーフ!!」と叫ぶのが聞こえる。


「射的とか輪投げとかくじを用意して、来た人にやってもらうんだって」

「色んなことの複合かー。実行委員めっちゃ大変そうだね」

「そうでもないよ。用意する道具はクラスのみんなで作るし、一個一個の規模は小さくする予定だから。一つの教室でやることを考えると、ミニチュア縁日にならざるを得ないしね」


 (ひと)クラスにつき教室一つの制約はそういう意味じゃ実行委員からするとありがたいよね、と返す山茸。

 教室棟から漏れ響くガヤを遠く背に受けつつ、南廊下の中間にある自動販売機を通り過ぎる。自販機の対面には簡素な購買スペースがあり、そこで近所のパン屋のおばちゃん二人がパンを入れていた大きな空のケースを片づけている。

 んー、実行委員の仕事量にストレスを抱えてるって線は今のところないかな。山茸の言葉から推測するにそこら辺は、学業に支障をきたさない為か、ルールを設けて制限を掛けられているみたいだ。


「教室の使用制限を外す申請を出すかも悩んだんだけど、担任に「規模を大きくして管理できなくなっても困るし、出店場所が本格的に決まってからでもいいんじゃないか」って言われてさ」

「それはそうだね。大会議室、とか視聴覚室が取れれば、教室二つ分じゃないにしろそこそこの規模で開催できそう」


 あぁ、そっか。うちも確か場所の第一希望は三年六組教室じゃなくて、広めの特別教室だったな。


「五組は他に決まってることあるの?」

「他に?」

「六組だと、お化け屋敷はお化け屋敷でもテーマ決めてやった方が他と差別化できるんじゃね? ってことで洋ホラーのお化け屋敷をやろうってことになってるんだけど」


 因みに第二希望は『和風なメイド喫茶』、第三希望は『中華テーマの縁日』である。中華な縁日ってなに?

 テーマを変に統一したせいで矛盾が生まれているが、実行委員の山茸曰く、「どうせお化け屋敷はなんの問題もなく審査を通過するので以下の順位で遊んでも構わない」とのこと。

 凛さんは僕らの常に半歩前を歩いて、ドーナツの穴に通された一本のテールを揺らしながら答える。


「うちは特になんもテーマとか決めてなかったなぁ、『縁日』ってだけしか。縁日でやるちっちゃい出店も「食品関係はなし」って担任が決めちゃったから、のちのち届出を出すことも無いはずだし」

「そうなんだ。まあ、縮小するとは言え色々やることを考えたら仕方ない判断だね。食品関係は他と比べても圧倒的に責任も負担も多いから」

「そそ。それでクラスはちょっとピリッちゃったけどね」


 五組ちょっとピリッたのか

 もう少し深堀したいな………………なんかこれ野次馬根性みたいじゃないか?


「食べ物系はどこのクラスもやりたがるよねー」

「中々そういう機会もないからね。みんなのやりたい気持ちも分かるけど、何かあった時に大変なのは先生だろうし。私は何とも言えないよ」


 なるほどね、文化祭実行委員という凛さんの立ち位置的には、先生とクラスメイトに挟まれてる形なのか。

 あと少しだけ、踏み込んでみるか。


「クラスの雰囲気はだいじょぶなの?」

「うーんと、それでなんか、ってことはないかな。私ら五組はほら、去年お菓子作って売ってたからさ。楽しさと同じく大変さもみんな知ってるところって感じで」

「五組は去年クレープ屋だったね」


 うん、私は去年実行委員じゃなかったから店員として参加してるだけだったけど、そう凛さんは答えて、口の端をゆるりと釣り上げる。まるで、自嘲するみたいに。

 なんだろう? 今の会話のどこに自虐要素があったのだろうか?

 ヒントが無さすぎて考えても埒があかない気がするので、確定した情報を整理する。まず、料理を提供するか否かでピリついた空気は現在落ち着いているらしい。凛さんのその言葉は一旦信じるとする。

 次にもう一つ確定してるのは、()()()はあったということ。今の五組が問題を抱えていることは、論理的な証拠をあげて説明することができないが、雰囲気でなんとなく、察することができた。それも多分、問題の中核にいるのは間違いなく凛さんだ。

 一応、ここまでの会話のラリーで、“キーは鍵”の言っていた情報を肌で理解するまで至った。

 新情報を引き出すにはどうすればいいかな、と会話の中で思索していると、向かいから歩いて来る集団に目を惹きつけられた。


 ……二年……女子……面子はサッカー部だな、知り合いの後輩だ


 毎度の如く、彼女らは飽きもせずのうのうと檻多田(おりたた)先生の陰口を吐き流している。

 檻多田三傘(みかさ)先生――女子サッカー部の顧問で、担当科目は体育と保健、クラスは持っていない。

 そして一番重要なことが、女サカを始めとした二年生女子の大半から蛇蝎の如く嫌われている、ということ。

 今の女サカには井世界部員がいない。要はストッパーがいない。更に、これまで二年生の手綱を握っていた三年生が夏休みに引退している。これもまた、彼女らを抑えつけていた蓋が無くなったということだ。

 女サカの二年が好き勝手に振る舞って暴れている、とかそんな直接的な悪評こそ耳にしないけれど、彼女らがよく悪評を振り撒いている、という良くない風評は偶に耳にする。

 これ、割とまずいかもな

 後で間井に注意喚起を促しておくとして、一応、僕に今できることをやっておこう。幸運にも、知り合いの知り合いが向こうの集団にはいる。


「あれ? ××さんの妹だよね? 僕あの人と部活でペア組んでた土井なんだけど。××さん元気にしてる?」


 僕が急に下級生の異性に話しかけたことで、二年女子たちは勿論、山茸や凛さんもその場に固まる。

 が、話しかけられた当人も一瞬固まりこそしたものの、僕の顔を見た途端に「あぁ、土井さんね」と警戒心を解く。兄弟の部活の後輩とかいう、今思えば結構な賭けだった希薄な関係性だが、どうやら覚えていてくれたようだ。


「こ、こんにちは。兄なら大学でも部活入ってテニスやってますよ」

「あぁそうなんだ。××さんなら絶対続けてると思ったけどやっぱりかー。急にごめんね。それじゃあ」


 目的は檻多田先生の話題から逸らすことだったので、凛さんより先に歩き始めてさっさとその場を後にする。

 少しして、山茸が口を開く。


「前々から言おうと思ってたけど、土井の交友関係広すぎない?」

「まあ、自覚はあるよ」


 凛さんが足早に追い抜いて、斜めに振り返りながら言う。


「なんか急に喋りかけたからナンパ始めたのかと思った」

「学校でナンパは勇気すごくない?」

「いやぁ、だって土井くん普通にモテそう」

「実際モテるよ、土井は。清々しいくらいに」

「いやいや、そこまでじゃないよ」

「バレンタインで向こう一週間分の甘味が集まるって、前にうっざい自慢してきたじゃん」

「それはチョコじゃないから友達認定されがちっていう、僕的には悲しいエピソードなんだけど」

「あーそういえばさっきも、あの子たち別れた後に「えあのイケメン誰ー?」「めっちゃうらやましー」「なんで土井さんと知り合いなのー?」とか色々言ってたね」

「友達もだけど、土井が知らない一方的な知り合いも多いもんね」

「うぅん、まあ、なんとも」


 他人と違う容姿に生まれたメリットもデメリットも、18年繰り返し不本意に享受していれば、もはや他人との共有は諦めるというもの。それも含めて自分、というやつなのだ。

 こういう時はさらっと別の話題に切り替えるに限る。


「ほら、着いたよ生徒会室」

「あぁ、いつの間にか」

「結構時間かかっちゃったね」


 喋りながらだったしね、と山茸は凛さんに返す。

 確かにそうなんだけど、凛さんの歩くスピードが僕ら二人より速いせいか、雑談&徒歩にしては体感早く着いた気がする。恐らく山茸と二人だったらもう少し遅かった。



 そんな感じで、初日は他に目立った収穫もなく下校した。

真軸さんのヘアアクセは、縛った根本をお洒落にしてくれるヘアカフスというものらしい。別名ポニーフックとも言うらしい。

普通のポニーテールを一体型の黒い髪ゴムで作って、束ねたゴムの上から半円のドーナッツを覆い被せる感じ。背の高い土井にはドーナッツが一周してるように見えた。


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