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僕らのマル秘井世界部!  作者: 何ヶ河何可
31/61

文化祭(準備)が、始まるッ! #肆

 登校時間の下限一分前。

 おおかたの生徒が着席し、もうすぐ始まる朝学習に向けて教室が静かになる。

 僕も周囲に倣って、大学の一次試験という明確なような、漠然としているような目標を心に抱いて数学の問題に手をつける。

 僕の所属する三年六組は、一般的には特進クラスと呼ばれる、勉強における意識高い系が集められたクラスである。朝学習の時間をわざわざ用意されなくても、登校してきて自席に座った時点で問題集を広げる人は少なくない。

 そんな教室で、遅ればせながら参考書と解答用のノートを広げていると、僕よりさらに遅れてきた影がいそいそと教室に入ってくる。


「おはよう、土井(どい)。今朝起きるのギリギリだったわ」


 途中で朝学習開始のチャイムにコソコソボイスをかき消された友人は、僕の返事も待たずに斜め前の椅子を引く。

 僕はその背中に「おはよう」と返しつつ、左耳にイヤホンを引っ掛ける。

 無論、学校敷地内に踏み入れた段階でスマホとその周辺アクセサリの使用は禁止なので、先生に見つかったら容赦なく没収される。

 が、そこらへんは抜かりない。

 僕の席は窓側最後尾、所謂主人公席である。更に、ワイヤレスイヤホンなので、耳を覆うように手を被せて机に肘を突いてしまえば、あら不思議、なんか気怠そうに勉強をしている人の完成である。

 まあ、ずっと同じ態勢をしていると怪しまれるので、適度にイヤホンを外して真摯に取り組む姿も見せておくのがコツではあるんだけど。


 さて、そろそろかなぁ。と僕は机の中でスマホを弄る。

 僕がイヤホンをしたのは何も音楽や生配信を聞くためじゃない。井世界部の部集会に参加するためだ。

 土曜日に、井世界部の全体チャットにて、「月曜日の朝学習とHRの時間を使って部集会を行う」という旨の連絡が為されたのだ。

 土曜日にチャットが動くのは珍しいことだが、文化祭前という時期を考えれば納得がいく。

 僕はスマホの画面を見ずに、井世界部の通話に参加する。


「あと三人……あ、二人だね。ちょっと全員揃うまで待機でお願い」


 井世界部の部長、間井の少し低めながらよく通る声が左の鼓膜に押し込まれる。

 ちょっと音大きいかな、と音量を下げつつ、間井の声に耳を傾ける。


「……よし、全員揃ったね。それじゃあ……」


 左耳から届く間井の声に、緊張感が乗る。

 右耳からは、ペンの走る音とページを捲る音がやけに大きくなって聞こえてくる。

 井世界と、現世。

 井世界部と、普通の生徒。

 (まさ)しく、裏と表の二足の草鞋を履いている井世界部を、それだけで表しているかのようだ。


「それでは、これより部集会を始めます」



   ***


 よーし全員いるなぁと、担任が教室内を見渡すだけの雑な点呼をとり、本日の連絡事項を伝えていく。

 部集会はHRまで長引くことなく、朝学習が終わるとほぼ同時にお開きとなった。

 そんな早めに終了した部集会の主な内容を纏めると、

・部員が死んだという噂が事実だったこと

・文化祭が始まるので活動強化期間に入るということ

 この2点だった。

 一つ目に関しては、間井は声色や口調にこそ出していなかったものの、物凄く申し訳なさそうで、非常に深刻そうだったのが感じ取れた。退部するのは致し方ないみたいなことも言っていた。が、少なくとも自分はそのつもりはない。

 そんなことよりも、死ぬとか生き返るとかいうことよりも、そんな実感の湧かない事実よりも、活動強化期間に入ることのほうがよっぽど重要だ。個人的にも、恐らく井世界部的にも。

 文化祭という、色んな意味でインパクトの強い学校行事を、今年の水耕高校は二週間後の土曜日に控えている。更にそれにより、今週から本格的な文化祭の準備期間に突入する。

 学校行事というのは、良くも悪くもいつもと違う。ことさら、準備期間を伴う程のビッグイベントともなれば尚更である。

 そういうわけで、井世界部では文化祭の大体二週間くらい前から活動強化期間に入るのが毎年の通例となっている。二週間とかなりの幅を取っているのは、文化祭準備期間に合わせてというのもあるだろうが、一番は人間関係は流れるものだから、だろう。人と人との流れの中で人は関係性を紡いでいくのだから、極論を言うなら文化祭当日だけ必死こいて頑張ったって駄目なのだ。ピンポイントで関わりを持とうなんて、人間関係を引っ掻き回して終わるだけだ。

 なので、文化祭の準備期間を利用して、僕ら解消班は怪井防止のために準備をする。下準備だったり、予防だったり。

 これからの二週間はそういう期間だ。

 では活動強化期間とは具体的に何をするのか、と問われると、やることは別に普段と変わらない。ストレスを溜め込ませないように、ストレスを減らすように、目を配って、気を配る。ただそれだけ。

 変わるのは活動内容ではなく、区分けである。曜日チームという、怪井討伐における担当制が取っ払われるのだ。厳密には、怪井討伐をする掃討班だけじゃなくて、人々のストレス霧散を手伝う解消班も曜日担当制に組み込まれているんだけど。

 でもぶっちゃけ、そのシステムは解消班には意味を成していない。人の感情や心境の変化は曜日とかそんなの待ってくれないし気にしちゃくれない、ということだ。

 専ら掃討班の為にあるような決まり事が、活動強化期間中は撤廃される。そして、活動強化期間中に変わるのはそれだけだ。

 それだけなんだけど、やはり気の持ち様がいつもとは変わってくる。

 関係ないところでの活動規則の一時変更は無関心でいられても、学校行事自体は無関係ではないし、それに伴う相関図の移ろいは無視できない。

 日常ではない特別だからこそ、心が満たされて勝手に解消されるストレスもあるし、

 日常ではない特別だからこそ、心を乱されて急速に降り積もるストレスもある。

 表向き、学校行事は勉学以外のことを学ぶ機会、つまりは学業の箸休め的な意味合いを教師・生徒共に持つことが多いが、しかしだからと言って、皆んなが皆んな心理的休息を得ているわけではない。

 いつもと異なる日常が始まるということは、井世界部だっていつも通りではいられないということだ。

 文化祭だからと浮ついてはいけない、そんな担任の鋭い指摘を締めに、朝のHRが終わる。

 そう、その通りだ。

 浮ついてはいられない。

 浮き足立っていては、簡単に足元を掬われる。


 しっかりと地に足つけて、

 掬われる隙間もないくらいに踏みしめて、

 しかし決して誰の気持ちも踏み躙ることないよう、

 正しく怪井だけを念入りに蹂躙するように踏み潰して。



 そんな井世界部の文化祭が、始まる――――







 と、息を巻いてみたものの、やることと言ったら人とお喋りすることだ。先でも言ったように、やることはいつもとなんら変わらない。

 幸い……ではないんだけど(強いて言うなら災い??)、差し当たってやることはある。昨日の夜に頼まれごとを引き受けたので、その解決を早急にしなければならない。

 その為にはとりま繋がりを、と思い、六組の文化祭実行委員に話しかける。


山茸(やまたけ)ー、実行委員の仕事って今何あるの?」

「えーっと、クラスの出し物の希望用紙を提出するのがあるけど……手伝ってくれんの、土井?」


 出し物の案が記入された紙が机の上に置かれる。用紙には希望する出し物の内容と希望する場所がそれぞれ三つずつ並べられていて、全て先週のLHR(ロングホームルーム)でクラスの総意として可決されたものだ。


「手伝うっていうか、文化祭実行委員の仕事に興味があるっていうか」

「ちょっかい出したり茶化すのはやめろよぉ? 土井はたまにちゃんとしてるからどっちか分かんないんだよ」

「うるせ、いつもちゃんとしてるわ」

「どの口が笑」

「この口だよこの口」


 僕は口を尖らせて強調する。


「なんだよそれ笑笑」


 マッシュルームヘアーの山茸が、糸目の端を揺らして笑う。

 このままでは他の人も来て本題どころではなくなりそうだし、そうじゃなくても一時間目の現代文が始まりそうなので、急ぎ話をもとに戻す。


「取り敢えず、実行委員の仕事手伝いたいってことで、人手欲しかったら呼んでくれ」

「本当かあ? さっきと言ってること全然違うじゃん」

「いや、ほんとほんと。これマジだから」


 テキトーに話しすぎて思わぬ所で墓穴を掘ってしまった。


「まあ、そういうことならなんかあった時に呼ぶわ」


 が、その場のノリで納得してくれたようだ。


「何もなくても呼んでくれ」

「土井そんなに文化祭成功させたい欲強かったっけ」

「んーまあ、最後の文化祭だし。これ終わったらめぼしい行事ももう無いし」

「あぁ確かになあ。文化祭終わったら俺らは受験一直線だもんな」

「そ。どうせならみんな笑顔で、気持ちよく終わりたいよねー」


 何気ない日常会話に、若干おセンチな雰囲気が顔を覗かせる。


「何カッコつけてんだよ。ドラマチックに教室見渡しやがって」

「あ、バレちった。一瞬、山茸も後ろ振り返って見渡してたけどな笑」

「土井の巧みな視線誘導のせいだろ」


 HRが終わって賑わいを見せていた教室が少しずつ、授業に備えて静かになっていく。そのうち近隣で仲良い人たちの囁きだけになるだろう。

 僕らは教室の雰囲気を肌で感じ取り、どちらともなく会話を打ち切りにする。

 さて、これで目的の人と繋がるための足掛かりはできた。

 後はチャンスがあちらから来るのを待つか、来なかったらこちらから赴くだけだ。


 僕は自分の席に腰を下ろし、昨夜のうちに受注した頼まれ事を振り返る。


 昨日の夜――具体的には日曜日の、人によってはサザエさんを脳死で視聴している時間に、井世界部で使っているコミュニケーションアプリの個人チャットへメッセージが送られてきた。因みに僕はその時、モンステラ・デリシオーサに二日振りに水を上げていた。

 来たチャットの内容は以下の通りだった。


<キーは鍵

 直近の金曜日、うちの掃討班員が蛇と鶏のキメラ系怪井を討伐したらしい。そいつ曰く、近くにいたのは自分のクラスと3-5の生徒だけ。だけど自分のクラスには思い当たる節がないので3-5が発生原因ではないかとのこと。

 俺が介入するよりも“ツチノコの薮”が動いたほうが効率的だと思うので依頼する。ただ、俺も心当たりがないわけではないのでそれも一緒に伝えとく。

 3-5の文化祭実行委員がちょっと最近周りと距離置いてる。これが実行委員の忙しさ故なのかは分かんないけど、俺的には一番怪しい。聞いた怪井の特性とも合ってる気がする。

 後は頼んだ。



<キーは鍵

 p.s. 俺もつい10分前に蛇鶏の討伐の話を知ったので、報告がこんなに遅くなってしまった。

 


 長文な上に、なんとも投げやりな終わり方ではあったが、三年接してきた感じそういうやつなので今さら気にはならない。

 そこよりも気になるのは、ストレスの発見→怪井発生 ではなく、怪井発生→ストレス探し という順序である。

 異例中の異例、というほどでもないが(順序逆のパターンが多かったら困る)、こういうパターンは少ないほうだ。それだけ解消班を始めとして井世界部員は頑張っているということだろう。

 怪井発生→ストレス探し の厄介な所は、もうすでに問題が起きている所だ。準備とか、予防線とか、へったくれもない。ひたすらに再発防止のため事後処理に勤しむばかりだ。

 なぜこんな重大なことを二日も放置していたのか……

 金曜日の担当ということはきっと、マイペースなあの人が見つけたんだろうなあ。

 まあ、そんなところを特定しても仕方がないので、今後どうするのかと策を練る。

 さっき山茸に話しかけて、五組の文化祭実行委員と繋がれる一応のきっかけは作れた。他の五組の友達や知り合いから辿っていく方法も考えたけど、事前情報から推測するに多分、クラスメイトづたいじゃそこまでお近づきになれない。周りと距離を取っている、というのが実行委員関連を理由にしているのなら、隣のクラスの実行委員の知り合いとして第一印象があったほうがまだ、スタートラインを近くに設置できるだろう。クラスメイトと距離が離れているというのはつまり、相対的に他の実行委員とは距離感近めになっているはずだから。

 とは言え、次の一手を打つには、山茸から実行委員の仕事に誘われなきゃいけない。それもなるべく、クラスの垣根を越えるような仕事にだ。

 誘われなきゃこっちから勝手に首を突っ込むだけだが、自然な振る舞いを望む以上、なるべくなら受動的でありたい。なんか言ってて消極的過ぎる最低な発言な気もするが。

 兎にも角にも、五組の文化祭実行委員、確か名前は真軸(まじく)(りん)と言ったか。真軸凛さんに怪しまれないように、疑われないように、心の膿を取り除くのが今回のミッションだ。

 蛇鶏の怪井が本当に真軸凛さんを根源としているのか、という大前提の課題も確かめなくてはならないし。もし違かったらストレス元を探すところから再スタートを切らなければならない。


 怪井はすでに出ている。

 いつにも増してスピード勝負だ。

 タイムリミットは次に怪井化するまで。




 僕は気付かぬうちに始まっていた現代文の授業で、窓の外を眺め考え事に夢中になっていた所を「土井君、窓ガラスに映る登場人物の心情を述べて下さい」と注意された。

プチ情報

・実は、というか気づいた方もおられるかもしれませんが、以前に出てきた里竹ちゃんと今回出てきた山茸くんは付き合ってます。最近は上手くいってるらしいです。どうか卒業まで仲睦まじくあって欲しいです。

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