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僕らのマル秘井世界部!  作者: 何ヶ河何可
29/61

ハープの音は優しさか3 #参

 琴乃の捻れた優しさを少しばかり修正しようと決心した昨日の放課後、予想外なことに先輩が琴乃を呼び止めてしばらくの間拘束してしまった。結局あの後に説得のタイミングが来ることは叶わず、最悪の仮説を幾つも立てて胃を痛くしながら家路を辿ることとなった。


 そして今日、部内戦当日、金曜日。

 ボクは目覚ましよりも早く覚めた眼を擦ることもせずに軽快に家のドアを開けて、足早に通学路を歩き、朝の時間にゆとりなんか求めておらずそんな時間にしか登校できないやむを得ない事情がある人のみが登校してくる早朝に、疲労を感じさせない歩みで教室へと到着した。

 疲労よりも、急かされる気持ちのほうが強かった。

 琴乃が昨日の放課後にどんな話をされたのか、それがとてもとても気がかりだった。どんなに考えてもやっぱり、先輩が琴乃の負けムーブにストレスを溜めていた以外に尤もらしい理由は浮かんでこなかった。というか、考えれば考えるほどにその可能性が高くなっていって、何が適切か自分でも判断できなくなっていた。

 なので、いち早く琴乃に直接聞いて、この不安を取り除きたかった。何もないかもしれないのに、最悪のパターンだけがぽつんと浮かんでいるのは精神衛生上かなりよろしくない。共通のsnsで訊くことも過ったが、わざわざ先輩と何を話していたのかだけ尋ねるのも変な疑いをかけられそうだったのでやめておいた。昨日のことを訊くなら然りげ無くがベストだ。これから“問題の種”を取り除く為に、琴乃の先輩に対する態度について言及するのだから、そこに繋がりそうな会話は今は避けておいた方が良い。機を伺っていたのだと勘繰られたら、そこからどう勘違いされるか分かったもんじゃない。

 早く登校してきてくれ、琴乃

 十数分の間、そう願う。倍以上に感じた時間の後、琴乃は昨日よりも早い時間に教室へと現れた。

 ボクを視界に収めて、おはようと声を掛けてくる。机の横から生えるフックにリュックを引っ掛ける琴乃におはようと挨拶を返して、雑談に興じようと自然に近づく。「今日学校に来るの早いね、なんか用事あったの?」と椅子に腰を下ろしつつ雑談を始める琴乃。それに適当な出鱈目をでっち上げて返して、たった今思いついたみたいに本題を投げかける。


「そういや琴乃、昨日の部活の後、先輩と何話してたの?」

「あー。文化祭の話だよ、文化祭」


 文化祭? 行事予定では確かに9月末に予定されていたけれど、その話はまだ生徒には発表されてないはず……正確には今週の月曜日に集会が行われた文化祭委員以外にはまだ具体的な話はされていないはずだ。口の軽い文化祭委員が知り合いだったり、情報通だったりしない限りは開催日以外の情報は知り得ないはずだ。無論ボクは井世界部のパイプで他の人より早めに知ってはいるが。それだって、知っていたからと何かしらアクションを起こせるほどの情報ではないと思うのだけど。

 ボクは最初に浮かんだ言葉をそのまま口にする。


「文化祭?」


 数える程度しか人がいない1-6教室で、琴乃は声を潜めるように答える。


「僕達はまだ聞いてないけど、2、3年生はもう今年の文化祭の説明受けたらしいんだ。それで、出し物何やるかとかもクラスによっては決まってるらしくて。先輩のいる2-4の出し物で高身長の人手が何人か必要になるかもだから、その時に手を借りることになってもいいかって訊かれたんだよ」


 なるほど。

 その内容だったら琴乃はオッケー出してるだろうな。


「へぇー。でもなんでボクらにはまだ説明してくれないんだろう」

「それはごめんけど僕も分かんないなぁ」


 とぼけてみたけれど、理由は多分、()()()()()()()()()()からだろうな。事前入手した情報によると、お化け屋敷やら射的やらをするのは例年通り二年生と三年生だけらしい。一年生は観客として文化祭に参加するのが水耕高校の伝統なようで、同校の先輩に兄や姉がいる人は今年改めて聞くまでもなくこの事実を知っているようだった。

 ボクは表だって先駆者の知識を得るパイプが存在しないので知らないフリをする。とは言え、二年生と三年生には一年生よりも先に情報が公開されるなんてことは知らなかったけれど。


 なんにせよ、先輩が琴乃に声をかけた理由が分かって良かった。

 ボクは、計画が1日遅れただけで大した支障が出なかった事に安堵した。


   ***


 帰りのホームルームにて文化祭の情報が遅ればせながら公表されて、HR直後の部活が始まるまでの時間で、各々が口々に愚痴を言う。話題は言わずもがな、文化祭で店側ができないことについて。学年差別じゃん、とか中には言う人もいて、割と過激な思想が今は蔓延っている。

 ここら辺のストレスは怪井化しないだろう。ある程度知っていた人間もいるわけだし。その内言葉だけの感情になって、文句すらも無くなってしまうに違いない。

 ボクは物理的に腰を低くする琴乃と一緒に、源泉掛け流しの如く文句たらたらの教室を出る。


「いやーみんなすごいね」


 苦笑を浮かべる琴乃の手には、ついてさっき手渡された課題がある。


「それさ、別に嫌だったら断っても良いんだよ?」


 人差し指で、琴乃の手に挟まれた数枚のプリントをビシッと指差す。それらは今日の放課後までに課題提出ボックスへ入れなければならないものであり、どれ一つとして名前記入欄に琴乃成行とは書かれていない。

 つまりは、あれこれ理屈をつけて提出を押し付けられたというわけだ。

 野球部が近所の高校と合同練習かなんかすると聞き齧ったので、多分クラスの未だ提出してなかった野球部に渡されたのだろうが、毎回こういうのを安請け合いするのはどうかと思う。井世界部としては、ストレスを溜め込んでいないか心配だ。

 当然に、友達としても。

 ボクの忠告に、琴乃は嫌な顔一つせず応える。


「まあ、嫌だって思ったらね。ちゃんと断るよ」


 断れるなら良いのだ。頼まれ事を断れるぐらいの図々しさがあるなら放っておく。でもきっと、先輩相手に明白な接待を敢行する琴乃は、自分を守るという前提が崩れるような頼まれ事じゃない限りは請け負ってしまう。自分が守れない、そこが琴乃にとっての拒否ラインなのだ。

 線引きが危ういほどに偏っている。


 ボクらは部活前に他人の課題を提出するため、職員室前へと寄っていく。クラス教室の並ぶ東棟から職員室のある西棟へと赴き、一年生教室のある一階から課題提出ボックスの置いてある二階へと北西階段を登る。

 その道中、気になる陰口が横を過ぎていった。


「―――タのやつ目ぇ見てきてさぁ、まじキショかったわぁ。なんなんあいつ、――れよ」

「――――本当可哀想だったよぉ。わざわざ――なことする必要なかったのにね。―――――もう、殺さん?」

「―――の――売ったら―――になるかな」


 ケラケラと笑いながら吐き流される誹謗中傷に、多少の違和感を覚える。平常運転と言えば平常運転な罵詈雑言ではあるんだけど、些かジョークとして楽しむには度を超えている気もする。身内ノリの可能性も捨て切れないし、悪口の対象に伝わらなければストレスの発散として割り切ることもできるが……。

 とは言え、思わず覚えた引っかかりを無視するのも勿体なく思えたので、取り敢えず掴める情報は掴んでおく。

 ボクはパッと首だけで後ろを振り返り、流し目で靴のカラーを確認する。緑か。てことは二年生だな。

 それ以上何もできることはないので、ボクは琴乃との生産性の無い会話に脳を休ませた。


   ***


 校舎の南東に聳える細長い建物が部室棟である。耕織館(吹奏楽部の部室)のある林を、耕織館とは反対側に抜けて直ぐにある部室棟は、ぶっちゃけて言うならアクセスが物凄く悪い。校舎と渡り廊下と林と格技場に四方を囲まれているため、日光はまず差し込まないし、部室棟に行くには路地裏みたいな通路を通る必要がある。また、死角だらけなので部活をサボってる人たちが頻繁に見受けられる。

 そんな、良く言えば隠れ家的な部室棟の一室、男子卓球部の部室に入り、木製の棚の一箇所に荷物を置く。なぜ卓球場があるのに別で用意されている部室に来ているのかと問われると、卓球場には更衣室がないからだ。卓球をするためのメインホール以外、部屋が存在しないのだ。一室しかないからメインホールもクソもないし、更衣室どころかトイレも玄関も無い。出入り口はあるが、昨日言ったように勝手口に泥落としマットを敷いただけの即席玄関である。靴箱は焦茶色の木でできたデカいやつが一つ出入り口の側に置いてあるだけだ。本当に正真正銘、卓球をするだけの施設である。

 公立高校の貧乏さ加減が垣間見えて、涙がちょちょ切れそうだ。

 と、そんな皮肉ったようなお涙はトイレに流して。

 今は男子卓球部の部室に琴乃と二人である。当たり前のように冷房なんか設置されていない部屋で、窓と入り口の戸を全開に開け放ち部活の支度をする。着替えの際に人目は気になるものの、蒸されることを考えると背に腹は変えられない。これで熱中症になったら学校側を訴えることができると、割と本気で思う。

 部室に置いてある荷物から察するに他の部員はみんな卓球場に移動しているようだった。

 残暑と課題提出を頼んできた人には感謝だな

 ボクが無干渉で琴乃と話し合える空間が生まれたのは嬉しい誤算である。

 ……であるけれど、誤算は嬉しいけれど、計算に入れてあるほうはちっとも乗り気になれない。友達に説教じみたことを言うに当たって喜色満面に溢れた表情をする人間が一体全体どこにいるだろうか。友達を相手に我を通して得意満面になる人間が世界のどこにいるだろうか。

 きっと井世界にだっていやしないだろう。

 それでも、やらなきゃいけないのだと決意を固めて、苦々しく覚悟を決めて、誤算に乗っかる。


「ねぇ、琴乃ってさ、」


 窓から戸へと吹き抜ける風が室内のあっためられた空気を掻っ攫い、木陰の匂いを運び込む。その心地よさに覚悟を揺さぶられつつ、ボクは琴乃を煽る。


「琴乃って、優しいよね」


 ワイシャツを脱ぎ、半袖ジャージを着る琴乃の小指が袖に引っかかる。


「え? いやいや、そんなことないよ」

「そんなことあるよ。他の人がやりたがらないことやったり、他の人が気にしてないこと気にしたり。優しくないとできないことを琴乃は沢山やってる」


 ジャージを上下共に着終わり、棚に置いたワイシャツを畳もうとして、琴乃は取り落としてしまう。

 

「いや、僕より優しい人なんていっぱいいるし」


 拾いながら、琴乃は否定する。ワイシャツについた埃を払い、ボタンを留め忘れたままいつもより不恰好に畳んでいく。

 

「琴乃はほんっとうにどこまでも優しいよね。他人のことをここまで慮れる人はなかなかいないよ」


 木造家屋の壁板を強風がべりべりと剥がしていくように、ボクは言葉を選び放つ。


「いや、だから」


 謙って訂正を入れてこようとする琴乃を遮って、ボクは褒めちぎる。


「誰にも真似できないレベルで優しいよね。優しさの権化っていうのか、天性のものなんじゃないかな。生まれつき人に優しくする才能を持ってるみたいな」


「だから!!!!」


 琴乃は顔を真っ赤にして叫んだ。


「………………僕のことが嫌いならそう言えよ……」


 一転して、静かな口調で刺される。静かなだけで、感情は剥き出しだ。


「いや……ごめん」


 謝る心の中で、ボクは次の段階に移行する言葉を探し始める。

 今回の件の遂行の為に、琴乃には本心を曝け出してもらわねばならなかった。今までも遠回しに「本気で先輩と試合したら?」的なことを何回か言ってきたけれど、そのどれもが琴乃には届かなかった。元々心に壁があるタイプだから致し方無しとこれまではしてきたけれど、もうそうは言ってられない。琴乃から本音を聞き出して、琴乃の本心に伝える為には、煽ってそこに乗っからせるしかなかった。琴乃自身で厚い壁を壊し、厚い殻を破り、厚い皮を剥いでもらうしかなかった。

 

「嫌いってわけじゃないんだ。ただ、自分でもどう伝えればいいのか分かんなくて……それでこんな言い方に……」


 こんな方法しか思いつかなかったという意味では本当だ。


「どう伝えればって、何を伝えたいのさ」


 語気が強く、感情的になっているのが分かる。

 ボクは、今度は煽りとして受け取られないよう細心の注意を払いながら言い渋るような態度で話す。


「……琴乃さ、えと……先輩と試合する時……本気出してないでしょ」


 虚を衝かれように固まる琴乃。

 

「あれってなんでなの?」


 途端にいつもの調子に戻り、後ろめたいことでもあるように視線をボクから外す。図星だったのか、唇を引き結んで無言を貫く。

 このまま殻に戻しちゃ駄目だ


「ボクは、琴乃は先輩に華を持たせようとしてるのかなって思ってるんだけど」


 琴乃は目を細め、窓の外の裏路地的風景をじっと見つめる。

 風がなくなり、熱が籠る。

 その熱に掻き消されてしまいそうな声で琴乃は呟く。


「………………禍井の言う通りだよ。僕は先輩の為に本気で試合してない」


 琴乃が手抜き行為を認めた。

 慎重に、焦らず、疑問をぶつける。


「どうして? 先輩に勝つと部活の雰囲気が気まずくなるから?」


「……いや。そういう先輩たちじゃないのは分かってる。禍井たちも違うってのも。……寧ろ、僕のせいで雰囲気壊してることも分かってる」


 途切れて、言い淀むように両手の指先を絡ませる。忙しなく、訪れさせた静寂を埋めるように指をいじる。

 ボクはどう続きを促そうか、助け舟を出そうか考えあぐねる。

 そこへ、しばらく止んでいた風がふわりと吹いた。


「ち、中学の時からの癖なんだよ。中学の部活でやった最初の部内戦で先輩に勝っちゃって、その時に陰でさんざん言われたから。それ以来、勝負事で目上の人相手だと勝てなくなったんだ」


「……」


 中学生の頃の話、か。

 その後の癖になるほど尾を引いているということは、よっぽどの言われようだったに違いない。

 トラウマを植え付けられてそれで自分が苦しいのは当然、今は高校の部内の雰囲気を悪くしてしまっていることで二重苦になっている。

 琴乃だって、そんなしがらみの如く絡みついた苦しみからはとっととお別れしたいだろう。

 ならば、今やることは計画通りの一つだけだ。


「琴乃、大丈夫だよ。さっき琴乃が言ったように水耕高校男子卓球部はそういう人達じゃない。それは琴乃以外のボクが客観的に見ても明らかだ。あの人達なら琴乃の本気に対して怒ったりしないよ」


「……」


「もしなんか言われたらボクが庇うから。だからさ、先輩と一回バチバチの試合してみよう」


 琴乃は不安を顔の影に隠しながら、頷いてみせる。


「うん。本気でやってみる」


 琴乃が部室を出ていき、一人サウナに取り残される。

 やれるだけのことはやっただろう。後は本人がどうするかだ。

 それにしても、過去のトラウマがあったとは知らなかった。琴乃の中学の話は何度か聞いたことがあったけれど、そんな話は一個も聞いたことがなかった。まあ普通に考えてトラウマを抱えた出来事を人に話したりしないか。

 優しさとトラウマ。生来の怯えた優しさが無ければ、あそこまでトラウマを引きずることもなかったとボクは思う。

 陰口の程度にもよるだろうが、琴乃がそういうのを引き摺るタイプであるのは過去を詮索するよりも先に今の姿を見ていれば分かることだ。


 兎にも角にも、今日中の解決を目指すのであれば、できることはもう無くなった。

 後は琴乃が心機一転してくれるよう祈る他ない。


   ***


 その後、琴乃は宣言通り実力を出し切った試合をした。数人いる先輩と勝って負けてを繰り返し、一年生で勝てる人がいない部長にもあと一歩勝てるかというところまで善戦した。

 結果的に、今まで手を抜いていたことが部員の前で証明されてしまったけれど、そんなことよりも琴乃が心を開いてくれたような雰囲気が部内には広まった。いらない遠慮が取っ払われて、琴乃と他部員の距離は心なしか縮まった気がする。

 優勝を目指しておらず、勝ち負けに執着してない部活だからこそ、仲良くいることが重要で、勝ち負けに関する忖度は不要なのだ。


 優しさの本質は自己保身だと言ったが、ならば、自己保身はどんな人間がすることだろうか。

 そう、弱い人間だ。より正確に言い表すなら、弱いと自覚している人間だ。

 自分は弱いから、素のままでは集団内で生き残れない。だから、強いものに優しくして仲間になってもらい、弱いものに優しくして仲間を作る。

 優しくするとは、媚び諂いであり、恩貸しである。

 それ自体が弱者にとって何にも勝る武器であり、弱者たる何よりもの証拠なのだ。

 琴乃は弱いという自覚があった。多分、人の何倍も。自己評価が底抜けに低いのだろう。

 故に、人の何倍も自己保身(やさしさ)に躍起なっていたのだろう。

 優しくすることが、唯一の殺されないための方法だと言わんばかりに。

 命惜しさに周りが見えなくなっていた。


 自分を守ることは大切だ。

 だけれど、他人を心から気遣うことも大切だ。


 それが巡り巡って自分の保守に繋がるから。


 情けは人の為ならず、ということだ――――。

一旦ここで区切ります。続きは思いつき次第書きます。



因みに水耕高校は作者の母校を元に作ったので(と言うかまんま母校)、建物配置分かりにくいよ!という人は各々の母校で彼らを動かしてもらって大丈夫です。建物配置が違っても物語に支障は出ないので。




この話を投稿してる期間中にブックマークと評価ポイントをもらっていることに気づきました。いつからか分かりませんが本当にありがとうございます。

読まれているだけでも嬉し恥ずかしなのに、反応を貰っていると知って歯磨き中にも関わらず思わず小躍りしてしまいました。本当にありがとうございます。歯がとても綺麗になりました。

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