よるべなき語らい
今回の部分だけでも理解できる文章を目指しましたが、余裕があるなら『月夜、問題児と通話中』を先に読んでおくことをやんわりとお勧めしておきます(他には『放課後の苦闘・没』と『頭痛のやまない午後』の会議シーンも)。
読まないと着いていけないというわけではなく、理解が早くなるかも?というだけなので全然読まなくても大丈夫です。
夕暮れの余韻すらも冷めて目下のバスケットゴールがやけに大きく感じられる放課後、私は舞った埃が外の街灯に白く色付けられて闇へと落ちていくのを漠然と眺める。バスケットのゴールとは即ち籠のことだから、バスケットのバスケットということなのかなとか、疲れていい加減な働きしかしない脳でぐったりと体を鉄製の柵に預ける。脳が疲れれば体も疲れる。その逆も然り。
やっぱり人生この身一つなのだなと、疲れた脳みそ以外では辿り着けない連想ゲームの境地に辿り着く。
するとそこへ
「やっ! お疲れちゃん。間井」
と、モノクロの世界に似つかわしくない、お昼の情報番組を思わせる声がギャラリーの上り口から張り上げられる。
そちらを向くと、差し込んだ街灯の灯りの中で、敬礼みたいに右手を頭の斜め上に持ってきている下井がいた。ニカッ、という擬音が聞こえてきそうなまでの満面の笑顔に、釣られて顔を綻ばせてしまう。
「やっ、下井こそお疲れ。申し訳ないね。こんな時間に」
「うんにゃ。お疲れだし、こんな時間ではあるけど、あたしもあたしでやることあったし。それはお互い様だよ」
言いながら下井は、私の隣の落下防止柵に肘を落ち着け、左手に持っていた紙パックのストローぐちへ剥がしたストローを差し込む。
楕円型の眼鏡のレンズの奥から、疲弊した脳に糖分が流し込まれたのが読み取れる。
いくらか経った辺りで唇を離し、下井は塗装が剥げた柵に左手を絡ませつつ小首を傾げてくる。
「それで、話したいことって何? まさか頼まれてた件の確認をする為だけに直接会ったわけじゃないでしょ?」
私は差し出された青いパッケージの紙パックを受け取り、一口飲んでから答える。
「もちろん。そっちの件は伝えてた期限までまだあるし。今回は別のことで相談したいんだ」
返ってきた紙パックのミルクティーを受け取って、下井はピンクのメタルフレームをきらりと光らせる。
「相談? 依頼じゃなくて? 久々だね。どのことについてかな。あ、そうだ。忘れないうちに言っておくと、もう終わったよ頼まれてたやつ」
「本当? ありがとう、相変わらず仕事が早くて助かるよ。それならそっちの話から聞こうかな」
剥き出しの錆びた鉄の棒を両脇に抱えるようにもたれかかり顎を乗せた状態で、下井は紙パックを宙にぶら下げ、話し始める。
「間井の予想通り水汲みポンプね、動いてたよ。筆耕館での合同授業中に抜け出して見てきたんだけど、昼間でもキコキコ上下してた」
「……やっぱりか。ここ一週間で急激にプールの怪談が流れ始めたからおかしいと思ってたんだ」
「うん。あたしも実際に見たって声が多くて、噂にしてはやたらと真実味を帯びてたから気になってたんだよね。だから多分、間井に言われずとも一人で確かめに行って止めてたんじゃないかな」
「……え? 止めたの?」
「? うん。こう、手で持って止めたよ。なんかまずかった?」
「いやまずくはないけど、相変わらずすごい胆力だなあって。ポルターガイストを素手で止めるって、腕力も胆力も並みの人にはできないよ。てか、止めれたの?」
「それがさ、聞いてよ。あたしも本気で止めれると思ってなかったんだけど、手で触った瞬間に一時停止したみたいに固まっちゃってさ。そこからはもうあたしが自由に動かせて、手を離してもピクリとも動かなくなっちゃった。糸が切れたみたいにと言うか、元の手動ポンプに戻ったみたいにと言うか。ほんっっとに怖かったー。勝手に動くのはいいけど、勝手に止まるのは無しだよね。今思い出しても手汗出てくるんだけど。……触る?」
「いや別に。そっか、一回触れたらもう動かなくなっちゃったのか」
「あり、触っちゃまずかった?」
「んーん、そんなことないけど。ただ、動かなくなった場合は災厄は訪れるのかなって」
「あー、“手押しポンプより出でし災厄”ってやつ? そんなんで阻止できる災厄なら言い伝えられないんじゃない?」
「やっぱり当たり前にそうだよねぇ。この先も定期的に点検しに行かなきゃいけないかぁ」
「災厄が防げたことを期待するならそれは必要ないと思うけどね」
「そういうわけにもいかないさ。この前簡単に話したけど、部長にだけ伝えられて、部員にはその時まで伝えてはいけないって言われるほどの曰くつきの伝説なんだから。『いつの日か災厄は必ず訪れる。時を同じくして英雄も現れる』みたいな、ざっとまとめるとこんな感じの。その始まりが手押しポンプらしいんだけど、いかんせん部長だけが代々口伝で受け継いできたものだから、詳細とかほぼ欠落してて、途中で話が繋がってなかったりもするんだよ。てか、もうほぼぶつ切りの別々の話を幾つか伝承されてるに等しい。だから、申し訳ないね。わざわざ頼んでおいて対処法は自分たちで模索していくしかないんだ」
「なるほど。てかさ、そんなボロボロの状態で渡されたなら、案外先代もよく分かってなかったのかもね。話半分で受け取って、冗談のように継承したのかもよ」
「はは、鬱櫛井さんが? ないない。普段はおちゃらけてる人だったけど、なんなら真面目な場でもふざける人だったけど、物事の重要な部分を欠くような人じゃなかったよ。あの人は物事の重要度を見極めるのが非常に上手かった。芯を見定めて、適切な行動を取れるのが鬱櫛井さんだった。私も一部の人にはカリスマだなんだと恥ずかしながら言われているけど、鬱櫛井さんは私なんかの比じゃなかった。半年の間、井世界部の部長をやってきたけど、まだまだ見習うところばかりだ」
「……ふーん。天下のカリスマ生徒会長をして、去年の水耕高校おふざけ担当には敵いませんか」
「おふざけ担当って……ははは。そうだね、学校行事の度に鬱櫛井さんは仮装をして盛り上げようとしていた」
「盛り上げてたとは言わないんだね」
「盛り上がってたのは一部の生徒と先生だけだからね。目立つ人間には一定数、確実に反対派が湧くものさ。下井も知ってるだろ?」
「そりゃね。井世界部に入部してから二年半の間……と言うか妹が生まれてからはね。人気者の妹を持つと色々と大変さ」
「ああ、ごめん。そんなつもりはなかったんだ」
「いいよ。こっちが勝手にヘラっただけ。それはさておき、学校の怪談も去年の懐古談も、あたしが呼ばれた目的じゃないんでしょ? あたしに相談しなきゃならないことって一体なに?」
言って、下井はどこからともなくボールペンを取り出し、紙パックとは反対の手で回し始める。初めて見た人からすれば話を聞く気がない生意気な態度だが、井世界部入部以来の付き合いがある私が見れば集中して話を聞く真面目な態度である。
下井にとっては、ペン回しが一番頭が働く方法らしい。睡眠を挟むよりも、糖分を取るよりも、ペンを回しているほうが頭がキレるとは本人談だ。いつだったか、治せない悪癖だと語ってくれた。
「相談したいのは唐井くんのことなんだけど、下井がどれくらい知ってるのか分からないから、順を追って話していくよ」
「ハハ、また彼のことか。懲りないね、唐井も。あたしは一応、間井と小金井ちゃんが二人で通話したことまでなら知ってるけど」
「え、本当?」
「本当。」
「えぇードン引きだよ。毎度のことながらいつもどこから仕入れてるのさ、井世界部員の情報。井世界部員以外の人の行動を把握してるならまだしも、秘密裏に動く井世界部員の機密情報を持ってるのは部長としては普通に脅威だよ」
「大丈夫だよー。あたし以外にはバレてない。少しばかりあたしが情報集めるのが上手いだけ。集めて、考えるのが大好きなんだ」
「なるほどね。カマをかけられたわけだ」
「だーいせーか〜い。あたしが知ってたのは間井と小金井ちゃんが同時に消えたタイミングだけ。通話してたんだろうなっていうのは確信に近い推測。小金井ちゃんと通話する前に間井が唐井と通話してたのも知ってるから、なんとなく、ね。唐井は何かと問題引き起こしがちだし、つい最近もやらかしてたし、それに今回は小金井ちゃんも彼に巻き込まれてたっぽかったから、九割九部通話だろうなと」
色々と理解はしたが、だとしても私と小金井くんと唐井くん、この三人が人目から完全に消えたタイミングを知ってるのはやはり危機感を感じざるを得ない。表向き無関係な人間のそんな情報、どうやって仕入れてるんだ。
「話が逸れちゃったけど、通話の内容までは知らないってことでいい?」
「そうだねー。流石にそこまでは流れてこないし、憶測もできない」
「なら、その前のところから話した方が良さそうかな。
――――先週の月曜日に、緊急部集会をしたの覚えてる?」
「したね。覚えてるよ。子トカゲっていうお喋りな怪井と、ひ弱で群れるオタマジャクシの怪井、この二つが議題だったかな」
「そうそう。子トカゲは要警戒、オタマジャクシのほうは井世界的脅威度が低いから原因の捜索を中心にって結論を出したんだ。でも、大事なのは終わりじゃなくて始まりのほうでさ。下井、子トカゲの話をする時に最初なんの話からしたか覚えてる?」
「確か、小金井ちゃん発の、人が死んだって噂の収拾をつけてなかった? 名前はぼかしてたけど、あれって唐井のことだよね」
「相変わらず耳が早いね、説明が省けて助かるよ。下井が言った通り、唐井くんが死んだって噂が一部の井世界部員の間で流れたんだ。私は割と早い段階でそれを掴んでて……それこそ下井と同じぐらいじゃないかな」
「木曜日の昼頃?」
「あ、下井のほうが少し早いね。私は木曜日の放課後だったよ。子トカゲが現れて、その次の日には既に死亡の噂が流れてた。部長としてはこのマイナスイメージがある噂を見逃すことはできなかった。ただでさえ部員同士の過度な交流を禁止してるからね。不用意な不信感を抱かれちゃ困る。だから、私はまず当事者である唐井に話を聞く為に通話の約束をした」
「約束か。噂の裏を取る時間もないなんて大変だね、生徒会長も」
「でもそのおかげで入手できる情報もあるから、プラマイゼロだよ。で、約束はしたんだけど、あまりにも忙しすぎて結局通話をするのが月曜の放課後になってしまった。つまりは、緊急部集会の後に唐井くんへ噂の真偽を確かめることになってしまったんだ」
「なるほどなるほど。唐井の発言を元に会議で訂正なり共有なりするつもりが、順序が逆になってしまったと。だから会議での返答が煮え切らないような、間井にしては珍しく濁すような言い回しになってたわけだ」
「そうだね。あれは部長失格だったと思うよ。「私は噂のような事実を耳に入れていない」、なんて。鬱櫛井さんならもっと上手く返してたのかな」
「どうだろうね。あたしは案外あの人なら茶化して終わりな気もするよ」
「あはは、そうかもね。……それで、会議で私は逃げるような返事をしたわけだけど、でもその後の小金井くんの返事で私は噂が真実であることをほぼほぼ確定した」
「小金井ちゃんは確か、私も子トカゲに人が殺されたなんて知らないと答えていたね」
「うん。下井もここら辺までで勘づいてるんじゃない? 情報収集が得意で、それを元に考えるのが好きなら」
「そうね〜。唐井死亡の噂の出所が小金井ちゃん。そして唐井死亡を否定したのも小金井ちゃん。彼女の言葉は矛盾している。というか、多分だけど、会議の時に嘘を吐いてる」
「さすが。理解が早くて助かるよ。私と読みもおんなじだ。小金井くんが嘘を吐くというのは、騙されているか言い含められているかでもなければ天地がひっくり返ってもありえない」
「彼女は生粋の正義漢だからね。それを騙す詐欺師が唐井というわけだ」
「そういうこと。案の定、月曜の夜に取りつけた通話でも、唐井くんは本当のことを言わなかったよ。彼は口が固いけど、今回ばかりは簡単に割って欲しかった」
「唐井の口が緩くなるのはあの人だけだからね〜」
「唐井くんと通話した後、日を跨いで小金井くんとも通話した。その時はね、洗いざらい知ってることを全て話してくれたよ。子トカゲが現れたあの日、井世界に戻ったらバラバラに解体された唐井くんがいたこと。しかも、徐々に復元している最中だったこと。唐井くんは暫くして息を吹き返したこと。これら全てを共有すべきと思ったが、唐井くんから口止めされたこと。けれど疑念から他の部員に喋ってしまい、再度黙っていることが正しいと念押しされたこと」
「………………一度死んで、蘇生か……信じられないけど、小金井ちゃんの言葉なら信用に値するね。特に、自分が乗せられていたと知った直後なら尚のこと。それにしても、よく話してくれたね小金井ちゃん。あの類の人間は信じたものにすごく頑固なイメージがあるけど」
「それは、小金井ちゃん自身がそもそも疑ってたからじゃないかな。唐井に念を押して諭されたとは言え、疑念が粉ほども残らなかったわけじゃないだろう。きっと、本当に黙ったままで良いのかなって思ってた所に私がメスを入れただけなんだよ」
「あー、まあ、確かにね。唐井よりも部長の言葉を信じれるっていうのは得心がいくよ」
「あとは、黙ってることよりも全てを打ち明けることのほうがより“正義らしい”からかな。直感的な正義を誤認させるのは、どれだけ口八丁な人間でも難しいだろうからね。
――――通話の内容はこれで全部かな」
私は話し疲れたので、休憩の意味を込めてひと段落つける。
が、下井はペン回しを続けながら、反対の手に持ったミルクティーを私の胸に突き出して
「おっけー。ここまでが下準備で、ここからが本題だね。でも話を聞いた感じ、どこに相談したいポイントがあるのか分からなかったんだけど」
と、ニコッと、来た時に浮かべたものとは異なる人好きのする笑顔で言い放つ。
これ飲んで早く続きを言えってことか……
人好きのする笑顔だが、私はトラウマになりそうだ。
私は下井のくれたミルクティーを一口含み、飲み終えてから視線と会話を戻す。
「そう? 割とあからさまに避けてる謎があったと思うんだけど。語り手になってると聞き手の視点が分からないもんだね。
――――本題に入ると、相談したいことっていうのは、唐井くんがなんで私に嘘をついたのかってことなんだ。嘘をついたって言うか、なんで死んで生き返ったことを黙っていたいのかって、その理由が分からないんだ。本来なら小金井くん同様、全員に共有して警戒を促すべき事案なのに、唐井くんはあり得ないことに握り潰している。小金井くんに釘を刺してまで隠蔽を企んでいる。一体なぜなんだ? なぜ怪井を庇うようなことをしている?」
「え、そこ? めっちゃ簡単じゃん」
「もしかして下井は思い当たる節があるのかい?」
「まあ。唐井の性格と、井世界部の在り方を考えれば自ずと答えは出てくるよ」
「唐井くんの性格なら知ってる。彼は問題の解決に対して忠実な人間だ。問題行動は多いけど、彼なりの真面目さの結果であることは重々承知だよ。もう少し相談することを覚えて欲しいと常々思っているけれど……けれど、人の生き死にが関わるようなことを報連相しないほど孤独に溺れてはいないはずだ。井世界部の在り方に関しては、『井世界に関する事物の一切を部員以外に知られてはならない。』っていう部則がある以上仕方がないと思うんだけど。部則に逆らうことはできないし、メリットが絶無だよ」
「アハハ、どっちのヒントも見事にすれ違ってるよ。唐井のほうは人の命が関わってるから隠匿してるんだし、井世界部のほうは部員同士の無関係さが問題なんだ。……後は、そうだな、間井の性格なんかも考慮すると分かりやすいのかなぁ」
「私の? ……………………ギブアップだよ下井。いくら勿体ぶられてもピンと来ない。私は色々考え抜いた末に下井に相談してるんだから、素直に教えてくれると助かるよ」
「え〜? そう? 間井は焦り過ぎてて、考え過ぎてるだけだと思うんだけどなぁ。普通に答えだけ教えてもつまんないし、噛み砕いて理由から説明していくか」
「そうしてくれると嬉しいよ」
「間井ってさ、もし子トカゲが現れた件の水曜日の段階で唐井から通話で蘇りましたって言われてたらどうしてた?」
「それは勿論、後日に緊急部集会を開いて全員に周知してもらうよ。ていうか、当然のように件の水曜日にも唐井と通話してたこと知ってるんだね」
「安否確認でしょ? 部長が異常事態にしないほうがおかしいよ。死にはしなくても怪我はするんだから。……じゃあ、月曜日の部集会の後に実は蘇ってましたって報告されたら?」
「それも後ほど部集会を開いて全員に知ってもらうかな」
「だよね。どんなタイミングでも間井なら情報が確定し次第絶対に共有の知にするよね。じゃあさ、タイミングが重要じゃないならさ、なんで間井は今、公表してないの? 部集会を緊急で開いて、唐井が死んだことを全員に共有してないの? 唐井の黒が殆ど確定してるのに」
「……あ、そうか……」
「分かった? これさ、多分だけど間井が見逃してるキーが二つあって、最初に出した二つのヒント、そのどっちかに気づいてればで解けたんだよ」
「言われてみれば確かに。後から出された私の性格もなかなかに重要なピースな気もするけど」
「アハ、確かにそうだね。そもそも、間井はなんで唐井死亡の噂を広めないように動いてたんだい?」
「マイナスイメージの噂が広まると部員にいらない混乱を招くからだ。具体的に言うなら、死への恐怖から退部する部員が出てくると思ったからだ。その噂が真実ならさっきも言ったように大々的に告知するけれど、もし嘘ならただ不信感が生まれるだけだ。部長としては、そんなことは何が何でも避けたい。井世界部はただでさえ繋がりを禁じている。不信感と共に暮らしてるような部員たちを、更に不信の沼に陥れるようなことは断じてしたくない。だから、噂の拡大を抑えようと、会議ではあんな言い回しになってしまった」
「では、その噂が真実であると小金井ちゃんから聞き出したにも関わらず未だ緊急会議を開かないのは?」
「確証が得られていないからだ。私は、小金井くんからの情報だけでは全体にアナウンスできないと思っている。なぜなら、子トカゲに襲われた当の本人の話を聞いていない。唐井くんの話を聞かない限り私は蘇生の事実を信じることができない。そして私が信じれない情報を部員たちに発信するわけにはいかない。顔も名前も秘匿が基本のこの部活において、信用は命と同等の価値を持つ。信用が危ぶまれる情報は迂闊に流さないが吉だ。信用を確保する為には、床板の溝ほどの不信用も見逃さず、通達は保留にする。そういう方針にしている。だから、」
「だから?」
「そのことを理解して、唐井くんは私に真実を話さない。嘘が嘘だとバレていても、きっと唐井くんは本当のことを口にしない。小金井くんが私に話すことも、織り込み済みなのだろう。私が部員に暴露する為のラストピースを自分が握っているからって」
「じゃあなんで唐井はそんなことを?」
「私とおんなじ考えに至ったからだ。部活動に死がチラつけば、退部する部員が数人は必ず出る。現状でも猫の手を借りたいほどなのに、これ以上減ったら今度は忙しすぎて死人が出るだろう。一人一人の負担を維持する為に、唐井くんはだんまりを決め込んでいる」
「そう。大々々正解だ。唐井は、間井が信用の為ならどんな僅かな埃も見落とさないけれど、同時に信用の為ならどんな情報も共有してしまう性格だと理解していて、今のギリギリで活動している井世界部を維持する為に、死者蘇生を秘密にしている。
実に彼らしい、問題の解決(怪井の殲滅)に忠実な思考回路だね――――」
“災厄”みたいに公開してない情報もあるのに。と付け足して、下井はペンを止める。
「痛いところを突かれてるよ、本当。隠し事をしない姿勢が完全に裏目に出てる」
「間井も別に既知の全てを報せてるわけじゃないのにね〜」
下井はボールペンを胸元のポケットに引っ掛けて言う。
「一応言っておくと、これは全部あたしの憶測だってこと忘れないでね」
「ああ、わかってる」
返事はしたものの、これ以外にすとんと落ちる考察もない。
「ありがとう。ここ数日の疑問が解消されたよ」
「ん。どういたしまして。ほいじゃ、相談も終わったことですし帰りますか」
下井は指を組み、裏返して頭上にあげる。そのまま伸びをしてギャラリーの階段へと消えて行く……かと思いきや、手摺りの切れ目で立ち止まった。
「一つ、井世界部員として言わなきゃいけないことがあったよ。」
言わなきゃいけないこと? 一体なんだろうか。
一度休憩に入った思考が重い腰を上げかけるが、次の言葉は直ぐに置かれた。
「あの人のことがあるからか分かんないけど、唐井に対して甘すぎるんじゃない?」
静かに、静かに私の心に突き立てられたその言葉は、下井がいなくなった後も暫くの間私を動けなくした。
動いたら、余計に傷が広がる気がして
動いたら、その言葉が抜けてしまう気がして
それから10分か、1分か、定かではない時間ののち、私はゆっくりとギャラリーを歩いた。
この直後に下井がオタマジャクシ(足)の話を思い出して間井にメッセで報告する、というクダリがあります。
今後描写するかどうか曖昧なのでここに記しておきます。
サブタイトルの『よるべなき語らい』は一万字を超過した為に削った部分の名残です。なかなか良いセンスだと思ったので残しました。




