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僕らのマル秘井世界部!  作者: 何ヶ河何可
21/61

心が痛い #弍

 夕焼け空、校舎が黄金色に染まる月曜日。

 私は吹奏楽部の練習に参加せず、井世界部の放課後の見回りで校内をうろうろ歩き回っていた。

 左手の輪っかを目の端で捉えながら、スマホで時刻を確認する。もうそろそろ部活が終わってみんな帰り始める頃だ。

 ついでに、ホームを開いて通知を確認するも、誰からも何も来ていなかった。

 大丈夫かな 門ちゃん

 金曜日の朝に別れて以降、手術当日の土曜日から本日月曜日まで一度も連絡が取れていない。一度だけ昨日に術後の無事を確認するメッセージを送ったが、返信はおろか既読もつかなかった。

 報せがないのが良い報せとは言うけれど、それでもやっぱり「大丈夫だった」という良い報せは欲しいというものだ。その方が安心できるというものだ。

 昨日から数えて手術からもうほぼ2日が経過がしたと言ってもいい現在、私は再度送りつけるのが憚られて、メッセージの記入と消去を幾度か繰り返している。

 と、そんな折、開いていたトーク画面に一通の文言が寄せられた。


<門ちゃん

 病井さん会いたいです


 緊急事態を察して、急いでスマホに文字を打ち込む。

 今どこいる? 家向かおうか? と。

 ものの1秒程度で、返信が来る。体感では1分に感じられた。


<門ちゃん

 今学校にいます


 門ちゃんは今日休みだと聞いていたがどういうことだろう、という浮かんだ疑問を丸めて捨てて、この時間なら吹部がもう終わっているはずだと、門ちゃんに耕織館に来れる? と送信する。

 秒で肯定をもらい、私がいた一階の北廊下から最短距離で耕織館に急ぐ。一年生教室を内履きのまま飛び出し、林の中を走って、全員が帰った耕織館のドアを合鍵で開ける。

 館内の電気をつけて、一度冷静になるために外を見ると、空には藍色が混ざり始めていた。

 それから数分、玄関口に戻って林内に目を凝らしていると、遠くに暗い影が現れた。

 走るようにして近づいてきた門ちゃんに駆け寄る。


「門ちゃん、大丈夫?」


 答えず、門ちゃんは握られた手を握り返してくる。


「中入ろう? ここじゃ目立っちゃう」


 人目があったわけではないが、他部活が終わっていつ晒されてもおかしくはない。

 震える門ちゃんを誘導して、明かりの灯る耕織館に連れて行った。


   ***


 椅子を二つ持ってきて、見たこともないほど暗い顔をした門ちゃんを座らせる。私は、ホールのカーテンを閉めてもう片っぽの椅子に腰掛ける。

 門ちゃんは学校のジャージを着ていた。それも多分、外に出るにあたって、学校に来るにあたって、取り急ぎ着用したという感じだ。所々めくれていたり、中に着ている部屋着が隙間から見えている。髪もぼさぼさだ。

 私は髪を撫でて整えながら、ゆっくり話しかける。


「門ちゃん、ここまでは車で来たの?」


 首を横に振る。


「歩いてきたの?」


 首を縦にする門ちゃん。

 門ちゃんの家から水耕高校までは、自転車を使うのが一般的な距離だ。徒歩でも来れないでもないが、雨や雪の日に車やバスではなく徒歩になる程度だ。間違っても、手術直後に自宅療養中の人が歩く距離ではない。


「お母さんとか、お父さんには言ってきた?」


 首は横に振られる。

 ということは、私に会えるかも分からないまま無断で家を飛び出して、学校に着いてから私にメッセを送ってきたということか。

 ……

 門ちゃんは既に涙を流しきったような顔をしている。

 泣き腫らした後の目元と、それでも泣きたりない目の奥。

 涙は枯れても、悲しみは湧き上がってくるような。

 一種、虚な目をしていた。

 空虚な悲しみで満たされた目をしていた。


「何があったのか、聞いてもいい?」


 心が苦しくなった。


「ど、土曜日に」


 僅かに口が開く。


「一昨日に、中絶したんです。それは、ちゃ、ちゃんと、成功しました。手術には成功して、な、なんの滞りもなく終わりました。ひ、日帰りだったので、土曜日の、その日のうちに家に帰れて。……帰って」


 詰まった息を、深呼吸をして整える。


「わ、私、本当に怖かった。本当に、本当に、後悔した。怖くて、怖くて。手術が終わって、病院にいる時はまだ分からなかった。でも車に乗って、外を見てたら気づいたんだ。あぁ、私は、やっちゃったんだって。一つの命を殺しちゃったんだって。私の都合で産んで、私の都合で人を殺したんだって。私は一人の人間の、命の将来を作って、潰したんだ」


 思い全てを吐き出せるようにと、背中を摩る。


「その日の夜は、家族の前でも、泣きました。自分のせいだけど、泣くのは自分じゃないと分かってたけど、でも堪えられなかった。止まらなかった」


 門ちゃんの握る手が強くなる。


「それで、土曜日はいつのまにか寝ちゃってて」


 全身の震えが、触れる腕からだけでなく見て分かるようになる。


「日曜日、昨日、起きたら心に穴が空いてたんです。真っ黒な穴が。心を円形に削り取った黒い穴が。心を覗き込むみたいに。それが怖くて、怖くて、痛くて、痛くて。きっと私に殺された子が化けて、取り憑いたんだ。私を忘れないでって。なんでって。なんでこんなことって。こんなことするのって。だから、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいって私は謝り続けてる。ごめんなさいで済まないのは分かってるけど、でも、それ以上のことは思いつかなくて。

「でも、なのに、ごめんなさいってしてるのに。それで許されるとは思ってないし、楽になろうとも思ってないけど、でも、それでも、ずっと痛くて。痛くて痛くて堪らなくて。空いた穴はどうやっても塞がる気がしなくて。何をしても、黒いままで、傷口に吸い込まれていって。私には、もうどうしようもなくて。謝るしかなくて。

「そして、そのまま今日になって。穴が空いたまま、朝になって。もうどうすれば良いのか分かんなくなって、家族にはこれ以上迷惑かけたくなくて、頼りたくなくて。だから、病井さんなら、病井さんには相談できるかもって、そう思ってその時初めて手術後にスマホ見たんです。

「スマホを開いて、病井さんから通知来てるの気づいて、それと一緒に、たいようからも通知が来てて。日から来てっていうか、厳密には違うんです。私と日は皆と連絡取る用のアプリとは別のアプリで連絡取り合ってて、日とだけ通話をする為のアプリをインストールしてるんです。そのアプリから通知が来たっていうか。

「……その通知内容が、ブロックされたっていう通知で。私、訳わかんなくなって。それ以外での日との連絡手段は知らなかったからどうにもできなくて。メッセージも通話もしてみたけど全部無駄で。理由を考えたら、妊娠のことしか思い浮かばなくて。でも、なんでって、なんでバレてるのって。その時に、一瞬でも病井さんを疑っちゃって、それが嫌で、自分が嫌になって、嫌いになって。ごめんなさい。他の人にも自分から言いふらしてたのに、先輩を疑っちゃって。本当にごめんなさい。

「……その後、自己嫌悪で自室に引きこもってて。でもやっぱり午後になってから病井さんに会いたくなって。部活終わったタイミングならって思って、家を出たんです。

「そしたら私、そこまで頭回んなくて。さっき、日に鉢合わせちゃって。それで、そこで、日に言われて。

「全部、自分が悪かった。自分だけが悪だった。自分のせいで、自分の責任で……。私は底の見えない愚か者だ。飛んだ大馬鹿者でごめんなさい。」


 泣いて、震える門ちゃんを抱き寄せて、私は言う。


「大丈夫、大丈夫だよ。辛かったね。苦しかったね。痛いのも、怖いのも、ごめんなさいも、私に打ち明けてくれてありがとう。だから、大丈夫だよ。弱音は全部私が受け止めてあげる」


 抱き寄せた門ちゃんの耳に、そっと囁く。


「私は門ちゃんの味方だから。私が支えてあげるから。だから、大丈夫。そんなに悲観しないでいいんだよ。自分で悲しくなろうとしないで」


 門ちゃんの嗚咽が、私の右肩にこもる。

 抱きしめた両手で、背中を摩る。


 九月の第二週、こんな時期に厚着をして登校してきたのに、門ちゃんの体は人肌に冷え切っていた。

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