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僕らのマル秘井世界部!  作者: 何ヶ河何可
19/61

あんなん付き合ってる内に入んねーから #弍

しばらく名前が出てこないので先に明言しておきます。視点は佐々井です。

 木曜日の放課後。

 中レンガを歩いている虎井を見下ろしつつ、三階の西廊下に設置された長机に荷物を置く。この場所は卓上ライトとパイプ椅子も用意されており、廊下にも関わらず勉強をすることができる。進学校を名乗りたい学校側のささやかな努力な気もするが、意外にも試験前なんかは利用者が多い。今はその期間ではないので、複数ある長机を全て見回しても俺しかいないが。

 試験期間でもないのに、長机もとい勉強机にリュックサックを置いたのは、念の為の場所取りと人待ちの為だ。

 現在、俺は病井に頼まれて、日立との親睦を深めに来ている。

 と言っても、日立は鍵を借りに職員室に行っていて、今はここにいないんだけど。

 ことの経緯いきさつとしては、日立にトイレで鉢合わせて以降、見かけられる度に声をかけられるようになったのが始まりだ。ちょっとうざいが俺はそれを利用して仲良くなり、今日は勉強会をしようという話まで持っていった。何やら日立は数学が最も得意らしい。

 今はその場所を確保するための待ち時間ということだ。

 それにしても、日立に気に入られたのは運が良かった。こっちから仲良くなりにいくのは、人によっては不自然で警戒されるから気が引ける。

 日立はファーストコンタクトから距離感が近かったが、だからと言って無警戒で人と仲良くなるとは限らない。距離を詰めてくる人は逆に詰められると弱い、なんていうのは恋愛以外にも言えることだろう。恋愛じゃない場合は弱味を見せる=警戒になるが。

 窓越しに、花盛りの桜の影から出てきた虎井の隣にもう一人、ショートヘアの女子を見つける。

 一昨日に見た顔だな 恐らくは蛇井か

 あいつらもこの件、音無門の件に掃討班ながら半ば巻き込まれる形で関わっている。

 まあ、井世界部にいたら巻き込まれるなんてのは日常茶飯事ではある。

 最近も、文化祭の準備関係でいざこざがあったらしく、いろんな奴らが助っ人に呼ばれていると聞く。音無門の件に関わりのない部員は、今はほとんどがそっちの対応に追われているはずだ。俺も、この件を知らなければそっちの手伝いに回っていただろう。

 ……そろそろ日立戻ってくる頃かな。

 俺はそう直感し、気持ちを切り替える。日立と話す時は、あのテンション感に合わせることにしている。さしたる理由はないが、強いて言うならその方がなんとなく会話が続く気がするからだ。

 クラスメイトや友達とはノリが異なるので、会話終わりに疲弊してしまうがやむなしだ。

 思った通り、日立が北の廊下側から現れる。


「おっすおっす、無事借りれたわ。んじゃ、いこーぜ」


 借りてきた鍵を小指で回して、舌に付けた金属珠をちらつかせながらに日立が言う。


「おう、いこーぜ」


 ノリを合わせた。


   ***


 筆耕館(ひっこうかん)は、口の字型の校舎、西側に増築されたように立つ建物だ。

 ここと校舎とを結ぶ渡り廊下は、もはや廊下とは呼べず、自転車置き場の如き屋根と柱、地面には簀とその上に人工芝のマット、それだけである。なので当たり前に雨風は上からしか凌げないし、人工芝は予算の都合による学校側の諦めが窺える。

 というかそもそも多分、この場所を屋内にしようと思ってないだろう。

 なぜなら、この渡り廊下(便宜上、廊下と書くが決して廊下とは呼べない)は、学校の自転車置き場から最も近い出入り口で、自転車通学の生徒が毎日使用するからだ。正規玄関ではないため、先生方は渡り廊下からの出入りをたまに思い出したかのように注意するが、九割九分黙認である。

 それにこの渡り廊下を屋外から完全に遮断してしまうと、自転車通学の生徒以外にも他の多くの人間が不便極まりない学校生活を送ることになる。例えば用務員さんとかが。

 何が言いたいのかというとつまりは、雨が降っても雪が降っても風が吹いても、筆耕館に行くならここを通るしかないのだ。

 文字通り、他に道はない。

 そんなオンボロ廊下を通って、筆耕館の鍵を開け、電気をつけて二階に上がる。一階は学校行事などで使う物の物置で、二階が学習室となっている。学習室の数は一部屋しかなく、広さは一学年六クラス240人前後がギリギリ入る程度だ。学年集会なんかで一学年丸々集まる時は大抵、筆耕館で行われる。

 要は、二人で使うにはあまりにも広すぎる部屋なのだ。

 階段を登り切り、学習室の木製の引き戸を開けて話しかける。


「よく借りれたな。ここ。使うの二人じゃ広過ぎるだろ」

「俺が言い出しといてあれだけど、半分冗談みたいな感じで先生にも言ったからな。案の定、最初は貸し渋られたけど、お前の名前出したら一発だったよ。元剣道部部長様々だわ」


 相変わらず、全部の言葉の最後に“笑”を付けたような喋り方である。


「元部長関係あるか? それ単に一人で使うよりも二人で使うってほうが説得力あっただけじゃないか?」

「いや、絶対お前が真面目だからだって。俺だけだったら絶対無理だよ」


 なんにせよ取り敢えず、二人では持て余しまくりのこの空間を歩き、なぜか奥の方の席に荷物を置いた日立の隣の席にリュックを下ろす。教室の正面を黒板とした時の、向かって右側最後尾。窓際の席である。

 出入り口が前と後ろに二つあるとは言え、他に誰もいないのに窓際の席はアクセスが悪い気がする。何よりも、今の時間帯だと西日が直で焼いてくる。

 いつもここら辺に座ってんのかな。日立はさして気にした様子もなく発言する。


「やっぱひれぇな〜。こんだけ広いと走りたくなるな」

「ちょ、今日は数学教えてくれるって約束だろ」

「うそうそ、冗談冗談。でも意外だわー。お前が数学苦手とか」

「まあ、だから文系選んだぐらいだし。俺の周りも苦手なやつばっかでさ。理系の知り合いもいないし助かるよ」

「おう。任せときな。数学は割と得意な方なんだわ」


 席に着き、そう言って日立はリュックを開ける。そこから出てきた、表紙が大胆に折れ曲がった数Ⅲの教科書を見て、訂正を入れる。


「あ、ごめん。文系だから数Ⅲやんないんだわ」

「あ、そうか。勘違いしてたわ。さんきゅ。ずっと数Ⅲ教えるもんだと。分からない範囲どこか分かる?」

「えっと、数Bの三角関数かな」


 おっけーと笑いながらボロボロの教科書を仕舞って、今度は表紙が縦に半分破けてなくなった教科書を取り出す。“数学B”と書いてる部分が失くなってるけど、それ本当に数Bか? 

 っていうか、数Ⅲと数Bが出てくるってことは、もしかして教科書全部持ち歩いてんのか? 勉強会決まったの今日なんだが。理系だったら数Bはこの時期もう使ってないと思うんだけど。なんだったら二年生で終わってる筈なんだけど。

 教えてもらう立場なのに、色々とツッコんでしまいそうになる。

 因みに、俺は数学が苦手と日立には言ってあるが、実はそんなでもない。得意でもないが、苦手でもない。数ⅡBの範囲だったら、模試で80点は固い。

 三角関数についても、あらかた理解してるつもりなので、今日は復習の意味を込めて色々質問していこうと思っている。

 ということで、それから一時間ほど、理解してる範囲の質問をして、これでもかと理解を深めた。


   ***


 予想に反して、と言うと些か見下したような、馬鹿にしたような物言いになってしまうけれど、日立は俺が思っていたよりも数学が得意だった。

 また数学だけでなく、教え方もその大雑把な性格とは真反対に懇切丁寧で、日立に教わったことにより俺の三角関数への理解は一気に単純化された。

 頭が良いという噂は本当だった。

 俺は、固い結び目が解けた気分でノートをリュックに詰める。

 筆耕館に来て一時間が経過した頃、良い具合に日立の集中力も切れてきたので、そろそろやめにしようかということになった。


「いやー、ありがとう。日立、めっちゃ教えるの上手いな」

「そうか? まあ、いっつも五組の馬鹿共に教えてるからなぁ。あいつら、マジでありえねぇぐらいバカだぜ? 教えたこと片っ端から忘れていくからな」


 自分のクラスをこき下ろす日立に苦笑いを返す。


「俺はこのまま帰るけど、日立はどっか寄るん?」


 日立は、大きく開けたリュックの口に教科書を放り込んで、中途半端にチャックを閉める。


「あー、どうすっかなぁ。あいつらももう帰ってんだろうし。また別の場所で勉強すんのもなぁ」

「あれは? 彼女は?」


 意味のないことと知りながら、何か情報を得られないかと適当にカマをかけてみる。


「だから、いないって…………まあ、別にお前になら言ってもいいか。口固そうだし」


 心底めんどくさそうに、誰にも言うなよ、と前置きして、こちらの心の準備も待たずに話し始める。

 まさかこんな簡単に口を割るとは思っていなかった。


「お前が一昨日ぐらいに付き合ってるかって聞いてきた吹部の子いるだろ? そいつ、音無門っていうんだけど。あいつとはマジで付き合ってないんだわ。ただ、なんつーの? 体だけの関係っつーか、俗に言うならセフレっつーか。あっちがどう思ってるかは知らねーけど。まあ、だから、そんな感じの関係なんだわ。何回も聞かれるのもしんどいし、お前なら誰にも言わないと思うから信用して言うわ。マジで他の誰にも言うなよ? 俺もお前以外には言ったことねーし」


 脅すように最後の台詞を吐いて、日立は呆気なく告白を終える。他の質問は受け付けないとばかりに空気を重くして、これでお終いとばかりに席を立つ。


「あ、ああ。おっけおっけ。誰にも言わねーよ。なんか悪かったな。しつこく聞いて」


 突然の暴露に、俺は精一杯平静を装う。

 正気を疑うその告白は、しかし真面目で深刻そうな表情によって真実と言い渡される。

 あの悪魔のような軟派な台詞を聞いた時から、薄々想像してはいたが、まさか本人の口から直接聞くことになるとは。

 頭というか、心というか、なんかもう全体的にイカれてんじゃないのかこいつ。

 怪井化してないから、ストレスでおかしくなったとかじゃないんだろう。

 元々が、こうなのだろう。

 元来、こういう性格で思考回路なのだろう。

 マジかよこいつ。

 沸騰した王水に脳味噌を浸けてもこうはならないだろう。

 こんな邪悪にはならないだろう。

 って、いうか。

 これを俺は伝えなきゃいけないのか。

 病井に伝えて、音無に届けなきゃいけないのか。

 浮気をした音無も音無だが、女を弄ぶ日立も日立だ。

 このカップル、いや、なんと名付ければいいのか知れない関係性の二人は、狂っている。

 なにで二人が結ばれているのかも分からない。

 分かりたくもない。

 二人がそれで成り立っている理由を、知りたくもない。

 ……兎に角、伝えたら病井だって今の俺と同じことを思うはずだ。

 思った上で、音無に寄り添ってしまうに違いない。

 俺は脳をフル回転させつつ、上の空で日立と会話する。

 日立は隠し事がなくなってスッキリしたのか、少しばかりテンションが高い。声の調子や会話のテンポが僅かに上がっている。


 そんな日立とは反対に、俺は頭を重くして家路についた。

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