月夜、問題児と通話中
「……もしもし?」
「もしもし、学校終わりにすまないね」
「……いや、別に良いですけど……部長が電話なんて珍しいですね」
「そんなに警戒しないでくれよ。私と君の仲じゃないか」
「そんな仲も前までの話ですよ。最近は全然話してないじゃないですか」
「そうだけど、お互い顔と名前の知れた間柄ってだけで十分だろう? それに話さなくなったからって関係値が元に戻るのは寂しいじゃないか。どんなに間が空いたって仲良くはいたい。それとも君は寂しくないの?」
「まあ、別に。そもそも人とそこまで仲良くなる方じゃないんで」
「そうか。私は寂しいんだけどね。自分の中から他人が消えていくのは嫌な感覚だよ」
「そんな仰々しい話でしたか?」
「そんな話だったろう? 君は自分の中で他人が消えていっても何も思わない、と」
「…………まあ良いや。それで、話したいことってなんですか? こんな無駄話じゃないでしょう? 部長がしたいの」
「あぁそうだね、うっかりしていた。まず、先週から電話がしたいと言っておきながら、私の都合で伸びに伸びてしまったのは申し訳ない。本来ならもっと早く電話するつもりだったんだが」
「良いですよ、そんな前置き。間井部長が生徒会長も兼任で、裏でも表でも多忙を極めてるの知ってますから。それよりも本題は何ですか?」
「……本題、に入る前に。君は今どこにいる?」
「今ですか? 今は一階の一年生教室前の廊下ですけど」
「そうか。私は校舎の屋上にいるよ。ちょうど中レンガを見下ろせるほうで月が見える」
「そうですか……。別に周りに人はいないですよ? そもそも部長と電話する時点で人のいる場所からは離れてますし」
「そうだね。私の方も人っ子一人いない。なにせ屋上だからね。君も来るかい? 屋上」
「遠慮しときます。部長知ってます? 屋上は立ち入り禁止なんですよ?」
「知ってるさ。だから来たんだよ。そんな当たり前のこと、寧ろ君に言いたいぐらいだよ。合鍵持ってるからって日常的に屋上を使ってるのは君くらいだからね」
「日常的って、そんな頻繁には使ってないですよ。小金井とか、土井さんとか、鎹井と直で話し合いたい時にしか屋上まで行かないですって」
「十分使ってるよ。普通合鍵持ってても密談目的で使うのは三年で一、二回だ。君は月に二回は使うだろう?」
「じゃあ何のための合鍵なんですか」
「万が一のための合鍵だよ。屋上に上らなきゃ行けなくなった時、いざって時にわざわざ理由を説明して職員室から借りなきゃいけないのは時間の無駄だろう? だから全員に合鍵を持たせてるのさ」
「いざ屋上に上らなきゃいけない! なんて時ありますかね?」
「例えば、誰かが飛び降り自殺を図ってる時とか」
「それって俺らの仕事なんです? 飛び降りようとしてる時点で多分怪井は出てるし、死んだらストレス解消も何もないじゃないですか。寧ろ怪井が出ない分、楽になるというか」
「あはは、君らしい。自殺を止めるのは仕事以前に、人としての倫理観、なのかな。人が死んでいくのを黙って見過ごせないっていう。そういう、倫理観ってよりも本能の方が適切かもしれない何かに突き動かされて、人はその時動くんだよ、きっと」
「はー……なるほど。部長は自殺しようとした人を助けたことがあるんですか?」
「いや? ないけど、もし私がそこに出会したら、出会した時に屋上の鍵を持っていなかったら、おそらく後悔するだろうね」
「だから、部員に屋上の合鍵を配ってるんですね」
「いいや、それは伝統だからだよ。今のは伝統に自分なりの理由を付けてみただけだよ。別に私の代から配ってるわけじゃあないしね」
「あー確かに。去年から配られてました」
「はは、しっかりしてくれよ。来年は副部長に推薦するつもりなんだから」
「ちょっとそれ初耳なんですけど、まじですか? 絶対俺じゃないですよ」
「別に部長に薦めるわけじゃないんだ。副部長だったらやってくれても構わないだろう?」
「勝手に決めないで下さいよ。そんなに俺の代、層が薄いんですか? 今の土井さんの立ち位置は俺には無理ですよ」
「ははは、冗談だよ。今の君にはどうやったって副部長は務まらないよ。会議中に一言も発言しない人間を部長の補佐に任命するわけないじゃないか」
「それはそれですげー傷つくんですけど。でも、言い訳させてもらうと、喋るのもそうですけど同じくらい書き込むのも苦手なんですよ。みんなの前に自分の考えを出すのが、むず痒くなるというか」
「気持ちは分からないでもないけどね。私も人見知りとかするほうだし」
「へー、部長が人見知りなのはなんか意外です」
「よく言われるよ。でも、私だって人並みに人に怯えるさ。さて、そろそろ電話の本題に入ろうか。そうだな、一回思い出すのも兼ねて先週水曜日の一日の出来事を喋ってくれないかな。聞きたいことはその中にあるから」
「良いですけど、朝からですか?」
「もちろん。あ、ただ井世界部以外のことは端折ってくれて構わないよ。君が話したかったら話しても良いけど」
「そんな自己顕示欲に取り憑かれてる人間みたいに思われてるんですか……。まあ、そうですね、朝は普段通り登校して、普段通り過ぎてやらかしましたね。大羊の討伐を忘れてて、急いで終わらせしました」
「その件、部長としても大変だったよ。何事もなく無事だったのは良いけど、何かしら対応はしなきゃいけなくて。当番を忘れたこととか、一人でやろうとしたこととか、前代未聞すぎるよ。流石に。ちゃんと同じチームの鎹井くんと小金井くん、それと土井には謝ったんだろうね?」
「そんなどこぞのオカンみたいなのやめてくださいよ。謝罪ならしましたよ、きっちりと」
「誠心誠意?」
「誠心誠意。あの人との約束ですから」
「なら良いんだ。私も、君が周りと上手くやっていけるようあの人に頼まれたからね。ある意味あの人との約束だよ。でも、約束だからってのは引っ掛かっちゃうかな」
「……部長もあの人と約束してたんですね」
「まあ、軽くね。あの時以降、あんまり話す機会はなかったけど……どうする? 話そうか?」
「いや、過去の話はやめましょう。俺らの目は前だけを見るために両目とも前についてるんですから」
「とってもポジティブに視野狭窄を陥ろうとしてるね。じゃあ、大羊倒し終わった後からお願いできるかな」
「大羊を退治して、その後は放課後までずっと暇を見つけては怪井探しの旅に出てました」
「あれ? 倒したあと小金井くんと話したって、この前言ってなかった?」
「あぁ、話しましたね。でも別に大したあれもなかったんで今言わなかったんですけど、もしかして聞きたいことってそこでしたか?」
「いや、違うけど。前に聞いた内容と違かったから」
「そうですか。それじゃ、続けますね。放課後になって、2-2の問題解決の為に土井さんとひと茶番演じて、事後処理を鎹井に任せ、小金井が戦ってる所に途中参戦して、怪井を倒した後、子トカゲ発見。って感じですね」
「なるほど、君が説明下手なことが分かったよ」
「なんですかその感想。そっちが説明しろって言うからしたのに」
「ハハハ、つい思ったことがそのまま出ちゃったよ。すまないね。それで、子トカゲを見つけて、それで終わりかい?」
「それで終わりですけど……。もう少し詳細に語れってことなら、二人で情報交換中に同時に目撃して、隙を見て小金井だけ現世に帰還させて、一人で子トカゲと睨み合ってる間に子トカゲがどっかに消えて、俺が帰ろうとしたら小金井が戻ってきたって感じです」
「なるほど。他に言い忘れてることはないのかい?」
「言い忘れてること? ……あー、オタマジャクシを初めて発見したのもその時ですね。小金井が魚の怪井とオタマジャクシの怪異に挟まれてたのが初見です」
「うーん、なるほどね」
「なんかおかしいところでもありました?」
「君の話に矛盾点はないんだけどね。噂でさ、井世界部員間で広まってる噂で、君が一度死んだとか死んでないとかっていうのがあるんだよ。今日も一度、会議に話題が上がっただろう? その時私は何も知らないから嘘偽りなくそう答えたけど。君、何か隠してることない?」
「そんなこと、何一つとしてありませんよ。今言ったことが全てで、その全てが事実です」
「本当に? 小金井くんが噂の出所らしいんだけど、訊いても良いのかい?」
「構いませんよ。大体、嘘をつく理由がないですし」
「そうだね。理由がない。だから困ってるんだ。火のない所に煙は立たないと言うし、小金井くんと君のどちらかが嘘、または勘違いをしてる可能性がある」
「だとしたら、俺から言えるのは、小金井が勘違いしてるってことだけです。何をどうしてるのかは分かりませんが」
「そうかぁ。弱ったなぁ。君に聞けば真相がわかるかと思ってたんだけど、そう上手くはいかなかったなぁ。仕方ない、今度は小金井くんに聞いてみるとするか」
「噂を流した張本人が分かってるなら最初からそうしてくださいよ。きっと、火のない所に煙が立ってるだけですって。温泉地の湯気でも見て山火事とでも思ったんでしょう」
「だったら良いんだけどねえ。会議中に艮くんも言ってたけど、これで幻覚を見せるタイプだったら厄介なんてもんじゃないよ。前例がないから対処法を編み出さなきゃいけなくなる」
「部長も大変なんですねー」
「そうだよー。会議中に名前が上がってるにも関わらず頑なに発言しない人とか、眠りこけて質問に応じない人とかいるからね」
「それは俺のこと言ってます? 後半は、今日のことなら自傷無傷さんかな」
「正解。無傷くんは頭痛持ちだからね。致し方ないところもあるというか、会議の仕方的に申し訳ない部分もあるというか。たまに会議終わってから会議内容について尋ねられることもあるよ」
「良いなぁ。俺も次から会議不参加で部長に後で聞くようにしようかな」
「流石に後一人はきついかな。手間が増えるのは勘弁だよ。そういえば、さっき無傷くんから連絡来てね、会議内容を教えてほしいっていうのと、オタマジャクシの怪井を見つけたって報告だったよ」
「あー、会議の後半見事に応答なかったから、事前情報なしでオタマジャクシと戦ったんですね。自傷無傷さんなんて言ってました?」
「弱い。あまりに弱すぎる。ってコメントしてた。君が言ってた他の怪井に協力するっていうのも無かったみたい」
「ってことは、オタマジャクシだけを相手にしたってことですかね」
「多分ね。やっぱり単体の攻撃手段とか体力っていうのは、皆無なんだろうね」
「その分、徒党を組むというか、コバンザメ戦法を使うというか」
「子トカゲといい、オタマジャクシといい、頭を回すような怪井が急に出てきたね」
「そうですね。考えて戦う相手ってなると途端に脅威度が増します」
「いやー本当、これから忙しくなるっていうのにやめてほしいよ」
「井世界部は卒業まで引退がないですからね。一、二年生で補えるところは補いますが、受験生でも猫でも借りれる手はなんでも借りたいです」
「それもそうだけど、この先学校行事が目白押しだよ。九月末の文化祭。十月中旬に生徒会選挙。十月末から十一月初旬にかけて修学旅行。本当に進学校を名乗ってるのが馬鹿馬鹿しくなる行事予定だよ。これで名門大学に行かせようって先生方は躍起になってるんだから」
「生徒会長がそんなこと言わないで下さいよ。でも、確かに先々週にクラスマッチがあって、次は文化祭ですもんね。修学旅行に関しては、二年生がいない分いつもより楽だと思うんでなんとか頑張って下さい」
「二年生の井世界部員だけこっちに残ってくれれば尚のこと楽なんだけどね」
「あー、それは厳しいでしょうね。顧問に提案してみてもできるかどうか」
「顧問かぁ。あのお婆ちゃんにはちょっと頼みにくいかなぁ、色んな意味で。君が言うように普通に難しそうだしね」
「俺は別に修学旅行行く気ないんで残りますけど、他の部員もってのがネックですよね」
「え? 君修学旅行行かないの?」
「行って何があるわけでもないんで」
「まあ、別に強制じゃないし、君は行っても楽しくなさそうだけど、行くのと行かないのとじゃ違うものだと思うよ?」
「楽しくなさそうって……。違うって具体的に何が違ってくるんですか?」
「うーん…………心持ち?……いや、学校への理解かな。あーいう、特別な環境でしか得られない知見はあるんだよ。私は少なくとも、行った人と行ってない人との間で生じたズレを知ってる」
「ズレ……ですか」
「そう。だから、ズレが生じない為にも井世界部員だけを学校に縛りつけるわけにはいかないんだ。それじゃ、この後小金井くんに電話しなきゃいけないから切るね」
「あ、はい」
「長々とごめんね。久々に話せて楽しかったよ。じゃ、またいつか」
「こちらこそ。おやすみなさい」
「ん、おやすみなさい」




