〈モノローグ〉
学校 という場所は、とても嫌な場所だ。
なぜかと問われれば、
人の念が多く集まるから。
そして
寄り集まって、形を成すから。
集まらなくとも、形を成すから。
暗くて、黒くて、ドス黒い
墨汁みたいな色の感情は、バケツに溜めた水へ溶け出すみたいに押し込められた人間の間を流れ、馴染み渡る。
人から人へ
他人から他人へ
他人から自分へ
自分から他人へ
足取り軽やかに溶け流れ、
意識的にも無意識的にも、
人を傷つける。
ズタズタに ボロボロに
引き裂いて 朽ち果てさせる。
例え悪意や作為が含まれていなくても、容易く人の心を抉り取る。
欠けた心は満たされず、貧しさに喘ぎ、やがては真っ黒に塗れる。
憂鬱で、陰鬱で、暗澹として、鬱屈とした
気持ちのままに、
妬みや嫉みや恨みや辛みを以って
他人の心に容赦なく跡を残す。
二度と消えない傷跡を。
瘡蓋にもならない生傷を。
過ちとも思わずに。
しかし、これらは人が在れば必然起こることであり、自然の摂理も同然なこと。
人が人を嫌うのは、至極真っ当な生理現象。
人が人を傷つけるのは、生まれついての性。
だから、仕方がない。
けれど。
学校は、歪だ。
特別に、歪だ。
人が在れば当然の出来事も、人が大勢集まれば当然ではなくなる。
当然の範疇を超えた、不自然な現象を引き起こす。
人が在れば在るだけ黒い感情は増え、
人と人とを結ぶ線の数だけ黒い感情は広がりを見せる。
複雑に歪んで、難解に絡まって、
やがては塗りつぶしたみたいに一つの大きな何かに成る。
流動的で、掴みどころのない
生きてるように動いていて
生きてないみたいに実態がない
波や霧にも思える巨大なそれは、
無差別に人の心を削り取る。
居るだけで、心が磨耗していく場所にする。
鈍重にのしかかり、悪辣にへばりつく。
病のように蝕み、鑢のように擦り減らす。
全ての人に、平等に。
触れず見えないそれを振り払うことは叶わず、
損耗した心は元に戻るまでに、時には一生以上の時間を要する。
だから、
人はそれを見ない振りをする。
気づいてないことにも、気づかない内に。無意識下で。
黒を黒で上塗りして、身を持たせる。
大きな暗黒のそれに対抗する自己防衛手段として、燻んだ黒を用いる。
皺一本一本の奥まで炭を擦り付けた両手で、純白のベールをかけるように。
誰からも育まれ、誰の手からも離れたそれを
人は白々しくして我が身を守る。
虹彩も瞳孔も無い真っ白な球体でそれを見つめる。
そうすることしかできないから。
学外に頼ることもままならず。
学内に頼り先などあるはずもなく。
校門や敷地を囲む柵は物理的に内外を分け隔てるだけに留まらず、
学校という組織に置かれた人間個々人の心を窮屈に取り囲み、取り憑いてしまう。
纏わりついたしきりは、
内から叫ぶ声を遮断して、伸びる手を切断し、
外から垂れる救いの糸を無情に寸断する。
アクリル板より透明な隔壁はその見通しやすさとは裏腹に相互を一層曇らせる。
曇らせて、
溜まった黒さを色濃くさせる。
ブラックホールみたいに光さえも吸収して、無力化してしまう程に。
青く煌めく学校生活なんてものはおとぎ話にもならない妄想にすぎない。
どんなに燦然とした輝きも、ブラックホール然とした暗闇の前には灯ることすら許されない。
キラキラした創作物の真似事を必死に取り組む人種だって、
心は煤けて顔面は黒ずんでいる。
唯一、光を直視しすぎて白く焼け焦げた角膜だけを残して、
他人の彫ったお面を被せている。
貼り付けて、憧れる。
深夜の人工光に惑わされた不快害虫が吸い寄せられるように、
ツクリモノの青白い眩さに魅せられて、
現実のドブみたいな淀みを見せつけられながら、
盲目にも、憧れる。
憧れて、遠退く。
その姿が淀んだ現実をより深くしていることには目瞑って。
また一歩、煌びやかな光から遠退く。
漆黒や純黒なんて到底言えない、黒濁のそれは
光り物に反応する烏のように
例え反射光であっても光を呑み込む。
夢や希望を
抱いた側から呑み込んでゆく。
抱いてなくとも、
光を奪ってその芽を枯らす。
腐った芽は黒色の土壌へと果てる。
等しく全員から光を奪い去って、
等価交換とばかりに闇を置いていく。
そういう環境から人間が卒業していく。
そういう人間が卒業していく。
黒くて汚い人間が。
白くて美しいマネキンみたいに。
頭のてっぺんから爪の先まで全身満遍なく
傷付き、疲れ切った人間が、
新品の包帯を全身余す所なく巻き付けて
外に出ていく。
まるで呪いみたいに
自分のしてきたことを
自分の置かれていた状況を
誰一人として
正しく省みることなく
真っ当な聖人や正当な被害者であるかのように
表でカタる。
明らかに異様な内側を覚えていられず、
あまつさえ白い絵の具で塗り替えて
別の記憶に差し替える。
こうして清廉潔白な思い出を持つ人間ばかりが世に出回る。
卒業すれば、どんなに黒い人間も、皆一様に白くあれる。
それは、そういう魔法も持っている。
黒い過去が、白む魔法を持っている。
学校に潜む底無しの魔物は、魔法を使う対象を選ばない。
選考するまでもなく全員が対象であり、
何より選ぶような意思は持ち合わせていない。
持っているのは、感情だけ。
真っ黒で、
真っ暗な、
底抜けに暗い感情だけ。
それだけで、それそのもの。
こいつがあるから、
学校は嫌われる。
こいつがあるから、
学校が、嫌いだ。