其の玖拾 ヴェネレの多忙な一日
──“一ヶ月後”。
私の名前はルーナ=シュトラール=ヴェネレ。つい一ヶ月前に正式な王位を受け継いだ王女様。
あ、因みにルーナは隠し名だから他言は禁物。
そんな若くして王位に付いた優秀で聡明で可憐な私は今、
「ヴェネレ様。こちらとこれとそれとあれを至急お願い致します」
「親睦の深い国から大臣がお見えになっております」
「火の国“フォーザ・ベアド・ブーク”に少し動きがありました。如何致しますか?」
「森の国“フォレス・サルトゥーヤ”は相変わらず平和なようです」
「星の国“スター・セイズ・ルーン”はまだ何も分かりません」
「うへぇ~……」
多忙な仕事に追われていた。
パパはいつもこんな量の書類とか色々と捌いていたの……病気の体で……。うぅ、体がいくつあっても持たないよ~。
……と言うか、異常無しの所の報告はしなくて良いよね!?
とは言え、今回は少し特例にも近いかな。隣国が攻めて来る可能性もあるし、侯爵が目論んだ下克上の後始末とか、やる事がとにかく多い!
就任直後は忙しくなるって言うのは想定の範疇だったけど、こんなに大変なんて……。
「ヴェネレ……じゃなくてヴェネレ様。この書類、まとめておいたわよ」
「ありがとー。ミルちゃん。私に付き合ってしばらく子供達の元に帰れてないんじゃない?」
「大丈夫。あの子達は私が思ってるより強いから。それに、ちゃんとお手紙でもやり取りしてるからね」
「凄いなぁ。ミルちゃんの手際の良さ。手伝いながら手紙も書いてるなんて」
当然、みんなにはそれぞれの役職がある。私の元に送られてくる物は既にある程度の要約は済ませた物で、王様に通さなきゃならない書類がほとんど。
何人かは自分達の事をしながら私の手伝いをしてくれているし、他のみんなが頑張ってるんだもん。私も弱音なんか吐いていられない!
「ふひぃ~。一先ずこっちのやつは終わり……こりゃもう8割くらいは仕事が終わったかな?」
「まだ2割程で御座います。ヴェネレ様」
「はふーん……」
「何ですかその気の抜けた声は。さあ、まだまだ山が残っていますよ」
「お、ダブルミーニングだねぇ。仕事の山と書類の山! ……うぅ、仕事ツラいよ~!」
「泣き言を言いませんの。さあ、やりましょう」
「ふえーん!」
「大変ね……。ほら、私も手伝ってあげるから」
「ミルちゃあああん!」
見ての通り、王女様業はもう順調過ぎて超順調。どれくらい順調か? ふふーん、それ、聞いちゃう?
「余所見しないでください。今しがた終わっていない仕事の量が9割になりましたよ」
「1割増えたァ!?」
メイド長さんにグイッと頭を引かれ、呪いの書類に視線が戻る。
もう、何これ!? なんなのこれ!? え!? 文字とかこの世に必要ある!? なんで報告しなきゃダメなの!? あーん、全部自動的にやってくれる魔法とかないのぉ~!?
「これが終わったら5分間休憩して……とその前に一旦書類を置いて友好国の大臣と面会が先ですね」
「はい……」
文字が無くなっても会話で円滑に進めなきゃならない……。つまり仕事は無くならない……。
とんだブラックキャッスルー! もうブラック通り過ぎてダークネスに入ってるよー!
「私が目を通してもいい書類はやっておくから、ヴェネレ様はお客様の相手をしてきて」
「ミルちゃん……」
なんて天使なのこの子! まだ私より若くて幼いのに、こんなにしっかりしてて手際も良いなんて。私には勿体無い秘書だよ。
あ、因みにミルちゃんは従者から秘書にランクアップしたの。お陰で助かっているけど、私の手際が悪いばかりに迷惑掛けちゃってる。申し訳無いとは思っているんだけど、終わったと思ったら次の仕事が来るんだよね……。
「では、参りましょう。ヴェネレ様」
「うぅ……キエモン……助けて……」
助けを呼んでもキエモンは来ない。なぜなら就任して一日目、あの演説の後の出来事。
【……。ヴェネレ殿。すまぬ。拙者、まだ字も完璧ではなく、進め方も知らぬ故、お力になれるのだ。誠に面目無い】
【ガーン!】
……って事があった。
昔から用心棒とかが主な仕事で、こう言った事務職は慣れていないんだって。
それもあって今はクエストを受けつつ勉強中。キエモンも色々と大変だね。
この四ヶ月で流石に文字を読めるようにはなったらしいけど、書く方は昔から住んでいる人でも間違ったりするからしょうがないね。
とにかく今は大臣と会う為に貴賓室へと向かう。
「是非とも新生“シャラン・トリュ・ウェーテ”の資金サポートなどを我が国と共に……」
「結構です。アナタ様のご厚意は感謝しますが、今のところ不足も無く、補助などを必要としていません故。貿易は今まで通り行うとして、必要以上の援助はアナタの国のご迷惑になってしまいます」
「そうですか……それは残念。しかし“シャラン・トリュ・ウェーテ”とは今まで通り友好関係にありたいのです。何かしらのお力添えを……」
「その気持ちだけで十分ですよ。アナタ様の国を頼りにしています。今後とも末永くお付き合い出来たら助かります」
「ええ、それはもう是非」
「はい」
ニコやかに笑って話す。
あーあ、すっかり作り笑いにも慣れちゃった。着々と悪い方向に進んじゃってるね。私の性格。
末永く国同士の関係を築きたいけど、多分少しでも国が傾いたらバッサリと切られるんだろうな……なんて事も考えちゃった。
実際、国としてはそれが正しい。今後も発展の余地があるなら落ちた時も力になって、未来が見えないなら切り捨てれば自国は被害を受けずに済むもんね。
昔はよくお伽噺の絵本とか読んだけど、物語に出てくる王子様やお姫様も苦労したんだね。きっと。
軽はずみのノリで結婚とかしてるし、いつまでも末永く幸せに暮らしましたってのは本当なのかな。
いつまでも(当社比)とかの可能性も全然あるよねぇ。……あー、ダメダメダメ。お話にまでケチ付けたら本当に性格悪くなっちゃう。うー、頭を使い過ぎてかなり疲れちゃってるかもなぁ。
よし、ここは何より空元気! 私は優しいお姫様を目指さなきゃ! 夢物語にしか出てこないような善人にはなれないけど、せめてみんなには笑っていて欲しい! 嘲笑とかじゃなくて心から楽しむようなね!
「では、ありがとうございました♪」
「は、はい。お疲れ様です」
元気に振舞い、心の底からの笑顔に限りなく近い作り笑いを浮かべる。ちょっと引かれちゃったかな? まあいいけど。
さて、面会は終わったし、書類の後片付け……。
「では、残りの書類は10割です」
「振り出しに戻ったぁ~!」
少し話すだけで急激に増える。私もそうだけど、それを纏める他の人達も多忙……。
国の頂点って、思ったより華やかな世界じゃないんだなぁ。私だって女の子だもん。少しは夢見心地だったよ。現実って本当に……って、またネガティブに! こんな時こそ明るく楽しくスマイル! あーあ、お仕事お仕事楽しいなー! わお、まだまだまだまだまだまだまだまだ増えるねぇ~! もうたくさん!
「では、ヴェネレ様。やりましょう」
「……。はい……」
メイド長に言われ、王室の席に着き、再び作業に取り掛かる。
この人もこの人で大変だよね。ずっと私に付き添わなきゃならないし、兼用してメイド本来の仕事も塾してる。しかも書類を見分けが付きやすいように分けてくれてるし、仕事量の割にはまとめやすくなってる。私の周りには優秀な人が多くて助かるね。
そんな人達に囲まれ、私の溜まりに溜まった仕事は、
「──終わったー! 今日の分!」
「お疲れ様です。ヴェネレ様」
「お疲れ。ヴェネレ様」
無事、終了した。
まあ何週間か後に送るやつとかは先延ばしにして、とにかく近いうちに発送するやつを終わらせただけだけどね。つまりまだまだ残ってはいる。けど、時折5分休憩とか食事とか挟んでようやく終わったよぉ……本当に疲れた。
「御入浴の準備もしてありますが、如何致します?」
「もちろん入る! 手とかインクでベタベタだし!」
「では、そちらに向かいましょう」
終わったら疲労を取るお風呂! これが楽しみでもあったんだよね。
メイド長さんに言われてそちらに向かい、ミルちゃんは背中を向ける。
「じゃ、私はこの辺りで」
「ミルちゃんも一緒に入ろう! 二人の方が楽しいよ!」
「え、けど……」
「メイド長さんとか使用人さん達は一緒に入ってくれないからねぇ。ミルちゃんなら立場的にあまり関係無いでしょ? こんなに手伝ってくれたし!」
一人……厳密に言えばメイドさん達が居るけど、基本的に話したりしないから一人ぼっちの入浴には何となく疎外感がある。だからこそミルちゃんを誘った。
出来ればみんなでワイワイしたいけど、使用人さん達は何よりも職務を大事にしてるからどうあっても断られちゃう。彼女なら一緒に入っても大丈夫だと思うからね!
「行こっ!」
「う、うん。じゃあせっかくだし……」
無事、ミルちゃんの勧誘にも成功!
私達は入浴の準備をし、今はもう私しか使う人の居ない王族専用の浴場に向かった。
*****
──“大浴場”。
「ぷはぁ~。生き返る~。体中の疲れがお湯に消えていくこの感覚、これが良いんだよねぇ~」
広いお風呂に入ってうーんと腕を伸ばす。本当にお風呂って気持ちいいよね。言ってしまえば温めただけの水なのに、なんでこんなに気持ちいいんだろう。
隣ではゆっくりと肩まで浸かってるミルちゃんが微笑んだ。
「ふふ、年相応の発言に聞こえないよ。ヴェネレ様」
「そう? けど、気持ちいいんだもーん。あ、それと、無防備な状態で一緒に入ってる訳だし、いつもみたいにヴェネレ呼びで良いよ。ミルちゃん♪ 私達の仲なんだし!」
「周りに使用人さん達が居るし誤解を招くような発言は止して欲しいけど……うん、分かったよ。ヴェネレ」
数少ない同年代のお友達。ちょっと年下かな? セレーネちゃんよりも年下って感じだもんね。
とにかく私にはそう言う人も少ないし、キエモンが来てから加わった女の子達は年齢の近い子が多くて楽しいなぁ。
昔はお城で一人遊びか魔法の修行とか勉強しかしていなかったからね。パパやママに使用人さん達が居てくれたから寂しくはなかったけど、友達ってこう言う感覚なんだね。
友達ってどんな事を話すんだろう。考えてみたら2人っきりで面と向かってお話しした事はあまりなかったかな。あるのはキエモンとセレーネちゃんくらい。やっぱり恋愛談かな?
「ミルちゃんは好きな人とか居るの?」
「唐突だね。……うーん、教会の子供達とか仲間達とかかな」
「そう言うんじゃなくて、その、異性として……将来結ばれたいなぁとか思ってる人」
「結婚したい人ねぇ……ヴェネレにとってのキエモンみたいな?」
「そうそ……って! 違う違う違う! そんなんじゃないから!」
ミルちゃんの発言にギョッとし、お風呂のお湯を大きく揺らす。
いきなり何言い出すのこの子は!? って、私もなんでこんなに焦ってるの!? なんか疚しい事があるみたいじゃん!
「とにかく! ミルちゃんの想い人が誰かなぁってね!」
「近い近い。胸を押し付けないで……」
「あ、ごめん」
また勢い余って身を寄せちゃった。確か前にセレーネちゃんと一緒にお風呂入った時もそんな感じだったね。
自然と人肌を求めているのかも……私ってそんなに甘えたがり? 年下に甘えるなんて……どちらかと言えばお姉さんになりたいのにぃ!
「そ、それでそう言う人は居るの?」
「うーん、同年代の男の子はあまりいないし、年上でも親しいのはキエモンくらいだからね。時点でファベルさんとかサベル……いずれもピンと来ないかな」
「アハハ……冷静な分析だね。けどそっかぁ。確かにミルちゃんくらいの年齢の人は少ないね。まあこの歳で直々の従者になったミルちゃんが凄いんだけど」
ミルちゃんは私より3~4歳は年下。普通はもっと大人になってから使用人とか従者とかになるんだけど、彼女は自称するように天才だもんね。
私も私が一般的な人よりは強いと思っているけど、それを踏まえてもかなりのものだよね。ミルちゃんは。
「いやぁ、本当に凄いよね。ミルちゃん」
「何回言うの……私が凄いのは分かってるけど、ヴェネレも中々じゃん。非戦闘員のお姫様なんだし」
「それ皮肉ー?」
「そんなんじゃないよ。単なる事実」
「あーあ、私ももっとみんなの力になりたい」
「居てくれるだけで救われているよ。もう一ヶ月前の出来事だけど、侯爵が国を治めていたらどうなっていた事やら」
「魔法面で頼られたいのー」
いつの間にか恋バナから別方面の話になっちゃってるね。けど、それもそれで楽しいから良いかな。
私とミルちゃんの入浴。談笑しつつ、ゆっくりと仕事の疲れを癒すのだった。




