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其の陸拾肆 鬼神と妖

【コレガアタシノ本気ダヨ!】

「聞き取りにくい声で話すの」


 くぐもり、籠ったような声にて話す老婆……だった妖。

 知性を失い掛けているので御座ろうか、将又はたまたただ単に滑舌が悪くなっただけか。

 そのどちらにしても聞きにくい声は無視しても構わぬの。なんであれ、もう奴は止まらぬのだから。


【死ネェ!】

「…………」


 今現在の体である魔力から巨大な火球を生み出し、拙者に向けて撃ち出す。

 それをヒラリとかわして森が焼け、そのまま爆発して消え去った。

 先の攻撃で木々は既に倒れている。燃え移り、大規模な火災が発生する事はなさそうに御座るな。それは何より。


【マダマダダ……!】


 次いで天にいかづちを形成。それを雷球とし、拙者の方へと振り落とした。

 広範囲の落雷も同義。然れど見切れぬ事は無く、一瞬で踏み越えて妖の眼前へと刀を振るった。


「……」

【グヌゥ……! 効クカァ!】


 天雷が刀の刃を伝い、雷を纏った斬撃となって腕を斬り飛ばした。

 然し再生力、即ち不死身の性質は健在らしく即座に再生。巨腕が拙者へ伸ばされ、それを斬り伏せて捕らわれるのを防いだ。


【ウガァ!】

「……」


 次いで魔力を大岩へと変換。

 巨大な落石が迫り、拙者に降り掛かる分を両断して突き抜け、巨躯の体を一刀両断。だが即座に癒える。


【幾ラデモ、何度デモヤッテミナ……ソノ全テハ効カナイカラネェ!】


「……」


 再生と同時に水球が作られ、ちと大きな雨粒が天より無数に降り注ぐ。

 あれ程の水となれば重さは四〇石(※約6t)は下らなかろう。

 あくまで目安であり、実際のところ測定してみなくては分からぬが大凡おおよそそんなところだ。

 それ程の雨粒が大地を揺るがす勢いで落ち、その全てを通り抜けてまた距離を詰め寄る。


【小癪!】

「……!」


 魔力の鞭を腕のように使い、遠方へと伸ばして山を削りその土塊を叩き付ける。

 それは跳躍によって潰されるよりも前に避けたが、平然と自然を壊して仕掛けてくるの。

 あの妖、元より自然を軽んじている節がある。自分以外はすべて踏み台なのであろう。


【カァ!】

「……」


 風を操り、それを弾丸として撃ち出す。

 大きさは今までの魔法と同様、かなりのもの。

 何より空気は目に見えにくい故、避け難し事が難点に御座るな。


【シュラヒャヒャア!】

「…………」


 変な笑い方よの。そこまで気分が高揚しているので御座ろうか。

 にも関わらず力は本物。大樹が足元から生え、拙者を捕らえるか押し潰すか貫くまで止まらぬ様子。なれば斬り進むのみ。


「…………」

【マダマダマダマダァ!】


 射出される大樹を切り裂くが、それは連続して止まる事無く突き抜ける。

 斬り、裂き、断ち、次々と伸び来る。足元から、上から、左右から、その全てを切り抜いて妖の体を打つ。


【何度ヤッテモ、同ジ事!】

「その言葉、そっくりそのままお返し申す」


 猛吹雪が吹き荒れ、周囲の気温を一気に下げる。

 ちと寒いの。然しそれだけ。拙者はともかく、ヴェネレ殿や森に悪影響故、吹き飛ばされるよりも前に斬り伏せて抑え込む。


【ヒュォア!】

「…………」


 巨大な氷柱が降下され、それを縦に両断。落ちて砂塵を巻き上げ、白き雪煙の中で妖を複数回斬る。

 斬った傍から再生するのは変わらぬが、やれる事はそれだけ。

 時折陥る拙者のとある感覚。それは何であろうと斬る事を可能とするモノ。今現在の時点でそれはまだ来ておらぬが、おそらく何かしらの切っ掛けがあるのだろう。


【ヒョヒャヒャア!】

「…………」


 連続した爆撃によって地形が消え去る。

 まことや、あの者が。“月の国”から来た視察員が気になる事を申していたの。

 確かそれは、神の……なんたらか。

 神。その言葉に思い当たる節はある。元より拙者は現世にて万の兵を斬り、鬼神となった存在。もし妖のように、成る事でその力を使えるとしたら如何程のものか。

 何の確証も御座らんが、今のこの、神になろうとしているモノが相手ならば確かめてみるには好都合であろう。


【終ワリダヨ!!】

「…………」


 終わり。それは文字通りの意味で御座ろう。散々様々な魔法にてけしかけていた妖。その全ては拙者への致命傷にならなんだ。

 故に最大級の破壊を生み出し、終わらせるとの事。


【破滅ノ力ヨ、破壊ヲ我ニ与エ、世界ヲ統ベル……!】

「フム……」


 経を読む。即ち威力の増加を狙っているので御座ろう。其の証拠に禍々しい魔力の塊が目に見えて巨大化する。

 なれば迎え撃つのみ。拙者も此れにて終わらせようぞ。──……そう思った矢先、拙者の体へ不可思議な力が宿る。


「………」


 成る程の。その意思を感知し、何でも斬れるような感覚へと陥る。

 これが鬼神としての在り方。然れどそう思うた時にも発動せぬ時あり、此れ即ちまだまだ拙者が未熟故の有り様。

 其れ故、拙者に成長の余地ありと云ふ証。まだまだ強くなれ申す所存。


【没落、荒廃、殲滅、破砕。神罰ヲ与エル終焉ノ黒キ魔法──“黒神屍鬼爆裂撃”ィィィ!!!】


 黒き小さな球が高速で撃たれ、刹那に周囲の景観を歪める程の怨塊と化し、さながら世界を飲み込むかの如き力が発せられた。


「空間を歪めている……」

「あの塊に一体どれ程の破壊エネルギーが……」

「キエモン……」


 遠目でよくは分からぬが、ヴェネレ殿らも不安そうな表情をしておる。

 だが、おそらく今の拙者なれば問題無し。然しその魔法の名に思うところがあるの。


「拙者の前で“鬼”と“神”の名をを冠するか──……身の程を知るが良い。憐れな愚妖よ」


【ナニッ?】


 現世にて鬼神となり、命を絶った拙者の前にて鬼と神を名乗るそれは皮肉もいいところ。

 鞘に納めた刀に手を掛け、一歩踏み込んだ。


「切り捨て……御免」

【──ッ!】


 黒き塊ごと妖の老婆を切り裂き、居合いの要領で両断した。

 不死身であろうと、魔力の塊であろうと、神の前では児戯にも等しき事柄。拙者に思い当たる節は無いが、この者の不死身を剥奪するなど容易い所業なので御座ろう。

 刀を鞘に納め、拙者は振り返るように奴へと視線を向ける。


【ァア……魔力ガ……アタシノ力が……消えて行く……儚く……夢のように……」


 巨大化した体は魔力が消えた事で縮み、その者は生気が無くなって大妖怪から骨と皮しか無い老婆へと変貌を遂げた。

 いや、“戻った”。が正しいかの。


「不死身を奪うなんて……アンタ一体……何者だい……」

「拙者、天神鬼右衛門と申す。しがない侍に御座る」

「サムライ……? それはなんだい……神の名か……?」

「いや、侍は主の知る騎士にも等しき存在。己を奮い立たせ、国の為に尽力する者よ。神になれる者は限られている」

「じゃあ……アンタは……」

「…………」


 まだ話す気力はあるようだが、それも時間の問題で御座ろう。

 不死身によって引き伸ばされていた寿命、及び肉体は限界に到達した。つまりもう助からぬ。

 最期の談話にくらいは付き合ってしんぜよう。ご老人は労らなくてはの。


「ヒヒヒ……アタシは全知全能になれなかったか……神様が相手ならば仕方無いね……だが、アタシらリッチは伝承のように……単一の存在じゃない……生まれつき不死身となった……いや、アタシが不死身にした一族が居るんだよ……ケヒヒ……アンタと会う事は無いと思うが……最近一族の中でも一番の天才児が生まれた……名を……マ─ア・──レ……。あの子なら一族の悲願……全知全能を叶えてくれる……何年後か……何百、何千年後か……きっとあの子ならね……」


「そうで御座るか。然し乍ら、それ程までの年月。今生で拙者が会う事は本当に無かろう。……だが、一族に希望を持って死ねるのならば主にとっては良き事やも知れぬな。本望とも言える。希望も何も見出だせず、不安を残しながら死するのは死後もなお懸念が残り続ける」


「ヒッヒッヒ……何か思い当たる節があるみたいだねぇ……」


「ウム。拙者の故郷に護るべきであった子供達を残しておる。あの戦乱の世を生き延びられるか、不安よ」


「……まるでアンタは既に死んでいて……不本意にこの世へ転生したみたいな言い回しじゃないかい……」


「さあ、それは分からぬ。然れど拙者の国にて“武士道と()は死ぬ事と見つけたり”と言う文言がある。死して初めて最良の選択を取れると言う意。拙者が死して初めて選んだモノが彼女、ヴェネレ殿に仕えると言う選択。それは間違ったと全く思って御座らん」


「……ケヘヘ……いいねェ……幸せだねェ……あのお姫様……こんなにイカしたサムライとやらに想われているんだから……。……ヒヒ……そんなアンタが残しても良いと判断した……アンタん所のガキ共はねぇ……そう……きっと……───」


 何かを言うよりも前に、老婆は絶命した。

 あの状態でよく彼処まで話せたものよ。素直に感心する。

 拙者の気に掛けていた子供らがどうか。あの老婆の告げた“きっと”に続く言葉は、上手くやれる……と願望を交えつつ勝手に付け加えておこう。


「南無……」


 手を合わせ、老婆の遺体は風に巻かれて砂のように消え去る。

 まさに春の夜の夢の如し。静かに眠れる事に御座ろう。永遠を生きるなど辛き悲しみが増えるばかり。気付かぬうちに命が絶たれる。あの者には死こそが救いであった。

 拙者と憐れな老婆の織り成す戦闘。それはケリが付いた。


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