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其の弐 拙者、町へと参る

 女子おなごの案内によって、拙者は共に整備されし道を歩んでいた。心地好き風がマゲを揺らし、肌を撫でる。

 ふと見ると、拙者を案内している女子が不可思議そうに拙者の顔を眺めていた。


如何いかが致した? 拙者の顔に何か付いているで御座るか?」


「え? ああ、いや。そうじゃなくて……随分と変わった髪型だなぁ……ってね」


「そうか? 拙者の国ではこの髪型は茶飯事であった。然し国が違えばことわりも変わる。気にする事は無かろう」


「ハハ、達観しているね」


 苦笑混じりの笑みを浮かべる。

 はて、何かおかしな事を言ったか。

 しかし気にしても意味無き事。深く申す事も無かろう。と、拙者は会話を終わらせる。


「そう言えば……名前、まだ聞いてなかったよね? 私の名前はシュトラール=ヴェネレ。貴方の名前は?」


 苦笑を掻き消し、唐突に己の名を拙者に申す女子おなご。もとい、シュトラール=ヴェネレ。名を訊ねたがっていると知り、拙者は口を開いた。


「拙者は天神鬼右衛門。元は殿に仕えた侍だったが、今はしがない浪人よ」


「トノ? サムライ? ロウニン? よく分からないけど、貴方はアマガミ=キエモンっていうんだね。よろしく、キエモン!」


「うーむ、少々呼び名に違和感があるで御座るな。だがまあ、どうでも良かろう。此方こそ宜しくお願い致す。ヴェネレ殿」


 差し出された手を握り、ヴェネレ殿の顔を見て返す。

 少々長き名を持つシュトラール・ヴェネレ。前に聞いた寿限無じゅげむに比べれば些か短いが、失敬ながらヴェネレ殿と短縮させてもらった。


「して、聞きたい事は多々ある。しかし、出会って僅かな時の中で多くを訊ねるのは無粋なもの。一つだけ聞いてもよろしいか?」


「ん? 良いよ。私も色々と聞きたい事があるけど、まずはキエモンからどうぞ」


 質問を掛けても嫌な顔一つせず返す。

 許しを得、ならばと拙者も言葉を続け申す。


「これから向かう“シャラン・トリュ・ウェーテ”とやらだが、如何程の町で御座ろうか。賑わいを見せる町なのか、寂れて暗き雰囲気を醸し出す町なのか」


「活気があるか無いかって事? それなら賑わっている街だね。ここら辺でも一、二を争う都会だし……魔法も発達しているよ」


「魔法……先刻の妖術か。しかし賑わいを見せているのならば京や江戸に大阪程の都と見て良さそうで御座るな」


「京と江戸に大阪かぁ。その街も知らないな……それに、魔法を妖術って言っている人も見た事が無いや」


 神妙な面持ちで思案するヴェネレ殿。

 拙者の住む国を知らぬので京に江戸や大阪といった繁栄している都を知らなくとも可笑しく無いが、妖術の事を魔法とつづり申していた。

 フム、魔法に御座るか。


「ヴェネレ殿。先程拙者は一つだけ訊ねたいと述べた。しかし、面目無き事。誠に勝手ながら、新たな疑問が生じてしまった所存。もう一つの事を訊ねても宜しいか?」


「別に構わないよ。無言で歩くのは何か気まずいからねぇ」


「先程から述べている魔法というものは如何様なものなのか、教えてくれぬか?」


 武士として二言を述べるのは恥である。だが、どうしても魔法とやらが気になる所存。妖術などなら聞いた事はあるが、それと同じようなものなのかそれを知りたかった。

 対するヴェネレ殿は頷いて言葉を返し申す。


「うん、良いよ。けど、魔法を知らないなんて不思議な人だね。この世界で生活してたら例え世界の裏側に居ても魔法の情報は伝えられる筈なのに」


「フム、世俗には知れ渡っている常識という事で御座るか。先の戦闘からするに、拙者の国で言う刀や火縄銃などと同じような役割を担う物で御座るな」


「カタナにヒナワジュウ……。聞いた事が無いなぁ。まあいいか。私の質問は後だからね。えーと、じゃあ魔法について簡易的に説明するよ」


 刀や火縄銃についても知らぬというヴェネレ殿。それも気になるが、一先ずはて置く。

 拙者はヴェネレ殿の言葉に耳を傾けた。


「えーと、魔法って言うのは、この世界に顕在する“エレメント”って言う物質を魔力によって再現する技術……って言ったところかな。その様子だとエレメントや魔力についても知らないだろうから簡単に説明すると、エレメントは火や風。土に水の総称で、魔力っていうのは生まれつき宿っている力……とでも言っておこうかな。魔力は私達の先祖が神様だった時の名残なんだって」


「フム……えれめんとは火、風、土、水の総称。それを魔力とやらによって生み出し、その根源となる魔力は神だった頃の名残りであるか。妖術より神通力のようなものの類いの方が近そうだ。いや、陰陽師おんみょうじの扱う木、火、土、金、水からなる陰陽いんよう五行思想こぎょうしそうが一番近しいやも知れぬ。……神についてならば拙者も知っている事がある。拙者達も神や仏の子孫らしく、伊邪那岐イザナギ伊邪那美イザナミによる国産みの伝承は伝わっている」


「へえ。国や文化。言葉遣いが違っても神話や伝承は同じようなものになるんだね。何か不思議。まあ、ただのお伽噺で神様が本当に居るのかも分からないんだけどねぇ。魔法が使える理由も最近は研究で明らかになってきているし。体内の魔力がどうとか」


 魔法とやらは概ね理解したで御座る。

 要するに神通力をもちいて自然を生み出す御技みわざと云う事であろう。前述したように、拙者の記憶にある術では陰陽五行思想が近い。

 然し神か。現世では鬼神の現人神となった拙者にも感慨深いものがある。


「成る程の。……して、拙者からは特にない。主も何か聞きたい事があると申していたであろう。それについて話してくれて構わぬ」


 一先ず拙者の聞きたかった事は分かった。故に、ヴェネレ殿に何を訊ねたかったのかを申し立てる。

 ヴェネレ殿は拙者の方に視線を向け、少し思案して言葉を発した。


「そう? じゃあね……さっき言っていた妖術や神通力は魔法のような力だからいいとして、キエモンが生まれ育った国についても聞きたいけど……それもまあ今はいいかな。……うん、“カタナ”と“ヒナワジュウ”について教えてくれないかな? 魔法のような役割を担うって部分が気になるんだ!」


「フム、それならお安い御用だ。それで先程聞いた事に対しての恩が返せるのなら冥利に尽きる」


「ハハハ……大袈裟だなぁ……」


 ヴェネレ殿が聞きたい事は刀と火縄銃について。それなら拙者も説明出来る。

 ならばその役割について申すとしよう。


「刀と火縄銃は、有り体に言えばいくさの道具で御座る。人を斬り、人を撃ち、その命を奪う代物。れど只の殺戮具にあらず。使用者によっては英雄にも神仏にも鬼にもなりうる道具だ」

「……っ。イクサ……戦争って事だよね……?」

「うむ」


 軽い気持ちであったのか、拙者の言葉を聞いたヴェネレ殿は口を噤む。

 戦はいつの世も嫌悪と畏怖の対象。そのことわりは国が違っても変わらぬようだ。


「魔法も……確かに戦争に使われているよ……けど、日常生活でも色々と活用されているんだ……! カタナやヒナワジュウも戦い以外での活用が……」


「在らぬ」

「……っ」


 率直に申した。

 だが、成る程。此処の戦具は戦だけが存在意義では無いようだ。

 装飾品としてなら刀などが使われている事もあるが、主な用途は戦。此処はまだ平穏なのやもしれぬ。


「そう……なんだ……。魔法が無い国での戦争はどんなものなの……?」


「人が血を流すものだ」

「ああいや、そうじゃなくて……カタナやヒナワジュウの使い方やその……人の……殺し方……」


「フム、そちらであったか。刀は“斬る”という事を目的と致し候。対し、火縄銃は“撃つ”という事が目的としている。刀の刃に触れた皮膚からは血が流れ、撃たれた皮膚からも血が流れる。違いと言えば火縄銃は遠方から敵を狙い撃つもの。刀は近場の敵を討つもので御座る。……しかながら、戦場では槍という、刀より少し長き得物で戦う事の方が多いがな」


「……。ヒナワジュウの方が魔法に近いかもしれないね……」


 拙者の説明を静聴し、述べた感想は火縄銃の方が幾ばくか妖術に近しいとの事。


「そうで御座るな。火縄銃はその名が示すように火をもちいて攻撃へと転じる。火その物ではなく、火を伝うて加工した鉛を撃ち込むので御座ござそうろう。ヴェネレ殿らの持つ妖力……もとい、魔力が切っ掛けとなりうる魔法に近しいやもしれぬ」


「うん。……さっき言っていた使用者次第なら神や英雄になれるって言うのも気になるけど……戦場で人を多く殺した人がそう呼ばれるのはどの国も同じみたいだね……」


「そうで御座るな。海外であっても戦があるのなら、戦乱の世が晴れる日は訪れないのかもしれぬ」


「ハハハ……。悲しいね……。あ、街が見えてきたよ。あそこが私達の都市……“シャラン・トリュ・ウェーテ”」


 会話の最中、ヴェネレ殿が指を差して目的地である街を示す。

 そこは遠方から見てもいと広大な街であるという事が窺えられた。


「彼処が拙者達の目的であった町で御座るな。何とも広大な街で御座ろう」


「さっきも言ったように、この辺りじゃ一、二を争う都会だからね! 行こっか。キエモン!」


 先の会話もあり、無理矢理明るく振る舞うヴェネレ殿に手を引かれ、足元がおぼつきながらも拙者達はその街、“シャラン・トリュ・ウェーテ”へと向かい参上した。



*****



 ──“シャラン・トリュ・ウェーテ”。


「此処が“シャラン・トリュ・ウェーテ”で御座るか。日本とも違う、奇っ怪な造りの街だ。木材ではなく、硬く加工が難しい石を材料として建物を造っているのであるな。城の石垣を全体に装飾したかのような造りだ。見れば道にも同じような石が使われている……!」


「ハハハ。これはレンガって言うんだよキエモン。加工したって言うより、粘土でレンガ同士を組み合わせた感じかな。まあ、レンガ自体が粘土の加工品だけどね。道もその応用……道が先か建物が先かは分からないけど」


「フム……益々(ますます)石垣に近いで御座るな。確かに石垣は強固。れならば頑丈な建物や道が造れるやも知れぬ」


「まあ、耐震性が無いからこことは違う別の国は木材の街とかもあるかな。だけどその反応、良いね。案内のし甲斐があるよ!」


 ヴェネレ殿に引かれ、拙者は“シャラン・トリュ・ウェーテ”へと来ていた。

 此処の造りは日本と全く違う物。色が多く少し眼が痛くなるが、美しき場所である事は分かる。

 成る程。レンガという加工物で建物等を造り出しているので御座るか。世には拙者の知らぬ事もまだまだあるようだ。


「……っと、そうだ。案内の前にキエモンの入国手続きをして許可書を得ないと。あー……けど国籍不明だし大丈夫かな……日本……どこだろう。聞いたことないし、もしかして“裏側”の国かな……黄金の国ってのも“裏側”にならあってもおかしくないし……駄目だったら一回お城に掛け合わなくちゃ」


「……?」


 此処はまだ街の入り口。れば入るだけの筈であるが、どうやらヴェネレ殿が何かを悩んでいる様子。

 許可が必要と口に出していた事をおもんみてみれば御上おかみの許しが必要なので御座ろうか。

 拙者の国でも忍びや他国の廻者まわしもののような曲者くせもの対策の為にそう言ったものが必要な時も御座った。やはり戦乱の世。国へは簡単に入れる訳でもないようだ。


「キエモン。悪いけど、着いて来てくれるかな? ちょっとした手続きが必要で……外からの人は簡単に入れないんだ」


「相分かった。拙者の国でも似たような事は行われていたからな」


「ありがと! じゃあちょっと来て!」


 またもや柔らかな手に引かれ、拙者は入り口付近の建物へと連れられた。


「すみませーん。いいですか?」

「あら、ヴェネレ様。構いませんよ」


 そしてそこに入るや否や、一人の女子おなごが迎える。

 その容姿は黄金の髪に黄金の眼。色白の肌と、やはり日本人とは違う。衣服も拙者達の物とは違うで御座るな。しかし、胸を強調した衣服。何とも不埒な。女子がそう簡単に肌を見せるのは如何なものか。それについてはヴェネレ殿にも言える。

 その女子はヴェネレ殿に言葉を返し、次いで拙者の方へと視線を向けた。


「えーと……そちらの殿方は? ……あっ、成る程。ついに決められたのですね。ヴェネレ様。此度こたびはおめでとうござ──」


「違います! ……ってそれはいいとして……この人、アマガミ=キエモンって言うんですけど、この先の道で魔物に襲われているところを救出したんです。それで事情はうかがったのですけど、住んでいる国の名前が分からなくてですね。この街を案内したく、許可書を発行出来るかどうか知りたいんです!」


「成る程。アマガミ=キエモン様。当然住民登録は無し。分かりました。こちらで色々と手続きを致しましょう」


 その女子おなごはヴェネレ殿に言われ、何も無かった場所に絵を映し出し、何らかの行動を取った。

 なんと面妖な。これも魔法というモノで御座るか。絵を空に映す魔法……不思議だ。


「キエモン様。お伺いしたい事がいくつかあります。構いませんか?」


「構わぬ。拙者も何をどうしたら良いのかせん故。其方そちらにて事を示してくれるのならばそれに越した事は無きに候」


「え? あ、はい。……ふふ。なんとも難しい言葉遣いですね……訛り……でしょうか。確かにこの国出身では無いようです」


 ヴェネレ殿にも似たような反応をされたで御座るな。

 やはり西洋や南蛮の者にどういう訳か言葉は通じているみたいであるが、いささかの差違点が顕在するので御座ろう。


「それでは、準備を致しますので暫しお待ちを……」


 そう言い、その者はまたもや空に映し出された絵を見やり、拙者には分からぬ行動を行う。暫しの辛抱が必要な様子だ。

 街へと着いた拙者達。そこでは入国手続きを執り行う為、一旦待機するので御座った。

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