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其の弐拾 町案内

 ──一人で朝食を摂り終え、拙者はヴェネレ殿の元へやって来た。


「お待たせ致した。ヴェネレ殿」

「やっ、来たね。キエモン。……別に食事くらい一緒で良いのに……」

「そう言う訳には御座らん。いつ何時命を狙われるか分からぬからの」

「またそれ……キエモンは私の命なんか狙わないだろうし、良いんじゃないの? 何なら私の御付きに暗殺者とか居たら守れないじゃん?」

「む? それは……そうで御座るな……。だが、大奥の如き姫の園。拙者が入る訳には行かなかろう」

「執事とか普通に居るし、今更だよ」

「そうか? 然しだな」

「何でそんなに一緒に食べられないの?」

「主従の関係故、必要以上に親しくなる訳には行かなかろう」

「うーん、何か古い考え……もっと気楽に行こうよ」

「否、常に己を律せねば主人は護れぬ」

「頑固だなぁ……よし、じゃあ命令! 今日は主従の関係無く楽しむ事! 友達みたいにね!」

「む? それは……」

「私に仕えるんでしょ?」

「……御意」


 言いくるめられてしまった。ヴェネレ殿の方が一枚上手に御座るな。

 主人に物申す訳にもいかぬ。然し、友のように親しくか。難しいの。


「して、ヴェネレ殿。今日は何処いずこに?」

「堅苦しい言い方だけど、まあそれがキエモンなりの在り方だもんね。言葉遣いくらいは良いか。まずは便利な道具屋かな」

「前の場所で御座るか?」

「ううん。あそこはマルテさんの紹介だからね。私は知らなかった穴場。そこも良いお店だけど、他にも色々役に立つお店があるんだよね」

「そうで御座るか」


 道具屋。魔法道具とやらが色々売られている商店。妖術の使えぬ拙者にはあまり必要も無さそうであるが、妖術関連以外にも色々とあるやもしれぬ。

 ヴェネレ殿の案内の元、拙者らはその店へと入った。


「フム、色々あるの。用途は全く分からぬが」


「魔法道具は色々な効果が付与されているからね。人には魔力が宿っているけど、体力が無くなるみたいに魔力切れとかも当然あるの。最新の研究では血液とか体内の細胞を魔力に変換しているって明らかになっているけど、魔力が尽きると数時間は魔法が使えなくなるから、それを補う為の道具なの」


「成る程」


 魔法道具。妖術が使えずとも似たような効果を発揮させる事の可能な物。

 便利に御座るな。効果次第ではヴェネレ殿の助けになるやもしれぬ。


「どう? 見た感じ!」

「フム、興味深いの。然しヴェネレ殿、一つ相談がある」

「ん? なにー?」


 色々と目を引かれる物は多い。だが、拙者には大きな問題があった。


「拙者、まだ金銭を持ち合わせて御座らん。給与はまだ無く、無一文でこの国へ来た故。何も出来ぬ」


「あー、確かにそうだね。うーん、じゃあ私がキエモンの分は払うよ。何か欲しい物ある?」


「今は御座らん。今しがた告げたように道具の用途も不明だからな。手間は掛けさせぬ」


「ふうん? じゃ、はい。金貨1枚と銀貨3枚。銅貨10枚渡しておくね! これがこの国の……というより世界全土の共通硬貨。昔は色々と別名があったんだけど、数百年前に統一されたんだ」


「忝ない」


 国が違えば通貨も違う。そう言うものであろう。

 色合いからして金貨が小判のような物。即ち一両。銀貨が分か朱。銅貨が朱か文と同等であろうか。

 何にせよ貴重な金銭。大事に使うとしよう。


「ならば、これを入れる巾着が必要に御座るな。ヴェネレ殿。この店に巾着はあるか?」


「巾着? 小物入れって事? あると思うよ。魔法道具の専門店って訳じゃないからね。銅貨2枚もあれば買えるんじゃない?」


「そうで御座るか。ならば店主。巾着を一つ」

「はいよー」


 買わぬと言ったがそれを訂正し、巾着を一つ購入する。

 武士に二言はあってならぬのだが、昨日今日と二言を言ってしまった。気を引き締めなければならぬな。


「では、ヴェネレ殿から貰い受けたこれで」

「毎度ー」


 銅貨を二枚渡し、巾着を受け取る。その直後に買った巾着の中へヴェネレ殿に貰い受けた金貨と銀貨、銅貨を仕舞う。

 拙者の国でもこの様に金銭の持ち運びをしていた。腰に刀があるよう、これもまたしっくり来る。

 その後軽く見て回り、拙者達はこの店を後にした。


「そうだ。ヴェネレ殿。拙者はこの衣服しか持ち合わせておらぬ故、数着服が欲しい。呉服屋など御座らんか?」


「呉服屋……服屋さんね。うん! 良いよ! キエモンから行きたい所を提案するのは珍しいもん!」


 戦場では何日も同じ衣服なのはよくある事。然し平穏な日々くらいは衣服を変え、気分を一新したい所存。

 そうだな……三着程あれば一先ず困らぬか。


「服屋さんはここ! 品揃えが良いから私もたまに来てるんだ!」


「ほう。これは良き店よ」


 ヴェネレ殿の案内の元、拙者は呉服屋へと着いた。

 外観からでも店内の様子が分かり、硝子張りの扉からは中が見える。

 そこには色鮮やかな着物が所狭しと飾られており、客も何人かいるようだ。


「いらっしゃいませ。本日は如何なさいますか? っと、ヴェネレ様じゃ御座いませんか。よくぞお越し下さいました」


「やっほ。店員さん。この人、キエモンって言って新しい騎士なんだけど、路頭に迷っていたから衣服が少なくて。似合いそうな服を見繕って頂戴」


「成る程。良い顔つきの渋い男性ですね。ヴェネレ様が直々に案内するとは。もしかして」

「違うから! 全然! 全く! そんなんじゃないから! 早く仕事に取り掛かって!」

「へえ……ふふ、かしこまりました。ヴェネレ様♪」


 何やら不敵な笑みを浮かべる店主殿。

 一先ず着物は探してくださるらしい。

 拙者は自分で探そうと考えていたが、この広き店内。加え、異国故に馴染んだ着物は無い様子。なれば向こうに任せるのは正解であろう。


「服が来るまで何してよっか。キエモン。試着でもしてみる?」

「試着?」

「うん。せっかく色々あるし、オススメは今から持ってくるからどんな感じなのか試してみるの」

「フム、良いで御座るよ。して、如何様な着物を?」

「うーん、男性用の服はこっちだね」


 更に案内され、男物の着物が並んだ場所へとやって来た。

 千差万別。多種多様の着物があり、ヴェネレ殿は嬉々として拙者の元にいくつかの服を持ってきた。


「やっぱりシンプルな黒かな? けど明るい色も似合うよね。キエモンって結構色んな服が似合うと思うんだよね~」


「ふうむ……妙な感覚よ。別段動きにくい訳ではないが、着慣れておらぬ故に違和感を覚える」


「そうかな? 似合ってるよキエモン♪」


 着物ともまた違う衣。楽に着られるが、それはそれとして変な感じよ。


「まあ、動きやすくはある。それと、何時でも刀を抜けるよう腰に鞘を差せる物が無かろうか」


「あー、確かにねぇ。うん。腰に杖やほうきを携える人達も居るから、それっぽい服はあると思うよ? 店員さんに頼んでおこうか?」


「御頼み申す」


 腰に差せる衣服もあるにはあるらしい。杖との大きさ的にもあまり変わらぬな。ならばと拙者はそれを待つ。


「さあ、どれにしますか!? 赤青黄色に緑の派手な様相から、黒白灰色のシックな物まで! 大都市“シャラン・トリュ・ウェーテ”の服屋さん! 品揃えには自信ありますよ!」


「かなり高揚している様に御座るな……」

「アハハ……これもこのお店の特徴と言うか醍醐味だから気にしないで」


 店主殿が嬉々として持ち寄せた着物類。

 拙者的にはあまり目立たぬ黒が鼠色辺りが望ましいの。


「なら、黒と鼠色の物を貰い受けよう。拙者、あまり目立ってはならぬ故」

「鼠色って……まあいいけど。キエモンって目立つの嫌そうだもんねぇ」

「ウム。返り血を浴びる機会も多々あるからの。黒や鼠色ならば誤魔化しも利く」

「返り……!?」


「お、お客さん! お店の中で流血沙汰は……!」


「あいや、此処で暴れたりはせぬ。この国は平和なようだが、いずれは戦に赴くか、国へ害成す妖などが来る事もあろう。その時に白き着物を着て血みどろで帰っては民を恐れさせてしまう。故の血が目立たぬ衣服よ」


「な、成る程……」

「確かに理に適ってるけど」


 語弊があったの。お二方も納得頂けた様子。

 一先ずのところ黒と鼠を購入。銀貨一枚でこれらを買えるのだから手頃よの。


「ありがとうございました~!」


 笑顔で見送る店主へ一礼。満足いく買い物は出来た。

 そこからヴェネレ殿と共に、“シャラン・トリュ・ウェーテ”の街並みを拝見して行く。


「ここはレストラン。食堂だね。他の街でも大抵はあると思うから、覚えておくと良いよ。後で一緒にお昼食べよっか!」


「昼? 食事は一日二食が基本ではないのか? 一日に三食も食べるなどなんと贅沢な」


「え? あ、キエモンの所じゃそうだったんだ。確かに昨日来たのは昼頃だけど、お昼ご飯食べてなかったもんね。……えーとね、この国では一日三食が当たり前なんだ。人によってはあまり食べないって事もあるけど、基本がこっちかな」


 ヴェネレ殿の、と言うよりこの国では一日に三食も食事が摂れるらしい。

 良い国に御座る。この国では子供が何も食べられず悲しむ事も無いのであろう。


「成る程。裕福な国なのだな。此処は。拙者の村の者達にも飯を食わせてやりたかった」


「やりたかったって……もしかしてキエモンの村は……」


「無事に御座るよ」

「無事なの!? じゃあなんでそんなに不安そうな……」

「用心棒を兼ねた拙者がその村にらぬからな。村の者達が心配に御座る」

「あ……確かにそうだね。けど、何とかして村に帰れないの? 候補的には“裏側”だから難しそうだけど……」

「フム、検討も付かぬ。そもそも拙者は……」

「……?」

「いや、この国への恩義があるからの。生涯尽くしてそれを返すまでは帰れぬ」

「そうかな……」


 拙者は一度、切腹にて名誉ある死を遂げた身。即ち此処は現世に非ず。ヴェネレ殿の言う“裏側”が如何様な場所かは分からぬが、おそらくもう二度と国へ帰る事は出来ぬのだろう。

 既に別れの言葉も告げた。唯一の心残りがあるとしたら村の者達についてだ。一応拙者が切腹する代わりに村に手は出さぬ約束はしたが、それも守られるか分からぬ。仁義はあるものだと思いたいがの。


「して、ヴェネレ殿。次はどちらへ?」

「あ、うん。次はあそこ。宿屋だね。遠征する時とか、別の街に行く時とか、この街以外で一番利用する事が多くなる場所だと思う。キエモンってこの国の字は読めるんだっけ?」


「いいや、読めぬ。異国の言葉は何一つ分からぬからの」


「話せるだけかぁ。……じゃあ、あの看板が目印って覚えていて。この世界でも字の読み書きが出来ない人は少なくないから、分かりやすく絵で表現されているんだ」


「フム、記憶に入れておこう」


 人が休むかのような絵。それが宿屋の特徴。それに加え、他の建物より些か目立っている。それ程までに利用客が多いのであろう。

 拙者自身が利用する機会も多くなりそうだ。


「それで、あそこが“ギルド”。基本的にお城と協力して仕事を出している場所……って感じかな」


 聞いた事の無い単語よの。この国に来てからいくつかそう言う言葉もあるが、また不思議な響きだ。


「“ぎるど”……城と協力するならば御役所のような所に御座るか」


「まあ、そんな感じかな。けど、ギルドの詳しい情報は後日騎士として教えられると思うから今はまだいいね」


「フム、そうに御座るか」


 その返答に納得する。

 騎士として通う事が多くなり、説明もされるのならその時詳しく窺うとしよう。

 ヴェネレ殿は更に続けた。


「まだまだ見所はあるから。今日一日は私と付き合ってね!」


「御意。御供しまする」


 基本的な建物から変わった用途の物まで様々。この辺りで一番を謳う都だけあって期待通りだ。

 拙者とヴェネレ殿の城下町探索は続く。

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