其の佰陸拾弐 手術・想い
──“シャラン・トリュ・ウェーテ、医務室”。
「さて、埋め込まれた発信器は胸の位置なんだよね……」
「そうに御座るが、何故拙者らも医務室へ?」
国にてヴェネレ殿の治療を終え、拙者らは城の治療所へと来ていた。
此処に集まるはエルミス殿を筆頭とし、腕の立つ医療魔法使い達。拙者が居るのは場違いな気もするが、それについてはヴェネレ殿から説明される。
「キエモンは剣捌きが凄いでしょ? 切除する必要も出てくるかもしれないし、その時は頼みたいの。それと私が居るのは付き添いかな。一国のお姫様として責任はあるから」
「成る程の。繊細な刃の扱いが必要なのと見届ける為か。うむ、危険は伴うが、切り離す事は可能かもしれぬ。サモン殿は良いのか?」
拙者が呼ばれた理由は摘出にてやむを得ぬ場合、彼女を斬る役目。
一流の侍は対象に斬られた事すら気付かれない。拙者とて出来ぬ事も無いが、体を斬るという行為について訊ね、椅子に座るサモン殿は頷いて返す。
「構わない。そもそも取り出さなくても良いんだよね。私は別にどうなってもいいから。けど、アナタ達の気持ちを汲んでみる」
そう言い、立ち上がって衣服を脱ぐ。
場所は心臓の近く。ほんの小さな誤りで死する可能性もあるが、彼女はそれを気にせぬらしい。
脱ぎ去った衣服を置き、下着も取り去って柔らかな裸体が露になる。……が、拙者はそれを見届けても良いのだろうか。
「ヴェネレ殿。エルミス殿。この様な事態であれど、女子の裸体を見るのは失礼に値しなかろうか。この国ではそうなると存じ上げているが」
「うーん……今は緊急だから。それに、キエモンに下心は無いからね。安心出来る」
「そうですね。命を扱う手術に下心があると問題ですが、キエモンさんならその手の心配は無用だと思いますので」
下心。即ち女子に対しての欲が無いのなれば無問題との事。
拙者も男。色事に興味がない訳では御座らんが、その気持ちとはまた別なのだろう。確かに今現在のサモン殿へ欲情はしておらぬ。
その様な事を話している最中、当の彼女は先を促した。
「それじゃ、さっさと始めちゃって」
「分かりました。では医療班の皆様。よろしくお願いします」
「ええ。──安らぎの精霊よ、身を癒し、彼女へ眠りを与えよ。“スリープ”」
「治療の精霊よ。その力を患者へ与え、肉体の感覚を無くせ。“エネスティーシャ”」
此処におられる医療班の女性が睡眠魔法を使い、サモン殿が高布団の上にて意識を失った。
痛みを感じさせぬ為に体へ魔法を掛けて知覚を失わせる。この行為を麻酔と言うらしい。
それにより、今現在のサモン殿は何をしても目覚めぬ体となった。生きてはいるが仮死状態にも近しいの。
「それでは、まずは探知の魔法で魔力の気配を探ります」
「今現在は全身麻酔により、魔力放出器官の機能も鈍くなっている状態。微量な魔力を探り、反応を示した場所が発信器の魔道具でしょう」
説明しつつ医務班の者達は両手で体に触れ、気配を辿る。
患者がサモン殿なのもあり、この場に居るのは拙者を除いて女子ばかり。使える魔法は男女ともに大差無いので本人の希望でもなければあてがっては気を遣っているのだろう。
医師達は数分間裸体を何度も往き来し、同じ箇所を数度渡った所で印を付ける。
「魔力の気配を探知完了。これより摘出に当たります」
「胸元……右胸の乳頭よりやや左上に寄ってますね。流石に心臓その物に埋め込んだ訳ではないようです」
「これならまだ取り出せる範囲内……いえ、絶妙に心臓に当たりそうな位置。性質を変化させない極細の魔力でようやくって感じかしら……」
「絶命する前ならエルミスさんの回復魔法でなんとかなるけれど、取り出すにはかなりの集中力を要するわ……」
埋め込まれた物は見つかったようだが、やはり位置が難しいとの事。
エルミス殿が居るのである程度の修正は利くが、何度もやり直す訳にもいかぬ状況。繊細な魔法操作を要求されるようだ。
「0.1㎜以下、1μm以上……何れにしても今ある魔法では取り出すのが難しいかも……」
「ほんの少しでもずれたら致命傷になり兼ねないわね……」
「けどやるしかない。何とか極細の魔力を出す事は出来るから……」
そう告げ、指先から目に見えぬ程細い魔力の線が現れた。
ゴクリと生唾を飲み込み、胸元へと近付ける。あれにて摘出するようだが、それ程の魔力操作自体が難しいらしく、中々体へ刺し込めぬ様子。
では、此処は拙者が名乗り出るか。
「お医者様。その小指を拙者に委ねるのなれば、摘出してしんぜよう」
「……! キエモンさん。確かにそれなら魔力を放出するだけだから楽になりますけど、心臓付近には血管があり、一歩間違えれば致命傷に……」
「心得ておる。故に失敗はせぬ。それ程までに細き刃を扱った事は御座らんが、要領は掴めた」
「見ているだけで……分かりました。貴方を呼んだのはその為。お任せします」
「了解した」
医師の手を取り、彼女は指先から変わらず魔力を放出し続ける。
長さと細さは把握。指を曲げる事でどちらの方向へ行くかも理解した。
拙者はもう一人の医師へ訊ねる。
「では、主は位置を教えてくだされ。拙者、魔力の探知は出来ぬ」
「分かりました。心臓の鼓動と彼女の呼吸に合わせてほんの少し動いてますが、振動による移動範囲に印を付けました」
「忝ない」
サモン殿の胸元へと描かれた魔力の印から位置が分かった。
乳房の上部。乳頭の少し横。繊細な動きが要求されるのは承知の上。彼女の胸へ慎重に触れ、その箇所へと魔力の線を突き刺す。細い血が緩やかに流れる。
「………」
「………」
それについての言葉は何も無し。両者ともに集中しているのだから当然か。
印を追い、サモン殿の呼吸の速さを理解。微かな振動から心臓の位置とそれが交わらぬ場所を把握。目に見えぬ程の発信器を支障を来さぬ程度の皮膚と共に取り除いた。
「これに御座るか」
「……はい……!」
「魔力の気配、他に感じられません!」
「手術は無事成功しました!」
緊張の糸が切れ、大きな声と共に膝を着く医務班の面々。
エルミス殿がサモン殿へと治療を施し、空いた小さな傷も塞いだ。
「良かったぁ……思ったより早く終わったけど、こっちまで疲れたよ……」
「こんな小型の魔道具を付けれるなんて、星の国の技術も凄いです……」
手術に立ち合った者達は兎も角、緊張が伝わっていたのかヴェネレ殿もへたりと座り込む。
何はともあれ問題が解決して何より。後はサモン殿が目覚めるのを待つだけ。
「先の魔法、如何程で目覚めるのだ?」
「手術に合わせて調整していますので、思ったより早く終わったと考えてあと数十分ですね」
「そうに御座るか」
サモン殿が起きるのは数十分後。それまではゆっくり待つとしよう。
医務室を後にし、サモン殿は空き部屋に寝かせた。目覚めて一人は心細さもあると考えて拙者も付き添っている。無論、未だに衣服は着用しておらぬので目覚めて直ぐは見ないように心掛けるがの。
空き部屋に寝かせて少し後、彼女は目覚めた。
「……ここは……」
「起きたようだの。サモン殿。魔道具は取り出した。もう追跡される事も無かろう」
「キエモン……」
「おっと、まずはそこに置いてある衣服を。拙者は見ぬようにしておる」
「…………」
上半身だけ起こし、毛布がハラリと落ちて乳房などの形が露になるが拙者は後ろを向き、置かれた衣服を示す。
まだ昼間。次はまた町などを案内しようかと考える拙者へサモン殿は裸体のまま寄り掛かるように抱き付いた。
「何の真似だ? 拙者を暗殺でもしようと言うのかの」
「そんな訳無いでしょ……。なんとなく分かる。これを外してくれたのは貴方。だからお礼をしたくて」
「礼とな。なれば先ずは衣服を着、面と向かって言えば良かろう」
曰く、礼をしたいとの事だが裸のまま抱き付く理由は無かろうて。
気持ちが先行し、衣服を着るのも忘れたので御座ろうか。
サモン殿は後ろを向く拙者を振り向かせ、目を見つめて話した。
「今は必要無いから。……娯楽も少ないこの世界。貴方達を癒すのはお酒や女。初めてだけど……私の体を好きにしていいよ……」
そう告げ、幼さが残りながらも静かでぎこちない妖艶な笑みを浮かべる。
彼女は一体何を申されているので御座ろうか。
「主は拙者を勘違いしておるな。確かに英傑色を好むとは言うが、そう言った事はせぬ。故郷の同期には遊郭へ入り浸る者も居たが、それを踏まえた上で拙者は己が信条を律し、何者にも惑わされぬが在り方。元より、そう簡単に己を売るではない。主はまだ若いのだからの」
「……! ……貴方みたいな人が居たんだ。確かに私はまだ成長途中だけど、結構発育も良いし魅力はあると思う。お礼をするにはこれくらいしなきゃ……」
「肉体を重ねるだけが愛情や感謝では御座らんよ。記憶には留まるが、体を売る事でしか愛を表現出来ぬのは悲しき所業だ。それによって満たされる者もおり、一つの在り方に違いない故、完全に否定はせぬが主はそうでもなかろう」
「ふふ、変なの。その気になった私がバカみたい……」
そう呟き、サモン殿は畳んである衣服を着る。
麻酔の副作用もあり、気が動転していたのかもしれぬの。元より尽くす性格。気の迷いと言った所に御座る。
「して、間違いは起きぬよ。ヴェネレ殿」
「……!?」
外に気配あり。ヴェネレ殿がウロウロしていた。
確認しに来たが、あの状況だったので中々入れなかったので御座ろう。
彼女は赤面して小さく笑う。
「アハハ……いや、本当にどうしようかって悩んじゃってね。いつ頃起きたの。サモンちゃん」
「ほんのついさっき。もう追跡もされないから晴れて自由の身かな」
「そうなんだ。ふふ、自由になれて良かったねサモンちゃん! あ、まだ郊外は危険もあるかもしれないから、住む場所はお城の空き部屋……この部屋で良いかな?」
「うん。けど小さすぎてあの子達が入らないかな」
「それは大丈夫! お城でも動物を飼ったりしているから場所はあるよ!」
「それなら良かった」
一先ずサモン殿は城へ世話になるとの事。獣達も共に世話をする為、懸念は無さそうだ。
会話に一段落が着く。先の事もあって若干気まずげなヴェネレ殿はチラチラと此方を一瞥し、拙者に向けて訊ねた。
「ねえ、キエモン。キエモンって私の事、どう思ってる?」
「……?」
それは、ヴェネレ殿をどう思っているか。
また何を仰有るか。その様な事聞くまでも無かろうて。
「大事に思っておる。拙者の主君であり、恩人でもある。主の為なれば命も惜しくない。そう言った感性にて常に留めてある」
「それは家臣としてだよね……その……異性として……もう少し近い存在としてどう思っているのかなって……」
家臣ではなく、日常的な在り方について。
成る程の。そう言う事に御座ったか。もうちっと近しい者としての存在。立場などが気掛かりと。
拙者にとってのヴェネレ殿とは──
「そうよの。言うなら妹のような存在。護ってやりたい。その様な者だ」
「妹……そうだね。教えてくれてありがと。……そう言えばキエモンには兄弟とか居るの?」
一瞬ヴェネレ殿が遠い表情をした。が、直ぐに戻して質問をする。
拙者の兄弟か。
「……。居たの。今はもう亡い」
「ぇ……あ……ごめん……そんな事は露知らず……」
「謝る必要は無かろう。話していないのだから知らぬのも当然。主が気に病む必要も無い」
拙者の言葉で責任を感じさせてしまったか。それは悪い事をした。
弁明……とは違うの。なんと申そうか。兎も角気にする事はないと話そう。
「既に終えた事。ヴェネレ殿は気にせずとも良い。拙者が悪いのだが、唯一見届けられた家族の死に際には許しを得たしの」
「……。キエモン……色々と抱えてるみたいだね。詮索はしないよ。今は今の貴方だから。私はそんな貴方が……キエモンが……──……」
「……聞こえぬぞ。もうちっと大きな声で話してくれぬかの?」
「ううん。なんでもない。ありがとね。私を想って守ってくれて」
「……?」
時折ヴェネレ殿は言い淀む事がある。それはマルテ殿やエルミス殿も然り。言葉に出さねば分からぬと言うに。
そんな拙者らを見たサモン殿が冷やかな目付きで話す。
「なんか、目の前でイチャイチャされるの腹立つ……」
「イチャ……!?」
「いちゃいちゃ? それは本に書かれてない言葉よの。意味は分からぬがその様な事しておらぬが……」
「いや、してるよ。意味を知ってる人10人居たら10人がしてるって言うくらいにはしてる」
「ちょっとサモンちゃんんん!?」
謎の焦りを見せるヴェネレ殿。
フッ、愉快であるな。数秒前までは神妙な面持ちに御座ったが、本調子に戻りつつある。
「相変わらず賑やかで楽しきものよ。今朝は死にかけていたと言うに。ヴェネレ殿」
「それはもう平気だから! 取り敢えずサモンちゃんの暴走を止めなきゃ!」
「暴走なんてしてない……けど、ヴェネレ姫が面白いのはそうだね」
クスッと小さく笑うサモン殿。年相応の表情になったの。ヴェネレ殿も何時ものように賑やかで疲弊しておる。
星の国の騒動があったがサモン殿の発信器は取り除き、ヴェネレ殿は傷も癒えて解決。
それは良き事。後は戦争計画の阻止を遂行し、平穏の世に一歩でも近付けよう。
思い詰める事は無い。それはヴェネレ殿のみならず、拙者にも言えた事。
国へ戻った現在、やる事も多々あるが、暫しの安息をまた此処で過ごすとしようぞ。
めでたし、めでたし。




