其の佰伍拾伍 格差・勢力
──“スター・セイズ・ルーン・第二都市”。
「さて、遅れた。既に戦闘は始まっているで御座ろうか」
次元魔導団が一人、ジュウを打ち倒した拙者は町中を駆け抜けていた。
些か距離があるの。地の利も分からぬ故、迷ってしまう。
一先ず壁際を目指して行けば辿り着くだろうと言う単調な思考の元、真っ直ぐに進んでおる。
建物があればそれを跳躍で飛び越え、ただただ進み行く。
「然し……改めて見ると貧富の差が激しいな」
駆け抜ける最中、流れるように映る光景を前に思わず呟く。
中心部は大きく発展しており、目映く目がチカチカする程。それは何も町の装飾のみならず、人々が身に付ける金や宝石がそうであった。
都の食物は豪華であり、肉や魚。パンに野菜、甘味料と種類も豊富。そこの者達は二口三口程度でそれらを残してはそのまま外門付近に捨てられる。それを貧困層が必死に漁るという光景。
「食物の廃棄は勿体無き事だが、それがこの者達にとっては馳走となるか。凄惨だの」
料理人が作るそれの味は旨かろう。喩え他者の唾液や土汚れ。泥水などが付いていても微かに味が残っていよう。
それに縋るしか無い程に腹を空かした者達を憐れむべきか悩むの。同情だけを向け、何もしてやれぬのは侮辱に等しき所業。今の拙者に出来る事はない。
「………」
外門を潜り抜け、第一都市へとやって来る。
中心部は裕福層が占拠しており、第二都市は貧富の差が目に見えて増えた。第一都市。来た当初はじっくり見れなかったが……何も言うまい。
「あぁ……中心部からのお人ですね……どうか我々にお恵みを……」
「もう三日も雨水の残りだけで過ごし……」
「最近は晴れ間が多く、飲み水すらも尽きそうなのです……」
「残飯でも……いえ、果実の皮や動物の骨だけでも構いませんので……」
「…………」
隠れながら門を抜けたのだが、即座に物乞いに囲まれてしもうた。
恵んでやりたいが、今の拙者は何も持ち合わせて御座らん。
「生憎だが、衣服と武器以外は何も持っておらぬ。拙者、星の国にすかうととやらをされたのだが、合わないと判断して城を出たばかり故」
「そんな……では、二本ある武器の一本だけでも……」
「それを売れば、小さなパンを人数分買う事が出来るのです……」
「小さい方で構いません……」
「私達に……」
参ったの。刀は侍の魂。打刀は無論の事、小太刀を授ける訳にもいかぬ。
然し、これを売る事によって助かる命がある。だが、これを売る事によって救えぬ命も増える。
同じ命。天秤には掛けられぬ。
そも、拙者は現在逃亡者が為、足止めを食らうのも問題だ。
「騒がしいぞ! 貧民層のゴミ共! そんなに騒いでも貴様らにやる物などない!」
「……!」
すると、この者達の声を聞いて中央門から見張り役の兵士が姿を見せた。
此処はまだ門近く。気付かれてしまったか。
「む? そこの浮浪者は見覚えがな……! お前は、アマガミ=キエモンか!」
「当然の如く、拙者の人相と名は兵士全員へ伝わっておるか」
それもそうであろうの。不当な勧誘の末の逃亡だが、この国では帝王が規約。故に拙者が悪者となる。
さて、兵士はどう出るか。
「丁度良い。貴様ら、その男を捕らえたら賞金をやろう。さっさとやれ!」
「か、金をくれるのか……!?」
「悪いな……お兄さん……私達が生きる為なんだ……」
「捕まってくれ……!」
「……フム、こうなるか」
者達に囲まれ、拙者は身動きが取れなくなった。
脱出は容易だが、あの兵士の化けの皮を剥がしてからにしよう。
「クク、噂より呆気ないな。こうも簡単に捕まったか」
「さ、さあ捕まえました……賞金を……!」
兵士の前に突き出され、無抵抗のまま枷を付けられる。
者達は必死に兵士へ懇願し、兵士は笑った。
「嘘だよ、バァーカ!」
「……ぇ……?」
「貴様ら程度に銅貨すら与えるのは勿体無いわ! 何の利益も生まぬゴミに等しき貴様らより安くても兵器や酒に繋がる銅貨の方が重要なんだよ! さっさと視界から消えろ! 目障りだ! “トルネード”!」
「「「…………!」」」
杖を振るい、困惑の色が隠せぬ者達へ魔法を放つ。
やはりの。こう言った悪代官などもたまにおる。此奴は代官のような地位に付いておらぬだろうがな。
「人をあまり信じ過ぎるでない。主ら。この者が誠に約束を守るのであれば今現在の主らがこうなっている事も無かろう」
「……!」
先程この者に指定された小太刀で竜巻を切り裂き、ちぃとばかし説教をする。
金に目が眩む。あまりの空腹によってなるべくしてなり、仕方無い事。とは言えロクな事にならぬの。
腰が抜けたその者達を見下ろした。
「現状を打開したければ己で何とかせねばならぬ。と言うても窃盗や殺人は駄目だがの。主らも何かしらの魔法を使えるであろう。無責任乍ら、拙者には何もしてやれぬ。故に言伝てのみを与える。己が知と力を以て成り上がれ」
斯く言う拙者もヴェネレ殿に拾われた身。あまり偉そうな事を申す事は出来ぬ。
拙者は運が良かっただけとも言える。この世界に来て、初めて会った者がヴェネレ殿だったのだからな。
何故切腹した拙者があの場所に辿り着いたのかは未だに存ぜぬが、其れもまた運命というものなのだろう。
言伝てを終えた拙者は今一度駆け出し、そのヴェネレ殿の元へと向かう。今現在、彼女は何処におられるのか。
「……!」
すると、遠方から爆発のような音が聞こえた。
ヴェネレ殿かサン殿か、次元なんたらの一員か。何れにせよ音の鳴る方に誰かは居よう。
方向を定め、そちらに向かって駆け行く。
(少々時間が掛かってしまったの。ヴェネレ殿ら全員、どうかご無事で)
*****
──“スター・セイズ・ルーン・郊外”。
「どうもこんにちは。ヴェネレ王。及び──」
音の方へ行くと、男女二人がヴェネレ殿へと向き合っていた。
近くにはセレーネ殿、サン殿、サモン殿に変異種の動物達もおる。
見たところセレーネ殿は動けておらぬな。囚われてしもうたか。大凡の把握。現状、無事ではあるが変事でもある様子。
何かしらを話しているうちに御護りせねば。
「手を貸されずとも、私一人で十分だ!」
「しまっ……!」
女子が杖を振るい、ヴェネレ殿に焦りが見える。あの空気の歪み、斬撃の一種か。
然しこの場、
「──間に合ったの。斬撃使いの女子とは……これまた大層な相手をしておる」
「……!」
「斬撃が……斬れた……?」
「ほう?」
間に合って何より。男の自己紹介の長さに救われた。
駆け付けた拙者は打刀を構え、ヴェネレ殿へ拙者が来たという言葉を掛ける。
「助太刀致す。ヴェネレ殿」
「キエモン!」
「……あの男が例の」
「No.10はやられたようですね。成る程。強者だ」
例の。先程と同様、拙者の事は知っておる。そしてなんば十とはなんぞ。天ぷらの一種か? いや、やられたと申しているのなれば、ジュウの事に御座ろうか。
「なんば天など存ぜぬが、強者と言う所は否定せぬまい。己の力に自信があらねば主君を護れぬからの」
「良い心掛けです。謙遜せず、自信を持たねば護衛など勤まらない」
「そうだな。私も一目でこの男が気に入った。さて、アマガミ=キエモン殿。是非とも私と立ち合いを願い奉る」
拙者に向け、決闘を申し出る女子。
この感覚も懐かしいの。現世の故郷ではよくあった事だが、話し方と言い日本を彷彿とさせる。
「良かろう。受けて立ち申す」
「感謝する。そして、我が斬撃の元沈み行くが良い」
口上を述べる。
侍同士の立ち合いでは御座らぬが、斬撃を扱う彼女は似たような者であろう。
故郷に名のある女剣士は少ないが、この世界で生身の力は関係無い。魔力量と扱う魔法・魔術。それがこの世の理となっておるのだからな。
「では、No.3。私はお姫様方を相手にします。そちらはお任せしてもよろしいですね」
「無論だ。久しく見ぬ剣を扱う強者。腕が鳴るというもの」
「拙者としても少々心が踊る。斬撃を使う者は少ないからの」
「お互い様という事だな。キエモン殿」
使用人のような者がヴェネレ殿らへ向き直り、斬撃使いが拙者の前に立つ。
あの何を考えているか分からぬ者を相手にヴェネレ殿らは大丈夫に御座ろうか。いや、考えている暇はないの。拙者の相手はこの女子ぞ。
「改めて名乗ろう。私はザン。“次元魔導団”が一角にしてNo.3の実力を有する者だ」
「そうか。では拙者も。名は知っているようだがの。姓は天神。名は鬼右衛門。縁あって“シャラン・トリュ・ウェーテ”が王、ヴェネレ殿に仕える侍だ」
「サムライ……騎士の一つか」
「近しい存在よ」
名をザン殿とやら。
サン殿に濁点を付けたようなもの。少々紛らわしいが、他人の名にどうこう言う筋合いも無かろう。似た名など五万とある。
改めて互いに睨み合い、先に動いたのは向こうだった。
「……斬る」
「………」
目に見えぬ斬撃が飛び来り、空気を切り裂いて迫る。魔力の気配は掴めぬが通り道の空気が文字通り変わった。
故に見定め、今一度斬撃を切り捨てる。
「流石だ」
「………」
既に先程も目の当たりにした光景。ザン殿は姿を眩まし、拙者の四方八方は刃に囲まれていた。
一閃と共にそれを切り捨てる。
「“次元転移”+“次元連斬”」
「ふむ」
瞬時に姿を消し去り、先程よりも遥かに多量の斬撃を嗾けられた。
凄まじい数よの。空間を斬撃が隙間無く埋めておる。その全てが拙者を狙っているが彼女も拙者を生かす気が無いのだろうか。……いや、
「拙者を試しておるな、主。既に選定には受かったと思っていたがの」
「この目で確かめなくては真実は分からぬからな。案ずるな。見事に合格した」
「そうか。それは何よりだ」
数言交わし、刀と斬撃がぶつかり合う。
返答だけして直ぐ様姿を眩ませるの。探ってみても存在を感じぬのを惟るに、この世から気配が消え去っておる。
先ずは斬撃以外に何の武器を持ち合わせているかの判断が必要だの。
「幼いのによく鍛練しておる。その魔法は我流か?」
「そうだな。この国では師と呼べる存在は居ない。そもそもこの国で唯一尊敬出来るのは優しき姫様くらいだ」
「姫? この国にも姫がおるのか」
その姿を声で探る為に話し掛けたが、思わぬ存在が現れたの。この国の姫君か。
拙者の質問に対し、ザン殿は言葉を続ける。
「ああ。帝王の娘だ。と言っても私もよくは存ぜぬ。帝王が会わせぬようにしているからな。たまにこっそりと会いに行っているくらいだ」
「フム、確かに娘などが居てもおかしくないか。跡継ぎは何時の世も重要だからの」
この国の姫君は帝王の娘。滅多に会えぬようだが、その存在はあるらしい。
更に言葉を綴るように話す。
「まあそうだが……姫様は可哀想な方だ。心に思う者がありても尚、その者に会う事を禁じられている。帝王の手駒にならぬ者だからな」
「意中の者がある上で、帝王によって会うのを阻止されているか。何時の時代の姫君にもそう言った者がおるのだな。拙者の故郷でも心当たりがある」
「そうか。世知辛い世の中だな」
「……失礼乍らもう一つ聞きたいが、その意中の者は何処の国におるのだ?」
「……私も噂でくらいしか聞いた事が無いが……“月”……らしい」
「……成る程の」
星の国の姫君の想い人は月にいる。
不思議と驚きはせなんだ。何故だろうの。この国に漂う雰囲気がそうさせるのだろうか。説明は出来ぬ感覚。
今考える事では無いようだの。何れ月の国へと向かうのだ。その時に分かろうて。
「さて、無駄話をしてしまったの。主らの目的は拙者らを捕らえ、拙者らは主らから逃亡を図る……続きと参ろうか」
「そうだな。同感だ」
顔も見た事の無いこの国の姫君へこれ以上踏み込むのも無粋。
故に本来の道筋へと戻し、互いに構える。
星の国の一件。拙者らの逃亡が成功しても更なる問題が起こりそうだ。




