其の佰伍拾弐 ヴェネレの逃走劇
──やっほ。私はルーナ=シュトラール=ヴェネレ。今現在地は星の国“スター・セイズ・ルーン”。そのうちの門二つ目を抜けたところかな。
キエモンが足止めしてくれているから街を抜けるまで追っ手は来ないと思うけど、どんな仕掛けがあるか分からないからね。なるべく速く行くようにしている。
「キエモン。大丈夫だよね……」
「大丈夫じゃないの。ジュウは最弱とは言わないけど実力は下の方だし、そもそも性格上、正面から戦うからキエモンと相性は良いよ」
「そうなんだ……確かにあの魔法の範囲によるけど、隠れて重くした方が有利なのにわざわざ姿を見せたもんね」
「そ。交渉人を寄越せば自分から見せる必要が無いのに出てきた。正直言ってバカ丸出し」
「アハハ……辛辣だね……」
「事実だもん。まあ、自棄を起こして自爆するのが一番面倒かな」
「そんな事もするんだ……」
敵の情報は、その国出身だけな事はあってサモンちゃんがよく知っている。
彼女の言葉通りならキエモンは相手を倒してこっちに向かって来てくれてるかな。
外に出れば騎士団長やアルマさん達も居るし、形勢は一気に傾く。
「あ、それとごめんね。一応人質って名目だから拘束してるけど」
「それも別に良い。そんなにきつく縛られていないし……」
ほうきに乗り、サモンちゃんは拘束された状態にある。
こうでもしなくちゃこの国の人達は疑うだろうからね。こんな風になっていてもまだ疑われている可能性もあるけど。
「外門から王都まで馬車で数時間。今の速度なら数十分で出られるかな……」
「可能じゃない? ちょっと人数が多い気はするけど」
「アハハ……それはまあ……」
サモンちゃんに言われて苦笑を浮かべる。
確かにちょっと定員オーバー感はあるかも。私とセレーネちゃんとサンちゃんにサモンちゃん。計4人。荷物ならそれなりに乗せられるほうきだから体重の軽い私達は平気……と思う……。わ、私も平気だよね? もうずーっと忙しくてむしろ痩せた筈だし……。
「けどこの国……空から見たらこんな形をしていたんだ。星形で……どうりで壁の形が歪な筈だよ」
「そうだね。本来の星は丸いのがほとんどだからこんなに刺々しいのは無いんだけど、よく魔方陣とかに使われる星の形を国で再現させているの」
「へえ。星の壁が三つ並んでいる光景……見れば遠方にある国境付近の森はこの国を囲んでいるようだし……何か召喚でもしようとしてるのかな……」
「鋭いね。けどそれは誰にも分からない。明らかに普通じゃない形だし、目論みはあるかもしれないけど」
“スター・セイズ・ルーン”を上から見ると、星の形になっている。五芒星って言うんだっけ。
周囲に二つの五芒星。中心の王都は六芒星。周りを囲う木々は円を描き、今すぐにでも条件が整えば悪魔が呼び出せそうな国の形。
戦争に必要な半年間ってもしかして……。考え過ぎかな。
そんな事を思いながら空を行く。
「……ぇ?」
「ヴェネレ……!」
次の瞬間、私達の乗っていたほうきが中心から切断されるように切り離され、私とサモンちゃん。セレーネとサンちゃんで別れた。
まだ魔力の残量は付与されたまま。サンちゃんなら或いは……。
「サンちゃん! 多分敵襲! そのほうきを操って安全地帯に移動させて!」
「なぬぅ!? 妾がか!? や、やってみるが期待はせんどいてくれ!」
魔法の練習をしているサンちゃんならほうきに乗る事くらいは出来る筈。
私も私で警戒しなきゃ……! だって明らかな脅威だもんね。私は杖を構え、周囲に炎の網を展開させた。
これなら全方位、どこから攻められても気付く事が出来る。キエモンみたいに相手の気配は掴めないけど、これが私のやれる精一杯。
「……!?」
──そして、その精一杯は一瞬にして消え去った。
ウソ……一体どんな力が作用して? 炎の網は何かに斬られたような状態。分析しなきゃ。どんな魔法や力が働いたのか。
これは斬撃の一種。キエモンみたいな何でも斬る力にも近い。けどキエモンのモノとは根本的な部分が違う。
だったらこの力は斬撃魔法かな。魔力の気配も何もない、見えない斬撃魔法。私達を捕らえるつもりだから殺されないだけ……うん。分析だけでかなり厄介なのは分かった。後は本体を見つけなきゃ。
私を殺すつもりが無いなら……詠唱の余裕はある……!
「──火の精霊よ。その力にて魔力の出所を探り、対象を見つけよ。“ファイアサーチ”!」
炎の壁を作り、その壁の一部に歪みが生じる。
それは魔力の歪み。姿の見えない存在はあの歪みの中に居る。
「“ファイアショット”!」
出の速い炎魔法で牽制。歪みに衝突して燃え広がり、辺りは業火に包まれた。
この火力なら姿を消す魔法を使っていても当たる。我慢出来ず出てくる筈……!
──刹那、私の肩が何かに斬られた。
「……っ。そんな……! 既に移動した後!? それとも当たらなかった!?」
肩を狙ったのは杖を落とさせる為。殺意は無いけど、死なない範囲なら色々としてきそう。
なんにしても広い空中じゃ私の方が不利かな。
「“炎幕”!」
煙幕ならぬ炎の幕を張り、姿を眩ませる。
キエモンみたいに気配とかで追われていたらどうしようもないけど、取り敢えずは姿を隠してみる。
片割れのほうきで急降下し、墜落する形で街の方に降り立った。
──“スター・セイズ・ルーン、第二都市”。
「ここはまだ真ん中の街かな……」
「そうみたいだね。けど、私は降ろした方が良いよ。人混みに紛れても追跡はされるから」
「いや、サモンちゃんと私を狙った攻撃は関係無いよ。貴女とは隣接していたけど、的確に私だけを狙っていたもん。多分発信器は無関係……」
あの的確な狙い。あれは間違いなく私だけを狙えていた。それ程の実力の持ち主。
炎を斬る範囲を見る限りかなり広いけど、私の肩や乗っていたほうきだけを綺麗に斬れるんだもんね。
「けど、都市部じゃないこの場所は人混みに紛れても危険だよ。寧ろここの方が危ない」
「それってどういう──」
その時、左右の建物が崩れ落ちてきた。
こういう事。中心部以外の国民は二の次って訳……!
私のせいで人々が傷付く。そんなの絶対ダメ。私だけが傷を負うなら良いけど、他人に迷惑を掛ける訳にはいかない。
「……だったらこの半分で……!」
「そんなほうきに乗るつもり?」
「うん! 他の人達を傷付ける訳にはいかないから!」
「お人好し」
ほうきに魔力を込め、一気に浮き上がる。
同じくほうきで飛んでる人も居るからその人達にも迷惑が掛からないように……!
「飛ばすよ!」
「……っ」
加速し、一気に飛び行く。
更に炎でジェット噴射を追加。追っ手の攻撃力は高いけど、スピードなら負けてない。けど今は魔力を大量に消費している状態。ガス欠もすぐに起きる。どれだけ距離を離せるか。そしてサンちゃん達とも合流しなきゃ。
幸い、狙われているのは私だけでサンちゃん達に被害は及んでいない。街の方も怪我人とかはいなかったみたい。
「今の追っ手が誰なのか聞きたいけど、教えちゃったら今度こそ処罰の対象になっちゃうもんね。それは聞かないでおくよ」
「そ。お気遣い感謝。お陰で人質を全う出来るよ」
スゴい速度で進んでいるけど、会話くらいは出来る。
この速さの会話なら聞かれる心配は無いと思うけど、有利な情報を与えた事でサモンちゃんに不利益が生じるのは避けたい。
この場は早くやり過ごそう。
「……!?」
「……っ」
高速で進んでいると、第二門を越えた所で呼吸が止まった。
私だけじゃなくてサモンちゃんも息が出来なくなっているみたい。
移動による空気圧で息が止まるのはおかしくない。けど、見ればほうきから放出されていた炎も消えている。つまり空気その物が無くなっているという事。
(斬撃魔法じゃなかったの……!? 空気を消し去るなんて一体……! でも……確かキエモンも剣で空気を無くしていたような……だけどすぐに戻った気も……ダメ……思考が回らない……)
少し考えたところで息が持たなくなり、ほうきの制御も利かなくなる。
薄れゆく意識の中、何とか勢いを抑えるけど……ぁ……限界……。
私とサモンちゃんはそのままフサフサし、チクチクする感じの何かに落ちた。
「これ……は……」
『ヒュキーッ!』
「どうやら……この子が助けてくれたみたい……」
私達が乗っていたのは、サモンちゃんの使い魔である氷鳥。
あの子達とも一緒に行っているけど、街中だと目立つから隠れながら進んでいた。
空を飛んでいた氷鳥だからこそ間に合ったのかな。
「あ、ありがとう……」
『キーッ!』
「ふふ、褒められて喜んでる」
私にお礼を言われて喜ぶ氷鳥。変異種……なんだよね。改造とかされている筈なのに感情があるんだ……。なんか不思議な感じ。だけどちょっと可愛いかも……。
そこへ一閃。氷鳥の翼が切断された。
『ギィ……!』
「あ……!」
「斬撃……氷鳥は容赦なく切り捨てるんだ……!」
あくまで目的は私達の捕縛。だからこそ、私達が生きていればそれで良いと言う考え。
つまり、氷鳥の翼を斬ったのは機動力を落とす為であり、頭や体の近くに私達が居たから殺されなかっただけ……。本当に酷い……!
そのまま急降下。私達は街から離れ、第一門に続く道中に落ちた。
この辺りは草原。人影も少なく被害も及ばないのが不幸中の幸いかな……。
私とサモンちゃんはうつ伏せのまま動かず、頃合いを待つ。
「……やっと意識を失ったようだな。苦労させおって」
「「…………」」
予想通り、おそらく斬撃魔法の使い手がその姿を現した。
けど、思ったのとは違うかも。可愛い声してる。口調は男勝りだけど女の子なのかな。うーん、うつ伏せじゃなくてせめて仰向けで薄目を開けられるようにしておくべきだった。
「ギィ……!」
「悪いな。氷鳥。任務遂行の為の必要な犠牲だ。何れにせよ翼は生えるだろう」
ちゃんと氷鳥に謝ってる……悪い人じゃないのかな。サモンちゃんタイプかも?
いや、私達を捕らえる為に翼を斬っちゃうんだもん。やっぱり可哀想だよ。
「さて、死んではないな。規則正しく呼吸をしている。すぐに目覚めるだろう」
ザッザッと、足音で私達の側に来た事が分かった。
死んだふり……じゃなくて気絶したふり。もう少し近付いたところで──
「──それは……今とかな」
「捕まえた!」
「やはり気絶したふりだったか。騎士の国の王よ」
「そう言う貴女も起きてるのに気付いていたのに間合いに入ったんだ!」
「貴女が動いた所で何の意味もないからな。私の方が貴女様より遥かに強い」
「生意気~っ! って、結構幼いね」
「幼い言うな」
飛び掛かり、斬撃魔法の女……女の子を捕まえる。
艶のある黒の長髪。顔立ちは幼く、ミルちゃんやサンちゃんと同年代くらいかな。
体付きもまだまだ発展途上と言った感じ。成長的に言えばミルちゃんより、何ならサンちゃんより色々と小さい。
「こんな子があんなに高度な斬撃を……」
「今失礼な事を考えただろ。ヴェネレ姫」
「アハハ……ソンナンジャナイヨ?」
「斯様な口調で喋られても説得力無いぞ」
達観していたり、どこかで聞いたことがあるような話し方だけど、感性は年相応かもしれない。
でも本当に聞き覚えのある口調。キエモンと同郷なのかな?
「貴女、出身は?」
「この国だ。然し、おそらく幼少期にでも連れて来られたのだろう。薄らとだが朧気な記憶がある」
「へえ……」
もしかしたらキエモンの故郷について知れるかと思ったけど……そんな様子じゃないね。やっぱり星の国は世界各国から優秀な兵士を集めてるんだ……。
私達の逃走劇。私は高度な斬撃魔法を扱う女の子と出会った。




