其の佰伍拾 重力
「──さて、お部屋にお戻りを皆様。No.9。手を貸したお前への処罰は後々下される事となろう」
「早計だの。この者は拙者らの人質。要するに逃亡用の道具よ。さあ道を空けよ」
現れた兵士を前に、当初の作戦を決行。
これで矛先をサモン殿から拙者らへ向けられるようになるか、使い捨ての兵など気にせぬ此奴らは気にせぬか。
その答えは、
「だったら殺してみてください。そうすればNo.9は裏切り者じゃなかったという事になる。名誉の戦死だ」
「……成る程の」
後者の様子。
拙者はサモン殿へ視線を向け、彼女は気付かれぬよう頷く。
仮にそうなった場合、雷狼らは激昂するだろう。その対策にサモン殿は獣達へ触れ、拙者は刀を抜く。やらぬがな。言い訳は考えてある。
「人質を殺めては役割を担えなかろう。後で死体を送ってやる」
「そうか。一理ある。けどダメだ。本当に死体が送られたら裏切り者じゃなかったと記しておこう」
「相分かった。では逃亡の邪魔となる為、主はこの場で足止めさせて貰う」
「やれるものか。アナタ方が相手にしようとしている我こそは“次元魔導団”の一角。ジュウだ」
これまた思わぬ邂逅よの。
たかが拙者らを呼び戻す為に使われるのがジュウと言う、拙者らの国で言うところの騎士団長のような存在。“次元魔導団”に御座ったか。
だが然し、一つの訂正点があるの。それについて話すとしよう。
「ヴェネレ殿らはこのまま御逃げになる。故に、主の相手は拙者だけよ。アナタ“方”では御座らん」
「ではより不可能ではないか。キエモン様」
ジュウは杖を構え、拙者は打刀を構える。
既に刀身は抜いてある。ジュウを殺める為ではなく、ヴェネレ殿らの脱出が上手く行くように。
辺りに緊張が走り、ヴェネレ殿らは拙者へ目配せして箒に乗った。
「“グラビティ”」
「……」
全身が重くなり、全方位から押さえ付けられるような感覚。先程と同じよの。
ヴェネレ殿らの方まで影響が及んでおるが、これもまた事象。拙者なれば断ち切れる。
「………」
「……! 重力を……斬った? 成る程。情報通り、中々の強敵みたいだ」
あの力は重力と申すか。確か、星が発する現象で常に受けていると。
なれば奴の魔法はその重力を生み出すというもの。中々に難敵で御座るな。
「“ライトグラビティ”」
「………」
次いでジュウはフワリと己の体を浮かせ、踏み込むように力を込めて加速した。
「プラス、“リバースグラビティ”」
「………」
何をしているのかは存ぜぬが、足元の空間が少し歪んでおるの。重力とは重し事と軽し事故、己の体を軽くして重く踏み込み素早く動いたという事に御座ろうか。
相変わらず魔法による応用は多様性があるの。現世での戦場ですら様々な応用が施されていたと言うに、この世界での戦いは考える事が多く大変だ。
「………」
「避けたところで、自在な対応が可能となっている!」
紙一重で見切り、そこに向けて空中で方向転換。回し蹴りが打ち付けられる。
無論の事それも避けるが、近くの瓦礫が蹴り砕かれたの。足の重さが増し、威力も高まっているという事に御座ろうか。
「如何なる防御も世界へ影響が及んでいる重力の前には無意味! 地に足を着けていようが居なかろうが常に重力の影響は受けているのだからな! この空間でどれ程大きく動けるか!」
「………」
ズンッと重さが加わり、周りの人々が地に伏す。
成る程の。この者を中心に重力の範囲を広げたか。常人なら立っていられぬ重さよ。
「成る程。5倍の重力空間ではまだ立てるか。しかし、動きは鈍くなっている事だろう!」
「……」
そうよの。少々体が重い。呑み明かした翌日のような重さだ。
フラリと蹴りを避け、ジュウは更に言葉を続ける。
「フラフラではないか! このままでは足止めなど出来ぬぞ!」
「……」
空中に浮かんで横へ蹴り払い、それも躱す。続け様に上から踵が落とされ、飛び退くように回避。地面にぶつかり、地割れが起きた。
重い空間。相手は自由且つ威力も増強中。中々に面倒な相手だ。
「まだ見切れる程度はあるか。では重力、10倍だ!」
「……!」
それにより、周りの者達は更に石畳の地面へとめり込む。
砂塵が舞い上がっては落ち、拙者が一歩踏み込む度に地響きが起こる。ちと重いの。歩くのも一苦労よ。
「この重さの中で歩けるだけ大したものだ。だが、重力下でもより速くなる私に付いてこれるか!」
「………」
縦横無尽に飛び交い、空間を歪めて嗾ける。
動きにくい空間でこの速度と的確な狙い。本人は重力の影響を受けぬのだろう。
動き自体は見切れ、予測も出来るので躱すのに問題は無いが、それはそれとして厄介よの。
「いつまで避けていられるか! どうだ!」
「………」
どうだと言われても知らぬのだがな。
拙者の隙を窺っているのか、中々仕掛けては来ぬ。その癖よく回る口。
自分の動きが上であると示したいのか、それによる勝負を挑んできているのだろうか。
いつまで避けられるか……前にもリュゼ殿に言われたの。速さに自信のある者は確かめたくなる性分のようだ。
「その隙を……突く!」
「……」
動きは読める。気配で位置も分かる。後はそれに合わせ、鞘を振るうだけ。
「……!」
「容易いの」
拳が突き付けられ、それをいなすと同時に鞘にて打ち付けた。
重さによる動きの鈍化で威力は若干落ちたが、的確な手傷を負わせられた。
ジュウは吹き飛び、転がるように受け身を取って立ち上がる。
「まさか……10倍の重力だぞ……!? こんなにハッキリ、キビキビ動けるなんて……!」
「………」
拙者の動きを前に焦りを見せる。
此奴、“次元魔導団”とやらに選ばれたものの、まだまだ日が浅いようだの。
臨機応変な対応が出来ておらぬ。今まではこの10倍の重力とやらでなんとかなったかもしれぬが、重力は自在に変えられても己の思考を即座に切り替える術を身に付けねば宝の持ち腐れも良いところだ。
「だったら……20倍だ……!」
「……」
また重くなったの。周りの人々はもう死にかけておる。
何とかしたいところだが、フム。拙者がこの場を離れるか。
「こっちへ来い。重力使い」
「……っ。まだあんな速度で逃げられるのか……!」
駆け出し、一気に突き抜ける。
その後を追うようにジュウも来るが、こうもあっさり付いて来るとはの。何かしらの罠があると勘繰り、様子を見たりもせぬのか。
それは好都合と拙者は奴を人の気配が無い瓦礫地帯へと運んだ。
「この辺りなら問題無かろう」
「くそっ! この僕がやられるか!」
いつの間にか口調も人称も変わっておるの。焦りによって素が表れたか。
然し己の力に自信があるのは変わらぬ様子。再び無意味に拙者の周りを回り、隙を突いたつもりで死角から仕掛ける。
「動きが単調よ」
「……!?」
なれば今一度合わせ、打つのみ。
再び吹き飛び、ジュウは杖を構え直した。
「30倍だ!」
「………」
更に重くし、同じような行動と共に打ち飛ばす。
「40倍……!」
「…………」
結果は変わらず、顎をかち上げ舌を噛んだのか多少の出血が見える。
ちゃんと狙いを定めているのだが、最小の傷に抑えているのは見所があるの。まだ意識は奪えておらぬ。
「50倍……」
「……………」
自信が徐々に喪失しておるの。何十倍にしようと難なく返される鞘。ジュウの体には打撲や痣も増え、拙者は五十倍の負荷も気にせず殴り飛ばした。
「……っ。クソックソックソッ! だったら重力、100倍だ!」
「…………………………」
急激に重くされたの。いや、50倍の倍程度なれば案外変化は少ないのだろうか。
周りにある瓦礫は己の重みで押し潰されて粉々になり、拙者もまた動きが鈍くなる。
「ハッハッハ! 100倍だぞ100倍! 60㎏の人間が居たら6tになる程の重圧! お前の体重は知らぬが、その重さに耐えられるか!?」
「………」
フム、此奴が物の例えで出した重さと拙者の体重は近しいの。大体そのくらいよ。
六トンとやらは拙者の国の単位で四〇石程。確かに重いの。
「そして! 依然として僕は重力の影響を受けない! つまり、身動きが取れず、気を抜いたら一瞬で潰れてしまいそうなお前を僕は一方的に打てるのさ!」
叫ぶように言い、踏み込んで加速。
己の周りの重力は軽くし、より速く攻め立てる。
重くしたり軽くしたり。色々と応用の利きそうな魔法だが、未熟さ故に敵の周りを重くして単調な攻撃を仕掛けるしか出来ぬようだの。
「勝った! 死ねぇ!」
「生け捕りではないのか」
我を忘れておるの。命令が出ているのであれば拙者らは生け捕りの筈。なのに遠慮無く突撃する。
拙者の指摘も耳に入っておらず、居合いの形で鞘を振るって正面から打ち抜いた。
「打ち当て御免」
「……っ。カハッ……!」
そのまま落下し、地面に倒れる。
“次元魔導団”。その一角。思ったよりも未熟で弱き者だ。帝王の言葉とは裏腹に、騎士団長の皆に勝てるとは到底思えぬ程度の実力しか御座らん。
「クソッ……まだだ……! まだ重力は……継続している……!」
「………」
意識は失い掛けているが、強がりはまだ言える。今はまだ弱者だが、その芽を摘ままれなければ成長の余地はあるの。
拙者は打刀を抜き、周囲を切り払った。
「……なにを……!?」
「……やろうと思えば、初めから重力の影響を切り裂き、無かった事にも出来たのだが、あの環境は鍛練に良いと思っての。暫くそのままにさせて頂いた。有り難いの。修行に付き合ってくれて忝ない」
「鍛練……修行……!? まさか……重力空間を展開した時からお前は……!!」
「ウム、そうだ。お陰で今は体が軽く感じる。感謝するぞ。若き兵士よ」
刀を鞘に納め、捨て台詞を吐いて歩む。
利用したのは悪いと思ったが、拙者もまだまだ強くならねばならぬからの。ヴェネレ殿らを護れる絶対的な力。それが必要に御座ろう。
「ふざ……けるな……僕の魔法を嘲けて……」
「そんな訳ではない。見事な魔法だ。主はまだまだ上に行けよう。その悔しさをバネとし、更なる高見へ」
「黙れ……僕は……私は……! 負けてない!」
「……!」
その気配は感じぬが魔力が溢れ、ジュウの体が変化する。
怒りや絶望。様々な感情が複雑に混ざり合い、奴の力を引き上げたのだろうか。
感情の昂りによって力が強くなる者は現世を含めて見てきた。此奴もその中の一人という事に御座ろう。
「アマガミ=キエモン……! 私の力を前にひれ伏し、打ち沈められるが良い……!」
「口調が変わった……いや、“戻った”が正しいの。此奴、初めから人格を二つ持っていたのか」
不思議でもない。先程と今さっき。話し方の変化はあり、ただ単に素に戻ったと考えていたが、拙者もまだ浅はかだったようだの。
元より様々な人体実験を執り行っている星の国。その過程で魔力が増え、複数の人格が形成される可能性も十分にあり得る。それ程までに過酷な環境なのだろう。この国は。
「必ずや血祭りにあげ、完膚なきまでに叩き潰してやる……!」
「口が回るのだけは変わっておらぬな」
周囲に再び重力の影響が及び、既に粉々だった瓦礫が砂となる。
使える魔法は変わらぬようだが、見た感じ威力は先よりも上がっており、応用力も増えたのであろうな。どちらが主人格かは存ぜぬが、明らかに高まっておる。
拙者と“次元魔導団”の一人、ジュウの戦闘。それは次の盤面へと進んだ。




