其の佰肆拾玖 脱出開始
調査を終えた拙者はサモン殿の確認を経て部屋へと帰った。
「ヴェネレ殿。只今お戻り致した」
「お疲れ様。キエモン。あ、丁度変化も解けたみたい」
「時間にして一刻(※2時間)。即席の魔道具にしては優秀よ」
「そりゃあ私達の国が作った物だからね!」
えっへんと胸を張る。
資料を纏め、色々と調べ物をしたのだが中々に長持ちよの。複数個持てばより活用も出来そうだ。
兎も角、得られた情報は多い。後は拙者らが脱出できるかよの。制限時間を言えば先程打ちのめした者が自力で目覚めるか誰かに発見されるか。彼処は見張りも多く、猶予は然程無かろう。
「して、ヴェネレ殿。逃亡の算段は付いておるか?」
「この厳重な見張りだからね。さっきのキエモンの方法で抜け出すか、キエモンがこの外壁を両断するかくらいかな」
「そうよの。奴等、敢えてかどうかは存ぜぬが拙者から刀を取り上げなんだ。ヴェネレ殿の杖も同様。故に脱出は容易」
「手錠にそこまでの信頼を置いていた……って訳じゃ無さそうだよね。あの帝王、どこまで考えているんだろう」
拙者らを監禁しているが、案外自由に動く事を可能とし、刀や杖など武器になる物を放置しておる。
何が狙いか考えても分からぬので考えず、今は脱出優先だの。
「それを踏まえた上で油断はせず逃走を図るが、“シャラン・トリュ・ウェーテ”に害を成す事が起こり得たのなら拙者があの帝王を討ち取り申す。初めに仕掛けて来たのは向こうだからの。文句は言うまい」
「……。そうなる可能性は十分に有り得るんだよね。戦争ってそう言うものだから」
「ウム。然し、より大きな被害を起こさぬ為にする行動よ。帝王だけで済めば良いが、二次被害も有りうる現状、せめてアタマは取らねばなるまい」
人を殺める事には変わり無し。
一応の断りを入れるのなれば問答無用で討つのではなく、機会があれば話し合いもしよう。
それを執り行った上で考えを改めぬのなら首を取る。単純な方法だ。
「けど、それによって怨みの連鎖は起こると思う……信頼はされていないみたいだけど、一国の王として国を回しているのはそうだから。実際、戦争を引き起こしたがる人達も少なくないと思う」
「そうよの。此処は中心部だから裕福な暮らしをしているが、一通り見ただけで貧困層などの格差はあった。あの帝王の口振りを惟れば他国との戦争に勝利した時、救われるのは貧困層と傘下の小国。その者らは進んで戦争に参加しても変じゃない。先の時点で目の当たりにした“次元魔導団”とやらも忠実だった。王を討つだけでは終わらぬだろうな」
王を討つ。それによってあらゆる波紋が巻き起こる事に御座ろう。
戦争と言う名の希望が潰え、路頭に迷う小国と貧困層。単純に良い思いが出来なくなり、暴走するであろう裕福層。
少なからず居るであろう帝王に心酔する者達。色々と憂いは残る。いつの世の戦争は同じだろう。多くの人が死に、皆が幸せになる事など無い。
「やれる事はそうならぬよう祈るだけだ」
「うん、そうだね。キエモン」
あの帝王に言葉は通じる。然し話が通じない。
一見矛盾しているような言い回しだが、質問や願いを理解した上で踏みにじるのが奴だからの。短い会話の中でもそれくらいは把握した。
故にやるべき事は徹底的に追い詰め、完全なる勝利を宣告する事。奴はそれ程せねば話にすら乗らなかろう。
だが下手すれば自害もし兼ねん。“恥”と“死”なれば死を選ぶような存在である事も理解した。
何にしても今回の件、一筋縄では終わらぬ。それだけは確かだ。
「では早速脱出に移る。拙者はまた此奴に変装する故、ヴェネレ殿達も自分の操る者へ」
「うん。セレーネちゃん。サンちゃん。国に帰るよ。準備して」
「りょ……」
「分かったのじゃ!」
「……あのね。一応見張り役の私が居るんだけど……」
拙者らは行動を開始し、再び下っぱへと変装する。
その光景を見ていたサモン殿は呆れるように指摘し、拙者が言葉を返す。
「だが、主は止めようとしてなかろう。別に拙者らが抜け出しても良いと考えておるの。サモン殿」
「まあね。それなりの階級に位置する私はちょっとした罰が与えられるだけだし、痛みなら我慢出来るから無問題」
「罰とな?」
仮に拙者らを逃がせば罰が与えられる。
それは当然。国にとって不利益になるのだから然るべき事柄。
だが、拙者らを逃がしたばかりにそうなるのは思うところもある。
「なればサモン殿。主と主の連れる使い魔諸々、共に逃げぬか?」
「え? 何言ってるの。アナタ達を逃がしたら鞭打ちとか縛り上げとか少しの痛みが伴う罰で済むけど、他国への逃亡や亡命はほぼ死刑。リスクの方が多くなる。聞いたでしょ。この国の人には探知の魔道具。つまり発信器が付けてあるって。どこに逃げても無駄なの」
拙者の所為で罰を受けるのは不憫。故に逃亡を促すが今の理由から断られる。
体に埋め込まれたと言う探知の魔道具。それを何とか出来ればサモン殿を逃せるか。
「それは主の何処に?」
「……。はあ……」
拙者が場所を訊ねると彼女はため息を吐き、そのまま衣服を捲し上げてその場所を指差す。
「ここ。心臓の近くらへん。だから取り出せないし、大きさも小さいからそもそも見つけられないと思う」
「フム、これは難儀な……」
「ちょ、サモンちゃん!? ノーブ……何の躊躇いも無く見せるなんて……仕舞って仕舞って!」
「彼女は何を慌ててるの?」
「さあの……いや、そうだ。ヴェネレ殿は男女の体の違いを気にしていてな。おそらく主が乳房を拙者に見せる形となった事へ指摘しているのだろう」
「発信器の埋まっている所がここなんだからしょうがないのに。細かいね」
「同意よ」
「ちょ、何か変な印象与えてる! もしかしてここってまともなのは私だけ!?」
ヴェネレ殿の慌て振りはさておき、心臓の近くにある発信器は確かに取り出せぬ。
大きさも極小らしく、探し出すのさえ困難との事。
考えられる方法は胸を射抜き、絶命するよりも前にエルミス殿の回復術で即座に治すか、探知の魔法か何かで的確に見定めて抜き取るか。
何れにしても相応の危険は伴い、サモン殿の身を傷付けてしまうの。
「取り敢えず分かったでしょ。私はこの国から出られない。そう言うシステムなの。逃げても良いからこれ以上私を巻き込まないで」
扉は開けられ、サモン殿は横に逸れる。
いつでも出て良いと言った雰囲気。拙者とヴェネレ殿は互いに顔を見合わせ、二人で頷いた。
「では、主を拉致する」
「……え?」
「痛くしないから静かにね。サモンちゃん」
「ちょ、どういう事!?」
変装を解いた拙者がサモン殿を抱え、ヴェネレ殿らも向かい行く。
行動の意をよく分かっておらぬのはサモン殿にサン殿。セレーネ殿はある程度分かっているだろうか。
刀にて壁を切り裂き、わざと崩して拙者らは城内を駆け抜ける。
このままでは不親切。サモン殿へ説明致そう。
「サモン殿の意思で抜けられぬのなら拙者らが攫えば良いのだ。それなら主が罰を受ける事も無かろう」
「……って、それじゃアナタ達の国が……! 私の体には発信器があって居場所はすぐに見つかるんだよ!?」
「それは後で何とかする」
「何とかって……」
サモン殿を連れ去るのなれば彼女の不可抗力。故に逃がした事による罰は与えられない。
全ては拙者が脱出する為に起こした行動だからの。サモン殿が罪を押し付けられる筋合いは無かろう。
「お姫様がそれに荷担したら国際問題に発展する。戦争が起こるのは星の国としては賛成なんだから。こちらが先に仕掛けてきたって言い分は通じないよ」
「それも大前提。そもそも私達がこの国に来たのは戦争を起きるより前に止める為だからね。国内が混乱したらそれどころじゃ無くなるよね。きっと!」
「それってどういう……」
武力で制圧。おそらく拙者なれば出来なくもない。然しヴェネレ殿はそれを望んでいない。
あくまで町中を混乱させるだけ。さすれば改めて情報を纏め、戦争阻止の為に行動する時間も作り出せるだろう。
「サン殿。かくかくしかじか。あの辺りは人の気配も無い。任せられるか?」
「なるほど! 良いぞ! つまりキエモンのそれは、加減せずとも良いのじゃな!」
「そうよの。……と言うても無意識のうちに抑えるだろうが」
「よーし! やってやるぞ!」
「……!? この感じ……前の……」
サン殿が魔力を込め、周囲にその気配が立ち込める。
サモン殿も異様な気配に気付いたようだが、“前の”とな。何処かで対面した事があるのか、はたまた以前ミル殿相手に使った気配がこの国まで届いていたのか。
どちらにしてもやる事は変わらぬ。
「この魔力を集中して……こうじゃ!」
「……!」
大気が揺らぐ程の魔力。その一片が球体となって放たれ、拙者は廊下の壁を切り裂いた。
障害物があっては暴発の恐れもあるからの。穴を作っておいた。
魔力の球体は一直線に先程示した方向へと行き、着弾。大きな爆発と共に周囲の建物を吹き飛ばした。
「何て言う威力……見た感じ、魔力のほんの断片でこれ程の……」
さながら巨大な大砲でも撃ち込まれたか如き様。
やはりサン殿の潜在能力はかなりのものよの。下手な戦場なれば軽く魔力を放るだけで片が付こう。
「なんだあの爆発は!?」
「待て! 誰かがやって来るぞ!」
「あれは……うちの下級兵のローブだが、うち三人の性別が違う……!」
「そもそもあのNo.35……見張り兵の召喚師を連れているぞ!」
「確かあの見張り兵は“シャラン・トリュ・ウェーテ”からの客人を見張っていた……」
「つまり、抜け出したという事か!」
「打ち当て──」
「「「………!?」」」
「「「………!?」」」
「──御免」
「「「───」」」
「「「───」」」
今の状況を丁寧に説明していた兵士六人だが、即座に打ちのめして先を行く。
あの爆発は町中のみならず、城内の者達の注意も引く。此れ即ち、一瞬の隙が生まれ拙者にとって都合の良い環境が作られるという事。
その結果が今のこの状態に御座る。中々に天晴れ。
「外門へと向かい行こう。丁度出口が作られた」
「丁度って……滅茶苦茶するね。アナタ達。何したか分かってるの?」
「分かってるよ。けど、あんな勝手な自称帝王の言う事なんて聞く必要がない。一度この国の体制を見直さなきゃ、被害が増えるだけ……!」
「………」
「ヴェネレ殿の言う通りに御座るよ。サモン殿」
「……そう」
得られた情報。そして目の当たりにしたもの。それらを惟ればこの国の危険度もよく分かるというもの。
自国だけでやるのも問題ではあるが、それを用いて世界へ戦争を仕掛けるのならば止めぬ理由は無かろう。
拙者らは崩れた壁へと足を掛け、飛び出すように外へと踏み込んだ。
「早く伝えなきゃ。大きな戦争が起こる……!」
杖を振って箒を呼び、ヴェネレ殿はそこに立つ。
拙者は近くの城壁へと降り、セレーネ殿は拙者におぶさり、サモン殿は前へ抱える。サン殿はヴェネレ殿の箒へ同乗し、一気にその場を立ち去った。
「ちょっと……この体勢恥ずかしいんだけど……」
「案ずるな。落としはせぬよ。もっと大人数を抱えた事もある」
「そう言う問題じゃない……」
拙者の行動へ異議を申すサモン殿。
そう言われても仕方無かろうて。この姿勢が一番楽なのだから。
そんな拙者らの元へ、変異種の狼、鳥、猿がやって来た。
「……! キエモン! 気を付けて! 追っ手かも!」
「追っ手とな」
「おお! 猿、鳥、犬か!」
振り返り、後ろ跳びをしながら獣らを確認。
狼は雷を纏って駆け、鳥は氷を纏って飛ぶ。猿は鉄を全身に覆いながら城壁から城壁へと跳び移っていた。
彼奴ら、見覚えがあるの。
「みんな。来てくれたんだ」
『ガロゥ!』
『キーッ!』
『ウッフォ!』
「……あれ? 敵意が無い……」
成る程の。道理で見覚えがある訳だ。
拙者はヴェネレ殿の方を見て説明する。
「あれらはサモン殿の仲間である獣よ、ヴェネレ殿。この様子を見るに同行願っているようだ」
「そうなんだ……サモンちゃんの召喚獣……強そうで頼もしいね」
敵ではない。改造を施された変異種と言えど恩義は感じている。
このまま着いて来るのだろうか。拙者は構わぬが、周りへ被害を出す事は……無さそうよの。今の様子を見る限り。サモン殿に従順だ。
『………!』
「アナタも来たの……」
「おお! デッカイ蜘蛛じゃのぅ!」
「ヒィ!? み、味方なんだよね……驚いた……」
糸を吐き、大蜘蛛が空から降ってきた。
ヴェネレ殿はその存在に驚いているが嫌悪はしていない。味方であるのを理解しているのと、サモン殿との関係を考えてくれたのだろう。
その辺も肝が据わっておるの。
「ヴェネレ王。この子達はどうするの?」
「えーと……うん。私達が貴女を人質にして攫った訳だから当然来ても良いよ。危険は無いよね?」
「敵意が向けられなきゃね。ちょっとしたダメージは受けないようになっているからその辺は大丈夫」
「OK。了解!」
改造されているだけあり、ちょっとやそっとの危害なら問題無いとの事。それが前提で出てくる時点で平穏な環境ではなかったのだろう。斯く言う拙者も加害者の一人よの。
兎も角、ヴェネレ殿の手腕と人望なれば国民達へその様な事はさせなかろう。拙者らはそのまま壁の外へ──
「──“グラビティ”」
「「「………!」」」
行こうとした刹那、上から何かに押さえ付けられるよう叩き落とされ、外壁を粉砕しながら落下した。
「逃がしはせぬぞ。ヴェネレ王。そしてキエモン様」
「敬意を込めて呼んでいる割には随分と手荒な方法だね……」
「全くよの。怪我は無いか。皆の者」
「うん……」「大丈夫じゃ!」「私も平気」
「……まあ、別に……」『クゥーン……』『キィ……』『ウホ……』『……』
現れた、外套を羽織った男。
当然の如く見張り兼兵士はおるか。簡単には抜け出せぬようだの。怪我は無くて良かった。とてつもない重さだったからの。
さてもこれから。拙者らの織り成す脱出劇、ご覧あれ。




