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其の佰肆拾陸 口論

 ──“スター・セイズ・ルーン、城内”。


 手錠を掛けられたまま黒煉瓦(レンガ)からなる城を進み、拙者らは貴賓室へと招かれた。

 警備の者か使用人か。貴賓室の扉が開けられ、そこへ入る。


「立ち話もあれですので。どうぞ御寛ぎを」


 帝王は拙者らに長椅子ソファーを勧めてくると、自らも対面の椅子に腰掛けた。

 長机の上には菓子や茶が置かれているが、手を付ける気にはなれぬ。今現在何を考えているのかは分からぬが、戦争を起こそうとしている事は理解しておるからの。

 平和主義かつ、強国と言える“シャラン・トリュ・ウェーテ”はこの者にとって目の上のたん瘤にも等しき所。何を仕掛けてあるかは分からぬ。


「おお! これを食べても良いのか!?」

「ええ、構いませんよ。魔族の姫様」


 ……尤も、サン殿は年相応の感性で目の前にある菓子類を見て興奮しているが。

 拙者はその肩を掴み、耳打ちで警告する。


「サン殿。此奴らの狙いは不明。暗殺を図っている可能性もある。そうがっついては相手の思う壺ぞ」


「ハッ、確かにそうじゃの。絵本でも取り入れようとして毒物を食わせる話が多々ある……!」


 気付き、サン殿は菓子から離れる。

 流石に動きが大きかろう。帝王は拙者らの警戒に対して言葉を続ける。


「問題ありません。これに毒物などを仕込んではおりませんから。入っているのは小麦と砂糖と卵、ミルクetc.──とまあ、基本的なクッキーの材料だけです。そもそも、月の国について我々が知りたいのに毒殺する訳無いじゃないですか」


「フム、一理あるの。そも、誰か一人にでも異変を感じたら仮に拙者が毒を盛られたとして、この場に居る皆を切り捨てる事くらいは可能だ」


「おお、怖い。けれど、そんな物騒な事をここでは言わない方が良いと思いますよ?」


「「「「…………」」」」


「常に見張りは居るか」


 気配無く、拙者を取り囲むように外套の者達が集っていた。

 常に気は張っているが、突如として現れたかの如き様。裏側にて急襲を受けた時と似た感覚よの。


「紹介しないのは失礼だね。お互いにとって。……彼らはこの国の精鋭、“次元魔導団”。特異な魔法を扱う魔導師で、おそらく君達の国に居る騎士団長より強いよ」


「そうに御座るか。その様には見えぬがな」


 “次元魔導団”。

 団は団体。魔導は魔法の一種。次元の意味は詳しく分からぬが、大層な名前よの。

 “シャラン・トリュ・ウェーテ”の騎士団長より強いと豪語しておるが、実際に確かめた訳ではないのだから何とも言えぬ。


「さあ、ワタクシ達と話し合おう。争い事は好まないんだ」

「……。嘘……今この人の感情が変化した……」

「らしいの。帝王殿」

「ハッハッハ。そうとも言えるし、そうでもないとも言える。はてさて、本当の答えはどちらか」


 セレーネ殿が此奴の嘘を暴き、わざとらしく笑って誤魔化す。

 誤魔化せてないが、それを指摘しても調弄はぐらかされるだけ。時間の無駄に御座ろう。此奴が戦争好きなのは目論みから既に理解しておる。

 ヴェネレ殿が帝王へ訊ねるように話した。


「……貴方が聞きたい事は?」

「話が早くて助かります。王女様。前述したように月の国について知っている事を全て。それがワタクシ達の望みですから」


 名目は話し合いだが、主導権は向こうが握るつもり。丁寧な態度に見え隠れする相手を舐めた様相。自分の得になる事だけを聞き、話はさっさと終わらせるつもりだろう。

 それについてはヴェネレ殿もお気付きになっている。此処はまだ力ではなく、口論にて互いの立場を対等とせねばなるまい。

 戦力差で言えば拙者一人と“次元魔導団”が数人。十分よの。


「貴方の望みを叶えたとして、私達に何の得があるのでしょうか。月の国の情報は機密事項であり、重要な事柄。そう簡単に明かす訳にはいかず、私達にも何かしらの利点メリットが欲しいところです」


「フム、貴女様の得になるようなメリット。ワタクシ達、外交はしませんからね。“シャラン・トリュ・ウェーテ”などのような大国ではなく、近場の小国を武力にて傘下に治め、そこの国民に生産させて利益を得ているだけ……そうですね。我々としても戦力は欲しい。世界へ宣戦布告した暁には、“シャラン・トリュ・ウェーテ”をワタクシ達の傘下に入れてあげます」


 月の国の情報を与えた対価として、“シャラン・トリュ・ウェーテ”を傘下に治めるとの事。対価ではなく代償でしかないの。

 聞いての通り何の利益も御座らんな。支配するつもりしかないようだ。

 ヴェネレ殿は呆れ半分で言葉を続ける。


「……それはつまり、私達の主導権を握り、手駒とするという事ですね。ここまで率直に申してくるとは思いませんでした。正直言って何の利点もありません。そして私達は貴方の下になど付きません」


「それは残念。悪くない条件だと思ったんですけどね。戦争が始まれば当然侵攻し、あらゆるモノを奪います。人もお金も土地も食べ物も。“スター・セイズ・ルーン”は世界最強。確実に貴女方が敗北し、いずれ下に付かねばならなくなるのですから。今のうちに傘下の契約を結んでおいて損は無いと思いますよ? 恥辱にまみれて降伏するよりかはそれが起こる前に終わらせた方が良いでしょう」


「成る程。私達が敗れるのであればそうですね。貴方の示す『前提の中』ではこれ以上に無い好条件。しかし、あまり他国を侮らない方が身の為ですよ。アナタ方は全てを知ったつもりですが、所詮は己の狭い領域だけで過ごし、広い世界を少しも見ていない。私の仲間である騎士の故郷の言葉には──“井の中の蛙、大海を知らず”。──というモノがあるそうです。小さな井戸の中だけで世界を知った気になっているカエルは海の広さを知らない……ふふ、まさに今現在の“スター・セイズ・ルーン”に当てはまりますね」


「…………」

「…………」


 お互いに口論が続き、お互いに黙り込む。

 自国に絶対的な自信を抱く帝王と世界を見、この国を小さいと切り捨てるヴェネレ殿。

 意見は相違。互いに交わる事はない。元より全てを支配するつもりのこの国がヴェネレ殿の言葉に耳を傾けるとも思えぬ。

 拙者の見立てではヴェネレ殿が押しているが、はてさて、帝王はどう出てくるか。


「……面白い言葉だ。ワタクシの“スター・セイズ・ルーン”が小さな国であり、世界を相手取るには不足している……ですか。貴女の侮り加減が面白く、笑う事は出来ませんね。嘲笑以外では」


「それはつまり、貴方様には今現在少々お怒りの色が御見えになっているという事ですね。愛国心が高いのは良い事です。けれど、余裕があるような態度を取りつつ言動に現れていますよ。……余裕の無さが」


「ハッハッハ……まだ王となって日が浅い姫君の割には肝が据わっている。そうですね……折角だ。暫くこのお城に泊まっていきなさい。良い部屋を用意してあります。気分が変わったら月の国について教えて下さい」


「そうですか」


 帝王の言葉と共に“次元魔導団”の者達が取り囲み、杖を向ける。

 泊まっていけ。それは親切心ではなく脅迫。この者が申される良い部屋とは何か。気になり申すな。


「……ヴェネレ殿。如何致す? 御望みとあらばこの場を脱する事も可能だが、折角の申し出だ」


「そうだね。せっかくそう言ってくれているんだもんね」


 ロクでもないのは理解している。だが、元より拙者らの目的はこの国について調べる事であり、この城に留まれるのは願ってもない。

 何故ならいつでも外部と連絡は取れ、脱出の算段もあるからだ。

 この場で帝王の首を斬り、事前に戦争を防ぐのは簡単。然しこの国にも民はおり、路頭に迷う者も多かろう。

 それだけの人数を養う事も考え、“スター・セイズ・ルーン”に国の形は残しておかなければならぬ。

 それらを踏まえた上での結論は、


「──ええ、良い提案です。是非ともこのお城へお泊まりしたいところです」


「そうか。それは良かった」


 表面は取り繕うが、常に腹は探り合っている。

 気付かれてはいなかろう。今現在のこの状況。本来なら従うしか選択肢が御座らんのだからの。それにのっとり、拙者らは言われるがままに従っただけ。作戦に気付かれる点は無い。


「では、案内してやれ。そうだな。サモン。お前は確か以前にキエモンさんと戦ったと言っていた。お前が彼らの見張り人だ」


「はい。我が王」

「サモン殿に御座るか」

「知り合い?」

「うむ。以前に話した召喚師さもなぁ女子おなごよ」


 拙者らの案内人、兼付添人に抜擢されたのはサモン殿。

 彼女なれば作戦の決行も問題無くやれよう。彼女は善き者だからの。


「今しがたご紹介に預かりました。私、サモン=プルトーネと申します。ヴェネレ様。セレーネ様。サン様。キエモン……様」


「無理をなさるな。拙者は呼び捨てで構わんよ」

「それはダメ……役目だから……」


「な、なんかセレーネちゃん味を感じる」

「私はあんなんじゃない……」


 既に拙者と知り合っているサモン殿。故に呼び方について一瞬の戸惑いを見せた。

 然れど流石に手慣れており、変わらず接する。

 その横ではヴェネレ殿が前の拙者と同じような事を言っており、やり取りを見ていた帝王が胡散臭く笑って話す。


「随分と親しいようだな。人見知りのお主が。そうだ、キエモンさん。こういった提案はどうでしょう。この国へ協力してくれるのならこの女を貴方の嫁に授けます。……其奴の顔と体は良いんだが、獣とばかり戯れて誰も寄せ付けぬからな。……悪くない案でしょう。まだ生娘だ」


「……っ」

「……。お断り致す。サモン殿は魅力的なお方で好条件ではあるが、本人の意思を尊重せねばなるまい。そも、国の外交や戦力増強の為に民を売る姿勢が気に食わん」

「キエモン……様」


「ふっふっふ……其奴は満更でも無いようだが……女では釣れぬか。おっと、釣れませんか。難敵ですね」


 わざとらしく丁寧な言葉を使い、蔑む目付きでサモン殿を見やる。

 やはりこの帝王、表面上は良くとも性悪なのが所々に見て取れるの。つくづく拙者とは合わぬだろう。

 サモン殿の案内の元、拙者らは貴賓室を出た。

 さて、これからが正念場よの。

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