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其の佰参拾捌 失われた記憶

 ──その日の空は、夜にも関わらず昼間のように明るかった。

 街の人達はみんなが空を見上げ、口を開けたまま唖然とする。

 何が起こったのか。それは誰にも分からない。私はママの居る部屋に駆け込んだ。


「ママ! 空がスゴく明るくなってる!」

「ええ、そうね。ヴェネレ。けど大丈夫。貴女。そして貴方に害は及ばないわ」


 一つだけ訂正するなら、誰にも分からないのではなく、ママは何かを知っているような雰囲気だった。

 この部屋にはパパも居る。


「ルナ。これは一体……それに、お前は数日前から体調が良くないじゃないか。起きてここに来るなど……」


「ええ、そうね。それもこれもこの日の為。私の所為でアナタ達には迷惑を掛けたんだもの。ある種の償いかな」


「何を言っているんだ。ワシらは迷惑などしていない。ほれ、ベッドに戻ろう。この光は体に毒だ」


「大丈夫。この光は優しい光だから」


 ママの身を案じるパパ。けど私達はママが何を言っているのか分からなかった。

 優しい光。それにしては少し強過ぎる気がする。そして何か嫌な気配……。嫌なのに……懐かしさも感じる不思議な気配。


━━━━━


「……セレーネ。見てなさい。あれが将来、貴女がお世話になるかもしれない国の一つよ」


「はい。お母様」


「地上世界のレベルもあの日から随分と上がった。この国では騎士団長と言われる地上人の中の精鋭も居る。他国にも似たような存在はいくつかある。戦力としては申し分無い。数年後、またあの悪夢を繰り返さないようにしなければね」


「うん。理解している。その為、余計な記憶は消す」


「そう。無一文。かつ持ち物も衣服さえも、何も無く貴女を地上に降ろす。その時どこの国に拾われたとしても、戦力強化になるでしょう。但し、貴女の意思に大部分は委ねる。貴女の持つ他人の感情を読む力。それにより、貴女が良いと判断した人の居る国に行くと良いわ。その日の為に今から準備は進める」


「うん。それも分かってる」


「けど安心して。外的要因による傷は負わないおまじないを体に記すから。仮に調べられても月の技術なら地上世界に気付かれない」


「うん。信頼している」


「相槌と軽い返答だけ。その無愛想な所も直さなくちゃ、仮に善い人に拾われても見放されるかもね」


「その時はその時。記憶が無いから愛想が良くなるかもしれないし」


「記憶を失っても本質は変わらない。それが体に染み付いた在り方。幸先は不安ね」


「取り敢えず頑張る」


「期待しているわ。──じゃあ、ルナの願いの通り……障害になりそうな存在は排除して置かなくちゃ。全員の記憶も消してね……私はなんて妹思いの姉なんだろうか」


「お母様。なぜ泣いてるの?」


「フフ……対価として家族が一人消えるんだもの。涙くらいは出るわ……嗚呼……十数年疎遠だったけど……それでもルナは私の妹だもの。悲しくもなる」


「そう……」


「フフ、伯母とは暫く会っていないものね。無関心なのも分かるよ。さよなら。ルナ」


━━━━━


 一際大きな明かりと共に、地響きのような震動が巻き起こった。

 ママは隣で呟くように話す。


「これが……神の光。これから貴女に幸せが訪れるわ。ヴェネレ……ルーナ=シュトラール=ヴェネレ」


「え? それってどういう……」


 ほんの数年前の、ほんの一夜の出来事。私はママが何を言いたいのか最後まで分からず、部屋には騎士のみんなが入ってきた。


「皆様。今、国中が異常自体に……!」

「貴女は……最近入団したフォーコ=マルテさんですね。今後、娘を頼みます」

「ルナ王妃! 貴女、体調が悪いのですから……!」

「ふふ、大丈夫。そうだ。明日、貴女を含めた騎士団長達と……私と親しい人達を私の部屋に集めてくださる? 話したい事があるの」

「は、はい。しかし今は外の光が……それと、皇太后様達は如何しますか?」

「皇太后? はて、その様な方々。りましたか?」

「え? それは……あれ……そんな人……」

「ふふ、“シャラン・トリュ・ウェーテ”は私と私の旦那と娘。三人の王族(・・・・・)()治めている(・・・・・)()ではありませんか。昔から」

「そ、そうでしたね。なぜ私は皇太后やヴェネレ様の兄弟などと在りもしない人達を……」


 マルテさんの様子がおかしかった。

 何を言っているんだろうか。私の家族は最初からパパとママだけなのに。

 光は止まり、少し後。国から大勢の人が消えたと言うニュースが広がった。


━━━━━


「……ママ……」

「フフ……潮時……ね」

「そんな事言うな……ルナ……!」


 翌日、ママに呼ばれた私達はその部屋で悪化し続ける容態を見ていた。

 今朝から急に具合が悪くなり、お医者さんが言うに危篤との事。

 それを本人も理解しているのか、お医者さんは外で待機。この場には私とパパ。マルテさんに騎士団長の4人。そして使用人など、何人かの親しい人達が集められた。

 1人1人の顔を順に見、ママは掠れた呼吸のような声で言葉を綴った。


「──私は死にません。ただ元居た地に還るだけ。アナタ達も、いずれ迎えに行きます」


「ルナ!」

「ママ!」


 それだけ告げ、ママは息を引き取った。

 その言葉にどんな意味が込められていたのか。それは私には分からない。

 覚悟はしていた。体調が悪くなり、急激に容態が悪化したから。だけど……覚悟はあっても現実は受け止め切れない。ママとの思い出が溢れ、自然と涙が出てくる。

 ほんの十数年の短い期間。私は永遠の別れを感じ取った。もう二度と、会う事は出来ない。

 さようなら。ママ……。



*****



「……! あれ……私……」


 ある日目覚めると、目から涙が流れていた。

 何か夢を見ていた気がする。ママと久し振りに会えたけど……所詮は夢。記憶の片鱗。本人ではなく、パパもママも居ない現実を前に項垂れる。

 昨日は久し振りにベッドで眠れたのに……よりによって見た夢があんなに悲しいものなんてね。


「ヴェネレ様。朝よ……って、泣いてる?」


「あ、ミルちゃん。アハハ……寝てる間に目に指とか刺さっちゃったのかな。けどほら、もう乾いてるから」


 ノックと同時に入ってくるミルちゃん。もはやノックの意味は感じられないけど、恥ずかしい所見られちゃったかな。

 夢を見て泣いたなんてね。流石に言えないよ。テキトーに調弄はぐらかして涙は拭いた。


「そう? それじゃ、早速今日の仕事だけど」

「アハハ……別の意味で泣けてくる……」


 起き、やる事は仕事。

 流石にもう慣れて、1日で片付けられるようにはなったけど朝から積み重なる書類の山はちょっと気が滅入る。

 けど、私が頑張らなくちゃね。今まではパパがやっててくれたけど、もう居ない。私がやらなきゃ。

 ハハ……数ヶ月前の事なのに、なんで今更自分に言い聞かせているんだろう。

 するとそこに、またノック音がした。


「……ヴェネレ。起きてる?」

「……? セレーネちゃん? うん、入っていいよ」


 ノックの主はセレーネちゃん。

 一人で私の部屋に来るなんて珍しい。いつもはキエモンか、他の誰かと来るか部屋の前で待機するだけなのに。なんだろう。

 扉を開け、セレーネちゃんは部屋に入ってきた。そして一言。


「……私、少し記憶を思い出したかも……」

「……ぇ……?」


 その言葉に、理解が追い付かなかった。

 セレーネちゃんが記憶を思い出した? それはかなり一大事。けど、まだ寝起き直後で若干ボーッとしているのもあって頭の働きが遅い。

 記憶って……その記憶だよね。どんな人でも必ず持っていて、今まで経験した事とかが詰め込められているアレ。


「思い出したの!? って、なんでそれを私に言うの!?」

「ヴェネレ。近い……」

「あ、ごめんごめん」


 ベッドから勢いよく起き上がり、グイッて迫ったら彼女に引かれた。

 ちょっと興奮し過ぎたね。あ、寝起きって口の中臭いらしいけど私大丈夫かな?

 けどそれは杞憂に終わり、セレーネちゃんは改めて言葉を続ける。


「ヴェネレの部屋に最初に来たのはヴェネレにも関係あると思ったから……記憶に関係するっぽい夢を見たの」


「夢……?」

「うん。身に覚えはないけど……確かな夢」


 セレーネちゃんが思い出す切っ掛けとなった事は、夢。

 偶然かな。私も今日、夢を見た。夢の中にはパパとママ、お城のみんなが居て……数年前、確かにあった出来事の夢。

 そしてセレーネちゃんの見た夢は、私に関係している……?


「夢には多分……私の母親が出ていた」

「……!? セレーネちゃんの母親って……月の……!」

「そうだと思う。夢の中の私はその人と親しそうに話してて……私の母親の妹がどうとか言ってた……」

「セレーネちゃんの、母親の、妹って……私のマ……お母様。どんな事を話したかは覚えてる……?」

「詳しい内容は忘れた……けど、今年か来年かに“悪夢”が起こるみたい……」

「悪夢……」


 夢なのもあり、セレーネちゃんも全てを覚えている訳じゃない。

 だけど、彼女の言う“悪夢”が近々起こるという事は覚えていた。

 悪夢ってなんだろう。夢の出来事……それとも比喩表現? 何かは分からないけど、決して穏やかに済みそうな事でもないよね。


「まだ確信には至らないね。あくまで夢の話。信憑性は高いと思うけど、夢を見ただけで国民に指示を仰ぐ訳にはいかない。詳しく調べた後、確信に至ったら改めて指示を出そう。今はまだ私とミルちゃん。セレーネちゃんだけの秘密」


「分かった。確かにまだ確実性はない。……けど、鬼右衛門には教えた方が良いかも……」


「うん、そうだね。もし仮に悪い事が起きた時、キエモンだけでも知っててくれたら対応が出来るようになるかも!」


 夢で国民を動かし、騎士団長を招集する訳にもいかない。例え夢が真実であっても、形ある明確な情報を掴むか事が起こらなきゃ信じられないから。

 だからこそここに居る私達3人。そして月の核心に迫っているキエモンだけにしか、今はまだ教えない。


「ミルちゃん。キエモンの居場所は分かる?」

「確か……今日がカタナの受け取り日だから裏側に向かうって言っていたよ」

「裏側かぁ……通信の魔道具範囲外だ。あそこは複雑な魔力が入り交じっているもんね。今すぐ何かが起こる訳じゃないけど、帰って来たらすぐに伝えよう」

「ええ。それが良いかも」


 生憎あいにくキエモンとは連絡が付かない。けど、裏側に剣を取りに行っただけなら寄り道とかもしない筈。

 剣の感覚とか確かめる為にも任務を受けるだろうからね。キエモンは無益にじゃなく、人助けの為に武器を振るう。

 裏側の人達に誘われる可能性もあるけど……取り敢えず今はキエモンが帰って来るのを待つだけ。


「じゃあ、それ以外は平常運転で。ミルちゃんかセレーネちゃん。キエモンを見つけたら私の部屋に来るように言って。私は仕事があるから」


「りょ……」

「ええ、分かったわ」


 これで準備は出来た。現時点でやれる事が無いならそれを待つだけ。キエモンの国では果報は寝て待てって言うんだっけ。意味はよく分からないけど、取り敢えずそれ。

 私は夢と共に目覚め、セレーネちゃんも重要そうな記憶を思い出し、事態は急変した。

 まだ大丈夫だとは思うけど……キエモン。なるべく早く帰って来てね。

 私は仕事に取り掛かり、キエモンの帰りを待つのだった。

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