其の佰弐拾肆 新たなる形
──“フォレス・サルトゥーヤ・王宮”。
「……そうか。ハクロが逝ったか。……どうだった? その最期は……」
「誇り高い生き様を見せてくださった。崩壊した森を再生させ、凛として空へ思いを馳せながらの死。拙者の知る死した者達の中でもあれ程までに見事な者はそうそう居なかろう」
「……場数を踏んでいるであろう騎士さんにそう言われるのなら、本当に立派な死を遂げたのだな。誇りある生涯を終えたようだ。ゆっくりとお休み。ハクロ」
「ハクロちゃん……死んでしまったのかえ……けんども、多くの人に看取られたなら良がったねぇ……」
エルフの里の片付けを一通り終わらせ、拙者とヴェネレ殿、セレーネ殿の三人は王と王妃へと報告していた。
悲しんではいるが、誇らしくもある面持ち。
そして、この場に居るのは拙者らだけでは御座らん。
「貴女がハクロの娘なのだな。エルフのお嬢さん」
「は、はい。お初にお目に掛かるのだ……じゃなくて、お目に掛かります。エルフ族、フロル=クロノスと申します。以後お見知りおきを」
「ホッホッ。そう畏まらんでも良い良い。素で居てくれ。ワシも今でこそ王だが、元は平民の出よ」
「めんこい(※可愛い)子だねぇ~」
ハクロ殿と関わりのある者としてフロル殿も同行していた。
此処に来るまで姿は見せて御座らん。それもまた一つの仕来たりが為。
王は口を開く。
「ハクロはどうであった? 優しい狼だっただろう」
「はい。皆に慕われ、私達も大好きなマザーでした。この様な形で別れるなんて……」
「そう思い詰めるでない。その場に居なかったワシが言えた義理ではないが、概要は聞いている。善き者だった。ハクロも君達に看取られたなら本望だろう。ワシはただ、君達とハクロの思出話がしたいだけじゃよ」
拙者にとってはたった一日の出会いと別れ。然れど王やフロル殿らはそうではない。
募る話もあるだろうと、帰りはせぬが少し離れてお三方を見やる。
「キエモン様方。こちらでお茶でも」
「すまぬな。使用人の者よ。茶のついでに一つ聞きたいが、王達とハクロ殿の繋がりを教えてはくれぬか?」
「そうですね。はい、ではお教えしましょう」
拙者ら三人は椅子に腰掛け、使用人の女性も向き直る形で座り、ちょっとした話をする。
「王様夫婦がハクロ様と出会ったのは数十年前。この国がまだ世界に認められていない時でした」
「フム……この国はそれ程までに新しき国なのか」
「そうですね。他の国が数百年、長いところで数千年の歴史がありますけど、この国は元々森だったのもあり、百年足らずで御座います」
森の国“フォレス・サルトゥーヤ”。この国は新しく、百年に到達するかしないか程との事。
拙者の故郷である日本は千数百年の歴史があり、隣国の明は三千年以上、四千年近くの歴史がある。人自体は数万年前から居るとも聞く。そう思えば国としての新しさが分かるだろう。
「続けます。当時、まだ若かった現国王は現王妃と共に旅の途中で“フォレス・サルトゥーヤ”へと辿り着き、不思議な森に迷い込んだらしいのです。その森は美しく、魔力に溢れていたとか」
「……」
王達が迷い込んだ不思議な森。それは現在のエルフの里に御座ろう。
指摘はせず、使用人の言葉を待つ。
「長旅で疲れていたお二人はそこで身を休め、一息吐いてました。するとそこに一匹の白く美しい狼がボロボロの姿でやって来たそうです。なんでも戦闘でやられたとか」
「そうであったのか」
「まさかあのハクロさんが……」
それについては初耳だったの。
ハクロ殿をそこまでする相手。可能性があれば先の邪悪だが、数十年前となればまだ目覚める前。別の要因がそうさせたと考え、脅威がまだあるのか。それについては今必要な思考でもない……かの。
「お二人は長旅の為と回復用の魔道具を持っていた為、その狼を助けたそうです」
「人として正しき在り方だの」
何者かにやられた傷。それの治療に力を貸し、お互いに友となった。
良き話だ。王と王妃の優しさ。ハクロ殿の寛大さが分かる。何の要因であれ、深手を負っている時に現れた初対面の者など本来は信用ならぬからな。
使用人は更に綴る。
「その恩返しとして狼は場所を指定し、ここ掘れワンワン……は言ってませんが、その様な指示を出して金銀などの宝物を授け、使う度に宝石を生み出す不思議な窯などを献上したらしいのです」
「そんな物があるんだ……」
「フム、斯様な物話……お伽噺のようだの」
指定した場所から出てくる宝はともかくとし、摩訶不思議な窯の話は気になるの。そんな物が作れるのか。
いや、永続的な建物を残せるハクロ殿であったのならば永続的な宝石も生み出せるかもしれぬな。
「ふふ、ええ。嘘のような本当の話です。と言っても、その窯は国の資金源として活用し、王様達の私利私欲には使っておりませんがね」
「そうか。不思議な事は尽きぬ世界。何があってもおかしくないの」
使用人は手を口元に当てて悪戯っぽく笑い、一呼吸間を置いて続きを話した。
「その資金を用いて“フォレス・サルトゥーヤ”を整え、王位に就いて今現在の平穏な国が作られたという訳です」
「成る程の。今の国は今の優しき王が居たからこそ形成されたという訳か」
「はい」
世界に国と見做されていなかったと言うのは、今程穏やかな環境も資金も軍事力も何も無かったのだろう。
それをたった数十年で大国へと引き上げる手腕。資金を生み出せたとしても使い方を間違えれば敵が増えるだけ。そうなっていない時点で優秀な王なので御座ろう。
「そしてそれを知っておるのは主らだけと」
「そうですね。何であれ、敵を増やす可能性はありますので。本当に信頼している方にしか話しませんよ」
「拙者らは良いのか」
「実質的に国を守ってくださった。それを信頼としなくて何になりましょうか」
「……守ったのはエルフとダークエルフ。そしてハクロ殿よ」
「……ふふ、ではそう言う事にしておきます。“シャラン・トリュ・ウェーテ”の騎士様。そして王女様」
「アハハ……私こそ本当に何もしてないよ」
「いやいや、ヴェネレ殿のお陰で一時的に邪悪を払い除ける事が出来たのだ。卑下するでない」
「そう言うキエモンこそ」
「む……そうであるな」
話に一区切りが付き、場は穏やかに流れ行く。
丁度王達とフロル殿の話も終わったらしく、此方へとやって来た。
「どうであった。フロル殿」
「うん。なんかスッキリした。マザーの友人と話せて。もう大丈夫」
此方でも話は纏まった様子。
フロル殿の表情にも柔らかさが戻っておる。上手く言えたのだろう。
ハクロ殿の望む世界には他の種族の事も入っていた。互いに歩み寄れれば桃源郷にもなりうるかもしれぬ。奇しくも願いは拙者の望む天下泰平と同じであるな。
「マザーの意思はちゃんと受け継ぐのだ。だからキエモン、ヴェネレ。セレーネ。もしもの時があったら私達エルフ族も君達に力を貸すぞ!」
「それについてはワシからも話がある。同盟関係を結ぶのは互いに大きな問題となるので置いておくが、そうでなくてもこの国へ力を貸してくれ。またいつ今回のような事が起こるかは分からぬからな。その謝礼とし、この国で育った作物とハクロから授かった窯からなる金品を献上したい」
「……! そ、そんな。別にそこまでしなくても……!」
謝礼を授けると言う王の言葉にヴェネレ殿は慌てるように拒否する。
協定などを結ばない代わりに、実質的な関係を築くと言う在り方。その対価としてこの国の作物。及び、先の話にて出てきた宝石を払うというもの。
大々的に明かさない為の処置。有効関係を築くのは悪くないが、やはり大金が動くものとなると困るようだ。
王は更に続ける。
「この国としても他国との交流をしたいのじゃ。しかし他国の者達もあまり知らぬからの。この機会に“シャラン・トリュ・ウェーテ”と友好関係を築こうと思ってな」
「それは私にとってもありがたいですけど……やはり金品のやり取りを簡単に纏めるのは問題ですよ」
「だが、代わりにやれる事が無いのだ。無償で協力を要請するなど言語道断。この国でやれる手一杯の事が作物と宝石くらいじゃ」
「けど……」
動く金銭。それによって得られる事は多く、国の資金源としては願ってもないだろう。
だがだからこそ気が引けてしまうのが在り方。ヴェネレ殿は口を開いた。
「で、ではその宝石はその日暮らしの恵まれない者達へ援助する方針として、作物などの食料を中心とした交易は如何でしょう」
「む? それだけで良いのか? 国の方へ入る金品は少なく、食料だけと」
「はい。金銭問題は争いの火種となる為、大々的に公表出来ません。しかし食料ならば救われる者が多く、金銭よりは争いに発展しないと思うので」
誰に対しても善き行いとなるのは、食料の供給。
莫大な金銭と力の強さも正義ではあるが、時代によって定義は変わる。
人間や他の種族に動物達。食料を配る事だけはいつの世も正しい行いであろう。
故にそちらを主体とし、金銭の行方はまた別の物として扱う事とした。
「そうか。分かった。では森の国“フォレス・サルトゥーヤ”の作物、及び宝石類を以上の条件で提供しよう」
「よろしくお願いします」
これにて此方の話も纏まった。交換条件は作物と宝石。それにより、“フォレス・サルトゥーヤ”とエルフ達の協力をいざという時行えるようになる。
同盟ではなく、世界に報道もせぬ。これでまた善き仲間が増えたと考えて宜しかろう。
この世界、味方は多い方が良いのも事実だからの。
「では、これで。ハクロさんの意思は私達も受け継ぎます」
「よろしくなのだ。ヴェネレ王女様」
「よろしくね。フロルちゃん」
死して尚、その誇りを継ぐものあり。偉大な白狼の生涯はこれにて閉じる。
それによって生まれた、新たなる同盟の形。月への手掛かりも得られ、拙者らの調査も順調に進む。
誇り高き者が死したがその意思は生き続け、後々の世界へと大きな影響を与えん。
其の誉れへ敬意を表し、敢えてこう述べよう。
めでたし、めでたし。




