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其の拾壱 陽動作戦

「──これにて一件落着と言ったところか」


 それから半刻。拙者の周りには鬼達の亡骸が転がっていた。

 無論、切り捨てただけに御座る。この場に居た鬼は殆ど討ち取ったが、本来の目的は誘い出す事。故に何体かは残し、刀を納め、森の入り口へと向かう。

 侍足る者、敵に背を向けて逃げ出すのは言語道断。だが此れが作戦である以上、勝手な行動は許されぬ。

 この刀。鬼を何頭切り捨てようと切れ味が落ちぬ。良い代物だ。余程腕のある刀鍛冶が打ったのであろう。


『グガァ!』

「仲間が切り捨てられ、怒っておるか? ならば来い。良き場所に案内してしんぜよう」

『『『ガガァ!』』』


 猛々しい雄叫びを上げ、鬼達は拙者を追う。

 巨躯の肉体故、一歩の幅が大きく筋力もあるので見た目より機敏。だが、その筋肉は重い。故に拙者の方が圧倒的に速い。


(この程度ならば三〇〇の鬼も拙者一人でやれそうだな。……だが、ファベル殿の口振りからするに普段はその様な群れを成さないらしいからの。何かがあると思案すれば体力は温存しておくに越した事は無さそうだ)


 オーガとやら。拙者の国に居た鬼に比べれば些かやり易い。然し、何が裏にあるかは分からぬ所存。

 なれば余計な事はせず、ファベル殿の考え通りに動くべきだろう。


「少し速く動き過ぎたか。引き付けなければ」

『ゴガァ!』


 大きな棍棒が振り下ろされ、それを紙一重でかわす。更なる棍棒が周囲を覆い、跳躍して鬼の肩に乗る。

 彼の源義経みなもとのよしつね殿も天狗に術を習い、その身の軽さで敵を翻弄したと云う。

 拙者にもそれが出来、危害を与えずとも誘い出す事を可能とする。


『グゴガァ!』

「鈍い」

『……!?』


 自身の肩を棍棒で打ち、悶え苦しむ鬼。

 阿呆で御座るな。拙者の国の鬼は対話が出来、知能もそれなりなのだが、動物に毛が生えた程度のものだ。


『グゴガガァ!!!』

「怒り心頭で御座るな。少しは速くなってくれると良いのだが」


 怒り、地面を踏み砕いて迫る。

 それをヒラリと避け、そのまま足へと力を込めて駈ける。

 持っておらんが、この鬼には三枚のお札も必要無いの。


「あ! 来たぞ!」

「あれは……新入りだ!」

「キエモン殿か。皆の者! ここに準備しろ!」

「「「はっ!」」」


 鬼に合わせている故、速度で例えれば馬より少しばかり遅いくらい。これならば十分に準備とやらをする時間もあろう。


「高き壁、土の精よ。その力を顕現して要塞を造れ! ──“ウォール”!」

「……! 待て! まだ早い! 何をしている!」

「おっと、ついやってしまいましたぜ」


 拙者が森を抜けるよりも前に、先程決闘を行った者の一人が妖術をもちいて壁を造り出した。

 かなり高き壁。ファベル殿に叱られているが、時期を間違えたのであろうか。


「これではキエモン殿が抜け出せなかろう! ちゃんとタイミングを合わせろ!」

「すみませんね。ファベルさん。反省してます(ハッ、俺に恥を掻かせた罰だ。上空魔法部隊が待機してるし、死にゃしねェだろ)」


 現れた壁。それを前に拙者は地面を踏みつけた。


「そう怒りなさるな。ファベル殿。万が一を考え、早くに防壁を造るのは何も間違って御座らん」


「んなっ!? その壁、何メートルあると……!?」

「おお、無事だったか! キエモン!」


 高さで言えば三三尺(※約10m)程。

 城の半分並みなので飛び越えるのは容易ではないが、垂直の壁を上手く蹴り、その反動で上へと行く。此れをすれば可能であった。

 結果として何の被害も出さず抑えられたのなら良い事だろう。

 鬼達がその壁にぶつかったのか、ちょっとした振動が内側から響く。


「皆の者が無事で良かった。主、素早く的確な判断、感銘致す」


「お、おう。当たり前だ! (しかも褒めてやがる……なんだよコイツ……俺が恥ずかしい奴みてぇじゃねえか……!)」


 幾ばくかの動揺を見せる。

 フム、やはり予定よりも早くに壁を造ってしまった事を嘆いているのだろう。拙者でなければ鬼に追い付かれ、怪我を負っていた可能性もあるからの。

 優しいお方だ。


「……っ(なんかまた褒められた感じが……いや、気のせいだ……!)」


「して、ファベル殿。此処からは他の者達の出番で良いのだな?」

「ああ。オーガ達は勢いそのまま壁に激突して怯んだ。畳み掛けろ!」


「「「はっ!」」」


 ほうきにて壁を越えて空を舞い、杖に力を込める。

 刹那に経を唱え、風や水。土の弾丸が下方の鬼達へ撃ち出された。

 これが今回の策。鬼を引き寄せ、張られた壁にて逃げ場を奪い上から攻める。

 攻撃側は壁の外。上から不意を突く事により、鬼の意識外から攻め立てる。向こうからすれば堪ったモノではなかろう。


「これで一網打尽だ。オーガの全滅を確認。一旦壁を解こう。まだマルテとヴェネレ様が来ていない」


「拙者はただ真っ直ぐに進んだが、曲がり道等があるヴェネレ殿らは時間が掛かりそうで御座るな」


 地の利があるお二方は東西へと向かっている。おそらく箒にて飛行し此処まで来るのだろうが、拙者よりは時間も掛かるだろう。

 それから暫く。少し経た後にマルテ殿がやって来た。


「もう壁の準備をしてくれ! ギリギリまで引き付ける!」


「「「はっ!」」」


 立ちながら箒に乗り、後方を確認しつつ指示を出す。

 騎士達は杖を構え、経と共に土の壁を再び形成した。


「そこだ!」

『『『…………!』』』


 突如として上へと方向転換し、鬼達は壁に衝突。そのあまりの勢いに拙者の立つ壁の上まで揺れてしもうた。

 一瞬の怯みと共に数秒意志が飛んだ鬼に向け、騎士達は再び弾丸のような妖術を射出。地上の鬼はまた葬られた。


「しかし、キエモンに負けてしまったか。真っ直ぐに進んでいたとは言え、かなりの実力だ」


「其れ程でもない。拙者は妖術が使えぬ故、ただ走り抜けただけで御座る」


「フッ、そして謙遜するか。自分を高く見積もらぬその姿勢は見習っても良いかもしれない。しかし、自己アピールはしっかりしろよ? 騎士だからな」


「ウム、心得ている。マルテ殿にお叱りになったからな」


「それなら良いんだ」


 箒にて壁の上に居る拙者の隣へ来るマルテ殿。

 騎士としての心得も武士道のようにしかと肝に命じている。今回は作戦通り引き連れただけなので大々的に言う必要が無いだけに御座る。

 その壁は崩れ、拙者は地へと足を着く。

 そんな拙者へ苦笑を浮かべたファベル殿が話す。


「キエモン殿。誰も指摘しないから言うが、何故わざわざ壁の上に登るのだ?」


「む? 森の様子を眺めているだけで御座る。今を含め、鬼達は何体か討ち取ったがまだまだ気配があるからの」


「気配……? 我らにはそんなモノ感じぬが、キエモン殿にはそれが分かるのか」


「ウム。侍足る者、生きている間はいつ何時も油断してはならぬ。その様に日々を過ごし、少しの範囲ならば生き物の気配を掴めるようになったので御座る」


「生きる世界が違うからこそ身に付けた術か。大したものだ」


 鬼の気配を感じる為、高所に登って周囲へ警戒を張り巡らせる。

 ファベル殿らからすれば面妖な行動なのだろう。妖術で空を舞えるならばそれも頷ける。

 然し、ヴェネレ殿は少し遅いで御座るな。

 ファベル殿も気に掛けておられる。


「ヴェネレ様。何をしているのか。確かな実力はある為、よもややられるという事は無さそうだが、随分と遅い」


「そう言えばそうで御座るな。ヴェネレ殿の実力なればあの程度の鬼、一人で討ち滅ぼす事も可能な筈だが」


 一国の姫君であらせられるヴェネレ殿。その心配も当然だろう。

 マルテ殿がそれについて懸念するよう口を開いた。


「もしかして……実力があるからこそなのかもしれないな」


「……。成る程の。己が力を過信し、深入りしてしまっているという事で御座るか。実力のある者が陥りやすい罠だ」


 マルテ殿の意見について、拙者も思い当たる節がある。

 戦でもよくある事。真っ先に敵陣に攻め入り、場を掻き乱す役割を担う者も居る。だが、ヴェネレ殿がその役割かと問われれば不確かではあるか。


「だが、ヴェネレ殿はお転婆だが姫君という立場を弁え、余計な事はしない傾向にある筈。何かしらの問題に直面したのではないか?」


「ほう? キエモン。君はヴェネレ様をよく見ているな。出会って数時間と聞くが、性格を理解している」


「ウム。責任は重んじる様子。周りに迷惑は掛けぬだろう」


「私もそう思う。トラブル発生かもしれないな」


 どうやらマルテ殿も考えている事は同じようだ。

 ヴェネレ殿は自分の力に自信があり、好奇心が旺盛なのは見て取れる。然し決して和を乱し、他者へ迷惑を掛けるような方ではない。


「ならば森の中に再び入るとしようぞ」

「ああ。私達だけで良さそうだ」


「……そうか。ならば余計な不安を煽らぬ為、私は部下達に黙っておこう」


「感謝する。ファベル殿」

「流石は騎士団長殿だ」


「わざとらしく褒めるでない」


 意見は纏まった。また鬼を誘い出すという名目ならば怪しまれる事も無かろう。

 拙者とマルテ殿は互いに顔を見合せ、頷くと同時に森の中に再び入った。

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