其の佰拾参 エルフの試練
「“枝鞭”!」
刃物を振るい、樹の枝が伸びて突く。
下手な槍より遥かに危ういの。伸縮自在の枝。その名が示すよう、鞭のように軌道を変えてくる。
しなやかであり、強靭であり、鋭くある。小さな戦場ではこれを振り回すだけで兵士達が薙ぎ倒されるの。
「……」
「これくらいなら難なく突破出来るか。確かに普通の人間とは違うようだな」
次々と伸びる枝を避け、斬り伏せ、突破する。
その様子から他とは違うと思ってくれたようだが、相変わらず戦闘中によく話す。
いや、遠距離に届く魔法は発動してから暫く眺める必要がある。どうしても暇を持て余し、話すしか無いと言う事なのかもしれぬな。
「だったらこれならどうだ? “樹人召喚”!」
『…………』
樹からなる人形が生み出され、動き出す。
今更だが彼女らは経を読まぬのだな。それとも小手調べという理由から温存しているので御座ろうか。
何にせよ歩調が早く忙しないの。
「やれ!」
『……』
有無を言わず樹からなる巨腕を振り下ろす。
それを避け、着弾点が大きく沈んで陥没した。放射状の亀裂が生まれ、辺りに瓦礫を巻き上げる。
破壊力は見た目相応。速度は緩やかだが、定められた闘技場の範囲内。全てを躱すのも一苦労だな。
「“枝槍穴根”!」
変わらず枝を操る事も可能。槍のような枝が突き出され、大穴が空いた。
そこから樹の根が姿を見せ、拙者を絡め取ろうと後を追う。
その全てを斬り伏せては向かい行き、更に加速して距離を詰めた。
「速い……! やれ! 樹人! そして食らえ! “全方乱樹”!」
『ウオオオォォォ!!!』
「……」
樹人形が巨腕を突き出し、全方位から枝が囲むように伸びて襲い来る。
隙間無く攻め立て、食らったら一堪りも無い術。だが微かに光の差し込む場所があり、拙者はそこを抜けた。
「掛かった! “大樹拳”!」
「……」
無論、あからさまなそれは罠。
巨大な樹が拳の形となって突き抜け、前方の樹人形ごと拙者を打ち抜いた。
「これで意識は失っただろう……!」
「打ち当て……」
「……!」
「御免」
その拳を斬り、鞘にて意識を奪い取る。
切り捨て御免ならぬ打ち当て御免。これは中々の文言に御座ろう。
遅れて巨大な拳が裂け、魔力の欠片が周囲に散ってキラキラと舞い落ちる。
『そこまで。意識を奪われたエノの負けだ』
「やった! キエモン!」
「やった……」
「ウッソー! エノちゃん負けちゃった!」
「へえ、おもしれー人間……」
「魔法が使えないのにねー」
「トドメ刺したと思って一瞬気を緩めたのが敗因だねー」
場がわっと沸き立つ。
ヴェネレ殿とセレーネ殿を除いて誰も拙者の勝利を予想していなかった。こうなるのも頷ける。
エノ殿はハッと目覚め、拙者に詰め寄る。
「まさか……私が人間の男に負けるとは……! 一体……!」
「見たまんまに御座る。鞘を打ち付け、意識を奪ったまで。すぐに起きたが、拙者の勝利で良いのだろう?」
「……っ。それは……そうなんだが……」
プルプルと震えておるな。侮っていた人間に負けたのが悔しい様子。
それもまた良し。そう思える事で更なる高みへと上れる事に御座ろう。
「エノ。負けてしまったな」
「ルタ……仇は取ってくれ!」
「任せろ!」
ルタ殿が闘技場の上にやって来たの。つまり次の相手は彼女か。
カタキ。まあ意識を奪うという事は傷付けたも同義。強ち間違ってはない。
「さあ、やろう。エノの仇は討つ!」
「そうだの」
「っと、連戦で良いのか?」
「構わぬ」
一応拙者の身も案じてはくれている様子。ルタ殿は情に厚いのだろう。
真っ直ぐな良き者だ。
『では、次の試合を始める!』
ハクロ殿が仕切り、拙者とルタ殿が配置に付く。
互いに臨戦態勢に入り、次の試合が始まった。
(相手の武器は剣が2本。けど基本は1本だけ。魔法にも比毛を取らない高速移動からなる鋭い一撃が特徴的……)
「…………」
また細い刀を使い、何かを考えるように拙者との距離を測る。
先程のエノ殿を思えば魔法使いの者達が杖を使うように、エルフはあの細い刀を使うようだな。
杖は近距離に詰め寄られた場合やれる事が限られるが、あれならば遠距離と近距離の双方を補えるの。
「何にせよ物は試しだな。“葉刃斬”!」
「フム、葉か」
緑い葉を生み出し、それを操り投擲する。
葉は切れ味が高いからの。笹船を作ろうとして手を切った事も何度かあった。特に笹は鋭いのだ。
その葉は切り落として攻め行き、ルタ殿は己が作り出した葉に乗って空を舞う。
箒は使っておらぬな。惟ればフロル殿も絨毯に乗り、箒は使っていなかった。
杖と言い箒と言い、やはり人間の魔法使いとは異なるの。
「“鉄葉”!」
「……」
鋼鉄からなる葉を生み出して放出。これが彼女の戦法。
一見すれば大した魔法に見えぬが、敵を倒すのに派手な力は必要無い。以前にも似たような事を考えたな。最小の動きで敵を討ち仕留めるのが最善手。効率的な魔法だろう。
「“葉海”!」
「…………」
無数の葉を海のように広げ、葉の大波が迫る。
あれらは触れただけで切れてしまうの。最悪の場合粉微塵になってしまいそうだ。
「……」
「フム、容易く防ぐか。人間」
だが、斬れぬ事はない。範囲は広くとも拙者の身長は五尺二寸(※156㎝)程しか無いからの。いや、最近は少し背が伸び五尺四寸(※162㎝)程にはなったか。
この世界の食べ物も美味だからの。
兎も角、目の前の物を斬れば傷を負う事は無かろう。
「……」
「来るか。来い。“直葉斬”!」
駆け行き、拙者の正面から一点に集中させた葉を撃ち込む。
人体など容易く貫く威力は秘められておるの。下手したら拙者が死する可能性もあるが、防ぐと確信しているからこそ殺意に溢れた魔法を使ってくるのであろうか。
正面の鋭利な葉を切り払い、鞘を彼女へ突き出した。
「……」
「“葉護露模”!」
葉を体に纏い、その呪文の示す羽衣のようになって鞘から護る。
そのまま攻撃へと転じ、無数の葉が銃弾のように撃ち込まれた。が、それも斬り防ぐ。
「“木枯螺刺”!」
「……」
拙者の知る木枯らしともまた違う、螺旋状に刃の葉が囲んで突き付ける。
正面から防ぐのは不可能となり、全方位を埋め尽くしたか。
相手を巻き込もうにも常に強靭な葉の鎧が覆っておる。これも難儀。
「さあ! 流石に逃れられないでしょ!? そのまま私の葉に飲まれなさい!」
「……」
勝利を確信した様子のルタ殿。この隙を突かない手はない。
此処は闘技場。やり方は色々とあろう。
「これで終わり! “葉葉野火”!」
燃え盛る葉が高速で飛び交い、回転しながら降り注ぐ。
拙者は足元の闘技場を斬り、その瓦礫をルタ殿へと投擲した。
「……! 瓦礫を……!? けど、石造りの瓦礫より葉っぱの方が頑丈だ!」
放った瓦礫は一瞬にして砂粒よりも小さく刻まれる。瞬刻に拙者は駆け出し、葉の鎧ごとルタ殿を鞘にて突き飛ばした。
「……ッ!? 瓦礫と葉で視界を……!」
「突き立て、御免」
そう、拙者は目眩ましに利用したまで。それによって見失い、目にも止まらぬ速度で突き抜けた。
鳩尾を突かれて空気が口から漏れ、そのまま前のめりに倒れ伏せる。
『そこまで。第二試合もキエモン殿の勝利』
「やったやった! キエモンの2連勝!」
「お見事……」
「すごいすごい! ルタちゃんまで倒しちゃった!」
「やっぱおもしれー男」
「ウチの戦士を二人もねぇ~」
「やるじゃんじゃんじゃん!」
二試合目も勝利を収め、周りが再び沸く。
彼女らにとっても予想だにしなかった事だろう。まさか人間が二連続で勝利するなどの。
然しまあ、その人間が鬼神とは夢にも思うまい。まだその力は使って御座らんが、平時ですら身体能力が上がっているからの。この世界に再び生を受けた時、その様に体が成ったのだろう。魔法も何の異能も無い。鬼を纏わずとも使えるこの身体が今の素よ。
「さて、実力自体は十分に見せられたと思うが、如何する? フミ殿」
「もちろん戦うよ。力は示せた。もう十分。だから今回はアナタと一度やってみたいからそうするの」
「フム、拙者ではなく己の実力を図ろうと言う魂胆か」
「そんなところだね。あの2人は友達だし、ある種の仇討ちでもあるかも」
「それもまた良し」
既に拙者の力は理解した様子。その上でフミ殿は挑戦を望む。
個人的な気分の問題も含まれているとの事。
了承し、第三試合が始まった直後に彼女は仕掛ける。
「“花弧砥刃”!」
「……」
初手は花からなる刃。
弧を描きながら鋭い花弁が迫り、拙者はそれを見切って躱す。
だが躱した傍から更なる花が舞い行き、逃げ場を狭める。
樹、葉と来て花。これが彼女らの在り方か。
「“睡眠花”」
「……!」
避ける事に夢中になっている隙を突き、甘く誘うような心地好い香りが闘技場全体に広がる。
搦め手か。避けようのない花の香りが充満し、眠気を誘う。それなりの高さまで達しているの。
構わず跳躍し、匂いの届かぬ場所に到達。幸い周りが木々に囲まれており、外に出てはいけないと言う規約も無い。
此処が限られた場所であれば鬼神の力を見せなくてはならぬかったからの。大抵の事は明かせるが、忌まわしき鬼の存在はなるべく知られたくない。ヴェネレ殿にも言っておらず、時折見せる不思議な力と誤魔化しておるしの。
「“花弁舞”!」
「……」
匂いと共に花弁が迫り、拙者へ降り掛かる物に鞘を回転させた風圧で防ぐ。
限られた範囲ならば自ら風を生み出して防ぐ事も可能。そのままフミ殿の気配を探り、小太刀を回転させながら打刀を片手に迫り行く。
「……」
「空中から……! 速いね。“花吹雪”!」
狙いが少し擦れたの。やはり片手に気を取られていたか。
花嵐が拙者の体を押し退け、距離を取る。また随分と華麗な魔法よ。花魔法も美しいの。
「“百花繚乱”!」
「……。拙者の国の四字熟語を……?」
次いで聞き覚えのある言葉と共に花の道が連なり、様々な事象を呼び込む。
赤い花は炎を生み出し、青き花は水となり、緑の花が風を生み、鈍色の花によって壁が形成される。
四つの元素を同時に生み出す力。ミル殿かブランカ殿にしか出来ぬ所業よ。
それらを断ち切り、花弁を散らし、花舞う中で彼女に訊ねた。
「今の呪文の言葉、何処で御知りになった?」
「……? どこでって……昔裏側にあった国の言葉だね。詳しくは覚えていない」
「……!」
昔あった国の言葉。その言い方を惟るに、既に今は無いという事。
立ち合いの最中に話すのは愚か。だがどうしても気になり、質問をしてしまった。
それについてはまた後々窺うとするか。今は目の前の試合に集中せねばなるまい。それが相手への礼儀よ。
拙者とエルフの民との立ち合い。エノ殿とルタ殿を打ち倒し、残るフミ殿とのモノも佳境に差し掛かった。




