其の佰拾 エルフの里
──“フォレス・サルトゥーヤ”。
「ほう。此処が森の国か」
「空気が美味しいー!」
「自然豊か……」
「ふふ、お気に召してくれたようで何よりなのだ。3人とも!」
町に入るや否や、出迎えてくれた光景は素晴らしきものだった。
木々に緑葉を纏い、花々は咲き誇り、町中には小川も流れている。風が吹く度に周りの木々が揺れ、葉を擦ってザアザアと音を鳴らし、花が良き香りを醸し出す。
秋に差し掛かった現在でも残暑によって蒸し暑さがあるが、清涼な此処に居るだけで身も心も休まるのが実感出来申した。
「あ、取り敢えずローブを着て。一応内密のお客さんだから。それと私も変装しなきゃ」
「そう言えばエルフは滅多に人前には現れぬのだったな」
「まあね。森の国の人達はそんな事無いと思うけど、昔は結構狙われたんだって。高い魔力と知能から戦争に駆り出されたり、自分で言うのも恥ずかしいけど綺麗な容姿から慰み者にされたり。苦労が絶えず、人前から徐々に姿を消したんだってさ。その仕来たりが今も残ってるって訳」
「成る程の。今のフロル殿があるのも祖先が苦労したからか。迫害はされてないが、苦労したのは拙者の故郷と同じだの」
「知能のある生き物って、大体同じような歴史になるのだなー」
フロル殿自身の事では御座らんが、見た目と能力から過去には色々あったらしい。
被害に遭った側であるエルフ。故に仕来たりが今も尚受け継がれている。その様な目に遭えば当然か。
高い能力を誇るエルフにその様な事を出来る人間も人間だがの。
「それと、私達の目的地はこの街じゃないのだ。周りに誰も居ないのと、後を付けられていないのを確認したら指定位置まで来て」
そう言い、フロル殿は拙者とヴェネレ殿、セレーネ殿の額に指を当て、何かを書き記した。
そのまま風のように姿を眩ませる。直後、拙者らの脳裏に指定位置とやらが浮かんできた。
「フム、徹底しているな」
「そうだね。けどこの場所……私達が行っても良いのかな?」
「彼女がそう申されたのだ。良いという事に御座ろう」
「うん……罠とかそう言った感情は無かった……」
その場所が目的となるところ。
追跡をさせぬ事には慣れている。立場上色々あるからの。
常に気配を探り、拙者らは人通りの少ない苔むした路地裏へとやって来た。
「ここがその場所……」
「人の気配は無し。元より此処は寂れた所のようだの」
「フロルさんは居ないのかな」
三人で固まり、辺りの様子を窺う。
変に触れるのは問題と考えて触らず、目視だけで状態を確認した。
基本となる煉瓦造りの建物。変わった様子も無し。そこでふと、ヴェネレ殿が口を開いた。
「あの場所だけ、何だか魔力の流れが違う気がする……」
「魔力の?」
曰く、路地の奥にて魔力の流れとやらが変わっているとの事。
拙者にそれは感じ取れぬが、ヴェネレ殿が申されるのならばそうなのだろう。奥と言っていたな。
「では、拙者が調べてみよう。敵意が無くとも念の為にの。何が仕掛けられているか分からぬ故」
「う、うん。気を付けてね。キエモン」
此処に何かあるのは明白。フロル殿が此処を待ち合わせ場所にしたという事はこの先に目的となる場があるのだろう。
その壁へ触れ、
「──……!」
「キエモン!?」
「鬼右衛門……」
壁へ飲み込まれるように拙者の体が入った。
ヴェネレ殿らも慌てるように後を追い、吹き抜けた一迅の風と共に全容が明らかとなる。
「成る程の。異界に通ずる扉……“裏側”への道と似たようなものに御座ったか」
「そうみたい。綺麗な場所……」
「空気が美味……」
暗く寂れた裏路地とは裏腹に、眼前いっぱいに広がる緑。
鳥達は楽しそうに空を舞い、小動物らが草木の間を駆け回る。そんな平和な光景が視界を埋め尽くしていた。
ヴェネレ殿らは感嘆のため息と共にそれを見、蝶が目の前を通り過ぎてフロル殿が口を開く。
「ようこそ。エルフの国へ。いや、国はあくまで“フォレス・サルトゥーヤ”だから……“エルフの里”かな」
通り過ぎた蝶を人差し指に乗せ、朗らかな笑みを浮かべる。
エルフの里か。先程の路地は此処に通じていたようだ。
フロル殿も突然現れたように思えるが、近くに居たので御座ろう。
「美しき場所だの。空気が澄んでおり、居心地も良い。フロル殿が穏やかなのも頷ける場所だ」
「故郷を褒められると嬉しいのだ。来て、マザーに挨拶するから」
「そうか。では参ろう」
「あ、キエモン」
「…………」
「セレーネちゃんも……」
フロル殿に言われ、まざー……母君の元に向かう。
セレーネ殿も何も言わず着いて来、ヴェネレ殿も拙者らの後に続く。
通るのは森の道。大きな木々が見下ろし、葉と葉の隙間から漏れる光が暖かさを感じさせる。
そう言えばこの世界では紅葉が無いのだな。まだ少し時期が早いかもしれぬが、秋の気配は然程感じぬな。
「この奥にマザーが居るのだ」
「これまた随分と生い茂った場所だ」
此処に母君が居るのか。
木々と草花が密集しており、とてもじゃないが人が居るようには思えぬの。
然しフロル殿のあの身の塾し。元よりエルフは拙者ら人間と違う。尤も、拙者自身がヴェネレ殿らのようなこの世界の人間とは差違点が多いの。
なんにせよ連なる森の中。住む場所は問題では御座らんか。
「うぅ、歩きにくい。この木の集まりだとほうきにも乗れないもんね……」
「魔法使いの進行が難しいようになっているからね。理由は大昔の戦争みたいな事の名残。今は泥濘とか罠は無いから安心して」
「昔はあったんだ……」
獣道のような険しい道を行き、更に奥へと入る。
元々此処出身で慣れているフロル殿や、現世で似たような場所を何度も行き来した事のある拙者は大丈夫だが、基本的に箒で移動するヴェネレ殿らには手厳しいかもしれぬな。
「ヴェネレ殿。お手を。拙者が抱いて行こう」
「抱い……!? って、ああ。抱えてって事だね。少し恥ずかしいけど……お願い」
「私も……」
「うむ。セレーネ殿も例外ではない」
「凄い腕力だな。軽い女性とは言え、人2人を掲げてその速度とは」
「鍛えておるからの」
ヴェネレ殿とセレーネ殿を背負い、フロル殿の後に続く。
また暫く凹凸の激しい道を行き、拓けた場所に出た。
「この辺で降ろそう 」
「ありがと。キエモン」
「ありがとう……」
この辺りの道は整っておる。問題無いと判断して彼女らを降ろし、その最中でフロル殿は舞うように木から木へと跳び移って崖の上へ行った。
「お二人はヴェネレ殿の箒で。拙者はフロル殿のように行く」
「うん。行こっ。セレーネちゃん」
「うん、ヴェネレ……」
跳び、木の枝を掴んで体重移動。折れぬように気を付けて回転と共に上に乗り、ヴェネレ殿とセレーネ殿は箒に乗って舞い上がる。
拙者らも崖の上へと辿り着き、洞窟のような穴に入った。
そこから少し行き、最奥の広い場所に出る。
「ようこそ! マザーの家へ!」
『来たか。人間達よ』
「ま、マザーって……」
「成る程。白狼か」
そこに居たのは、人語を話す白くて大きな狼。
銀色にも思える毛並みは雪の様に美しく、その眼光は鋭いが優しさも感じられる不思議な瞳だった。
天井から降り注ぐ光に照らされ、毛並みが輝いているようにも見える。
「美しき狼だな。フロル殿の母君は。悠然とした態度がこの地の主である事の証明になっておる」
『おやおや、随分と話の分かる人間じゃないか。人語を理解し、話す狼を前にしても動揺の一つも見せないとはね』
「拙者の故郷にはそう言った伝承が幾つかあります故。元より魔法の使えぬ者が大勢居る場所。この国のみならず、この世界で目にする魔法は全てが驚きに直結致す所存。今更言葉を話すくらいどうって事は御座らん」
『そうか。なんとなく懐かしさを感じられる言葉遣いだな。……一つ聞きたいがお主の国では皆が皆、魔法を使わず魔法に等しき術も扱えぬのか?』
「いや、そう言った役職の者もおられる。陰陽師や天狗や狐などの妖。だが、基本的に火などを出す事も出来ぬ」
『成る程な』
此処には拙者が魔法を使えずとも、それに近しい力を扱うから呼ばれた。その事実確認は重要だろう。
白狼はゆっくりと立ち上がり、拙者へ視線を向ける。
『着いて来てくれ。お主らを呼んだ理由を説明する』
「相分かった」
この国に来てから移動の連続。然し疲れてはおらぬ故、その者の後を行く。
ヴェネレ殿、セレーネ殿、フロル殿の三人も行き、入り口とは反対側の外が映り込んだ。
「……これは……」
「ウソ、なんで……!?」
「……」
そこで拙者らが目にした光景は、眼前に広がる枯れた木々。
表側、及び森の国全域は草木や花々が咲き誇り、雄大な自然に囲まれていた。
然しどうだろうか。反対側には命だったであろう枯れ木のみが存在しており、生き物の気配も全く無い。
死んだ土地。そう言い表すのが的確な光景が広がっていた。
「白狼殿。これは如何してこの様な有り様に?」
『さあな。理由は私にも分からぬ。つい最近までは青々とした木々や草花があり、中心には美しい湖があったのだが。今ではこうなっている』
見れば中心部に落石でもあったかの如く大穴が空いている。
そこが最近まで湖だったのか。とても信じられぬな。
「炎魔法で全部焼き払われた……? 毒が地面に撒かれた……? どんな理由でも広範囲がこんな事になるなんて。とてつもない力が働いたのかも……」
「酷い……」
ヴェネレ殿とセレーネ殿も異様さを理解しておる。いや、魔法に精通しておる彼女だからこそか。
これ程までの力。以前目にしたリッチ並みの魔法が働いたのだろう。
「して、拙者への頼みとは? 呼んだのは白狼殿だろう」
『ああ、そうだ。そして先程から惜しいな。我が名はハクロだ』
「そうか」
白狼の名をハクロ殿。白露という言葉なら馴染みはあるの。
ともあれ、何故拙者の力が必要なのか。改めて聞くとしよう。
「死んだ土地を蘇らせるなど出来ぬぞ。不思議な力は使えるかもしれぬが、どちらかと言えば壊す力だからの」
『寧ろ必要なのはその力だ。辺りには不思議な魔力が漂っている。主の力でその流れを断ち切れるか?』
「フム、成る程。拙者は色々と斬る事は出来るが、存在を無効化するようなモノでは御座らん。例え斬ったとして、それは一時的なものかもしれぬぞ」
『物は試しだ。目的はあくまで試す事。フロルにもそう言ってあった』
「確かにそうだの。では、試してみるとしよう」
『ほう?』
腰の刀を抜き、鬼神としての力を込める。
年の功と言った面持ちのハクロ殿なればこの力についても何か知っているかもしれぬしの。事実、反応は示した。
拙者は刀を振り下ろし、空気を切り裂く。刹那に周囲が歪な形となった。
「なんぞ?」
『魔力の防壁が反応しておる。やはり何者かが仕込んでいたのか』
「フム、さっぱり分からぬが成功と見て良いのか?」
『ああ。魔力の在り方を見ればどの様な種族が何の目的で張ったのか分かる』
「種族と目的?」
生き物から発せられる魔力。それによって分かるモノもあるか。
拙者が訊ね、横に座るハクロ殿は言葉を綴った。
『──種族は“ダークエルフ”。目的は戦争だ』
「……また難儀な」
告げられた種族はだぁくエルフ。その狙いは戦。
種族を言われてもピンと来ず、深入りするつもりも無かったが、戦争か。また国家間での大きな物事に関わる事になりそうよ。




