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其の佰玖 森の国へ

「──して、森の国“フォレス・サルトゥーヤ”まではどれ程掛かる?」

「隣接している国だから然程さほど掛からないのだ。このまま行って数時間ってところかな」

「フム、“シャラン・トリュ・ウェーテ”基準で南側に位置する“フォーザ・ベアド・ブーク”。東側に位置する“フォレス・サルトゥーヤ”。確かに隣接しておるの」


 改め、拙者らの国“シャラン・トリュ・ウェーテ”を中心に置いた場合の四方を囲む他国について。

 東側に“フォレス・サルトゥーヤ”。西側に“海の島”。南側に“フォーザ・ベアド・ブーク”。そして北側に“スター・セイズ・ルーン”。

 海の島が厳密に言えば国なのかはイマイチよく分からぬが、現在地が南側である以上、“スター・セイズ・ルーン”以外は隣接していると言っても良いだろう。

 現在の時点であまり時間は掛からぬようで何よりだ。


「しかし、凄い力なのだな。生身の腕力で女の子一人を抱えてこの速度。マザーが興味を示すのも頷ける」


「なに、これくらい軽いものよ。セレーネ殿のみならず、ヴェネレ殿にフロル殿を抱えて行く事も出来る」


「頼もしいものだな」


 ヴェネレ殿はほうき。フロル殿は絨毯に乗って移動していた。

 あれなれば拙者ら全員を乗せる事も出来、本人もそれを望んでいたが拙者とセレーネ殿はお断りした。

 理由は単純。念の為に警戒はしているという事。

 フロル殿にではなく、いつ何時なんどき敵が現れるかも分からぬからな。寛いでいてはいざという時に動けなくなってしまう。それが理由。拙者としては寛ぐより人を抱えていた方が動きやすくあり、元よりセレーネ殿も拙者かヴェネレ殿の傍にしか寄らぬのも一つの理由に御座る。


「けど、今の時点で昼頃。国に着くのは明日になってしまう。野宿などの心得はある?」


「拙者にはあるが、ヴェネレ殿とセレーネ殿は?」

「私も大丈夫。箱入り娘って訳じゃないからね。心得はあるよ」

「私も平気……というか多分、前まで普通に野宿とかしてたんだと思う……」


 数時間と言っても、あくまで一日は掛からない程度。今現在の拙者らは馬よりは遥かに速いが、魔力や体力にも限界はある。定期的に休まねばならぬだろう。

 もっとも、たった今フロル殿が申されたように既に正午は過ぎている。野宿は前提のようだ。


「そう言えば、人間は私達エルフと違って寿命が短いから繁殖行為を頻繁に行うって聞くけど、男女が一緒に居て大丈夫?」

「そう言う仲じゃないから平気! あと、セレーネちゃんの前であまりそう言う事言わないで!」

「わ、分かったのだ」


 フロル殿の懸念。

 それは分からなくもない。男女が野宿など、何かしらの間違いが起こってもおかしくないからな。

 だが、拙者ら侍は欲を抑え、己を律する存在。そんじょそこらの者共と一緒にされてはお困り致し候。

 然しフロル殿の反応を鑑みるに、単純に人の生態について気になっていただけのようだの。姿形が拙者ら人間に近くとも、やはり根本的な部分は違う種族なのだろう。

 それから少し進み、日も暮れた。


「この辺りで休もうか。魔物も少ないし、安全性も確保出来てる」


「そうよの。既に暗い。これ以上行くのは危険だ。今日は此処を拠点としよう」


 思ったよりも日が沈むのが早いの。既に秋へ差し掛かる頃合い、それも当然か。

 野宿であっても魔法があれば火を起こすのも容易い。誠に便利な力だ。


「ヴェネレ殿。火を頼む」

「うん。あ、それとどの辺で眠る?」

「三人は横になれそうな大きな切り株があった。拙者は夜営をする故、お三方で寝てくだされ」

「そう? キエモンはいいの?」

「うむ。慣れておる。元より拙者の役目はヴェネレ殿らを護る事よ」

「そ、そう。ありがとう……」


 一瞬だけ顔を紅潮させ、そっぽを向く。

 何か気に障ったろうか。時折こう言った態度を見せるが、問い掛ければ気にしないでと一蹴される。

 ヴェネレ殿自身何かを迷っている様子なので今回もまた追及はせぬ。何より主君を立てるのが侍の在り方だからの。


「では、食料になりそうな物を探してくるとしよう。あまり遠くには行けぬがな」

「それなら私も付いて行くのだ。森は我らエルフのテリトリー。食べられる野草や木の実には詳しいぞ」

「そうか、では同行願おう。然し、肉や魚は如何する?」

「食べられなくはないけど、あまり好みではないな。基本的に果実を食べているのだ」

「相分かった。では今回は木の実や野草。そして拙者が持参した握り飯だ」

「ニギリメシ?」

「フッ、食事時に提供する」

「そうか。楽しみだ」


 フロル殿と野草探しに赴く。焚き火は見える範囲で、ヴェネレ殿らも各々(おのおの)で準備をしておる。

 彼女は遠方を見ると身軽に木へと飛び乗り、祈りのような物を捧げた後に木の実を拝借した。


「夜目が利くの。闇夜の森の小さき実を見つけ出すとは」

「エルフは自然と共にある。木の実の声を聞いたのだ」

「それまた面妖な。この世界で知らぬ事は尽きぬな」

「それは私達エルフも同じだな。長く生きているけど、知らない事は多い。世界は常に謎めいているのだ」


 長き悠久の時を過ごすフロル殿らエルフでも知らぬ事は多いか。

 書物にエルフは人間よりも優れた知能を持つとある。彼女らで分からなければ永遠に明かされぬかもしれぬな。それもまた一興。知らぬ事が多ければ楽しみも増えるという事よ。


「これくらいにしておこう。余分に採る必要も御座らん」

「うむ。人間の慈しむ心意気は好きだ。戻るとしよう」


 ある程度集め、ヴェネレ殿らの元へと戻った。

 それから簡易的な食事を摂る。


「ほう、これがニギリメシとやらか。デカいな」

「大きさは拙者の匙加減。小さき物もある。よく体を動かすからの。塩も多く入れてある」

「しょっぱいのだ……。だが、移動によって磨り減った体力が回復するのを感じる。美味いのだ」


「キエモンがお米って食材を“裏側”から譲り受けてね。それで“シャラン・トリュ・ウェーテ”にも流行りが来ているんだ」

「成る程。流行を起こす側の人間だったか。キエモンは」

「そうだね!」


 野草と果実と握り飯。米についてはフロル殿もお気に召してくれたご様子。

 嬉しいの。故郷の味が異界でも美味と感じ取ってくれるのは喜ばしい限りだ。

 夕食を口に含み、飲み込んでからヴェネレ殿は更に話す。


「あ、そう言えばフロルさんって私の前じゃ口癖言わないんだね。別にいいってさっき言ったのに」

「昼間に言ったよう、場を弁えているからな。任務の時は淡々として機械的に。王女様には凛とした女騎士風に。そしてプライベートに近い程、普段の私を表に出す」

「ちゃんと考えてるんだ」

「そうなの……じゃなくて、そうだ」


 どうやら彼女は時と場合によって話し方を変えているようだ。

 それもまた長い年月で身に付けた世渡り術なのだろう。拙者も初対面の者には変な口調とよく言われる。やはりこの世界特有の話し方を覚えるべきであろうか。


「……? 鬼右衛門……どうしたの……?」

「む? いや、拙者はよく口調を指摘されるだろう。相手に悪い故、もうちっと“らふ”な話し方をするべきかと思ってな」

「鬼右衛門はそのままで良いと思う……」

「そうそう! それがキエモンの個性だしさ!」

「君の仲間が受け入れてくれてるんだ。私の場合もあくまでそれぞれ分けてるだけだからな。大きく気にする必要も無いだろう」


 お三方に言われる。

 フム、話し方もまた個性。確かに拙者と同郷の者は御座らん。これを個性と取って生かし、拙者の存在を大々的に示すのも良かろう。

 騎士足る者、常に自分を立てて民へ安心を与えるのが役割。良い方向の個性があれば拙者の存在を示せるか。


「では変えぬ。彼是あれこれ指摘した者達も最終的には慣れてくれているしの」

「それが良いよ!」

「うん……」

「君も苦労しているのだなぁ~」


 和やかに食事は終わる。

 フロル殿もたった半日ですぐに馴染んだの。エルフと言う種族は気難しいと書いてあったが、彼女が別なのか今はもうこうなっているのか。いずれにせよ悪い気はせぬ。


「君は水浴びをしないのか?」


「拙者は後で良い。この世界での男女は共に風呂に入らぬようだからな。フロル主らが出た後で入るとする」


「そうか。残念なのだ」


 食後の風呂だが、拙者は一先ず目に入らぬ所で待機。

 セレーネ殿とフロル殿は共に入る事へ寛容だが、ヴェネレ殿が顔を真っ赤にして動揺していたからの。流石に悪いと思い、今に至る。


「何でヴェネレは入りたがらないの……?」

「別に見られて困るものでもないだろうに。古傷とかあるのか?」

「いや、そうじゃなくて……と言うか普通、そう言う関係じゃない男女は一緒に入らないから……」

「「そう言う関係?」」

「夫婦とか……付き合ってるとか……男女の……ブクブク……」

「ヴェネレ途中で沈んでる……」

「ハハハ……面白い王女様だな」


 よくは聞こえぬが、彼女らも楽しんでいるらしい。それは何より。拙者も早く風呂に入り、少しは休もうか。

 ふと空を見上げる。今日も立派なお月様がお見えのご様子。彼処に月の国があるのかどうか、今後の課題はそのままだの。

 そう言えば、秋となれば中秋の名月が見所。この世界でも見れるだろうか。見れるのなれば是非ともヴェネレ殿らとお月見をしたいな。……いや、もう既に十五夜は過ぎておろうか。

 その様な事を考えつつ、彼女らが出てくるのを待つ。良き月夜。のんびりと過ごすとしよう。



*****



 ──“翌日”。


 次の日の朝、起きた拙者らは朝食を摂り終えてまたフロル殿の案内の元先へ進み、正午に差し掛かった時間帯。

 そのフロル殿が遠方に見える大樹へ指を差した。


「見えてきたのだ。みんな。あれが私の住む国でもある処、森の国“フォレス・サルトゥーヤ”。自然溢れる豊穣の地。目的地なのだ!」


「ほう。なんとも大きな樹よ。逞しいの」

「凄い迫力だね……!」

「うん。とても大きい……」


 目的地となる国へ着き、嬉しさからかフロル殿の話し方がぷらいべぇとのモノに変わっていた。

 それは兎も角とし、先ず目に映るのは遠方でも分かる程に大きな大樹。青々と葉が生い茂っており、雄大な自然の息吹きを景色から窺えられる。

 周りは全て森であり、強靭な木々から可憐な草花と存する植物は多種多様。まさしく“森の国”を謳われるのに相応しき光景よ。

 フロル殿は踊るように拙者らの方を向き、嬉々として告げた。


「では、行きましょう。偉大な自然が作り出す美しき森の()へ!」


 その言葉に呼応するかのように風が吹き抜け、拙者のマゲとヴェネレ殿らの美しき髪を揺らす。

 心地好い風。どうやら森も拙者らを歓迎してくれているらしい。

 拙者ら三人はフロル殿に引かれ、森の国“フォレス・サルトゥーヤ”へと入った。

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