表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/280

其の拾 異常事態

「マルテ。キエモン。来てくれたか」

「はい。ファベル騎士団長。一体何事で?」


 騎士達の会議室とやらに行き、マルテ殿とファベル殿が話す。

 既に他の騎士達も集まっており、顔見知りが少ない拙者は中々に肩身の狭い感覚に陥る。

 そんな事を思案している最中、話し合いが始まった。


「“シャラン・トリュ・ウェーテ”の近くにオーガの群れが発見された」


「……!」「……!」「……!」

「オーガ。あの鬼で御座るか」


 その内容は、鬼の巣が発見されたという事。故の招集。

 それはこの都に置いて決して看過できない脅威であろう。慌ただしいのも頷ける。


「あぁ。幸いにしてまだ被害は出ていないが、いずれ出るだろう。だから我ら騎士、オーガの討伐を執り行う」


 危険な魔物が現れたら騎士が討伐致す。至極全うな意見。

 然しさて、果たしてこれ程の人数を要する必要があるのだろうか疑問に思うところ。

 あれくらいの鬼ならば、仮に此処へ拙者がおらずともマルテ殿に加えてファベル殿が居るのなら十や二十は討てると思うが。

 拙者の知らぬ誰かが質問をする。


「しかしファベルさん。騎士全員を集める必要などあるんですか? その群れの規模は定かではありませんが、何もこの街の全騎士を集めるなんて……」


 拙者と同じ意見のようだ。それも当然。

 会って数刻も経過していない拙者ですらファベル殿とマルテ殿の実力を理解している。長く共に居る騎士達ならば到達して当たり前の疑問だ。

 ファベル殿は説明を続ける。


「今回のオーガは規模が甚大ではない。まるで何かしらの力に引き寄せられるかの如く、近辺の全オーガが徒党を組んでいる。その数は300を優に越えるだろう」


「さ、300のオーガ……!?」


 拙者の予想を遥かに上回っていた。

 周りにはどよめきが走り、少しばかり騒がしくなる。


「こんな事今まで無かったぞ……」

「さっき街にやって来たオーガはそのうちの一匹だったのか……」

「その一匹にすら建物を複数戸倒壊させられているのに……」

「300体が一斉に迫ってきたら壊滅だ……」


 妖術使いであるこの者達にとっても鬼は脅威。いつの世も数の前では苦労するものだな。

 騎士達の声に頭を掻き、ファベル殿は更に続ける。


「そうならんように対策会議を開いているのだ。今の状況はまだ近隣の森に集まりつつあるというだけ。つまりまだ集まり切ってはいない。そこを各個で撃破するのだ」


「な、成る程……!」


 集まり切るよりも前に討つ。拙者の国での戦でも使われていた戦術。

 それには敵が何処へ向かっているのか知るのが前提だが、


「つまりファベル殿。何処へ集まりつつあるのかの検討は付いているのであるな?」


「ああ、そうだ。場所は“シャラン・トリュ・ウェーテ”正門から真っ直ぐに進んだ場所にある森の中。空中部隊の報告によると他のオーガ達は真っ直ぐ前進しているが、その場所に集ったオーガだけは陣取って動かぬという」


 正門の更に先。そこが鬼ヶ森とでも言ったところ。

 場所の検討が付いているのならば行動は起こしやすい。

 他の騎士が訊ねるように話す。


「だったら今のうちに片付けても良いんじゃないですか? 空から魔法をしこたま撃ち込めば成す術無く滅ぼせます」


「それは考えたが、奴らにも魔力は宿っている。エレメントを交えた精密な魔法へと変換する事は出来ぬが、単純な魔力飛ばしは可能だ。逆に森の木々が遮蔽となり、空からの攻撃が当たりにくくなる。魔法使いは格好の的だ。炎魔法で木々を焼き払うのも考えたが、それによって発生する煙と成分で街に被害が及ぶ。森の中を進み、各個撃破と言うのはそれらを踏まえた上での策だ」


「……り、了解しました」


 どうやらこの国の鬼も妖術を使えるらしい。と言うても拙者の国と違い、火や毒を吐く事は出来ぬようだ。

 単純な力と妖術。それだけでも十分脅威と言えるであろう。


「それで各々(おのおの)に役割を与える。森は広いが、その分オーガ達が合流するまで時間が掛かる。正面から行き、東西に別れてオーガを討つ。ただそれだけだ」


「シンプルですね。しかし、それでも総合的には300体……この街の騎士は3000人程で数的に上回ってはいますが、木々が壁になる森の中で戦うのは……」


「それについても考えてある。要はオーガの集合を阻止。そしてこの街へ近付けぬ事。1/10を仕留めるだけで良い。それだけ仕留め、挑発して誘い出したら作戦決行だ」


「……?」


 そこから具体的な作戦を説明される。

 成る程。これならば最小限の動き、かつ森を傷付けず、犠牲を出さずに遂行出来る。


「故に、囮と陽動役として森の中へ入る何人かを選抜する。名乗り出る者は居るか?」


「「「…………」」」


 誰からも手は挙がらない。

 当然であろう。この安全な策、唯一危険があるとしたら森の中へ赴く陽動役なのだから。

 然し、拙者が名乗らぬ理由は無い。


「拙者が行こう。鬼退治ならば知識も経験もある」


「……!」


 拙者の名乗りを聞き、騎士達の視線が此方を向く。

 周りの者達は手を挙げず、新参者の拙者が名乗るのは意外であったのだろう。素性を知っているのは主君とヴェネレ殿だけであるからな。マルテ殿にも少しは話したか。


「彼は……」

「今日入隊した……えーと……」

「確かキエモンと言う名だ」

「魔法は使えないと聞く」

「大丈夫なのか?」

「入隊試験で三人の騎士を薙ぎ倒したらしいが……」


 騎士達から困惑の色が窺えられる。

 これもまた致し方無し。拙者の存在はまだ大きくは認知されておらぬ故。

 次いでマルテ殿が挙手した。


「当然私も行く。戦闘には慣れているからな。それに、新参者に先を越されるのは癪だろう?」


「マルテさんだ」

「マルテさんが居てくれるならキエモンとやらも大丈夫そうだな」

「ああ。彼は運が良い」


 悪戯っぽく微笑み、名乗り出るマルテ殿。

 元々出る気はあったのだろうが、彼女が居てくれるから拙者の選出も周りが認めてくれる。

 騎士達の拙者への不安を遠ざけるよう、上手く誘導してくださった。


「マルテさんにキエモン……最低限あと一人だよね。私も行くよ! ファベルさん!」


「……! ヴェネレ様!?」


 拙者らのやり取りを見、挙手して名乗り出るヴェネレ殿。

 ファベル殿とマルテ殿。周りの騎士達は驚愕するような表情を浮かべ、慌てたように言葉を綴る。


「待ってくだされ。ヴェネレ様。あと一人は私が行きます故。王女であらせられるヴェネレ様は危険が過ぎます!」


「えー。別に平気だよ。私、結構強いもん。この中でもそれなりの位置に居るって自負しているからね!」


「しかし……」


 ヴェネレ殿の選出に苦言を申されるファベル殿。

 ヴェネレ殿の実力は認めているが、姫君が戦場へ出る事が心配なのだろう。

 拙者としても、自身の仕える姫が腕の立つ方であっても戦場には出したくない。

 拙者は出会い方的にヴェネレ殿が姫という感覚が薄いので特に疑問を抱かなかったが、従える身としてはこうなるのも頷ける。


「オーガを数体倒す。もしくは挑発して森の外へ誘えば良いんでしょ? それなら危険も無いって!」


「それが危険であるからこの様な態度を取っているのですが……ヴェネレ様の我が儘には困ったものだ」


「我が儘じゃないよ。実力のある魔法使いが前線に出るのは当たり前! キエモンも言ったげて!」


 拙者に助け船を求める。

 ヴェネレ殿の実力も承知している。いざという時は拙者が護れば良いだけ。此処は本人の意思を尊重するとしよう。


「案ずる事は無い。ファベル殿。マルテ殿。何かあれば拙者がヴェネレ殿を命に替えても御護り致す。経験を積むのも後に国を背負って立つ身として必要な所業。此処はヴェネレ殿の気持ちを汲んで頂けたい」


「ほら! キエモンもこう言ってるしさ! (ちょっと大袈裟だけど)。護ってくれるみたいだから大丈夫だって!(私は護られる程弱くないけどね……!)」


「……分かりました。但し、危ないと思えば直ぐに退却する事。これが条件です」


「オッケーイ!」


 説得には応じてくれたようで御座る。

 心配になるのは分かるが、過保護であっては積める経験が少なくなる。

 この国近辺でも人同士の争いはある。姫として如何なる場合の対処を学ぶのは悪くなかろう。


「では、改めて陣営を整理する。なんなら私も出るが」

「ファベル騎士長は此方で指揮を執っていてくれ。キエモンとヴェネレ様は私で纏める」

「そうか。マルテなら安心だ。他の者達も構わないか?」


「「「はっ!」」」


 新人である拙者が受け入れられた理由はマルテ殿の選出とヴェネレ殿が出られたから。意識がそちらに向いたのだろう。

 拙者としても都合は良い。後はファベル殿の案に乗り、鬼退治と興じようぞ。


「ではまず──」


 して、その作戦が決行される。



*****



 ──“近隣の森”。


「よし、他の騎士達は配置に付け。マルテ殿、キエモン殿、ヴェネレ様が赴く」


「「「了解!」」」


 きっちりと徒党を組み、その陣形へと成る。

 拙者達三人は森の入り口に立ち、互いに互いの武器を確認。身の危険があれば下がり、一度体制を立て直すのも必要。

 拙者の刀、早くも試用の場が設けられたか。

 然し、国での拙者の刀は特別製であり、油や金属によって劣化しにくい素材から造られていた。

 見た目は近いが、この刀が普通の刀と同じであれば最終的に鞘だけで戦わざるを得なくなるやもしれぬ。

 元より刀は数人斬れば使い物にならなくなる。その前提も視野に入れておくべきだろう。


「では行くぞ。キエモン。ヴェネレ様」

「いざ参ろう」

「うん……!」


 三人だけで森へと入る。あくまで囮と陽動故に、大人数は必要無い。

 鬼の性格が拙者の国と同じであれば、少し揶揄からかえば向こうから乗ってくる。それのみを実行し、後はファベル殿らに任せれば良かろう。


「ではここで三手に別れる。くれぐれも無理はしないように。軽くちょっかいを出したらすぐに逃げても良いんだ。むしろ逃げるべきだ。作戦の本筋は外で待ってる騎士達だからな。そもそも姫が参加する事が異例。ヴェネレ様。本当に無理はしないように」


「分かってるって! あ、キエモンも分かったね?」


「ウム、承知している。逃げ戦も何度か行ってきた経験がある。それが活きようぞ」


「分かった。検討を祈る」


 森に入り、ヴェネレ殿とマルテ殿が東西へ赴き、地の利を知り得ぬ拙者はただひたすらに真っ直ぐ進む。

 鬼が居れば斬る。それだけに御座る。


「美しき森よ。動物は葉を食し、鳥は飛び交う。遠くにて川の音も聞こえるな。都を流れていた川がそのままこの森へと続いているのだろうか」


 鬼が潜んでいる故に油断は出来ぬが、森の美しさに気を取られる。

 風によって揺れる葉。小鳥が枝から飛び立つ音。目と耳が森に吸い込まれ、自然と一体化しているような感覚を覚える。

 踏み込む度に鳴る微かな音が心地好い。

 ほんの数時間前、拙者はこの地へ降り立った。その時も思うたが、一句詠じたくなる所存。


 ──春風や、木々に集う、鳥の音。


 ウム、何処かで聞いた事のある、少し弄っただけの句が出来てしもうた。しかも字足らずと来た。やはり戦場に生きた拙者は句の才能が無いようだ。

 されど、その様な事どうでも良くなる穏やかな森。春の陽気に、木々は芽吹き、鳥がさえずり、獣達が駆ける。

 ……む? 獣達が駆ける……? 先程まで食事を摂っていた獣の動きが急に慌ただしくなったな。


『グオオォォォ!』

「フム、やはりそう言う事で御座るか」


 拙者の背後から巨躯の影が差し、何かを掲げたかのような動きが遮る。

 瞬時に拙者は身を翻し、いなすように振り下ろされた棍棒をかわした。


「早いうちに会えたの。悪鬼よ」

『ゴガァ!』


 棍棒が薙ぎ払われ、木々が抉れて地面が捲れる。

 自然を大切にせぬ鬼か。別に珍しくはない。それも容易に避け、再び振り下ろさんと掲げられた。


「隙だらけに御座る」

『……ッ!』


 一閃、木々の隙間から差し込む木漏れ日に銀色の刃は輝き、鮮血が宙を舞う。

 一時もせずうちに鬼の首が拙者の足元へと落ちた。


「この鬼は頭だけで動かぬな。毒を吐き、自然を枯らす鬼も居る。どうやら拙者の国にて悪名轟かせた鬼達よりは弱き者のようだ」


『グガァ……!』

『ゴゴォ……!』

『ゴガァ……!』


「利点は数の多さか。桃太郎……吉備津彦命きびつひこのみこと殿が討伐した鬼とどちらが多いか。比べてみるのも一興やもしれぬ」


 瞬く間に鬼達へ取り囲まれてしもうた。

 ふと刀を見やるが、刀身に油と血液は付着しておらず、そのまま戦いを続ける事も可能な様子。

 益々(ますます)拙者の刀に近い存在で御座るな。一騎当千。いや、万の兵を切り捨てようと使い続ける事が出来た。

 この刀もその一種で御座ろうか。魔力とやらが込められているのやも知れぬ。


「考えるのは後にするか。まずはこの場に居る鬼を斬り伏せるとしよう」


 刀を構え、この場に居る全ての鬼を網羅する。

 数はざっと三十。つまり目的の数と同じ。それらを討ち、何体かを誘き寄せれば役割は完了する。

 然ればこの鬼、さっさと終わらせようぞ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ