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其の佰捌 他国からの使者

「キエモン! あれやってみよ!」

「何々。魔力を飛ばして賞品を……フム、楊弓ようきゅう遊戯ゆうぎ(※射的)のような物に御座るか」


 ヴェネレ殿が指差し、拙者は看板の字を読む。

 フッ、もうすっかり字の読み書きは習得した。

 然し、楊弓はあまり使い慣れていないが、果たしてそれよりも扱い辛そうな魔力で射れるだろうか。


「物は試し。やってみよう」

「うん。……じ、じゃあちょっとキエモンの手を握るね……」

「……?」

「ほら、魔力を通して弾を発射するからさ……魔力の無いキエモンは私と魔力を共有しなきゃならないでしょ? だから仕方無くね」

「フム、よく分からぬが弾となる魔力はヴェネレ殿に貰い受ければ良いのだな」

「そう言う事!」


 柔らかく温かい手が触れる。

 少々恥ずかしそうだが、拙者に魔力が無いので仕方無いか。ヴェネレ殿に悪いの。


「(これは不可抗力不可抗力。別に合法的にキエモンに触れられる口実とかじゃないからね! あれ? キエモンって結構良い匂いする。石鹸とも違う感じの)……ふふん♪」

「いやに上機嫌よの。ヴェネレ殿」

「そう♪? お祭りって良いもんね!」


 こうも近いと拙者としても少し恥ずかしさがある。

 やはりヴェネレ殿も女子おなごに御座るからな。近さ故に良き香りが鼻腔を擽るが、女子の体臭に言及するなど品の無い事よ。


「キエモンってこう言うの得意?」

「銃や弓はあまり好んで使わないが、戦場では求められるからの。少しは練習してある」

「そっか。じゃあ魔力を込めるよ」

「うむ」


 ヴェネレ殿が拙者へ魔力を移動させ、体内に何かが満ちるのが分かった。

 鬼神の力を纏う時とはまた違うの。根本的な部分が異なるようだ。


「最後に確認したいが、経を読む必要はあるか?」

「無いよ。魔力を飛ばすだけ。やり方はね──」


 ヴェネレ殿に説明を受ける。

 魔法を使った事の無い拙者には難しいが、彼女の教え方は丁寧で分かりやすかった。


「こうか」

「ハズレー」

「惜しい!」


 一発目は外したか。

 火縄銃や弓矢と同じ。途中で若干だが威力と弾道が下がる為、少し上を狙う。


「こうだな」

「当たった!」

「当たりー」


 狙い通り、景品を当てる事に成功した。

 然し無制限という事も無かろう。店主へ訊ねてみる。


「店主、何回挑戦する事が出来るのだ?」

「今ので2回だから、後3回だねー」


 計五発。残りの三発で何を狙おう。

 次いで手を握るヴェネレ殿と近くのセレーネ殿へ聞いてみる。


「ヴェネレ殿にセレーネ殿。お望みの物は何かおありで?」

「私は特に無いかなー。セレーネちゃんは?」

「じゃああれ……」


 指を差したのは太陽と月を象った像。

 硝子ガラスからなる太陽と月が空の光によって台に鮮やかな影を落としている。

 また、そこには女神像も安置されており何かを指し示している面持ち。斯様に美しき代物、装飾品に良かろう。


「ガラスが材料のようだが、割れぬか?」

「大丈ー夫。壊れやすい品は防護魔法で覆ってるから。ちゃんと倒れるようにもしてあるからイカサマとかはないよー」


 なら安心。

 後は特に目ぼしい物も無く、良さそうな物を狙い射てば良かろう。


「こんなところかの」

「すごいねー。全部当たりだ」


「「「おお」」」


 タンタンタンと律動的に当て、セレーネ殿の望む代物と複数の景品を入手する。

 周りから驚嘆の声も上がり、気分は悪くない。魔法を使えるというのは心地好いな。


「おめでとー」


「凄いねキエモン!」

「うむ。慣れてしまえば要領は火縄銃などと同じ。良いものだな。魔法とは」

「ありがとう……」

「うむ」


 基本的に相槌で返す。

 お二人が楽しめたなら何より。拙者らは楊弓遊戯の屋台を後にし、他にも出店を見て回る。


「あ、キエモン! くじ引きだって!」

「ほう、クジか。これまた景品が当たるようだな」

「やろ……」

「ああ、やろうぞ」


 屋台に寄り、何回か籤を引く。

 その結果、


「はい、全部ハズレー。また挑戦してね~」

「不覚……」

「私達はいくつか当てたのに……」

「鬼右衛門。運悪い……」

「悲しきかな否定は出来ぬ……」


 実力で何とかなるのならまだしも、天命に左右されるような事柄は好かぬ。理由は見ての通り。悪運強くとも幸運ではないようだ。

 然しヴェネレ殿らは幸運よの。大当たりを一人一つは出しておる。


「やはり食事。これが一番だ」

「アハハ……よく食べるね」

「この国の食べ物も美味だからの」

「美味しい……」

「訂正。よく入るね……」


 此処に来てからよく食しておる。香辛料を使われた物は食欲を増進させる効果があるのだろう。

 あまりに辛き物は流石に食えぬが、程好い辛味はそのまま旨味に直結しておるな。

 その後、拙者らは裏路地へと入った。


「──……して、何故なにゆえ主は拙者らの後を付ける? ヴェネレ殿かセレーネ殿が狙いなれば拙者がこの刀をもちい、主をこの場で切り捨ててやるが」


「気付いていたんだね。変わった言葉遣い。つまり君達は楽しんでいるフリをしていたって事?」


「いや、祭りは楽しんでいた。主に付けられていると気付くまではの。折角の祭典。邪魔立てしないで頂こうか」


 若干の殺気を込めて話す。それにより、現れた女は一歩後退る。

 それなりの実力は有しているようだの。手練れでなければ気付けぬ程の殺気を感知したのだから。


「貴女は一体……」


「……。名乗っておこうか。私は“フロル=クロノス”。森の国“フォレス・サルトゥーヤ”から用があって来た。因みにクロノスと言っても神様とは無関係。単なる姓で、どちらかと言えば豊穣や自然の方の願いが込められた名前」


「フロル=クロノス……さん」


 名をフロル=クロノス。どうやらクロノスと言う神が居るらしいが、基本的には無関係との事。

 然し気になるところがある。


「……フム、主……ちと変わった耳の形をしておるな」

「……!」


「…………」


 外套でよくは見えぬが、ツノか耳の位置に尖りが見える。

 フロル殿は黙り込み、ヴェネレ殿が反応を示した。


「その位置に耳があるのって……貴女まさか……“エルフ族”……!?」

「えるふ?」


 書物に書き記されていたような気はするの。

 確か自然を愛し、美しき容姿を持つ種族と。魔法を人間よりも巧みに扱い、かなり長く生きるらしい。


「そう。私は誇り高きエルフ族。そんな私がわざわざアナタに会いに来てやったのだ」


「まさかのなのだ口調……!」

「何を申されておる」


 ヴェネレ殿の言葉はともかく、“アナタ”と一人のみを指し示しておるの。

 つまり拙者らのうちの誰か一人が狙いであり、その為に後を付けていたと考えるのが筋よの。


「して、狙いは誰ぞ? 先も警告したが、ヴェネレ殿らには指一本触れさせぬ」

「キエモン……」

「鬼右衛門……」


 敵意は見え隠れしている程度で、鋭くはない。

 然れど狙いを踏まえて前に出る。既に刀を抜ける体勢に入っていた。

 フロル殿は小さく笑って言葉を綴る。


「なら大丈夫。私の狙いはキエモンと呼ばれたアナタなのだから」

「……!」

「キエモンが……!?」

「させない……」


 なんと、お望みは拙者に御座ったか。

 これでは拙者が手を出せぬの。ヴェネレ殿とセレーネ殿のみを名指しして話していた。

 だが今度はお二人が前に出て拙者を庇う。立ち合いに女子おなごを巻き込むのは思うところもあるが、向こうも性別は同じ。逆に拙者の出る幕ではないのだろうか。


「戦闘は望みじゃない。言うなれば交渉かな。単刀直入に言うと、キエモン。アナタ森の国に来て」


「「……!」」


 森の国へ来いとの事。

 何が望みかは分からぬが、その済んだ瞳から嘘は窺えぬな。

 だが“来て”と言うのはどちらの意味合いか。


「その国に行くとして、一時的なものか永続的なものかどちらだ? 任務依頼と言う形なれば行かぬ事もない」


「本当にただ試したいだけだから後者かな。厳密に言えばマイマザーに会って貰うのが目的。魔力の無いと言う、世にも珍しいアナタにね」


「まいまざぁ?」

「お母さんを指し示す言葉だね。だけど魔力が無いだけでなぜ?」


 要するにフロル殿の母君に会って欲しいという事か。

 ヴェネレ殿が訊ね、彼女は更に言葉を綴った。


「魔力が無い人間なら“裏側”に居るのは知っている。けど、アナタの場合は特別。なぜなら魔法を使わず、ただ刃を振るだけで大規模な攻撃を起こせるからね」


「成る程の」

「確かに……気にしてなかったけど、魔力を使ってないのにあの攻撃が出来るんだもんね……」


 何処から情報が漏洩したかは分からぬが、拙者の素性をある程度は理解している様子。

 あくまでこの世界での素性くらいだが。

 

「さあ、返答をお願い。無理強いはしないし、争いは好まない。そして私はなるべく人に姿を見せたくない。YESかNOかだけで良いから」


「フム、別に拙者は行っても構わぬぞ。敵意が無いのは誠のようだからの」

「ちょ、キエモン……」

「案ずるな。何も戦に赴く訳でも無い。ただ単に話があるだけのようだ」


 拙者としては何の問題も無いが、ヴェネレ殿とセレーネ殿が些か不安気。

 それを見兼ね、フロル殿は彼女らにも視線を向けた。


「もし良ければ貴女方もどうぞ。そこまで大きな影響は無いですから」

「そ、そうかな。けど私がプライベートで行くのはそれはそれで問題があるような……」

「騎士の国“シャラン・トリュ・ウェーテ”の王女様。もちろん理解しています」

「アハハ……そうだよね。だからキエモンと違って畏まった態度になったみたい……」

「誇り高き我らエルフ。場を弁える事にも長けていますよ」


 フロル殿にヴェネレ殿らも誘われる。

 フム、一国の王が向かうのは問題ありそうだが、危険は無さそうな様子。後は本人の一存次第だの。


「そっか……うん。行ってみようかな。3日くらいは火の国への報告って名目で休みだし。あ、けど王女って知られると色々面倒だから完全なプライベートで内密にね」


「ええ、その辺は理解しております。そもそも、私達エルフも森の国“フォレス・サルトゥーヤ”出身ではありますが、滅多に表に出ませんから。気付いたら“エルフの森”が人間の縄張りになっていた……と言った感性です」


「そうなんだ……なんだか悲しいね。入り込まれて怒ったりしないの?」


「マザーの言い付けです。確かに自然が減っていたのは少し腹が立ちましたが、それによって争いを起こせば森が人間とエルフの血で汚れてしまいますからね。あまりに横暴な手段を取られなければ私達が住み処を変えるだけなのだ……っと、口癖が」


「アハハ……気にしないで良いよ。あまり畏まれるのも困るから。けど、寛大だね。荒らされている事実は変わらないのに」


「エルフが穏やかで争いを好まないのもあるけど、“フォレス・サルトゥーヤ”の人々も基本的に争い事を起こさないし、自分達の住み処でちゃんと自然を大事にしてくれてるからね。マザーも昔、今の王様に助けられたんだって」


「へえ」


 国に歴史あり。何もそれは争いだけではない。領地を広げる事をあまりよくは思わずとも、寛容且つ心優しき人々に触れたからこそ戦にならぬか。

 生き物を殺めるのを嫌う者や自然を大切にする者が生き物や野菜を食すように、生きる為に仕方無い事を攻め立てはせぬらしい。

 他の種族の事を考える善き種族だの。エルフとは。


「それじゃ、何事もなくアナタ達が来てくれると考えても?」

「構わぬ」

「うん、いいよ」

「右に同じ……」


 警戒したのは最初だけ。後は話が纏まった。

 嘘なればセレーネ殿が反応するだろう。それが無いのも考え、真に誠意を持って接している事が窺えられる。

 火の国の祭典。名残惜しいが、フロル殿の用事とやらの為に拙者らは森の国“フォレス・サルトゥーヤ”へと向かった。

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