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其の佰 巨蜘蛛・懸念

『…………』

「……」


 有無を言わずに巨蜘蛛が脚を振り下ろす。流石に蟲は鳴かぬか。

 それを刀にていなすように防ぎ、火花と共に逸れた。硬度はさながら鋼鉄の如し。地面を沈めると同時に砂塵が舞い上がり、拙者は飛び退いて間合いを置く。


『……』


 そこに向け、糸が放出。刃にてそれを切り裂き、拙者へ降り掛かる物は防ぐ。

 だがこの感覚。糸ですら鉄並みの硬度があるな。斬鉄の技術もあるので護れたが、巨蜘蛛と言うよりかは鉄蜘蛛に御座ろうか。


『…………!』

「……」


 次いで液体を吐き付け、掛かった先が溶解する。

 物を溶かす毒か。あれも防ごうと思えば防げるが、飛沫が散ってしまうの。掠っただけで大惨事よ。

 瞬時に蜘蛛は高速移動し、拙者の背後へと回り込む。速度も力もただ蜘蛛を大きくしただけでは御座らんな。当然の如く改造済みときた。


『…………』

「……」


 前二本の脚が振り下ろされ、片足を斬り飛ばす。飛んだ脚は落ち、大地を揺らした。

 八本のうちの一本。キリも無くなりそうだ。さっさと打ち仕留めるに限る。


『…………』

「……」


 先程とも違う毒が吐かれ、拙者は下がるように回避。蜘蛛は拙者が避けた場所を糸で塞ぎ、逃げ道を無くすのも忘れてないが、その糸は即座に断つ。

 再び加速し、図体に見合わぬ速度で巨脚が薙ぎ払われた。瞬刻の間を置かずに切り捨てる。


『…………』


 脚二本が斬られようと痛覚も何もない蟲は構わず仕掛ける。

 全方位を純白の糸にて埋め尽くし、さながら巨大な蜘蛛の巣が作られた。

 そこを自在に動き回り、拙者の死角から攻め立てる。まあ、死角なんぞ御座らんがな。


「……」


 一閃。巣を斬り払い、脇差しの小太刀も取り出す。

 周囲を振り払ったところで次から次へと巣は張り巡らされる。なればそれよりも速くに断てば良いだけ。

 鉄並みの硬度を誇る巣とて、斬れぬ事はない。通常なれば威力が低下し、好んで使わぬ二刀流だが今回のように回りの物を排除する役回りなれば重宝出来よう。


「いざ、参る」

『…………』


 先程までは相手の攻撃のみで拙者は防戦一方。故に仕掛け、回りの巣を断つ。

 蜘蛛の歩いた糸は全て把握した。即ちその場所はネバ付かず、くっ付く事も無いというもの。そこを駆け、糸から糸へと跳び回って蜘蛛が巣を張るよりも前に切り裂く。

 この柔軟性と強度。そこを足場に跳躍も可能となっていてやり易いの。

 瞬く間に巣を全壊。家となる場を壊すのは気が引けるが、此奴を倒さねば拙者が今の家に帰れないのだからな。悪く思うな。蜘蛛よ。


(……蟲の脳は頭に御座ろうか。分からぬ。全身を叩こう)


 跳び回りながら思案し、狙いを定める。

 両断すれば容易く沈める事も可能だろうが、召喚術師のサモン殿に悪い。あくまで意識を奪うだけ。蜘蛛が気絶するかは分からぬがな。


「……」

『……!』


 手始めに頭を打ち、即座に身を翻して残り六本の脚を叩く。

 次いで胴、胸と順を追って峰にて打撃を与えてく。

 蜘蛛の頭を足場に跳躍し、刀も小太刀も鞘に仕舞う。そのまま鞘を突き出し、最後に全身を打ち抜いてその巨体を打ち沈めた。


『……! ───』


「切り捨て……では御座らんな。何度かこの疑問に当たっておる。峰打ちで仕留めた場合の文句でも考えておこうかの。その方が格好も付く」


 蜘蛛は痙攣を起こし、動かなくなる。死んでは無かろう。拙者、気を遣える侍に御座る。

 そのままサモン殿の前へと歩み行き、口を開いた。


「これで良いか? 拙者は帰るとする」

「……っ。あの子をこうも簡単に……」

「簡単ではない。中々に強敵だった」

「一撃も食らわなかったのによく言えるね」


 これで約束は果たされた事に御座ろう。倒すとはつまり、相手を殺めるだけではない。

 その様な事を話していると丁度エルミス殿らも戻ってきた。


「キエモンさん……その子は?」

「見たところ敵対していたようですわね」

「魔物の数も増えてんなー。うへぇ、あの大きな蜘蛛……気持ち悪ぃ……」


 避難誘導を終えたか、元より人が居なかったか。そのいずれにせよ事が解決したのなら何より。

 然し、ペトラ殿の言葉には少し訂正が必要よ。


「ペトラ殿。蜘蛛は斯様な見た目をしておるが、蝿や蚊などの害虫を食ってくれる益虫だ。そう言ってやるでない」


「……!」


「はーい! 分かりましたキエモンさーん!」


 ペトラ殿が拙者の言葉に返す。それは良いのだが、サモン殿も反応を示したの。

 そのまま言葉を発する。


「あの子の事、益虫って……」

「む? そうであろう。蜘蛛は見た目によって損をしておるが、拙者は嫌いじゃ御座らんよ」


 はてさて、何かしらの気にでも障ったのだろうか。益虫……彼女自身が蟲と告げているのでその発言に問題は無さそうであるが。

 此処は謝罪を申した方が良いであろうか。


「気に障ったなら謝ろう。蟲扱いは嫌だったか?」

「違う。あの子は見たまんま蟲だから。けど、気持ち悪がらずに見てくれたのが……少し嬉しくて」

「フッ、そうであるか。ならば良かった」


 どうやら逆だったようだの。獣や蜘蛛への対応を見る限り、サモン殿はあれらを愛しておられる。

 国の方針か何かか、人とはあまり接さず自身の扱うものとしか話してなさそうだからの。それが気味悪がられるのはあまり良い気分ではなかろう。


「では、然らば御免。拙者らは国へ帰る。変異種の報告は……やはりするが、悪く思うな」


 頭を下げ、鞘を腰に納めてその場を離れる。エルミス殿らも戻ってきたからの。後はこのまま“シャラン・トリュ・ウェーテ”へと帰るのみよ。

 去り際にサモン殿が口を開く。


「貴方が最初に斬った魔物は失敗作。だから気にしないで。命令も何もなしにただ暴れ回って自分の欲望に生きる存在だった。アタシ達は無益な殺生をしたい訳じゃない。アタシの国では生物実験をしていて、時折失敗作が逃げ出すの。それについては迷惑掛ける」


「……フム」


 つまり、昨日ファベル殿らが打ち倒した三匹もその失敗作のようだ。

 曰く、サモン殿の国“スター・セイズ・ルーン”でも好んで殺生はしないようだからの。それについても悪く思っておる。此処に来た理由は回収と言ったところに御座ろう。

 然し変異種の根源は星の国か。生物実験とはあまりよろしくないの。


「勝手に生み出し、暴走したら殺めて止めるか。それについては同意出来んな。サモン殿」


「それはアタシも思ってる。だけど国の上層部は絶対。アタシを育ててくれた恩もある。非人道的でも生き物が可哀想でも国は裏切れない」


 それについては彼女も思うところあり。然し恩義があるのなら致し方無し。拙者もヴェネレ殿の為なれば人や動物を斬る悪鬼になり申す。

 人には事情があり、それに赤の他人が口出しするのも問題。それこそ傲慢よの。全て自分が正しいと思い込んでいる証拠だ。

 拙者はその様な存在では御座らん。所詮は人斬り、鬼が口出し出来る問題でもない。


「そうか。ならばこれ以上は何も言うまい。今後、また似たような任務依頼があれば容赦無く斬り捨てるぞ。サモン殿」


「それも仕方無い。だからなるべく国外には寄越さない」


 国の方でも、実験生物の失敗など他国へ見せる訳にもいかなかろう。要するに機密事項なのだからな。

 昨日も含め、今回現れた計四匹の獣。その在所は掴めた。自国の脅威になるかどうかはまだ分からぬが、仮に戦を目論んでいるなら星の国が最も注意すべき所だの。可能性としては一気に高まったと思える。


「最後に一つ聞きたい。主の国から逃げ出した獣はあれで全てか?」


「違う。生きていた4匹が逃亡。後に死体を確認している。残りは……厳密に言えば逃げ出した訳じゃないけど、何匹かの死体が国外に持ち出された。裏切り者の手で」


「……!」

「「「……!」」」


 エルミス殿らも反応を示した。会話には途中から入ったので概要は詳しく知らぬと思うが、拙者らには心当たりがある。

 複数匹の死体が国外に持ち出された。話からするにまだ捕らえられてもいないので御座ろう。

 そして偶然にも、拙者らは昨日さくじつ生き物の死体が動いただけの、様々な動物の特徴を有した存在を狩っておる。

 これは星の国にも関する問題のようだな。寧ろ後始末をしたいと言った面持ち。教えるだけ教えておこうか。


「どうしたの?」


「拙者らは火の国“フォーザ・ベアド・ブーク”にて斯様な存在を見ている。その国から直々の依頼で御座った。もしや、主の国の裏切り者は今現在そこに滞在しているのでは御座らんか?」


「……!」


 大きく動揺を見せる。それも当然か。

 国の裏切り者、即ち謀反むほん。当事者の関する国の者が動かぬ訳にもいかなかろう。


「……。分かった。上に伝えておく。それと……」

「……?」


 口を噤む。さて、何事か。

 何かを言いたげな様子。一瞬だけ迷いが見えたが、サモン殿は更に言葉を綴った。


「その国……変なところはなかった?」

「変なところ?」

「うん。国民達の様子とか国王の様子とか、本当に小さな事でも違和感がある事」

「フム、拙者らとて行ったのは昨日が初めてだからの。変と言えば国民全員が変だったが。王も祭りの為に国の重要な兵士を集める程にの」

「それは“フォーザ・ベアド・ブーク”の特徴。だから逆に変じゃない……けど」


 変なのは国民性。それもまた酷い言い様よの。否定はせぬが。

 だが、サモン殿の表情はそんなおちゃらけたモノでは無かった。


「──その国の王様。危ないかも」

「「「………っ」」」

「……」


 言葉と共に不穏な風が吹き抜け、エルミス殿らの息を飲む音を最後に辺りはシンと静まり返る。

 昨日の調査に今日の妖退治。いずれもいつも受けているような依頼であるが、どうやら思った以上に溝は深く、難航するものになりそうだ。

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