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導きの指輪を託されて  作者: 青井はる
9/14

           其の三

 星羅が市川へと指示してから少し経ち、現在エマたちがいる部屋には外からの怒号と明らかに銃声と思われる乾いた破裂音、そして時折爆発の音が伝わってくる。その明らかに戦闘が開始された様子にエマは星羅を問い詰めた。


「あの、セイラ⁉︎ なんで戦ってるの⁉︎ セイラはもう私のこと狙ってないんだし、誤解だったって伝えたんじゃないの⁉︎」

「あらエマ様、わたくしたちの力を持ってしても現実とは予想外の連続ですわ。現在わたくしたちは正統な導師の後継者であるエマ様を御守りしていますの。あちらが攻撃しなければ反撃いたしませんわ」

「何、どういうこと?」

「ステッラの裁きの星は導師の直属部隊と説明しましたのは覚えていまして? 導守どうしゅは確かに最強戦力ですが一人ですし、導師を御守りする時に手数が必要なこともあるでしょう。そういう時はわたくしたちがその役目を担いますの。今回はあちらがこちらの言い分を信じずに痺れを切らしたのか急に攻撃してきたのが発端ですし、わたくしたちに非はないですもの。悪いのはあちら、日本の警察ですわ」


 そう言いながら、星羅は耳につけたインカムから現場の連絡を聞いているのだろう。時折短く誰かに許可や指示を出していて、その表情はぴりりと引き締まり隙がない。

 星羅の話が正しければことの発端は警察側からの攻撃とのことだが、エマのように星羅たちの事情を知らずに誤解しているのは間違いないだろう。その状態で星羅たちがエマを隠す素振りを見せれば、間違いなく監禁やそれ以上の事態の可能性を考えるはずだ。暴力に訴えるのは良くないが、命を狙われていたエマが拐われた上に安否が不明なために焦りがあるのかもしれない。そうやって色々と事情は推察できるが、とにかくこのままでは拗れるばかりだ。

 当事者のはずなのに安全な場所で蚊帳の外のエマは、とにかく犠牲者が出ないようにこの騒動を早く収めようと働きかけることを決めた。


「いやいや、そもそもセイラが市川さんを使って私を誘拐したのが原因じゃない! しかも水崎さんを傷付けてたし、警察の人たちがそういう反応しちゃうのも仕方がないって……ねえ、お願い、こんな行き違いで誰にも怪我して欲しくないの!」

「……エマ様がそこまでおっしゃるのなら仕方がありませんわね。では今から音声を繋ぎますから、あちらの好戦的な方々に停戦を呼びかけていただけます?」


 星羅はエマへと新しいインカムを装着して、ボタンを押したりと何やら細々と準備をする。それらが終わったであろうことを目線で確認してから、エマは緊張の面持ちでマイクの通話ボタンを押して話しかけた。


「すみません、聞こえますか? 示ノ原エマです。警察の皆さん、私は無事です! ここの人たちは敵じゃないんです。お願いします、お互い攻撃するのは止めてください!」


 エマのマイクを通した音声は建物中に響き渡り、その声が聞こえたであろう両陣営はぴたりと争いを中止させた。先ほどまで部屋に届いていた不穏な音が止んだことに、エマは少しほっとする。これで止まらなければまず間違いなく多くの血を見る結果になっていただろう。


「ふふっ、ちゃんと止めたようですわ。あちらもエマ様の指示をきちんと守る最低限の頭はあるようですこと」

「セイラ、そういう言い方は駄目だよ……勘違いされちゃうって。えっと、すみません、色々と誤解があるので説明したいです。私とセイラ…明宮星羅さんのいる部屋に代表の人が来てもらえますか」


 エマがそう提案すると、現場のマイクの近くにいたであろう人物たちがざわめく音が聞こえる。そしてしばらくしてインカムに聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「示ノ原さん、本当に無事なの⁉︎ 脅されて言わされてない⁉︎」

「湯木さん……! はい、大丈夫です! 美味しい紅茶をもらってます!」

「良かったっ……!じゃあ今から縦内さんと――」


 湯木が話している最中に、エマたちがいる部屋の窓が轟音と共に吹っ飛び床へと叩きつけられる。反射的に甲高い叫び声を上げたエマは顔を守るように両腕で庇った。

 十センチメートルほどの厚みのある大きな窓ガラスはその衝撃で真っ白に見えるほど粉々にひび割れていたが、特殊な造りなのか破片は四散せずにいるために意外と被害は少ない。

 そんな事態を引き起こしたであろう元凶は、驚きのあまり椅子に座ったまま体を縮ませ声も出ないエマたちと違いその場に悠然と立っている。血塗れでぼろぼろの黒いスーツと高級そうな革靴を身につけた大柄な男は、足許にある吹っ飛ばされた窓ガラスに向けていた視線をエマたちの方へと動かす。その生命力溢れる深い緑の三白眼は、並の人物ならただ見られただけで萎縮してしまうほどに力強く鋭い。


「火急の用のため、夜分遅くに窓から失礼する。私が指輪を預けた方は――エマ様?」

「レ、レオナルド様⁉︎」


 窓ガラスをおそらく足蹴あしげにして吹っ飛ばし入室するという暴挙をなしたのは、意識が戻らず病院にいるはずのレオナルドその人だった。

 レオナルドはエマの姿を見て、状況が理解できないとでもいうように呆気に取られたように動きを止める。同じく驚いたエマがレオナルドとしばらく見つめ合っていると、一番早くに状況を把握し冷静になった星羅がやれやれといった様子でため息をついた。


「まあまあレオナルド様、窓からお入りになるのはさすがに無作法ではなくて?」

「……セイラ様、これは一体どういうことだろうか。何故エマ様が貴女の側に? 私の探し人とエマ様の二人を貴女が手中に収めているということだろうか」

「いやですわ、レオナルド様ったらまだ指輪が馴染んでいませんの? エマ様の右手をご覧くださいませ」


 詰問をさらりと流し、星羅はレオナルドに状況を伝えるためにアドバイスをする。言われるがままに視線をエマの右手へと移したレオナルドは、その人差し指にある青銀せいぎんの輝きを見て自分が大きな勘違いをしていたことに気が付いた。


「これは……! ではあの時の女性が……!」

「あの、レオナルド様……ごめんなさい!」


 レオナルドが目を丸くし固まっていると、切迫詰まった様子のエマが突然椅子から立ち上がり大声で謝罪を始めるではないか。その勢いに呑まれたレオナルドは驚いた様子で無言のまま目を瞬かせた。


「私が早く家に帰らなきゃいけないことを忘れちゃって、そのせいでレオナルド様が迎えに来ようとして撃たれちゃって……謝って済むことじゃないけど、本当にごめんなさい! それから、襲われそうなところを助けてくれてありがとうございます。あんなに大怪我だったのに、私のことを私だって気付いていなかったのに助けてくれて、本当にありがとうございます! レオナルド様のおかげで私、生きてます!」


 本当ならもっと言葉をつくし誠意が伝わるようにしたいのに、エマの口から出る言葉はありふれた言葉の羅列でしかなかった。しかしエマの必死な声が、表情が、眼差しが、そして態度が、何よりもレオナルドの心を打つ。エマが伝えたかった心からの謝罪と感謝の気持ちは、望み通りレオナルドへと正しく届いたのだ。

 レオナルドは力強いその眼差しをかすかに和らげ、エマと目線を合わせるように片膝をついた。


「……エマ様、私こそ貴女様のことを御守りできて光栄です」


 その万感の思いがこもった声は、エマのことを一欠片も責めてはいなかった。レオナルドの落ち着いた優しい声を聞いて、どこかずっと張り詰めてものが解れたエマの目が潤む。


「略式ではありますが、今ここで宣誓の儀を行います。――神に賜りしこの赤き超越の力をもって、尊きその御身を塵と消えゆくまで御守りすることをここに誓います。……私はエマ様の盾であり剣です。この身の力で解決できることでしたら、どんな困難な命令でもこなしてみせます。どうかエマ様の導きのままにお使いください」


 エマの右手をうやうやしく両手で取り、人差し指にある導きの指輪を額に当て、レオナルドは古に定められた宣誓をする。窓が吹っ飛ばされたその部屋に、ジャージ姿のエマとぼろぼろのスーツのレオナルドという、締まらないこの状況でもそれはたしかに神聖で厳かな儀式だった。

 レオナルドはエマの右手をそっと離すと立ち上がり、二人の様子を静かに見守っていた星羅へと温度の感じられない目線を向ける。


「ところでエマ様、セイラ様とは一体どうやって和解されたのでしょうか。この方はそう簡単に立場を変えるような人物ではないのですが」

「えーっと、話してたらお互いに勘違いに気付いた感じ……です? 大率師だいそつしになって私を支えてくれるって約束してくれました」

「そういうことですの。これから長いお付き合いになりますがどうぞよろしくお願いいたしますわ、新しき導守どうしゅレオナルド。ところであなたが破壊された窓ガラス、特別製の防弾ガラスでしたの。まさかガラスフレームを的確に足蹴にすることで窓ガラスを自体を破らず押し入るなんて想定外ですわ……費用はあなた個人に請求してよろしくて?」

「……大率師として正式に任命されたなら、こちらこそよろしく頼もう。エマ様を支える有用な人物は多ければ多いほどいい。費用は私に請求していただいて結構、急いでいたために無作法をしてしまい申し訳ない」

「あのー……二人とも、できれば仲良く……お願いしますね?」


 どこか緊張感の漂う二人のやり取りに気圧されたエマは、遠慮がちにそう言うだけにとどめる。エマの頼りない取りなしにより二人は自然に視線を外し、それでようやく部屋の中に平穏が訪れた。

 ほっと胸を撫で下ろしたエマは、ふと何かを忘れているような気がして頭をひねる。その答えは部屋の外から聞こえてくる大勢の慌ただしい足音により示された。星羅は心得たように立ち上がりエマの斜め後ろに控え、レオナルドは機敏な動きでエマを背後に庇い、厳しい視線を扉の方へと向ける。


「示ノ原さん! 無事⁉︎」

「湯木さん、大丈――」


 勢いよく扉を開き突入してきた、武装した警察官たちの中にいた湯木の問いかけにエマは応えようとして――急に頭に浮かんだ鮮明な赤のイメージに、体が突き動かされる。


「魔女めっ! 星の裁きを受けろ!」

「――駄目っ!」


 怨みのこもった怒声と、銃声。それに反応し、背後にいるはずのエマを伏せさせようとレオナルドが体を反転させた時には、全てが遅かった。


「……エマ、さま……? うそ、なんで、エマ様っ! エマ様⁉︎」


 銃声の直前に安全なレオナルドの背後から飛び出し、自分よりも大きな体の星羅を全力で突き飛ばしたエマは、上半身を星羅の脚の上へと力なく横たえている。星羅の必死の呼びかけにエマが応えることはなく、その華奢な背中に空いた穴からは命の源である真っ赤な鮮血がどくどくと流れ出していた。

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