終章
湯木が退室してからそれほど経たない内に、エマのいる病室の扉を誰かがノックする音がする。
「ごめんなさい、今入ってもいいかしら」
扉の外から聞こえた少ししわがれた女性の声に、レオナルドは慌てた様子でエマの耳元で「ミヤコ様です」と囁いた。ミヤコの突然の来訪に驚くが待たせるわけにもいかず、エマは緊張したまま返事をする。
「……はい、どうぞ」
エマの声を聞き、静かに扉を開けて入って来たのはしゃんと背筋の伸びた上品な老女――前導師であるミヤコ、その人だった。ただし服装は導師の正装である礼服ではない。春らしい淡い水色のノーカラーのジャケットに、同じ色の膝下まであるスカート、そしてローヒールのパンプス……素材が上質であるだろうことは伺えるが、どこから見てもお金持ちそうなお婆さんにしか見えないだろう。
導師のトレードマークである冠を被っていないために、その見事な白髪が丁寧に結われているのが良く見えた。白髪があらわになっているだけで、テレビや写真で見るよりもぐっと年老いて見える。もう九十歳であることを考えれば当然の容姿なのだが、何十年も導師として生きてきた歴史を感じどことなく圧倒されてしまう。
「初めてまして導師エマ。私はミヤコ……前導師であり、あなたの曾祖母です」
「は、初めましてミヤコ様!」
「ミヤコ様なんて言わなくていいわ。曾お婆ちゃんでもミヤコお婆ちゃんでも、普通に呼んで話していいの。私はもう、御役目を終えた只人ですから。そのままベッドで楽にしていてちょうだい」
そう言って茶目っ気に溢れた笑顔を見せるミヤコに、エマはほっとすることができた。
ミヤコが堅苦しくすることを望んでいないのなら、エマとしても異存はないので遠慮なく曾孫として振る舞うことにする。ベッドから出るべきかと悩んでいたが、ありがたくそのまの状態で話を続けた。
「……じゃあ、ミヤコお婆ちゃん?」
「はい、ミヤコお婆ちゃんですよ。……エマ、ここに来たのは他でもない。前導師として謝らなくてはならないことがあるのです」
「それって、もしかして儀式の内容が外れたこと?」
「ええ……私の示した未来と大きなズレが起こり、あなたを危険な目に合わせました。そして導守レオナルド、あなたも……八千代の動きに気付かず怪我をさせてしまいました。二人とも、本当に済みませんでした」
「ううん、ミヤコお婆ちゃんのせいじゃない。多分、私が……ちょっと色々あって考え方が急に大きく変わったのが原因だと思うから。だから、私のせいなんだと思う」
「私の怪我は私の未熟さが招いたことですので、ミヤコ様が謝罪される必要はありません」
ミヤコの謝罪を、エマともレオナルドもそう言って否定した。その言葉に嘘はなく、エマもレオナルドもミヤコに対して恨めしく思う気持ちはどこにもない。その言葉を聞いたミヤコは、二人の顔を静かに眺めてからゆっくりと頷いた。
「そう……ならばこの件はここまでにしましょう。ところでエマ、先ほど考え方が大きく変わったと言いましたね。少し顔を近くで見せてちょうだい」
「え、はい……」
「……そうね、確かに今までと違う。たった数日でこれほど顔付きが変わるのでしたら、それは確かに大きな変化だったのでしょう」
「え、顔付き変わってるの⁉︎」
「普通の人には分からないでしょうね。顔付きといっても雰囲気やオーラと言った方が正しいかしら。今までのあなたのどこか足が地についていない頼りなさげだった感じが、一気に十年以上歳を取ってしっかりと安定したような……そして目に意志が宿っています。良い出会いに恵まれ、ずいぶんと成長しましたね」
(うわ、ドンピシャすぎる! 本当に力がもうないの⁉︎)
前世の記憶を思い出して一気に精神年齢が上がったことを見抜かれたようなその鋭い指摘に、エマはどきりとする。
導きの指輪を外したミヤコにはすでに勘の良さが失われているはずなのに、エマの怒涛の一日による心境の変化すら見透かしたような物言いは現役の導師のようだ。
「そんなこと分かるんだ……でも、もう直感とかはないんでしょう?」
「ええ、全く。これは何十年も導師として働き、多くの人を見たことで得た感覚ですから。遺伝によるものではなく私自身の力です。あなたも同じくらい導師として生きれば身に付くでしょう」
「私はミヤコお婆ちゃんみたいに何十年も導師ができるくらいの力を持ってるの?」
「そうですよ。あなたは私と同じように、寿命が来るまで導きの儀式を正確に行うことができるだけの力があります。そしてその力の大きさこそ、私がセイラではなくあなたを導師の後継者に選んだ理由です」
気になっていた自分が後継者として選ばれた理由に、エマは驚いた。
確かに異常な勘の良さだと思ってはいたが、歴代導師の中でも飛び抜けて力が強いミヤコと同等だと言われるほどだとはさすがに想定外である。寿命が来るまで導きの儀式が問題なく行えるのなら、健康にさえ気をつければ生涯現役で導師としてあることも可能だろう。
「すでに知っているかもしれませんが、現在導師になれるだけの力を持つ血族は極めて少数です。そしてそのほとんどがすでに高齢で、残りもあなたとセイラの二人以外は十年以上儀式をすることができないほどの力しか持ち得ていません。セイラも持って三十年というところでしょう。今は『狭間の時代』――大昔より幾度も訪れた、導師となれる人物が過度に少なく後継者選びが困難な時期なのです。ここで後継者選びを間違えれば、最悪の場合導師不在の空白時期が生まれてしまいます。そしてそれは世界の混乱と同義……ことは慎重に行わなければなりません」
ミヤコは詳しい説明を避けたが、この狭間の時代の後継者選びを失敗したことにより、導師が十年不在の時代が過去に一度だけ存在しているのだ。今から百年と少し前、ミヤコが産まれる前に起こったその空白の十年は今では『暗黒の十年』と呼ばれている。導師不在による天災の被害や、世界各国の混乱、そして人々の不安が原因で始まってしまったこの世界にとって初めてとなる世界規模の大戦争――聖地もあるステッラや島国の日本は直接関わることがなかったが、ミヤコの前代の導師が就任するまでの間に世界は驚くほどに荒れてしまったのだ。
ミヤコの前代が世界の混乱をなんとか収め、ミヤコがその長い治世で元通り以上に繁栄させたのが今の世界である。ミヤコが後継者選びに強い力の持ち主を選ぶのも当然だろう。
「後継者を選ぶにあたり、八千代ではないもう一人の娘――あなたの祖母の血筋から有力な人物が生まれるように感じたので、ステッラから日本へと秘密裏に匿いました。そうして何十年も経ち、後継者を選ぶのに最善な時期に生まれたのがあなたとセイラの二人なのです。そしてエマ、あなたには私に匹敵する力が備わっていることが分かりました。狭間の時代はおそらく後五十年以上続きますので、できるだけ長い期間就任できる強い力の持ち主が望ましい。ですから私はあなたを後継者に選びました……十八年前の、あなたが産まれたその日に。ですが困ったことに、あなたは大きな『揺らぎ』が非常に起こりやすい子でした」
「揺らぎ?」
(揺らぎって、なんか聞くからにあまり良くなさそうなイメージなんだけど……)
「揺らぎとは、導師の導きにより本来起こるはずのないことが起こってしまうことです。日本には『風が吹けば桶屋が儲かる』という言葉があるでしょう。それと同じように、導きの儀式で予知することが原因で意外なところに影響が出ることがあるのです。あなたは不思議なことに、毎年あなたの誕生日に儀式を行うたびに大きく違う未来を示しました。あなたの良き未来も、悪い未来も、何度も私は示してきました。そして先月の十八歳の誕生日に示したあなたの未来は……セイラの手勢に襲われて導師就任前に死ぬ未来でした」
エマの想像通り、揺らぎという現象は導師にとって天敵とも呼べる存在だろう。
導師がより良い未来に導こうと儀式を行い、起こるはずの事象を回避しようとする度にそれまでは観測されていない新しい事象が発生する……つまり一種のタイムパラドックスである。そして発生した新しい事象が世界にとっての害である可能性もあるのだ。しかも新しい事象の全てを儀式で確認することは不可能であるので、気が付かないままに見過ごされることも多いだろう。
(でも待って、ミヤコお婆ちゃんは私の良い未来と悪い未来の二種類を見たって言ったよね? セイラの話を考えると悪い未来っていうのが多分記憶が戻る前の私が辿る未来? だとしたら良い未来ってもしかして、記憶を思い出した私の未来ってこと?)
前世の記憶を、エマが思い出すのか出さないのか。それによりエマの未来は大きく変わったのは間違いない。ミヤコの儀式の結果が前世の記憶を思い出したエマの未来を示すことがあったとすれば、それはそれまでの予知との大きな違い――つまり揺らぎが起こったと認識されただろう。
(今まで儀式で何度か記憶が戻った私の未来を予知することができたってことは……私が記憶を思い出す可能性が今までにもあったんだ。まあ階段はいろんな場所にあるから、学校以外でうっかり転がり落ちる可能性もあったよね。じゃあその記憶が戻るかもしれない機会こそが、揺らぎで何度もなくなってしまっていたと……あれ、じゃあミヤコお婆ちゃんが予知を外した原因は私じゃないってこと?)
ここにきて、エマは自分の今までの推理が少しばかり外れていたことをようやく理解できた。
今までエマはミヤコの予知が外れたのは『前世の記憶を思い出したエマの未来を予知することが不可能だった』からだと考えていた。しかしその前提が覆されたのなら話は変わる。
おそらくレオナルドがステッラを出る間近のタイミングで普通に儀式をすれば、エマが経験したこの濃密な一日の内容を予知することは可能だったのだろう。しかしミヤコにはそれができなかった。つまりその時期に儀式すら行っていなかった、もしくは特定の状況――エマが暗殺されるという未来――を指定した予知ばかりをあえてしていたということなのだ。
これは『導きの儀式は融通が利かない』という弱点が、最悪のタイミングで効果を発揮してしまったといえるだろう。最初から『エマが暗殺される』という未来だけを指定して儀式をしているために、すでに揺らぎが起こり『エマが暗殺される』という未来自体がすでなくなっているという事実に最後まで気が付けなかったのだ。
つまり、先ほどミヤコがした謝罪は正しかったことになる。ミヤコが儀式内容の選択を間違ったために間違った予知がなされ、その結果エマは危険な目にあった。勿論エマが別の行動を取っていれば回避できた被害もあっただろう。しかしミヤコが儀式で問いかける内容を見誤らなければ、その全てに対応する作戦を練ることも十分に可能だったのだ。
長年導師として儀式を行なっていたミヤコにとって、これはそうそうないレベルのミスだろう。しかしそれも大事な後継者であるエマの命がかかっており、なおかつ時間に余裕がなかったために起こってしまった悲劇といえる。
条件さえ整えば絶対的な予知の力があったとしても、使う人間が完璧な存在ではないためにこういう事態を完全に排除するのは不可能なのだろう。
「セイラは決して愚かではありませんし、権力目当てに導師になりたいと願うような浅慮な人物でもありません。そのセイラがあなたをあえて殺すのならば、あの子なりに正当な理由があったのでしょう――そう例えば、あなたが導師になったことで世界に大きな混乱が訪れると直感した、といった風に。私も儀式で何度も似たような結果を示したことがありましたから、理由を察するのは簡単でした」
(セイラの話でそんな気はしていたけど、ミヤコお婆ちゃんの儀式でその結果が何度も出てたなら間違いない。私が記憶を思い出さないまま導師になってたら、多分相当大変なことになってたんだろうな。……別に悪い人間ではじゃなかったと思うけど、良くも悪くも勘に頼り切りで自分の意志が弱かったんだよね。でもってそれが導師としては致命傷だったと。私も、そうならないように肝に銘じておかなきゃ)
冷静に以前の自分を分析すると、エマは複雑な気持ちになりながら自らを戒めた。導師の役目が大変なのは理解できるが、少し意志が弱いだけで世界レベルの問題に繋がるとなればそうそう気を抜くわけにはいけないだろう。
「ただセイラは、あなたが特別揺らぎやすい子だと知りません。あなたはつい数日前までこの世界の中で特別不安定で、世界の枠組みから外れたような不思議な存在でした。何故かは分かりませんが、何かの拍子に急に真逆へと未来が変わる可能性を常に秘めていたのです。なのでセイラが感じた未来が訪れるかどうかも、私にすら本当のところは分かりませんでした。しかしあなたが死に、セイラが導師になれば間違いなく導師不在の空白時期が生まれてしまいます。ですからあなたをセイラから守り、急いで導師に就任させる必要があった……正式に導師となれば流石にセイラは手が出せなくなりますからね。しかしここであなたの存在を秘匿していたことが裏目に出たのです。導師の座を狙う野心のある人物たちから匿うためにあなたの存在を伏せていましたが、そのせいで今回大々的に守ることができなくなってしまいました。そして本来ステッラの裁きの星が私の手勢として使えたはずが、裁師のセイラが反旗を翻し実働部隊を連れて行ったたためにそれも叶わない。日本政府に要請するには問題も多い。結局日本星賓館の人員及び日本の裁きの星を動員しましたが、やはり距離がありますから指示もかなり難しかったですね。セイラは優秀で本当に強敵でしたから」
こう聞くと、ミヤコたちの陣営がかなり苦心しただろうことが良く分かる。
結果としてエマはギリギリのタイミングで記憶を思い出し、そして運良く最悪の事態を避けてたことになるのだからまだいいだろう。レオナルドや水崎、そして多くの警察官とエマが負傷したが結果として誰も死なず、重症者はいないのだ。
しかし日本星賓館や日本の裁きの星の人員は混乱し、結果として大勢の人間が迷走することになった。頼みの綱であるミヤコは指輪を外し力を全て失っており、新たに儀式を行うことも直感で何かを察することもできない。そんな状態で八千代の乱入により重大な被害まで出てしまったのだ。ミヤコの導きに従うことに慣れ切っていた全員が、予想もできず刻一刻と変わる状況に振り回されたことだろう。
「レオナルドを送るギリギリまで儀式を行い、セイラの計画を先読みして回避できるように準備はしていました。それがまさか八千代までこの騒ぎに乗じ、手勢を使って指輪を奪おうとレオナルドを襲うなど……完全に盲点でした。八千代は、導師になれるだけの力を持っていないのです。何十年も前に本人に聞かれたので直接そう伝えました。それなのに、何があの子をそう駆り立てたのか……」
「八千代さんは、もう捕まったんですよね……」
「ええ……後日ステッラへと引き渡され、罰を受けることになるでしょう。導守の命を狙った重罪は、私の子供とはいえ逃れることはできません……極刑は免れるでしょうが、おそらく死ぬまでの一生を牢獄で過ごすことになるでしょう」
まさか指輪を狙っていた八千代が資格を持ってすらいなかったとは思わず、エマは困惑するしかない。
しかし星羅が八千代や自身の母親に対して「愚か」や「見苦しい」と言っていたのはこういう原因があったのだろう。エマにしてみればそこまで執着するほどに良い立場ではないと思うのだが、それも持つ者ゆえの余裕というものなのだろうか。
牢獄にて、八千代は何を思うのだろうか。エマがそれを知ることはおそらく一生ないのだろう。
「エマ、あなたは変わりました。もう感じることができない私でも分かるくらいに、今のあなたにはこれまでにない安定感があります。私が知っている悪い未来は、今のあなたならきっと起きることはないでしょう。おそらくセイラもそれを感じて、あなたを害することを止めたのだと思います。私にはあなたの行先を導くことはできませんが、導師としてあなたに必要なことを全て伝えることはできます。短い間ですが、しっかりと学んでください」
ミヤコの言葉に、エマはしっかりと頷き応える。導師のイロハどころか導きの星教についてもあまり詳しくないエマにとって、それは願ってもない話だ。明るい未来のためにも、ここで学ぶことを疎かにするのは許されない。
エマの表情を満足そうに眺めたミヤコは、病室に備えられている時計を見て「あら」と一声漏らした。
「残念だけど、そろそろ戻らないと。後一時間もすればあなたを迎え入れるための準備を始めなくてはいけませんからね。私がいなければ大率師たちに小言を言われてしまいます」
「え、もう⁉︎ でも一時間って、ステッラは飛行機で何時間もかかるから今からじゃ間に合わないんじゃないの?」
「ああ、あなたはまだ知りませんでしたね。各国の星賓館にはステッラとを繋ぐ『星の径』があるのですよ。分かりやすくいえばワープ装置かしら?」
「へっ⁉︎」
ミヤコの口から急に飛び出してきたまさかのSF要素を含む単語に、エマは素っ頓狂な声を上げてしまう。
「神がまだ御存命だったころ、世界各地を移動するために造ったそうです。その存在も使用方法も限られた者しか知りませんが、あなたも後で教わるでしょう」
「ワープ装置って、そんなオーバーテクノロジー……宇宙から隕石と一緒に来た神様ってもしかしてすごく発展した文明の宇宙人? ……あ、もしかして大昔から世界中に導きの星教が広まったのって⁉︎」
「神が宇宙人なのかは分かりませんが、世界中に命師が布教しに行けたのは間違いなく星の径を使ったからでしょうね。そして星の径を隠すように教会を建造し、今ではその内の半数以上が星賓館へとさらに姿を変えています。現代では出入国が監視されるので大々的に使うことはできませんから、基本的に緊急時以外に使うことはありません」
最後の最後で出てきた特大の爆弾に、エマは呆然とするしかない。
(神様がオーバーテクノロジーを操る宇宙人だったとしたら、もしかして私たちの持つ力って宇宙人に遺伝子操作されたとかそういうやつ⁉︎ じゃあ指輪も魔法的な超常の力とかじゃなくてもしかしたらナノマシンとかそういう系の……うわー、そう考えると超越の指輪の効果とかすごくしっくりくるかも)
「そもそも私たちの祖先である尊き女がこの力を神に授かったのは、命がつきかけている神をたった一人で五日間献身的に看病したからです。その献身に感謝した神が、最後の力をふりしぼり様々なものを贈ってくださいました。力も、指輪も、星の径も、そしてその他の多くの道具も。その全ては尊き女と、その女の子孫が末永く繁栄するために……本来ならただそれだけのものでした。それを過去の指輪の継承者が、自分たちだけではなくその力をより多くの人のために――つまり世界中を導き繁栄させるために使いたいと願い、それをなすために生まれたのが導きの星教なのです。歴代の導師はその志を継いで、今も務めを果たしています。でも滅私奉公する必要はないですし、時々お忍びで星の径を使うくらい構わないでしょう? あなたも導師としてだけでなく、ただのエマとしても幸せになれるように楽しみなさい」
ミヤコはまだ目を白黒させているエマの様子を面白そうに見ると「では、ステッラで会うことを楽しみにしています。できるだけ早く帰って来るのですよ」と言い、悪戯が成功した子供のような笑顔を浮かべながらさっさと扉を開けて出て行ってしまった。
ミヤコは長年導師を務めるだけあって、ただ優しく威厳があるだけではなくとてもしたたかな人なのだろう。ステッラに行けばエマはミヤコにこの調子で翻弄され面白がられるのだろうか――しかしやられっぱなしは少しだけ悔しく感じる。一度くらいはミヤコをぎゃふんと言わせてみたいという妙なやる気すら湧いてきた。これがミヤコの狙いだとしたら大したものである。
しかしそれにしても、この数日で自分のアイデンティティーが揺るがされる新事実がまたも発覚するとは、さすがのエマでも思いもしなかった。次から次へと自分に新しい設定が付与されて、少し食傷気味なくらいである。
「ねえレオ、もしも自分が――神様の力によって色々いじられた人造……ううん、神造人間だったとしたらどうする?」
色々と考えすぎて少しだけ疲れた様子のエマがぽつりと零した呟きに、レオナルドは不思議そうな顔をする。
「どうといいましても……私は導守としてエマ様を御守りするという役目を全うするだけです。別に私の体がどうであろうとそれは変わりません。あえて言うとするならば、エマ様を御守りするために有効な能力があれば嬉しく思います」
「そっかー……レオはぶれないね」
「面白味のある答えでなく申しわけありません」
「謝らなくていいよ。レオはそれでいいの……ずっと、そのままでいて欲しい。さてと……レオの言う通り、私がなんだとしても私は私だし、やることも変わらないんだから悩むだけ時間の無駄ってことかな。よーし、ステッラに行ったら絶対ぎゃふんと言わせるぞーっ!」
両手を挙げて伸びをしながら、エマは新しい目標を胸に抱き声を上げる。いまいち状況を把握できずにその緑の瞳を瞬かせるレオナルドを尻目に、エマはステッラへ移動するための段取りについて考え出した。
これから先は本当に未知数で、エマ自身が切り拓いていくしかない。いくら導きの儀式によって未来を予知したとしても、迷い悩むことが何度もあるだろう。その度に、エマはこの美しい緑の瞳を道標に進むのだろう。そのエマだけの導きの輝きを頼りに、導師としてエマの指先は世界中を導くために最善を指し示すのだ。
―― 導きの星教三百十五代導師エマのその長い治世において、その功績は数え切れない。歴代の導師たちと同じく天災や人災の被害を最小限に抑えることは勿論だが、世界に争いが起こらないように国同士の調停には特別力を入れて活動をしたという記録も多く残っている。平和を愛し、人を愛し、世界を愛したその慈愛の深さは人々の知ることとなり『仁愛の御方』との呼び名でも広く親しまれた。そしてその側には、いつも導守レオナルドの姿があったという。死の直前まで導師と導守としてあり続けた二人の姿は、その後継者たちが目指す理想として後世に語り継がれている――。
これにて完結となります。最後までお読みいただきありがとうございました。
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