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導きの指輪を託されて  作者: 青井はる
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第五章《対話》    其の一

「……あれ?」


 ふと目が覚めると、エマは知らない部屋で寝ていた。カーテン越しに窓から明るい光が差し込んでいるところを見るに、昼前後の時間だろう。ただ、部屋の内装から病院の個室であろうこの場所に何故自分が寝ていたのかが分からない。

 起き抜けで働かない頭を使い、エマはなんとか記憶を辿ろうとしてみる。


(ええっと……確か、前世の記憶が戻って……あ、それは昨日、いやもう一昨日? とにかくそれで、私は命を狙われて……そうだ、レオナルド様に助けてもらったんだ。それから指輪を――)


 そこまで思い出し、エマは自分の右人差し指を見る。そこに青銀せいぎんの指輪がはまっていることを確認して、あまりにも濃密な一日についての記憶を思い出した。


(警視庁で導きの儀式をして、市川さんに拐われて、セイラと会って……警察の人たちが私を助けようとしてセイラの部下と戦うし、レオナルド様は窓からダイナミックにお邪魔しますってしてきたんだっけ。それで……そうだ。セイラが撃たれるって分かって助けようとしたんだ)


 改めて思い返しても、詰め込むには少し無理があるくらいにはボリュームがある一日だったといえるだろう。そしてこんなにも事態が複雑になった原因は、エマが前世の記憶を突然思い出してしまったということなのだ。ただしエマが前世を思い出さなかった場合は星羅が直感した通りに後々別の問題が起こった可能性が高く、そしてそう考えるとミヤコが何故エマを後継者に選んだのかという疑問が残る。エマではなく星羅が導師になっていた場合に、エマが導師になった時以上の問題が起こるというのだろうか。

 しばらく考えててみたが答えが出るわけもなく、エマは諦めてぐっと体を伸ばし別のことに頭を切り替えることにする。


(そういえば私、星羅を助けようとした時すごく熱くて苦しかった気がするんだけど、私が代わりに撃たれた? でも今全然痛くないよね?)


 すっかり忘れていた意識を失う前の記憶を思い出し、改めて上体を起こして自分の体の状態について確認をしてみる。病衣を着ているが点滴をしているわけでもなく、ぺたぺたと体のあちこちを触って確認してみても擦り剥き抉れた掌と膝以外にどこにも違和感はない。


「やっぱり怪我、ないよね? じゃああれは夢? そんなことはないと思うんだけど……」

「私の体の一部を移植し傷口を塞ぎました」


 エマが驚き顔を上げれば、仕切りのカーテンの向こう側にいたであろうレオナルドが「失礼いたします」と声をかけてからカーテンをゆっくりと開ける。

 レオナルドは血塗れでぼろぼろだったスーツではなく、新しいダークネイビーのスーツを着ていた。黒だとあまりにも『その筋の大物』っぽい雰囲気が醸し出されていたが、こちらを着ることで少し威圧感が薄れたような気がする……とはいえ、その鋭い眼光と鍛え抜かれた体の迫力は相変わらずなので、あくまで少しではあるが。

 レオナルドはエマの様子を見て、少し安心したように厳しい目付きをほんのりと和らげた。


「レオナルド様!」

「エマ様、ご無事で何よりです。どこか違和感はありませんか?」

「大丈夫です。あの、移植って、私手術したんですか? レオナルド様は大丈夫なんですか?」

「いえ、手術ではありません……移植するといってもそれほど大がかりなものはありませんので。ただそれにより、超越の指輪の回復力がエマ様のお体で発揮され傷口は完全に塞がりました。詳しい原理は私にも分かりませんので、これ以上はあまり話せることがありません」

「そうなんですか……」


 分からないと言われればエマもこれ以上聞けることはない。一体どんな移植方法だったのかは気になるが、きっと指輪の不思議な力で上手い具合になんとかなったのだろう。エマは指輪の力に関して、もうよっぽどのことでなければ驚かない気がする。

 エマが消化不良ながらも納得していると、レオナルドは少し言いにくそうに口を開いた。


「……その、エマ様。私のことを様付けでお呼びするのはどうかおやめください。口調も丁寧にされる必要はありません」

「え、あー……そうですよね、セイラもそう言ってました……言ってた。じゃあレオナルドさんでいいで……かな?」

「どうかレオナルドと。長ければレオでも勿論構いません」

「レオナルド、レオ……じゃあ、お言葉に甘えてレオ、で」

「ありがとうございます」


 前世の自分よりも年上であろう、しかもかなり迫力のある人物を呼び捨てにするというのは少し戸惑うが割り切るしかない。ステッラに行けばおそらくもっと年上の、それこそ国の重鎮といった老齢の人物にかしずかれることになるだろう。その度に戸惑っていては導師の仕事どころではないのだ。


(レオは前世の年齢も足せばきっと私の方が年上なんだし、そう思えばまだやりやすいよね)


 エマはそう無理矢理自分を納得させて、レオナルドへと気になっていたことを質問する。


「ええっと、レオ。私の傷が治ったのは分かったんだけど、セイラは無事?」

「はい、元気に昨日さくじつの後片付けを行なっています。きっとお分かりだと思いますが、エマ様は本来あのようなことをしてはなりません。同じようなことがあれば、私はエマ様を全力でお止めします」

「うん、ごめんなさい……もうしないように気を付ける」

「そうしてくださると助かります。ちなみにこの件に関してはセイラ様がエマ様に物申したいと息巻いていましたので、後でどうかお付き合いください」

「そっかー……セイラが。あの、レオ。ちなみに助け船を出してくれたりって……」

「……良薬は口に苦しと言いますので」

「はい、大人しくお説教を受けます……ふはっ」


 あの美女が怒りを滲ませながら滔々《とうとう》と説教をする姿を想像すると、背筋がぞっとするのも仕方がないだろう。一部の人間ならご褒美だと逆に喜ぶだろうが、エマは真っ当な感性の持ち主なのでただただ怖いだけだ。今回は導師という役目を軽んじてしまった全面的にエマが悪いが、それでも助けた相手にこってりと絞られるというのは少しだけ理不尽だと思っても許されるだろう。

 そう考えたら不思議と口元が緩み、そのままくつくつと笑い出してしまう。急に笑い出したエマを不思議そうにきょとんとレオナルドが見つめるのが余計に面白かった。


「ごめっ、ごめんなさいっ。笑っちゃいけないんだけど、なんだかおかしくなっちゃって。あんな事件に巻き込まれて、命を狙われてた相手に心配されて説教されるなんて、人生何が起こるか分からないなって……。レオも、きっと指輪を返したらもう会うこともないんだろうなって思ってたから。こんなこと、数日前には思いもしなかったな」

「私は……エマ様にお会いすることをこの十八年間待ち望んでいました。そのためにできる限りのことをこなし、励んできたと自負しています。しかし昨日は何度も失態を犯し、我が身の未熟さに恥じ入るばかりです。このようなありさまでお仕えすることを、どうかお許しください」

「そんな、謝らなくても」

「いいえ、私は謝罪しなければなりません。こんなにも未熟で不甲斐ない自分が、どうあっても導守どうしゅの座を後進には譲らないという身勝手さを」


 そう言って真っ直ぐな眼差しでこちらを射抜くレオナルドを、エマは初めて美しい人だと思った。見た目ではなく心のありようが、どこまでも真っ直ぐで融通がきかなそうで……きっとその生真面目さでは大変なことも多かっただろうに、折れずに貫き続けることができるであろう強さが美しい。その強い意志の宿った深い緑の瞳の煌めきが、どんなに輝く宝石よりも価値のあるものに思えてしまう。

 レオナルドが導守でなくなれば、その地点で命を失うことになる。だからこそ最初から他の人物に役目を変わって欲しいとエマは思ってはいなかった。でも今はそれだけではなく、きっとこれ以上の人には二度と出会えない――そんな予感がして、レオナルドを失いたくはないと思う。


「レオ……私はレオがいい。未熟で不甲斐ないのは私も同じだし、きっとこれからも困らせたり心配かけることもあると思う。でも私、頑張るから! 二人一緒に立派な導師と導守になろう! それでできるだけ長く御役目頑張ろう!」


 決意を込めてエマがそう言えば、レオナルドは驚いたように目を丸くして、それから見る見るうちにその美しい緑を潤ませる。唇を噛みしめ、感極まったように震える体をその精神力で抑えつけ、レオナルドはどうにか返事をした。


「承知、いたしましたっ!」


 返事をした拍子にぼろりと零れたその大きな涙に釣られて、エマの目も潤んでしまう。泣き笑いのような表情になりながら、エマはその包帯を巻いた右手を差し出した。


「じゃあはい、握手。……これからよろしくね、レオ」

「はい、エマ様。こちらこそよろしくお願いいたします」


 レオナルドの大きな右手と握手すると、お互いの指輪がぶつかってカチリと音がする。痛みを堪えてしっかりと握られたその手の中で隣り合った指輪が、まるでこれから先を共に歩んで行く二人の姿を示しているようだった。

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