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「真実の愛を見つけた」と言われ、婚約破棄をされた元天才魔法師、隣国の王子殿下に拾われる〜今更やり直したいと言われてもお断りです。旧友と共に人生を謳歌してやると決めたので!〜

「僕は真実の愛を見つけたんだ。だから、君ではなく、彼女と添い遂げたい」


 ある日突然、婚約者であったユノウスから呼び出された私は、小柄な少女を紹介された。

 女の私から見ても、愛らしい少女だった。

 綺麗というより、可愛い。そんな感想を抱いてしまう面貌の彼女であったが、どうしてか。

 ユノウスから紹介された彼女の顔に、私は覚えがあった。


(……そうだ。パーティーの時によく見かけてた子だ)


 貴族の間で定期的に開かれるパーティー。

 そこにユノウスと一緒に参加をしていた際に見かけていた子だと思い出す。


 確か名前は、マリナ・ハーシム。

 ハーシム子爵家のご令嬢だったはず。


 でも、彼女に対してあまり良い噂を聞いた事がなかったから、つい反射的に眉根を寄せてしまう。

 特に、男絡みの噂が絶えないご令嬢だった。


「君との婚約を破棄させて貰えないか」

「……ユノウス様は、御家同士が決めた婚約を破棄して、その方とご婚約なさると?」


 開いた口が塞がらない。

 そんな状況に陥りかけながらも、よく私も言葉を返せたと思う。


「ああ。父上も、当人同士が納得をしているのであれば、婚約を破棄しても問題はないと仰って下さっている」


 ────当人同士の納得。


 確かに、当人同士が納得をした上で出た結果であるならば、仕方がないとも言えたかもしれない。もしくは、これが政略的な問題で、両家の間に何か致命的な問題が発生してしまったとか。


 そのせいで、これまで通りの関係でいられないという事であれば、私も素直に納得をしていたと思う。


 でも、これは。


「……私の父は何と?」

「それは、これから君が伝えてくれれば良い。僕との婚約を破棄する事になったと伝えてくれれば問題はないだろう」


 思わず頭を抱えたくなった。

 これは、御家同士が取り決めた縁談なのだ。

 だからせめて、婚約を破棄するともなれば私の生家にも既に話をそれなりに通しているものだとばかり思っていた。


 でも、その実情は私任せ。

 溜息を吐かずにはいられない。


「…………。そうですか。分かりました。では、父には私から説明させていただきます」

「ああ、そうしてくれると助かるよ」


 本当は、言いたい事がいっぱいあった。

 だけど、それら全てをひとまず飲み込む。


 父への説明くらい、自分でやってくれ。

 そう言いたかったけど、ユノウスに父へ今回の一件を説明させたとして、面倒な事になる未来しか見えなかった。

 だから、その考えは彼方へ追いやる事にした。ユノウスに対してどうこうしてやるより、これ以上、関わりたくない。

 その気持ちの方がずっと大きかったから。


「話は以上ですか」


 出来る限り努めて平静を装いながら尋ねる。

 ここで、この理不尽に嘆こうものなら、ユノウスに固執している女と思われるに違いない。

 だから、出来る限り自分の中にあった感情を殺して問い返す。


 声の抑揚を消して、出来る限り何事もなかったかのように。

 それが、今私が出来る精一杯の抵抗だった。


「……あ、ああ。君に伝えたかった話はこれだけだな」

「そうですか、ではお二人ともお幸せに」


 もう少し、私から何かを言われるとでも思っていたのか。拗れると考えていたのか。

 ユノウスは困惑していたが、今は彼の声すら私は遠ざけたかった。


 マリナさんが私に対して何か言いたげにしていたけど、私はその言葉を聞くより先に背を向けてその場を後にすべく歩き出す。


 御家が決めた政略結婚。

 貴族の子女として生まれたからには、ある程度の事は仕方がないと割り切るしかないと理解はしていた。

 していた、のだけど。


「……流石にこれはあんまりだよ」


 父が私に対して悪意を持って進めた婚約話ではないにせよ、この理不尽な現実を嘆かずにはいられなかった。



 †


 ユノウスとの縁談が取り決められたのは、私が通っていた学舎────〝魔法学園〟を卒業する数週間前の事だった。

 私は元々、魔法を学ぶ事が好きで、将来は魔法師として働きたいと考えていた。

 周囲の者達も、私が将来、魔法師として働くと信じて疑っていなかった。


 ただ、四年通った〝魔法学園〟を卒業する数週間前に、実家から一通の手紙が届けられた事で、私の進む道が180度変わった。

 でもそれは、貴族の子女にとっては特別珍しい事でもない比較的よくある話だった。


 よくある、政略結婚だった。


「なにが、ダメだったんだろうね」


 空に蒔かれた星の光に照らされながら、夜闇に包まれた王都の中で、私は一人、ぽつりと呟いた。勿論、返事はない。


 自分では、これでも頑張ってたつもりだった。御家同士の縁談だ。

 私が何か粗相をすれば、実家にまで迷惑を掛けてしまう。

 だから、良い妻になろうと思った。


 ユノウスの生家が文官の一族という事もあってか。ユノウスは、私が魔法を好んでいる事をあまりよくは思っていないようだった。

 だから、好きだった魔法は捨てて、その代わりに苦手だったパーティーに出席する為にダンスを必死に学んだ。


 〝魔法学園〟に通っていた頃は、殆ど気にしていなかった見た目にだって、気を遣うようにした。


 政略結婚とはいえ、どうせ夫婦になるのなら、円満がいい。

 だから、不器用なりに料理だって学んだ。

 でも……その結果はこうなった。


 こんな事なら────。


「こんな事なら、あの時……」


 縁談を断っていれば良かった。


 仮にその言葉を言ったとして。

 それが本当に現実のものとなったかどうかはさておき、ついそう思ってしまうけれど、かぶりを振ってどうにかその思考をかき消す。


「……ううん。今更、何を言っても仕方がないか」


 何かを口にして、未来が変わるわけでもあるまいし。

 そう自分に言い聞かせる。

 何度も、何度も。

 それを繰り返していたからか。

 気がついた時には、黄昏色だった筈の空は真っ黒に染まり切っていた。


「……帰ろう」


 一人になりたかった。

 だから、家にも帰らず、私は一人でずっと外で黄昏てた。


 でも、そろそろ帰らなくちゃ。

 そう思って立ち上がる私だったけど。


「────なら、今度こそ、やりたい事をやりたいようにやれば良いんじゃないか」


 何故か、声が聞こえた。

 私の名前を呼ばれた訳じゃない。

 でも、不思議と分かってしまった。

 その声は、紛れもなく私に向いていると。


「お前がどれだけ頑張ったのか、それは俺が一番知ってる。なにせ学園時代、俺がお前をずっと側で見てきた張本人だから。好きだった魔法を捨ててまで頑張ってたお前は、何も悪くない。誰が何と言おうと、俺がそう断言してやる」


 懐かしい、声だった。

 でも、そこに私は疑問を抱いてしまう。

 その声の主は、本来此処にいるべき筈の人間ではなかったから。


 だから真っ先に、私の弱さが見せた幻聴なのかと思った。

 だけど、踵を返した私の視界には、紛れもない彼の姿が映り込んでいた。


 忘れもしない、親友の姿。

 〝魔法学園〟に在籍していた頃に、共に魔法を切磋琢磨し合った友人がいた。

 目が合った瞬間に、顔を綻ばせて彼は言葉を続ける。


「……卒業して以来だから、もうかれこれ二年ぶり、だよな、リーファ」


 星の光に照らされながら、私の名前を親しげに呼ぶ彼の名を、シェロ・アイルザム。

 〝魔法学園〟に入学する為に、四年間、身分を偽り続けた〝ど〟がつくほどの問題児であり、魔法師リーファ・アルベローナのライバルだった隣国の王子殿下(、、、、)


「久しぶりだな、親友(ライバル)


 忘れもしない、負けず嫌いな親友は、二年前と何一つ変わらない笑みを浮かべて、再会の言葉を口にしていた。



 †


 魔法師の卵を育てる学舎であり、教養を身につける場。それが、王立魔法学園。

 魔法を学ぶ事が好きだった私は、貴族としての教養を身につける為に。


 そんな建前を理由にして、入学をした。

 でも、好きなだけで魔法の才能も飛び抜けてあったかと聞かれると、多分私は今も昔も首を傾げていたと思う。


 その最たる理由こそが、最後まで決着つかずで終わったライバルであり、親友。

 シェロ・アイルザムの存在故だった。


「……なん、で、シェロがここに」


 隣国の王子殿下という身分を明かしてくれたのは、卒業をする日。

 私にこそっと、嘘を吐いてた事があると言われ、打ち明けられた。

 だからこそ、彼とは恐らく二度と会う事は無いかもしれない。そのくらいに考えていた。


 故に、驚愕に目を剥かずにはいられない。


「親友に会いに来たんだ。別に、何も可笑しな事はないだろ」


 そこまで驚く程の事か?

 と、指摘を受けるけど、隣国の王子殿下がわざわざ私の下に訪ねてくるとは夢にも思わないから。


「まぁ、途中で胸糞な話を聞いてしまった事だけは後悔してるが」


 不機嫌そうに声のトーンをあからさまに落としながら、シェロは言う。

 たぶんこの感じ、シェロは私の現状を知ってしまってる。


 でも、それも仕方がない事だった。

 私に会いに来たのなら、私の生家をまず訪ねているだろうし、そこから婚約者であったユノウスの下へ行ったと聞いて向かってみれば───といったところだろうか。


「胸糞っていうか、あれはきっと私が悪いから」


 たぶん、私に何か落ち度があったんだと思う。だから、仕方がなかったんだよ。

 そう言って気丈に振る舞おうとする。

 でも、


「……将来は、魔法師として生きたい。散々俺に語ってくれたその夢を押し殺してまで、家の為にと頑張ってた奴の何処に落ち度がある」


 私の発言を咎めるように、シェロは怒る。

 私の代わりに、怒ってくれる。


 ……相変わらず、優しいなシェロは。


「挙句、真実の愛に目覚めただ? 寝言は寝てから言えって話だ。俺の立場が王子じゃなけりゃ、ぶん殴れたんだけどな」


 悪いな。なんて、謝罪をされてしまう。

 シェロは何も悪くないのに。

 そう思ってくれるだけで、私は十分だから。


 感謝の言葉を伝えようと試みるけど、それより先にシェロの言葉が続けられた。


「なあ、リーファ」

「うん?」

「まだ、魔法は好きか?」


 心なしか、どくんと心臓の脈音が大きくなったような気がした。

 でも、シェロのその言葉に身に覚えはあった。


「……魔法は好きだよ。うん。まだ、というか、ずっと好きかな。宮廷魔法師にはまだ未練がましく憧れちゃってるし」


 魔法学園に入学する前までは、どんどん上達していくから好き程度だった。

 でも、魔法学園で魔法を学んで、そして魔法を使って誰かを助けたり、協力しあったり。

 そう言った経験をした事で、魔法の事はより好きになった。


 だから特に、宮廷魔法師は私にとって羨望の的だった。世界に跋扈する魔物という名の害獣から、民草を守る魔法師────宮廷魔法師は、私の憧れだった。


「そっ、か。だったらその夢、今、この瞬間から目指してみるのもありなんじゃないか」

「目指すっ、て、宮廷魔法師を……?」


 シェロの発言に、驚かずにはいられない。

 一瞬、冗談かと思ったけど、四年も一緒にいたからよく分かる。

 これ、シェロは本気で言ってる。


「勿論。それ以外に何があるんだよ」

「でも、私は、」

「おいおい、才能がないとかいったら俺が泣くぞ。お前が才能なしなんだったら、お前のライバルだった俺はどうなるんだよ」


 だから、そこはちゃんと自信持ってくれと呆れ混じりに告げられた。


「まぁ別に、強要したい訳じゃないんだけどさ。たった一度きりの人生なんだ。どうせなら、出来る限り後悔のない人生を親友には送って貰いたいんだよ」

「…………」


 シェロのその言葉もあって、私は物思いに耽る。貴族の家に生まれてしまったから仕方がない。そう言って諦めていた結果、どうなった。


 これからも、ずっと自分を押し殺して、我慢をして、後悔だらけの人生を生きていくのか。

 訪れる理不尽に、仕方がなかったと結論を出して、これからも生きていくつもりなのか。


 今みたいな後悔を、これから先、何回も。何十回もしなければならないのか。


 …………。

 それは、いやだった。

 たった一度きりの人生を、そんな後悔だらけの人生にはしたくなかった。


 どうせなら、誰もが羨むような素敵な人生を送ってやりたい。

 たとえば、宮廷魔法師として────。


「親父さんの説得なら、俺も付き合ってやる。なぁに、任せとけって。これでも、王子だからな。貴族との駆け引きの仕方だって分かってる」


 私の表情から、色々と読み取ったのか。

 破顔しながらシェロは「任せとけ」と伝えてくる。


「……ありがとね、シェロ」


 今回のユノウスとの一件について。

 それと、これからの事についての説明は家長である父にはしなければならないだろう。


 でも、それさえ乗り越えてしまえば後はどうとでもなる。


「気にすんな。これは、俺がしたいようにしてるだけだからさ」

「……相変わらず優しいんだね。あーあ。シェロにおっきな借りが出来ちゃった」


 気がつくと、私の胸の内にあった筈のどんよりとした感情は跡形もなく消え去っていた。


 紛れもなく、これはシェロのお陰だ。

 だから、このおっきな恩はどうやって返したものかなって思いながら言葉を口にしてると、


「それなんだがな」

「うん?」

「昔、二人で約束したアレ、覚えてるか」


 シェロは、返すアテはあるぞ。

 と言わんばかりに、言葉を続けていた。


 ……アレ、とは一体なんだろうか。


「いつか二人で、宮廷魔法師になろうぜってアレだよ、アレ。その反応、リーファ完全に忘れてたろ」

「あ、ああああああ!!!」


 魔法学園時代に、意気投合したシェロと二人で宮廷魔法師を目指すのも悪くないなって話していた時にそういえば約束をした気がする。


 明らかに今思い出したかのような反応を見せてしまった私を前に、ジトーっと呆れた視線をシェロから向けられた。


「ご、ごめん……」

「まぁ、良いんだけどさ。で、なんだけど……もし良ければ、なる気はないか? いや、なってくれないか(、、、、、、、、)? 宮廷魔法師。きっと、それならリーファの親父さんも納得してくれると思うんだが」

「…………へっ?」


 一瞬、何を言われているのか分からなくなって、私の中の時が止まる。


 え、ついさっき掲げた夢、もう叶っちゃうの?


 でも、それも刹那。


 我に返る私だったけど、やっぱりいまいち現実味のないシェロの言葉が現実のものだったとは思えなくて。


「だから、宮廷魔法師。勿論、この国じゃなくて、俺の祖国のアイルザムの宮廷魔法師だけどな。友好国だし、この国の宮廷魔法師と大して扱いの差はないだろうけど一応」


 淡々と口にするシェロの態度もあってか。

 やっぱり現実味はなかった。

 だけど、私はシェロが下らない嘘を言うような人間ではないという事は知っている。

 だからきっと、これは本当の事なのだろう。


「というか、本当に驚いた。リーファってば、婚約者が出来てた事も俺に教えてくれてなかったし、無駄足になったかと思った。折角、この二年で宮廷魔法師の任命権を王子権限使って一枠もぎ取ってきたのにさ」

「……それって、裏口入学と変わらないんじゃ」

「周りの連中は、俺が王子じゃなかったらとっくの昔に宮廷魔法師に選んでたのにって惜しんでるような奴らだぞ。だったら、俺のライバルのリーファを宮廷魔法師に任命したって何も問題はない!」


 まさか、魔法学園で夢を語るつもりで口にした約束をシェロが本気に思ってるとは夢にも思わなかった。

 それと、将来は魔法師になるって言い合っていた仲だったシェロだからこそ、婚約の件についてはどうしても言い出せなかった。


 全てを捨てて、これからはユノウスの婚約者として生きていく。

 それが、貴族の子女として生まれたからには負うべき責務であるから。


 そんな事を言おうものならば、シェロになんて言われるか分からなくて。

 それが怖くて、申し訳なくて、結局、最後までお茶を濁す事しか出来なかった。


 あの時、シェロに打ち明けてたら何かが変わっていたのかなって、今更ながらに思うけど。

 だけど、それも今更だ。


「……でも、良かった。こうして、リーファの下に訪ねて本当に良かった」


 過ぎた事にどうこう言っても仕方がない。

 後悔する暇があるなら、もうその分自由に生きてやるって決めたから。

 私のしたいように、生きたいように。

 これからは、誰もが羨むような人生を送ってやるんだ。


「うん。私も良かった。もし、こうしてシェロが訪ねてきてくれてなかったら、私は絶対吹っ切れられなかっただろうから」


 ずっと、うじうじ悩んでたかもしれない。

 現状に対して仕方がないって理由をつけて、俯き続ける事を選択していたかもしれない。


 でも、そんな私とも、もうおさらば。


「決めた。私、もう一度、魔法師目指す」


 宣誓をするように、心の中でではなく、あえて言葉として口に出す。


「シェロと一緒に、もう一度頑張ってみる」


 今は、すっかりお世話になりっぱなしだけど、いつか、この恩をどんな形でもいいから返せたらいいな。


「ばーか」

「……ばかとはなんだ。ばかとは」

「だってそうだろ、親友の助けになるのは当たり前だってのに、そんな恩に感じてますーみたいな表情を浮かべてるリーファを他にどう言い表せと?」

「……ぐ」


 図星過ぎて、言い返す言葉が見当たらない。

 だから、盛大に顔を顰める私だったけど、何故かシェロは嬉しそうに微笑んでいた。


「やっと、俺の知ってるリーファになった」


 安堵の表情と一緒に、そんな言葉を向けられては、私も責めるに責められなくて。


「そりゃあ、色々と吹っ切れたからね」

「そうかよ。でもま、確かにリーファには、憂鬱そうな顔より、そういう笑顔の方がずっと似合ってる」


 歯の浮くようなセリフを偶に混ぜてくるところ、ちっとも変わってないなあ。


 なんて思う私に、手が差し伸べられた。


「だから、改めて言わせてくれ。宮廷魔法師として、力を貸してくれないか、リーファ」

「うん。もちろん」


 私に務まるかは分からないけど。

 つい、そんな言葉を付け足してしまいそうになるけど、前を向いて生きるって決めたんだ。

 だったら、そんな後ろ向きな言葉は不似合いだ。そう思って、飲み込んだ。


 続け様に発せられた言葉に、私は頷きながら、今できる最高の笑顔を浮かべて私はその言葉に応えた。



 †


「良かったんですか? ユノウス様。御家同士の婚約を破談なさっても」

「僕は真実の愛を見つけたんだ。事実、リーファだってそれを分かってるからこそ、ああして納得してくれたんだろうさ」


 二年もの付き合いだった事もあり、少なからず拗れる可能性はユノウスの中にもあった。

 だから、あれ程物分かりの良かった態度には少しだけ困惑してしまったものの、それもこれも「真実の愛」に理解をして示してくれたのだろう。

 ユノウスは、そう自分に都合のいい解釈をしていた。


「それに、二年前のあの頃とは違う。僕の魔導具師としての才能が開花した今、多少の我儘は通って然るべき。君もそう思うだろう、マリナ」


 ユノウスの生家は、文官の家であると同時に、魔導具師の一族でもあった。

 そして、ユノウスはここ二年の間でその才能が開花し、天才と称されていた人物でもあった。


「ええ、その通りですわ、ユノウス様」


 得意げに、一切の悪びれもなく告げるユノウスに、マリナは猫撫で声を出してしなだれる。


 全肯定してくれるマリナの言葉に「そうだろう」「そうだろう」と頷くユノウスは、だからこそ分からなかった。

 つい数十分前。

 屋敷を訪ねてきたかと思えば、リーファについて聞いてきたあの銀髪の青年が怒っていた理由が、分からなかった。


 己は成功者である。


 そう信じて疑っていないユノウスであったが、彼はまだ何も知らなかった。

 己の婚約者であったリーファが、王立魔法学園にて、始まって以来の天才と称されていたシェロ・アイルザムと唯一、肩を並べていた天才である事を。


 彼の魔導具師としての成功は、婚約者を献身的に支えようとしていたリーファの何気ないアドバイスゆえに成り立っていた事も。

 ユノウスはまだ、何も知らなかった。

読了ありがとうございました。

今作は、連載候補短編となります。

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