第七話 ぼっちな僕と重い荷物
5月14日。時刻は12時30分を少し過ぎた頃。4限目の授業が終わり、ある生徒は食堂、ある生徒は友達のいる教室へと散り散りに向かう。
僕は人が少なくなったのを見計らって、いつもの様に弁当を片手に教室を抜け出す。図書委員の仕事がある日以外は、なんだかんだ言って旧校舎に向かうのが習慣になっていた。
理由は色々あるんだけど……。一番は真昼と話すのが楽しいから。
今までずっと一人だったから、ぼっち飯なんていつもの事な訳で。ただ、真昼とたわいもない話をしながら食べると何だか美味しく感じた。
今まで、昼休みはただ空腹を満たすだけの時間だったのが、いつの間にか楽しみになっていた。
真昼も、僕と同じ様に少しは楽しんでくれているのだろうか。恥ずかしいから、本人には絶対に聞けないけど。
今日は何を話そうか。何て考えて1階に降りようとした時の事だった。
「井上。今から食堂か?」
驚いて前を見ると担任の東先生がいた。社会科を教える先生の片手には筒状に丸められた大きな世界地図2枚と指示棒、もう片手には教科書や地図帳、余りのプリント。いかにも社会科の先生と言う感じだけれど、かなりの大荷物だ。
「まあ、そんな所です。先生の方はその大荷物からすると授業終わりですか?」
「ハハッ。大荷物って程でもないよ。さっき4組の授業でつい夢中になって話してたら収拾が付かなくなって5分も延長してしまってな」
通りで4組の前を通ったら皆ピリピリしていた訳だ。授業の延長というだけでも嫌なのに、よりにもよって昼食前とは。東先生、授業熱心で良い人ではあるんだけど、その熱さが空回りして陰で生徒達にウザがられてるんだよなぁ……。
きっと今回の件で、4組の生徒からの人気は更に地に落ちた事だろう。先生を少しだけ可哀想に思った僕が「荷物を運ぶの、手伝いましょうか?」と提案すると、先生は「本当か?悪いなぁ」と言いながらも既に荷物の半分を僕の方に預けてきていた。
やっぱり、重かったんじゃないか……。
無事、資料室まで荷物を運び終え、後は地図を棚にしまうだけだ。棚の配置は流石に分からないので、先生に任せて後ろで見ていると、先生が急にこちらを振り向いた。何か言いたそうにしている。
「あの、気を付けて運んできたつもりだったんですけど……。地図、破けてました?」
「いや、地図は綺麗なままだ。問題ないよ。ありがとな」
そう言うと、東先生は暫く黙り込んだ後、決心した様に口を開いた。
「実は……井上に頼みたい事があってな」
「…………」
「うちのクラスの中山、分かるか」
「はい。僕と同じ、図書委員の中山実里さんですよね」
「そうだ。井上も知っていると思うが、中山は入学以来ずっと登校していない。所謂不登校なんだ。それで……頼み事と言うのはな」
「中山さんを説得して、学校に来させろって言うんですか」
「……!流石優等生。話が早くて助かるよ」
やっぱり。中山さんの名前が出た辺りからそんな気がしていたんだ。
「先生は、中山さんと話をしたんですか」
「それが……会っても貰えなくてな」
シュンと項垂れる先生。それも仕方のない事だろう。東先生は性格も熱血な上に身長も180cm超えでかなり威圧感があり、社会科ではなく体育教師の様だ。そんな先生と一対一で話し合うのは中山さんにとっては中々ハードルが高いだろう。
「でも、中山さんはもう1年以上休んでいるんですから、僕と話した所で学校に戻るのはそう簡単な事ではないと思いますよ。第一、会って貰えるかどうかすら分からないし」
「中山の家に一番近かったのが井上だったんだよ。小学校も同じだし、一緒に通ってたんじゃないのか?」
「……確かに、そうなんですけど。あまり話した事もないし、向こうは僕の事覚えてないと思いますよ」
一瞬2人の間に気まずい間が流れる。
「でも、こんな厳つい先生よりも井上の方が絶対に話しやすいと思うぞ。……頼む!様子だけでも見てきてくれないか。親御さんから中山が部屋から出てこないと聞いて心配なんだ」
そう言って頭を下げる先生。引きこもりなら、尚更僕なんかには会ってくれないんじゃ……と思いながらも、先生の熱意に押されて僕は頷いていた。
「分かりましたから、頭を上げて下さい。」
「本当に?行ってくれるのか?」
「はい。行ってみるだけは。会えるかどうかは中山さん次第ですけど」
「……ありがとう!助かるよ。ついでと言っては何だが、体育祭のプリントを親御さんに渡してきてくれないか。今日のHRで配る予定だから」
そうして僕は東先生と別れ、今度こそ真昼に会いに向かう。時計の針は12時50分を過ぎようとしていた。
はぁ。荷物を運ぶのを手伝っただけなのに、違う重荷を背負わされてしまうとは。そもそも、中山さんを説得するのは教師の役割であって、僕に頼むのは間違っている。でも、今更断ったら先生、更に落ち込むだろうなあ……。まぁ、多分会えないだろうし、プリントだけ渡して帰ってくればいいか。
そんな事を考えながら、僕は急いで旧校舎へと向かった。