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ガリ勉ぼっちと真昼の幽霊  作者: 黄色い鳥
日常編1(2年生4月〜5月)
8/30

第六話 ぼっちな僕と委員会と卒業アルバム

 5月10日。校庭の桜はとっくに散ってしまい、今は葉桜(と地面に落ちた毛虫)が新緑の訪れを告げていた。


 進級してから1ヶ月が過ぎ、クラスメイト達は一緒に行動する友達のグループを既に作り上げた様だ。


 「様だ」って、他人事みたいだって?


 そう、あれから僕は相変わらずぼっちな学校生活を送っていた。いや、厳密に言うとぼっちでは無い……のかな。殆どの人には見えない半透明の友達は、数に入れてもいいのか?


 ここで僕はとある疑問を抱く。幽霊が見えない人からすれば、真昼と話す僕はもしかして何もない空中を見て話しているかなり危ない奴に見えるのでは……。


 冷や汗が一筋流れる。ぼっちな上に「危ない奴」認定だけは避けたい。僕は強くそう思った。




 「すみませーん。この本、借りたいんですけど」


 その声にハッと我に帰った。そうだ、今は図書委員の仕事の最中だった。あんまり暇な物だからボーっと考え事をしてしまった。


 「あっ、分かりました。学年とクラス、出席番号をお願いします」


 カウンターの横にある棚から生徒別のバーコードが載っているファイルを取り出し、貸し出しの手続きを行う。


 「1週間後の5月17日までに返却をお願いします」


 本の1番後ろのページの表に日付のスタンプを押す。ここまでが一連の流れだ。


 うちの学校は個人がカードを持つのではなく、図書委員が毎回バーコードを探さなければならない。この仕組みに始めは戸惑ったものの、今では難なく一人で仕事をこなせるまでになっていた。


 まあ、荒れに荒れたこの学校ではわざわざ図書室までやって来る生徒自体が少ないし、その中で本を借りていく人となると大体は決まった面子になる。

 

 つまり、仕事を覚えるのが速いのではなく、覚える程の仕事が無いのだ。


 暇な仕事に、少し開いた窓からそよそよと吹いてくる春の心地よい風、そして昼食後に襲いくる強烈な眠気。


 


 …………はっ。ダメだ。一瞬意識が遠のいていた。そうだ。暇だったら探そうと思ってここまで持って来ていたんだった。


 僕はカウンターの中に隠してあった分厚い本を取り出す。暗い赤色の表紙には金の字で須田川高等学校平成19年度卒業アルバムと書いてある。


 

 悪事をしている訳では無いものの、何となく人に見られたくなくてアルバムを膝の上でこっそりと開ける。中には真昼と同じ制服を着た女子生徒と僕達と同じ学ランの男子生徒の写真がクラス毎に並んでいた。


 ひょっとしたらこのどこかに生前の真昼がいて、彼女の本当の名前が分かるのではないか。


 


 なんて、ほんの少しだけ期待をしていたのだけれど、現実はそれ程甘くは無い。全クラスの写真を見たものの彼女の姿は無かった。


 やっぱりそう簡単にはいかないよな……。僕はガックリと肩を落とす。


 「まあ、2冊目で見つかるなんて思ってなかったけどさ……」


 椅子の背もたれに身を預け、負け惜しみの台詞を呟く。


 

 目を瞑ると、僕が「本当の名前を探す」と言った時の真昼の笑顔が脳裏に浮かんだ。あの時は後先考えずに言ったけれど、折角図書委員にもなれてアルバムも好きに見られる様になったんだ。何としても探し出さないと。


 僕はここまでの長い道のりを思い出す。あれからもう1ヶ月になるのか……。



 「本当の名前を探す」なんて言ったはいいものの、肝心の真昼の記憶が曖昧である以上どうやって探せばいいのか分からない。


 そこで思いついたのが「卒業アルバム」だったのだ。真昼がいつ亡くなったのかは定かでは無いが、個別写真は撮影できていない可能性が高い。でも、集合写真の何処かに少しでも彼女が写り込んでいたとすれば……。名前を探す上での大きな手掛かりになるだろう。


 

 まず手始めに、旧校舎の図書室を真昼と2人で手分けして探してみたものの、アルバムは1冊も見つからなかった。


 幽霊になってからこの校舎が廃校になるまでアルバムを見た事はないかと尋ねると、彼女は名前を思い出していた時と同じ様に必死に思い出そうとしていたが駄目だった。


 「はぁ……。折角、彰が協力してくれるって言うのに何も思い出せないや。幽霊になってからここが廃校になるまで少し期間があったはずなんだけどね。記憶にモヤがかかってるみたい」


 「そんなに落ち込むなよ。アルバムの場所なら何となく目星が付いてるんだ」


 「そうなの?」


 「うん。多分、中学の方の図書室だと思う。ここに初めて入った時、やけに施錠が甘いと思ったんだ。ここの本棚はやけに隙間が空いてるし。きっと、重要な本や資料は中学の方で保管してるんじゃないかな」


 

 実際、僕の予想通りに高校の卒業アルバムは中学の物と一緒に保管されていた。しかし、喜びも束の間大きな問題に直面してしまった。


 卒業アルバムはカウンターの後ろにある準備室兼司書室の本棚に丁重に保管されており、自由に見る事が出来なかったのだ。


 丁度その時カウンターにいた図書委員の先輩にそれとなく閲覧できないか聞いてはみたものの、


 「プライバシーの問題があるので、特別な理由がない限り委員以外は入室出来ません」


と、断られてしまった。まあ、理由があるにはあるのだけれど、


 「実は幽霊の友達に名前探しを頼まれていて、アルバムを見れば彼女の名前を知る手掛かりになるかと思い訪ねてきたんです」


なんて馬鹿正直に本当の事を言ってみろ。僕は間違いなく「危ない人」認定を受けるだろう。下手すると、学校中で避けられかねない。


 もう既にぼっちの僕でも、これ以上自らの地位を下げる様な真似は避けたい。その為に、図書委員として堂々と準備室に入る権利を得る事を選んだのだ。


 幸い、2週間に1回図書室に行きカウンターの仕事をしなければならない面倒さから図書委員は人気が無くうちのクラスで立候補した生徒は僕1人だけだった。


 基本、委員はクラスから男女1人ずつなるのだが当然(自分で言っていて切ない)、ぼっちと一緒に仕事したいと言ってくれる女子など居るはずも無く……。


 委員会決めの司会進行をしていた学級委員の女子が欠席していた中山実里(なかやまみのり)さんを無理矢理図書委員の枠に入れ、委員会決めはあたかも円満に解決したかの様に終わった。


 中山さんは、入学式から直ぐに不登校になり、以来一度も来た事がない。僕が彼女を見たのは入学式の日だけだが、小柄で可愛らしいと思ったのを覚えている。


 アルバム閲覧の為に図書委員になった僕からすれば、1人で係の仕事が出来るのは割と好都合でもあった。しかし、中山さんから見れば「自分の知らないうちにぼっちと同じ委員会に入らされている」という喜ばしくはない状況だ。


 せめて、彼女が学校に来た時には図書委員の仕事を教えてあげないとな。


 


 そんな事を考えていると、チャイムの大きな音で驚いてはっと我に帰る。


 図書室で本を読んでいた生徒達も時間を忘れて没頭していた様で皆急いで立ち上がる。駆け込みで本を借りようとカウンターまでやって来る生徒も何人かいた。


 はぁ……。この人数の貸し出し手続きをしていたら確実に5限目は遅刻してしまう。少しは図書委員の身にもなって欲しいものだ。


 まぁ、多少遅れても問題ないか。「委員会の仕事が長引いてしまって……!」と申し訳なさそうな顔で行けば怒られはしないだろう。




 前までは独りぼっちになる時間を気にして、勉強に勤しんでいた僕。真昼に会いに行ったり、委員会の仕事をするうちにいつの間にかそんな時間も気にならなくなり、休み時間もあっという間だと感じる様になっていた。


 僕がこの事に気付くのはもう少し先の出来事である。

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