第四話 ぼっちな僕は空っぽの優等生
それから、僕は来た道を戻り保健室に立ち寄った。1時間授業をサボってしまったので念の為アリバイを作っておこうと思ったのだ。
「失礼します」
一礼して部屋に入ると、養護教諭の矢口先生が暖かく迎えてくれた。お腹が痛くて授業が始まってからトイレに篭っていたと話すと、先生は温かいお茶を出してくれた。
僕を心配する先生の優しさにチクチクと胸が痛む。次に旧校舎へ行くのは時間に余裕のある放課後にしよう。お茶をご馳走になった僕は、先生にお礼を言い5限目終わりのチャイムを聞きながら保健室を後にした。
2年3組の教室へ戻るとすぐ、祐介が心配そうな顔をしてこちらへやって来た。
「どうしたんだ?さっきの授業、彰が居ないから赤沢先生心配してたぞ」
「実は、昼ご飯食べた後にお腹壊してトイレから出られなくてさ……。やっと良くなって保健室寄って来た所」
普通に話していた僕は体調が悪いという設定を思い出し、慌てて元気がない様に振る舞う。
「優等生がいないから、難しい問題当てられて、皆困ってたよ」
「別に……。僕は祐介が思ってる程優等生でもないよ」
「またまた〜。……あっ、チャイム鳴ったな。体調、気を付けろよ」
そう言うと、祐介は自分の席へ戻っていった。次は何の授業だったっけ。前の小さな黒板を見ると、6限目は社会と書いてある。
僕も自分の席に着き、教科書とノートを広げてはみたものの、先生の話は全く頭に入らなかった。ぼーっとしていると、さっき祐介に言われた言葉を思い出す。
優等生か……。
確かに、僕は休み時間に勉強している事が多いし、試験ではずっと上位にいる。しかも学校が終わってからも塾通いをしているから周りからはガリ勉の優等生に見えるのだろう。
でも、僕には将来の目標がある訳でもなく、親の期待に応えたい訳でも、勿論、試験で上位になりたい訳でもない。
そんな僕が何故こんなに勉強するのか。それは……ぼっちだからだ。
学校の休み時間。たかが10分と言えどトイレに行くだけでは5分程余ってしまう。昼休みに至っては黙々と弁当を食べ終えて時計を見ると30分も残り時間がある。こんな時、ぼーっと窓の外を眺めているだけでは時間は中々進まない。
誰とも話せないぼっちな僕は暇を持て余すあまり、次の授業の教科書を開き予習復習をする事にしたのだ。
集中してしまうと余った休み時間は一瞬で過ぎたし、ぼっちで虚しい気持ちも少し軽くなった。しかも、成績が上がるというちょっとしたおまけも付いてきた。
でも、この荒れきった学校では僕の様なガリ勉ははっきり言って異端の存在だ。いつも一人で、部活にも入らず、ずっと机に向かっている僕をクラスの人や先生は「優等生」と呼ぶ。
馬鹿にされている訳じゃない。むしろ褒められているのだけれど、僕はあまりいい気がしなかった。
授業中誰も答えられない難しい問題はまず僕に回ってくる。
「じゃあ、優等生の井上に答えて貰おうか」
クラスの誰かが問題を起こせば、何故か僕が引き合いに出される。
「お前も少しは井上を見習ったらどうだ」
もしも本物の優等生なら、誇らしい気持ちになる事だろう。でも、僕は勉強している理由が理由なだけにこの言葉を聞く度に「お前は中身の無い空っぽだ」と突き付けられている様な気がした。
みんな好意を持ってこの言葉を使うだけにタチが悪い。きっと誰かに相談しても、「優等生と言われるのが嫌だなんて、皮肉なやつだ」と笑われて終わりだろうな。
こんな事を考えていると、6限目の終わりを告げるチャイムが鳴った。いつもの様に掃除をして、帰る準備をし、ホームルームを聞いて帰る。
帰り道、もう一度旧校舎へ行こうかと思ったけれど、校舎の周りに人が多かったし、流石に1日に2回も訪ねるのはしつこいかと思ってやめる事にした。
今日は塾がない日だ。駅前に最近できた少し大きな本屋に寄ってから帰ろう。本当は制服のまま寄り道をするのは校則違反なんだけれど、もし見つかったとしても「参考書を探してた」なんて適当に言い訳すれば良い。
だって僕は優等生なんだから。