第二十六話 ぼっちな僕と真夜中の旧校舎②
自転車を漕ぎ続け、やっと校舎が見えてくる頃には髪は乱れ、身体中から汗が噴き出していた。背中に伝う汗の不快さも気にならない程に、僕はただただ必死に旧校舎を目指す。
やっと校門まで着いたと思った、その時。
僕の反対方向から、懐中電灯を持った誰かが歩いて来るのが見えた。
……見つかったらまずい!
咄嗟に来た道を戻り、校庭の端の曲がり角を曲がった先に自転車を止める。自転車のオートライトの点滅が、見つかってしまうのではないかと速まる心臓の鼓動と重なる。いつも安全を守ってくれているはずのこの光は皮肉にも今は僕の安全を脅かしていた。
額に嫌な汗を流しつつ、曲がり角から校門の方をそっと覗いてみると、どうやら歩いて来たのは1人だけではない様だ。街灯の下で顔までは見えないものの、5〜6人の人影が確認できた。
服装はどの人物もTシャツにハーフパンツというラフな服装で、部屋着のままやって来たという感じだ。
まさか泥棒……な訳ないし。やっぱりうちの中学の生徒なのか?それならそれで、なんでこの夏休み真っ只中の深夜の学校へ来たのだろう?
やっぱり、さっきの嫌な胸騒ぎは的中している様な気がする。早くあの怪しい生徒達の事を真昼に知らせないと!
僕自身も他の人が見れば充分に「怪しい生徒」の一員なのだけれど、そんな事は都合良く棚に上げ、僕は急いで外の道から旧校舎の方へと向かった。
「よいしょっ…………っと!」
カシャン、とフェンスが軋む音と共に、僕は学校の敷地内に侵入した。外の道に自転車を乗り捨て、一通り周りに入れそうな場所がないか探したものの、僕の身長程の高さのフェンスがぐるりと校舎を囲んでいて、フェンスをよじ登る以外の選択肢は無かったのだ。
そう。だから、これは仕方のない事だったんだ。着地の衝撃でジーンと痺れる脚を屈伸させながら、僕は自分に必死に言い聞かせた。
フェンスを乗り越えた地点から、旧校舎まではすぐだった。ここでのんびりとしていたらさっきの生徒達に見つかってしまうかもしれない。僕はいつもの様に、壊れた南京錠を開けると充分に周囲を見回してから扉を少しだけ開け、そこに体を滑り込ませた。
「ま、真昼!大変なんだ!!」
図書室の扉を開け、間髪空けずに僕は息を切らしながら真昼を呼ぶ。すると、宙に浮かびながら読書をしていた彼女の視線がこちらを向いた。
「あ、彰⁈どうしてこんな時間に?」
まるで幽霊でも見たかの様に瞳を真ん丸に見開いて僕を見つめる真昼。僕は彼女との約束を破って真夜中にここへ来たのだから、驚くのも当たり前だ。……でも、今はとにかくあの事を伝えないと!
「塾の帰りに、何だか胸騒ぎがして……。来てみたら校門の前にうちの生徒が何人か集まってたんだ。真昼、夏休みが始まってから何だか元気ないしさ。あの生徒達が何か関係あるのかなって……」
約束を破った罪悪感もあって、説明をしているはずなのに、何だか言い訳がましくなってしまい、額に冷たい汗が流れた。真昼、やっぱり怒ってるよね……。彼女をチラリと見ると、彼女の視線はどうやら僕ではなく窓の外に向いている様だった。僕のいる場所からは何も見えないが、彼女には何かが見えているらしく、その1点を見つめ何かを考えている。
「真昼、ごめ「彰、あれ見て!」
僕が改めて彼女に謝ろうとした、その時。真昼が僕の言葉を遮り、窓の外を指差す。急いで窓の近くへと移動し、彼女の指先の示す方を見れば、なんと先程校門の前にいた生徒達の姿があった。
「どうして……旧校舎に?」
言葉ではそう言ったものの、僕は薄々彼らの目的に気付いていた。先頭の1人が大きな懐中電灯を持ち、それに続く2人が小さなLEDライトを持って周囲を照らしている。夏の夜、懐中電灯を持って学校に侵入し、する事と言えば……。
「肝試しだよ」
僕の思考を読んでいたかの様なタイミングで真昼が言った。
「彰が初めてここに来た時、言ってたでしょ?『旧校舎の幽霊』が噂になってるって。あの噂ね、どこから流れたのか分からないんだけど、私が幽霊になった直後からあって……。代々後輩に語り継がれて今まで続いてるの」
嘘だろ……?彼女の言葉に僕は耳を疑った。真昼の存在は事実だとしても、あの噂は誰かがカーテンが揺れるのを幽霊だと勘違いして流した根拠のない話だと思っていた。まさか、それ程長く語り継がれてきていただなんて。黙り込む僕に、彼女は淡々と話を続ける。
「噂って、伝言ゲームみたいに話しているうちにいつの間にか根拠のない尾ひれがついていくでしょ?……私の噂も、最初はただ『旧校舎に幽霊が出るらしい』なんてぼんやりしたものだったんだけどね。次第に尾ひれがついていって……『いじめで自殺した』『病気で学校に通えないまま亡くなった』なんて根拠のない話が出てきて、しまいには『幽霊に捕まったら呪い殺される』って言う子もいたっけ」
「そんな……。真昼は誰も傷付けた事なんて無い!どうしてそんな酷い事が言えるんだよ……」
怒りのあまり、思わず声が大きくなり慌てて口を押さえた。腹の奥底がカッと熱くなり、胸には黒いモヤが渦巻いている。こうして口を押さえていないと、今にも酷い言葉が飛び出してきてしまいそうだった。
酷い事を言われたのは真昼なのに、彼女は僕をなだめる様な優しい声で言葉を紡ぐ。
「自分の事みたいに、怒ってくれるんだね。ありがとう、彰。……でも、仕方ないんだよ。大抵の人達にとって、私はホラー映画の幽霊と何一つ変わらない存在なんだから。たとえ今は危害を加えていなくたって、本当に無害かどうかなんて証明のしようがないでしょ?」
真昼はあっけらかんとした笑みを浮かべながら「ね?」と僕に同意を求めたけれど、僕はどうしても頷く事が出来なかった。
「ふふ……。ちょっと意地悪な質問だったか。それにしても、皮肉な話だよねぇ。みんな、自殺だの病気だのいくら私が死んじゃった理由を想像した所で当の本人が何も知らないんだから。本当にさ、私に教えてほしいくらいだよ」
あは、と渇いた笑いを1つ浮かべると、真昼は何かに気付いた様で急に黙った。
「そんな事言ってる間に、肝試しの一行が近くまで来たみたい。彰、聞こえる?」
「うん……」
図書室の扉を閉めているため、微かではあるが耳を澄ませると遠くにパタパタという足音と何人かの話し声が聞こえた。どうやら彼らはもう既に図書室のある2階まで来ているらしい。
「多分大丈夫だと思うけど、彰は掃除用具入れに隠れてて。見つかったらまずいでしょ?」
「でも、真昼が……」
「私なら大丈夫!幽霊の噂を聞いて肝試しにやってくる子、ほぼ毎年何組かはいてね?もう、慣れっこなんだ」
僕が心配しているのはそういう事じゃないんだけどな……。僕のそんな思いは真昼に伝わっていない様で、何とか食い下がろうとはしたものの、彼女に「大丈夫、大丈夫」と丸め込まれ、結局僕は掃除用具入れに押し込まれてしまった。
掃除用具を外に出しておいたため、ロッカーの中には以外とゆとりがあった。まぁ、僕がひょろひょろのもやしっ子だというのもあるのだけれど。
ただでさえ照明の付いていない旧校舎の中は暗く、窓から差し込む月明かりだけが頼りなのに、この図書室はカーテンも閉め切っているために真っ暗だった。その上、今はロッカーに入っているものだからもう何も見えない。
暗闇の中で僕はさっきの真昼の言葉を思い出していた。
『もう、慣れっこなんだ』
明るく努めていたけれど、どこか悲しげで、諦めている様に感じた。全く危害を加えるつもりのない人達から「呪い殺される」なんて言われて、怖がられて……。「次こそは仲良くなれるかも知れない」って期待して、やっぱり駄目で。幾度とない希望と絶望の繰り返しはどれ程辛かった事だろう。真昼が夏休みをあんなに恐れていたのも無理のない話だ。
そして、今日もきっとまた彼女は傷付く事になるのだろう。
そんな事を考えていたその時。
『うわぁっ!』
『ギャー!!』
廊下から大きな悲鳴が聞こえてきた。きっと、真昼が何か動いたんだ!
僕は意を決し、ロッカーの扉をそっと開けて足音を忍ばせながら外に出る。暗い中を手探りで向かった先は図書室の扉の前。
図書室は2階の突き当たりにあるから、ここから除けば2階の廊下は全て見渡せるはずだ。僕は恐る恐る引き戸を数センチ開けると、片目で隙間を覗いた。




