第二十二話 ぼっちな僕とレアチーズケーキ
波乱の校外学習を終えて2日。僕は今、お土産を渡すために中山さんの家の前までやってきた所だ。
事前に連絡はしているものの、人様の家に訪問するという経験の乏しい僕はこの家のインターホンを押すたびに緊張してしまう。
今日も、一呼吸置いて落ち着いてからボタンを押すと、少ししてから中山さんのお母さんが出てきた。
「こんにちは、彰くん。実里にお土産を持ってきてくれてありがとう!あの子もきっと喜ぶと思うわ」
「いえいえ、本当にちょっとした物なので……。これ、お母さんから実里さんに渡していただけますか?」
お土産を渡すだけで長居するのも申し訳ないと思い、お母さんにヘアゴムの包みを渡そうとすると、彼女はこんな事を言った。
「……私から渡すなんてなんだか味気ないじゃない。そうだ!冷蔵庫に昨日私が作ったチーズケーキがあったわ。ね、彰くん。チーズケーキ、食べられる?」
「食べられますけど……。いつも、美味しいケーキを食べさせてもらってるのに、僕からは何のお返しもできなくて申し訳ないですよ」
「そんな事言わないで!……その、実里はずっと家に引きこもってるでしょ。お父さんも仕事で帰りが遅くて、いつも私と2人きりで過ごしてるの。だから、彰くんが来てくれるといい気分転換になると思う」
いつも明るくて元気な中山さんのお母さんの顔に、今は少し陰が差していた。
「……って、なんだか湿っぽくなっちゃったわね!そんな訳で、彰くん。実里を助けると思ってケーキ、食べて行って貰えないかしら」
いつもの明るい様子に戻った彼女は、縋る様にこちらを見て言った。……そんな風に言われると、何とも断り辛い。
「……分かりました。ケーキ、いただいて行きます」
「ふふ!じゃあ、実里に話してくるわね。彰くんはちょっと待っててね!」
普通の母親ってこんな感じなのだろうか。上機嫌で家の中に入っていくお母さんを見つめながら、僕はぼんやりとそんな事を考えていた。
「井上くん、本当にごめんね………。うちのお母さんが無理言っちゃって。この後、予定とかあったら全然帰っていいからね!」
「いや。今日は塾もないし、大丈夫。折角の手作りケーキなんだから、ゆっくり味わって帰るよ」
申し訳なさそうにしている中山さんを安心させようと、テーブルの上のケーキを一口すくって微笑む。すると、彼女もホッとした様で目尻を下げて笑った。
「ふふ、良かった。実はね、今日のレアチーズケーキ、お母さんと私と2人で作った自信作なんだ!まぁ、私は少し手伝っただけなんだけどね」
中山さんの笑い方、お母さんそっくりだ。そんな事を考えながら、すくったケーキを口へと運ぶ。
「…………どう?」
「……美味しい!チーズの生地がふわふわで、甘酸っぱくて、この間の有名店のケーキにも負けないくらいだよ」
お世辞ではなく、ケーキは本当に美味しかった。すくう手が止まらず、次々と口にケーキを運ぶ僕に彼女は笑って「ホールで作ったから、お代わりもあるよ」と言ったのだった。
2切れ目のケーキを平らげた僕は、ふと椅子の下を見る。すると、鞄からプレゼントの包装紙が見えた。
まずい。ケーキが美味しすぎて、今日ここへきた目的を完全に忘れていた。これじゃ、完全にただケーキを食べに来ただけの人だ。
「あのさ、中山さん。これ……」
ケーキのお皿をシンクに片付けようと立ち上がった彼女に、おすおずとプレゼントを渡す。
「えっ……」
「ごめん。ケーキが美味しすぎて完全に目的を忘れてた……。今日はこの間の校外学習のお土産を持ってきたんだ」
僕が正直に謝ると、彼女は目を見開いて驚きながらもプレゼントを受け取る。
「今、開けてもいい……かな」
「もちろん。気に入ってもらえるといいけど」
丁寧に包装紙を開けると、中の袋からガラス玉付きのヘアゴムが出てきた。中山さんは真昼と同じ様に青と黄色のマーブル模様の入ったガラス玉を光に透かしてじっと見ている。
「……その、女子へのプレゼントとかした事ないから、分かんなくて。中山さん、料理するって前に聞いたからその時に使ってもらったらいいかな、と思ったんだけど……。好みじゃなかったらごめん!」
「ううん、そんな事ない。すっごく可愛いよ。今まで使ってたヘアゴムが伸びてきちゃった所だったから、丁度良かった。早速使わせてもらうね!」
良かった……。中山さんも喜んでくれた様だ。しかし、ホッとしたのもつかの間、中山さんから思わぬ質問が飛んでくる。
「っていうか、女子へのプレゼントした事ないって言ってたけど、本当?すっごくセンス良いし、初めてとは思えないんだけど……」
ギクッ。
これが漫画ならば、僕はまさにこんな効果音を出して、額には青筋が立っていた事だろう。
「あはは……。やだなぁ。前にも言っただろ?僕、クラスでぼっちなんだよ。プレゼント渡す女子なんているわけないよ」
まさか、「幽霊の友達にプレゼントを買った」なんて言える訳も無く、曖昧に微笑んで誤魔化すと、僕は話題を変えるためにこう言った。
「ああ、そうだ。校外学習の話しようか?勿論、中山さんが良ければだけど。まぁ、ぼっちの僕の体験談だから、他の人達とはちょっと違うかも」
言ってしまった後で、あぁ、学校に行っていない中山さんにこんな話するべきじゃなかったかと思い、彼女の方を見る。すると、彼女は僕の予想に反して興味津々と言った様子でこちらを見つめていた。
「じゃあ、まずは和菓子作り体験の話にしようかな」
身振り手振りを交えた僕のなんて事ない話を中山さんはずっと笑って聞いていた。その楽しそうな様子は、クラスの女子達と全く変わらなくて、僕は話しているうちに教室で休み時間にクラスの女子と話している様な錯覚を覚えた。
来年の今頃にある修学旅行。その時に、中山さんと一緒に行けたらきっと楽しいだろうな……。決して口には出さなかったものの、心の奥ではそんな淡い期待を抱いていたのだった。
彰が帰った後。実里は自分の部屋でベッドに寝転びながら、彰に貰ったヘアゴムを手に着けて眺めていた。
『はぁ……。今日は久々に笑ったな。それにしても、井上くん、私がお土産の事を聞いた時、何だか焦ってたような気がする。クラスでぼっちだって言ってるけど、お母さんが言うには成績は学年トップらしいし、私の事も気にかけてくれるくらい優しいし、やっぱり、彼女とか……いるのかな?』
そこまで考えて、急にベッドに脚をジタバタさせる実里。
『いや、何で私、そんな事気になってるの⁈井上くんは、優しいけどただのクラスメイトだから!』
半ば無理矢理自分に言い聞かせる様にして、考えるのをやめる。
女子の勘と言うのは鋭い物で、この時の実里の考えも中々良い所まで真実に迫っていた。しかし、彰は付き合っている彼女がいるのを隠したのではなく、プレゼントを渡した彼女が幽霊だったのを隠したという事はまだ、今の実里には知る由もない。




