第十八話 ぼっちな僕の校外学習①
『須田川中学校2年3組の皆さん。おはようございます!本日、皆さんとご一緒させていただきます添乗員の唐田と申します。皆さんのご旅行が楽しい物になる様、精一杯努めてまいりますのでよろしくお願い致します』
梅雨の真っ只中に束の間の雲ひとつ無い晴天。まさに旅行日和、という感じだ。
今日は校外学習当日。僕達の乗った大型バスは目的地である京都を目指して高速道路を進んでいる。バスの1番前の席では、澄んだ声のバスガイド、唐田さんが張り切った様子で挨拶をしていた。黒髪を後ろでお団子にしていて落ち着いた雰囲気をしているけれど、顔立ちはかなり若く20歳前後に見える。
バスに乗る直前に、他のクラスのバスガイドさん達と唐田さんが集まっていたけれどその中で彼女は1番若かった。こんな事を言うのは良くないのかも知れないが、やっぱり学生にとって自分達と年が近い若い人というのは最も親しみやすい存在なのだ。
その証拠に、挨拶を終えた唐田さんは割れんばかりの拍手で2年3組から大歓迎されていた。お調子者の男子の中には、「唐田さんと写真撮りたいなー」なんて言っている奴もいるくらいだ。
和気藹々と盛り上がるバスの車内で、唯一負のオーラを発している生徒が1人。バスの左側、前から4番目の窓側の席に座り、じっと窓の外の景色を眺めているその生徒こそが、この僕だ。僕の隣の席の男子は前後の席の4人と大声で会話しているので正直とてもうるさい。しかし、今の四面楚歌状態で何か言える訳もなく……。
普段から喧騒と隣り合わせの学校生活を送っていたおかげで、この騒音にもすぐに慣れる事ができたのが不幸中の幸いか。
だから、僕が負のオーラを発していたのは周りのせいでは無いのだ。事の発端は、数日前に遡る……。
「校外学習、私も着いていっちゃダメかな?」
風邪も治り、久々に旧校舎へ向かうと挨拶もそこそこに真昼はこんな事を言った。
「へ?」
予想外の言葉に驚き、完全にフリーズする僕をよそに真昼は話し続ける。
「この間、校外学習の話してくれたでしょ?多分グループでもぼっちになるだろうって」
「うん。あれから自由行動の班を決めたけど、残念ながらそうなりそう……」
「だったら決まりだね!私が一緒に行動してあげるよ」
楽しげにウインクをする真昼。
「それは嬉しいけど、どうやって着いていくの?」
「ふふん、ちょっと目を瞑ってて!」
言う通りに、僕は目をギュッと瞑った。
暫くしてから、真昼の「もういいよー」と言う声が聞こえ、僕はその声のする方へ向かう。図書室のカウンターから聞こえてくる様だけれど、声が聞こえるだけで彼女の姿は見当たらない。
カウンターの上には、僕が贈ったデジタル時計と古い鉛筆や消しゴム。そして、意味深な1冊の本が置かれていた。
赤い高級感のある装丁に金の文字が映えて綺麗だ。恐る恐るその本を手に取り、分厚い表紙を開くと、空白のページに真昼にそっくりな女性が写実的な絵柄で描いてあった。
まさか……。僕はその絵に向かって話しかけた。
「もしかして……。真昼?」
すると、僕の背後から真昼の声がした。
「当ったりー!!」
「うわぁ⁉︎」
突然の事に驚いて飛び上がる僕。何で?さっきまで本の中に居たはずなのに。咄嗟にさっきまで女性のいたページを見ると、絵はすっかり消えて白紙に戻っていた。
「ふふ、びっくりした?」
悪戯っ子の様に笑う真昼に、僕は抗議する。
「もー、びっくりどころじゃないよ!でもまさか、本の中に入れるなんてね」
「彰が休んでる間に、何かできないかと思って色々練習してたんだ。そうしたら、本の中に入れたの!これで行事にも着いていけるって思ったら嬉しくて」
ずっとこの図書室にいたからかな、なんて笑う真昼を見て、僕はふと体育祭の時の事を思い出した。旧校舎の外に出た後、彼女の姿は僕の目から暫く見えなくなっていた。あの時は少しの間だったから良かったけれど、姿が見えなくなる時間が旧校舎の外に出た時間と比例していたとしたら……。
真昼は誰からも見えなくなるか、もしかすると存在自体消えてしまうかもしれない。
そう思うと、背筋がゾッとした。
「あのさ、真昼はこの学校の敷地から出た事はあるの?」
念の為に聞くと、暫く考えた後で彼女はこう答えた。
「私の記憶の範疇では、まだない……かな」
「体育祭の後、真昼が見えなくなったのは少しの間だったからまだ良かったよ。でも、今回の校外学習は京都まで行くから1日中この校舎の外に出る事になるんだ。だから、今回はやめておこうよ。また次の行事まで……」
「次の行事までに外に出て慣れておこう」と言おうとして、僕は語尾を濁した。真昼が下を向いたまま、押し黙っていたからだ。
2人とも何も言わず、短い様で長い沈黙が流れた。そして、その沈黙を破ったのは真昼だった。彼女は微笑む様な、でも少し悲しげな顔でこう言った。
「長い時間、学校の外に出たら消えてしまうかもって事はずっと考えてたよ。でもね、ここにだってずっと居られる保証はなくて、明日には私はもう居ないかも知れない。それなら、最後に彰と思い出が作りたい。それで消えるなら……私は、幸せだよ」
「そんな、消えるなんて言うなよ!ここにずっと居てもいいなんて言ったのは真昼だろ?言うだけ言っておいて、僕の事また1人にするつもりかよ……」
気が付いたら、僕はそんな事を言っていた。「真昼に消えて欲しくない」ただそれだけを思って言ったはずなのに、口からは彼女を傷つける言葉ばかりが溢れていく。
「真昼なんて……もう知らない!」
「待って……待ってよ、彰!!!」
真昼の制止も聞かずに、僕は走り出した。視界は歪んでよく見えないし、鼻の奥はツンと痛い。それでも、この旧校舎から一刻も早く抜け出してしまいたかった。
その時の事を思い出していると、また鼻の奥がツンと痛んできた。僕は潤む目を擦り、必死に真昼の事を考えない様に窓の外の景色に意識を向ける事にする。
いつの間にか高速道路を降りたらしく、僕達の乗ったバスはビル街を走っていた。中学校区の周りの景色とは大違いで、クラスメイト達も目を輝かせて街並みを眺めている。
暫くすると、ある建物の前の駐車場でバスは停まった。いよいよ、校外学習が始まる。体育祭の時にも思ったが、学校行事というのはぼっちにとって長く辛い1日だ。
せめて、大きなトラブルは起きません様に……。僕は周りに聞こえない様に小さなため息を吐いた。




