第十五話 ぼっちな僕と中間テストと一騒動
昼下がりの2年3組。人もまばらになった教室で、何人かの生徒がそれぞれ集まって話している。
「はぁ〜。終わった終わった」
「それ、どっちの意味だよ?」
「勿論、『ようやく終わった』の方。1年の学年末テストが散々の結果で親にすげー怒られたからな。今回は頑張ったんだ」
「ふ〜ん。その割には漫画ばっかり読んでたけどな」
「ギクッ。多分大丈夫だよ……。多分」
「テスト返しでも『終わった』って言ってないといいけどな」
小突き合いながら教室から出ていくクラスメイトの男子2人を横目に、僕は机に伏せる。
今日は中間テストの最終日。最後の科目である数学がまさに「重箱の隅をつつく様な」難問揃いだった事もあり、達成感はひとしおだった。まあ、大抵のクラスメイト達はここまでの達成感よりも来週のテスト返しへの不安が勝っていた様で青い顔をしていたのだけれど。
それにしても数学の最終問題。あれは酷かったなぁ。あの「鬼の赤沢」が作るのだから警戒はしていたのだけれど、まさかこの間僕が解けなかった問題とそっくりなのが出るとは。危うく4点を落とす所だった。
僕は鞄からテストの問題用紙を出してパラパラと流し見る。この調子なら今回も大丈夫そう。それもこれも勉強を手伝ってくれた真昼のおかげだな。またお礼を言いに行かないと。
そんな事を考えていると、いつの間にか教室にいるのは僕だけになっていた。テストの日は授業が昼までになるから、みんな帰りのホームルームが終わるや否や急いで帰って行く。きっと、友だちとの「お疲れ様会」をするのだろう。
勿論僕はその会に参加した事がなくて、こんな日の昼食はいつもジャンクフード。だから、実際にはみんなが何をしているかなんて分からなくて、こうして想像するしかないのだ。…………何だか、自分で言っていて悲しくなってくる。
あぁ、そうそう。テストが終わったにも関わらず、何故僕がこうして教室で待っているのかと言うと、テストの2日間だけ別室登校するというクラスメイトの中山さんを待っているからだ。断じて、ぼっち飯が寂しくて現実逃避しているとかじゃない。
昨日の帰りに会いに行った時には思ったより元気そうにしていたけれど、彼女にとっては約1年ぶりの登校だ。更にはテストも受けるとなると体力的にもメンタル的にも相当疲れた事だろう。
一刻も早く彼女の様子を見に行ってあげたいと思った僕は、鞄の中に入れたままスマホの電源をこっそりONにする。何故コソコソとしているかと言うと、校則で校内でのスマホの使用は原則禁止されているからだ。今は周りに人がいないから大丈夫かとも思ったが、一応。
ホーム画面には、何の通知も表示されていない。念のためにアプリを開いて、トーク画面を確認してはみるものの、今朝彼女が送った『テストが終わったら連絡するね』というメッセージが最後だった。
一体、どうしてしまったのだろう。時計を見れば、帰りのホームルームが終わってから15分程経っていた。彼女はホームルームには参加しないから、テストが終わった時点でLINEが来る物だと思っていたのだけれど。
まさか……。僕の事なんて忘れて帰ってしまったのではないか。
そんな考えがふと頭をよぎり、ブンブンと頭を振って無理矢理考えを打ち消す。僕はなんて酷いやつなんだろう。ぼっちになってから、人の残酷さを身をもって知った僕は、せめて自分だけはそうはなりたくないと強く誓った筈なのに。
もうこうなったら、待てるだけ待ってみよう。もし、万が一騙されていたとしてもいい。これは僕自身が彼女の力になりたいと思ってやったのだから。
長期戦に備えて椅子にどっかりと腰を下ろしたその時だった。
机の上に置いたスマホの画面が光り、新着メッセージがある事を告げる。
慌てて画面を見ると、そこには
『助けて』
その一言だけ。
僕は鞄も持たずに、教室から駆け出した。
「ハァ……。ハァ……」
息も切れ切れに、僕は部屋の前に立っていた。あまり使われておらず、ほぼ空き教室となっている相談室だ。中山さんは昨日ここでテストを受けていたから、恐らく今日もここにいる筈。
ガチャッ。
焦りからノックをする事も忘れ、勢いよく扉を開けると、下を向いて俯く中山さん、そしてスーツ姿の大きな後ろ姿が見えた。……思い当たる人物が一名。
「東先生……何やってるんですか?」
冷たい声で問う僕。
「おっ?井上じゃないか。こんな所でどうしたんだ?」
対して先生は何も気付いていない様子だ。……先生の仕事はかなり激務だと本で読んだ事がある。それに耐えるためには東先生並の屈強な肉体と、鈍感な精神が必要になってくるのだろうか。
そんな事を考えキリキリと頭が痛むのに耐えながら、僕は先生を部屋の外へと呼び出した。
「……東先生。前に先生は『中山には嫌われてる』って仰っていましたよね」
扉が閉まっているのを確認して、話を切り出す。
「あぁ。何故だか分からないんだがな。クラス担任として、中山とも仲良くなりたいと思ってるよ。……今日も、折角学校まで来たんだから、少し話そうと思ったんだけど、中山はずっと黙ったままでな」
嫌な予感がした僕は、先生にとある質問をする。
「先生……。ちなみに、どれくらい話していたんですか」
キョトンとして腕時計を見る先生。
「部屋に行こうと思ったのが、12時30分くらいだったから……。30分くらいかな!」
何でもない事の様にそう言ってのける先生を見て、頬に冷たい汗が流れた。はぁ……。やっぱり僕の予想通りだった。30分も一方的に話されていたら、そりゃあ助けも求めたくなる筈だ。
「東先生。中山さんにこれ以上嫌われたく無いんですよね?」
「あぁ。勿論」
「それなら、彼女に話す時は簡潔に。必ず5分以内にして下さい。……今日みたいに一方的に話し続けたら、彼女、また家に籠る様になりますよ。それでもいいんですか?」
感情を極力出さない様にしていたが、最後の方は怒りを隠しきれずに先生を睨みつける形になってしまった。
東先生は神妙な顔をして黙っていた。一生徒にこんな生意気な事を言われて怒っているのだろうか。
「あのっ……こんな事言ってしまってすみませんでした」
今更謝ってももう遅いとは思ったが、僕は先生に頭を下げる。すると、先生はポツリポツリと話し始めた。
「先生な。自慢じゃ無いけれど、学生時代は友達も多くて、部活にも打ち込んで……。充実した学生生活を送ってたんだ」
「…………」
「情け無い話だけど、教師になってみて初めて知ったんだ。学校に馴染めない生徒がいるって言う事を」
僕は下を向いて、黙って先生の話を聞いていた。
「先生、本当にダメだよな……。中山にも心を開いてもらいたいと思って、ずっと向き合ってきたけど余計に壁を作られてしまったし。きっと、中山は分かってるんだよな。『この人には本当の意味で自分の気持ちを分かっては貰えない』って」
「先生……」
僕の呼び掛けには応えず、先生は教室に背を向けてこう言った。
「井上。先生、また勉強してくるよ。中山の事、よろしくな。お前になら中山も心を開ける様な気がするんだ」
廊下を歩いていく先生の後ろ姿を僕はしばらく見つめていた。
「中山さん」
僕が部屋に入ると、本を読んでいた彼女が顔を上げた。
「井上くん。……東先生は?」
「先生なら、職員室へ帰ったよ」
そう言うと、ホッとした様子の中山さん。
「ごめんね……。あんなLINE送っちゃって。テストが終わった後に先生が来て、『テストできたか?』とか、『最近どうなんだ?』とかずっと聞かれて抜け出せなくなっちゃって……。机の下に携帯隠しながらLINEしてたから短いメッセージしか送れなかったんだ」
東先生……。薄々分かってはいたけれど、そんな事聞いてたのか。そりゃあ嫌われる筈だ。
「いやぁ、本当にびっくりしたよ。中々LINE来ないなーって待ってたら『助けて』って。焦って荷物教室に置いたまま走ってきたよ」
「本当にごめんなさい……」
中山さんは下を向いてプルプルと怯えている。
「あっ、全然怒ってないからね!とにかく、無事で良かった。東先生も、僕が話したら分かってくれたみたいで、申し訳なさそうにしてたよ」
「うん……。私も先生は悪い人じゃないと思うんだけど、どうしても……、その、合わなくて」
かなり言葉を選んで話している様子が伝わってきた。
「ハハッ。いいよ。そんなに言葉選ばなくても。東先生、だいぶ無神経で空気読めないもんね」
そう言うと、中山さんは目を見開いて驚いていた。
「井上くん、中々容赦ないんだね……。でも、確かにもう少し空気読んで欲しいかも」
「だよねー。あっ、そうだ。荷物取ってくるから、ちょっと待ってて!」
荷物を取りに行った後、僕と中山さんは一緒に歩いて下校した。昼下がりで人が少ないため、他の生徒に見られる心配もない。
今日は、色々な事があって疲れたな……。僕が疲れているのだから、彼女の疲れは相当な物だろう。彼女が無理をしていないか心配に思いつつも、僕は内心、誰かと一緒の帰り道の楽しさを噛みしめていた。




