第十四話 ぼっちな僕とチョコレートケーキ
「中間テストの日、私も学校に行こうと思うんだ」
中山さんの何気ない一言に、僕は驚いて持っていたフォークを落としそうになってしまった。
「そ、そっかぁ」
「うん。テストは皆と違う部屋で受けるんだけどね」
僕は平静を装ってなんて事ない世間話を聞いている様に彼女の言葉に頷き、間一髪落とさずに済んだ繊細なチョコレート細工をすくって口に運ぶ。
舌の上でゆっくり溶けていくチョコレート。あぁ、疲れた身体に糖分がしみ渡る……。
今回ばかりは東先生に感謝しなければいけないな。嬉しさから涙目になりながら、僕はしみじみと甘みを噛み締めた。
「井上、少し残ってくれないか?」
昨日の帰りのホームルームの後、塾のために急足で帰ろうとする僕を担任の東先生は呼び止めた。
もしかして……あの事だろうか?思い当たる節があった僕は、勢いよく頭を下げて謝る。
「社会の授業中、寝てしまってすみません!どうか……どうか、母にだけは言わないで下さい!」
しばらくその姿勢のままでいると、頭上からはぁ、と長いため息が聞こえた。あぁ、最悪だ。
だが、東先生の次の言葉は僕の思いも寄らない物だった。
「ハハッ。真面目すぎるのも考え物だなぁ」
「へっ?」
驚いた僕がそっと顔を上げると、先生は呆れた様な、困った様な優しい笑顔をしていた。
「そんな事で叱ったり、お母さんに言ったりしない。まぁ、毎授業寝られたらちょっと困るけどな!」
アハハ、と快活に笑う先生。
「それじゃあ、どうして……」
「何で呼び止めたのかって?」
「はい」
その時の僕には、先生に呼ばれた理由が全く分からなかった。
「井上、テスト期間に入ってから疲れてるだろ。授業中も眠そうにしてるし、休み時間もずっと課題に追われてるのを見て、少し心配になってな」
「そんな!大丈夫ですよ……」
「大丈夫じゃない奴ほど、そう言うんだよ。息抜き……って言ったらアレだが、また中山にプリントを届けに行ってもらえないか?」
一瞬の間。
「先生……。折角良い事を言ったのに、今の一言で全部台無しですよ。第一、プリントを持って行くのは、先生の仕事ではないんですか」
本当に、感動的なムードが台無しだ。ジトっとした目つきで見つめる僕に、先生は必死に弁解する。
「いや〜、そんな事言わないでくれよ。中山のお母さんがな、井上にまた来て欲しいって仰っているんだ。中山本人も、井上が来てから少し元気になってきているみたいでな」
それを聞いた僕は、無意識に先生を見る目つきを緩めていた。そんな事を言われたら、断るに断れない。
「はぁ……。分かりました。明日の放課後に渡してくればいいですか?」
「井上〜!やっぱり、お前は良い奴だなぁ!」
そう言って熱血オーラ全開で僕をハグしようとする先生をスレスレでかわす。東先生も、中々良いところがあるなんて思ったけれど、やっぱり前言撤回。
そんな訳で、僕はまたしても中山さんの家へプリントを届けに行く事になったのだった。本当は、彼女のお母さんにプリントを渡したらすぐに帰るつもりだったのだけれど、僕の為にケーキを買ったから食べていってくれ、なんてまたしても強引に連れてこられてしまい、今に至る。
そっと前に座る中山さんの様子を見ると、黙々とケーキを食べていた。しかし、どうにも食べ進めるのが遅い。前の苺のショートケーキは普通に食べていたから、ひょっとしてチョコレートケーキが嫌いなのだろうか。
「ねぇ、何か話したい事があるの?」
「へっ?どうして?」
「どうしてって……。さっきからずっと難しそうな顔してるから」
そんなに難しい顔をしていたのだろうか?彼女にこう言われてしまうなんて、僕はどうやら思った事が顔に出やすいらしい。ポーカーをしたらきっとビリに違いない。
まぁ、そんな事は置いておいて。隠し事ばかりしていても仕方がないので、僕は思った事を素直に彼女に聞いてみる。
「いや、ケーキが全然減らないから、チョコ、嫌いなのかなって……」
「ううん、チョコケーキ大好きだよ。しかも今日のはお母さんが張り切って隣町の有名なケーキ屋さんに買いに行ってくれた物だから。すっごく美味しい」
空元気にこう言ってはいるものの、やっぱり前に会った時よりも顔色が悪い。一口の量が少ないのもあるけれど、どうも食欲がないみたいだ。
それまでに話していた事を思い出すと、1つ心当たりがあった。
中間テスト……!
そうか、そうだよな。別室とはいえ、入学式以来ずっと来ていなかった彼女にとって1年振りの登校。緊張しているだろうな。
フォークを持つ手に無意識に力が入る。
ぼっちで、勉強以外には何も取り柄の無い僕だけれど、目の前の中山さんの為に何か出来る事は無いだろうか?
「あのさ、中間テストの日、良かったら中山さんの居る教室に行ってもいい?」
気が付いたら、僕はこんな事を口走っていた。
「えっ?」
突然過ぎる僕の提案に固まる彼女。
「あ、いや、久しぶりに学校行くなら知り合いがいた方が安心かな〜って、思ったんだけど……。あー、そうだよね。いきなり何言ってるんだって感じだよね。本当に。アハ、アハハハ」
最悪だ。折角彼女が登校する気になったというのに、これじゃ逆効果だ。どうして僕はよく考えもしないで思い付きをすぐに口にしてしまうんだ……。しかし、今更後戻りもできない僕は、どうする事もできず、口からは乾いた笑いしか出てこない。
「やっぱり、今のナシにしてもいい?」
僕がこう言ったのと、
「本当に、いいの?」
と中山さんが言ったのがほぼ同時だった。
「私、入学式以来学校行ってないでしょ?本当はすっごく不安だったんだけど、誰にも言い出せなくて……。井上くんが来てくれるなら、すっごく嬉しい。……でも、普段からプリント届けてもらって、話し相手になってもらって、その上付き添いまでしてもらうなんて申し訳なくて……」
中山さんの声はどんどん小さくなって、最後は聞こえないくらいだった。
「そんな事、気にしないでよ。前も言ったけど、僕、クラスでぼっちだから、いつも暇してるんだよ。帰りも塾が家に直帰するだけだから、付き添いくらい何の負担でもないんだ」
正確には、ほぼ毎日旧校舎に寄ってから帰ってるから直帰では無いのだけれど。
「それに、僕の周りには誰もいない。だから、別室登校の事も誰にも知られずに済むと思うよ」
僕がそう言うと、中山さんはしばらく考えていたけれど、最後には付き添いをするという事でまとまった。
当日の連絡手段が無いので、僕達はLINEを交換する。「新しい友だち」の欄に彼女の名前が表示されているのが何だか気恥ずかしい。ぼっちな僕の友だち欄には家族以外の名前はあまり無いのだ。
もしも、僕がぼっちじゃなかったら。
もしかすると、中山さんは今ほど僕に心を開いてくれていなかったかもしれない。そう考えると、ぼっちもちょっとは悪くないのかも?なんて思った。




