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ガリ勉ぼっちと真昼の幽霊  作者: 黄色い鳥
体育祭編(2年生5月)
14/30

第十二話 ぼっちな僕の体育祭③

 人気の少ない渡り廊下を曲がり、苔むした旧校舎を正面玄関までぐるっと回り込む。次に壊れたままの南京錠を外し、建て付けの悪い引き戸を少し開けると、僕はその隙間へ身体を滑り込ませた。


 真昼と出会ってから毎日の様に繰り返してきたこの一連の流れ。引き戸を開けるちょっとしたコツも繰り返しの末に編み出し、今では驚く程スムーズに旧校舎へ入れる様になっていた。こう言うと、歴戦の空き巣みたいでちょっとおかしいけれど。


 急ぎ足で階段を登って2階に着いた時、僕は少しの違和感を覚える。でも、答えはすぐに分かった。前よりも体力を消耗していないんだ。前は少し走るだけで息は切れ、立ち止まると滝の様に汗が噴き出ていたのに。


 もしかして……毎日ここまで通っているうちにダッシュと階段の登り降りで体力がついていたのだろうか?それなら、今日のリレーで思っていたより速く走れたのも納得がいく。


 そんな事を考えていると、あっという間に図書室の前へ辿り着いた。僕の思い違いかもしれないけれど、本当の事を確かめなければ。いつの間にかきつく握りしめていた拳を開き、引き戸を一気に開ける。


 図書室は、まるで時間が止まっているかの様にシーンと静まり返っていた。唯一開いている窓からの風がカーテンを揺らし、この部屋を時間の流れの中へ戻す。


 「真昼ー?」


 呼び掛けても反応は無い。この間みたいに掃除でもしているのだろうか?そう思って本棚の周りを探してみてもやはり彼女はいない。宙に浮かんでいた箒も今日は静かに掃除用具箱に収まっていた。


 こんな事は前にもあったんだ。まさか、こんなに呆気なく消えるはずが無いじゃないか。必死に冷静を保とうと、そんな事を考えてはみるものの、頭の片隅の不安は少しずつモヤモヤと膨らんでくる。


 少し落ち着こうと椅子に座り、鞄の中から水筒を取り出してグビグビと一気に飲む。水分補給はしていたつもりだったけれど、やはり1日中外にいた事で体が水分を求めていたらしい。冷たい麦茶が身体中にキーンと染み込んでいく。心なしか、頭も心なしかスッキリと冴えた気がしてきた。


 よーし、これで何もかもトントン拍子に進む気がする。まずは真昼を探さないと……。


 

 僕が立ち上がろうとした瞬間。




 何かが僕の肩をトントン、と叩いた。





 「うわぁっ!」

 驚くあまり、飛び上がって椅子を後ろに倒してしまう。トントン拍子……ってそういう事⁈


 恐る恐る後ろを振り返ってみると、そこにはボロボロの鉛筆が宙に浮かんでいた。


 ん?浮いてるって事は……。


 「まさか……真昼?」

 僕がそう聞くと、鉛筆の先が宙にグルグルと丸を描く。なるほど、大当たりって事か。どうやら、真昼は話せなくなってしまったらしい。


 「うーん。どうしようか」

 何か役に立つ物はないかと鞄を漁ってみると、体育祭のプログラムが出てきた。そうだ!これなら……。


 机の上に裏向きにしたプログラムを広げると、鉛筆を持つ(浮かせる?)真昼も僕の意図を理解した様で、紙の上に文字を書き始めた。僕にはどれだけ練習したって書けそうにない繊細な字だ。

 『ごめんね。私の声、彰に聞こえなくなっちゃったみたい。今も話してはいるんだけど』

 「筆談の事なら、気にしないでいいよ。それより……今日は、真昼に聞きたい事があって来たんだ」


 僕がそう言うと鉛筆の動きが一瞬止まる。どうやら、思い当たる節があるらしい。

 『うん。分かってる』

 真昼はさっきよりも小さな字で書くと、鉛筆を机の上に置いた。


 それと同時に、真昼の指先と爪先がうっすらと現れ、砂の粒が集まる様に腕と脚も少しずつ見えてきた。

 「真昼……!体が見えてきてる!」

 その後、胴体、首が少しずつ時間をかけて姿を現し、最後の最後に頭が見える様になった。

 

 しかし、見える様になったにも関わらず彼女の表情はこちらからは全く分からなかった。体操座りの姿勢で膝に顔を埋めていたからだ。僕は疑問に思っていた事を切り出す。


 「あのさ……」

 呼び掛けても、反応は無い。

 「今日のリレーの時、バトンが浮いたのってもしかして……真昼がやったの?」

 「………………」

 「………………」

 2人の間にしばらく沈黙が流れた。こんな時、なんて言えばいいんだろう。僕は分からないなりに必死に考えて話す。


 「……僕、怒ってないよ。確かに、少しびっくりはしたけど。真昼には感謝してるんだ。あの時、バトンが繋がったおかげで僕達のクラスは2位になれたんだから」

 真昼はさっきの姿勢のままでじっと話を聞いていた。僕はそのまま話を続ける。

 「リレーが終わった後にね、バトンを落としそうになった女子から感謝されたんだ。幽霊が見えない人からは、僕がバトンを取った様に見えたみたいでね。でも、これは僕じゃなくて真昼の力だ。だからここに来て真昼にお礼が言いたかったんだ。……ありがとう。真昼」


 そう伝えると、真昼が顔を上げた。それと同時に僕はギョッとした。彼女の目に大粒の涙が浮かんでいたからだ。


 ちょっと待て!これって、やっぱり僕が泣かせたって事になるのか?僕はどうしたらいいのか分からずオロオロとうろたえる。


 すると、彼女が口を開いた。


 「ごめん。ほんとにごめんなさい……。私、外に出るつもりなんて無かったの。でも、彰が走ってる所、どうしても見たくなって……。丁度その時に2年生のリレーのアナウンスが聴こえてきて居ても立っても居られなくなっちゃったんだ」

 真昼は涙声で時々途切れながらも話を続ける。僕は黙って話を聞いていた。

 「外に出て、運動場の方まで飛んでいってね。トラックの上空から、見てたんだ」

 「そうなんだ。全然気付かなかった……」

 「ふふ、緊張してたもんね。……それで、彰が走る番になって、私も自分の事みたいに緊張してた。そうしたらバトンが落ちそうになって、危ない!って思ったら……」

 「無意識にバトンを浮かせちゃったんだ」

 コクン、と頷く真昼

 

 「パニックになって、すぐにここまで戻ってきたら何だか違和感があったんだけど、もうその時には体が見えなくなってたみたい」

 「そっか……」

 「でも今思うと惜しい事したなぁ……。彰の走る所見られなかったし」

 「やめてよ。アンカーの祐介ならまだしも僕の走りなんて別に見てて面白くもないし」

 

 眉を下げ、心底残念そうな表情の真昼。でも、いつの間にかその顔から涙は消えていてホッと胸を撫で下ろした。


 「でも良かった。リレーも良い結果で終われたし、真昼もこうして見える様になった」

 「うん。本当に良かったぁ。でも、旧校舎の外に出ると暫く姿が見えなくなるなんて……」

 

 その言葉を聞いて、僕の中に1つ疑問が生まれる。


 「え?真昼は今までその事を知らなかったの?」

 しばらく考えてから真昼は口を開いた。

 「うん。そもそも外に出たいと思う事自体あんまり無かったからなぁ……。それを伝えてくれる人もいなかったし」

 「うーん、幽霊の生態……は流石に本にも載ってないだろうし、一つひとつ確かめて確認していくしかないね」

 生態という言葉は幽霊には当てはまるのか?という疑問は、胸の内にしまっておこう。




 「あっ……。彰、今日は塾がある日じゃなかった?」

 真昼にそう言われて、鞄に入った腕時計を取り出して見てみると時計の針は午後5時を指していた。


 「えっ⁈まずい、早く帰って着替えないと!」

 危うく塾に遅刻してしまう所だった。日が落ちるのも遅くなってきたから、こんなに時間が経っていた事に気付かなかった。全く、朝といい今日は遅刻してばかりだ。


 「ありがと、真昼」

 僕がお礼を言うと、真昼は図書室のカウンターの方に視線を向けてにっこりと笑った。

 「どういたしまして。彰のプレゼントのおかげだよ」

 彼女の視線の先、カウンターの上には日付表示付きのデジタル置き時計。そして壁には新しいカレンダー。どちらも僕が時間の感覚が鈍くなっていた真昼にプレゼントした物だ。活用してもらえている様で良かった……と言うか、僕の方が助けられてしまった。


 「じゃあ、また来るね」


 真昼に別れを告げ、急いで階段を駆け降りる。それにしても、今日は長い1日だったな。慣れない運動でクタクタな身体とは反対に、どこか清々しい気持ちで2年の体育祭は終わりを迎えた。

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