第十一話 ぼっちな僕の体育祭②
時刻は午後2時前。5月にしてはかなり強い日差しが降り注ぎ、ジリジリと肌を焼いている。少し風が吹いて涼しいのが救いだ。
僕はあれから無事に学校に着き、何とか遅刻せずに体育祭に参加する事ができた。綱引きと玉入れの2種目は午前中に問題なく終え、たった今クラス対抗の大縄跳びも終えた所。
ちなみに、僕のクラスである2年3組は本番で今まで練習での記録を大きく更新。5クラス中2位という中々の順位につく事ができた。
周りを見ればクラスメイト達は大縄跳びの大健闘の余韻に浸りあちらこちらで友達同士集まり、話に花を咲かせている。さらにはこんなに暑いにも関わらず、クラスのテントの外に出て取っ組み合いをする男子までいる。あぁ、見ているだけで体温が上がる。
え?僕は何をしているのかって?
聞かなくても分かると思うけれど、一応答えておく。体力のないもやしっ子の僕は慣れない運動+直射日光でぐったりと、それこそ茹でもやしの様にテント内の椅子に身体を預けていた。もちろん一人きりで……と言いたい所だが、テントの中には他にも何人かが座っていた。
誰がいるのかと周りを見渡すと、後方に座っていた祐介と目が合う。あれ?祐介って、昔からスポーツ万能で中学に入学した時も色んな部活に勧誘されてなかったか?まあ、当の本人は小学校からサッカー一筋で、他の部活には興味無かったみたいだけど。そんなスポーツマンが、なんでこんな所にいるんだろう。
「ん?彰じゃん。どうした?」
「いや、何でも。祐介こそ、こんな所で座り込んでどうしたんだ?もしかして、大縄でバテたとか?」
僕が悪戯っぽく、ニヤリと笑うのを気にせず、祐介はいつもの爽やかな笑顔でこう言った。
「まさか!俺、クラス対抗リレーでアンカーやるからさ、ちょっとでも体力温存しておこうと思って」
そういえば、今回のリレーはトラック半周で次の人に交代だけれど、アンカーだけは1周走るんだったか。
「そっか。1周全速力で走るのは中々疲れるもんな。僕もアンカー様の足引っ張らない様に気を付ける」
「まーた、そんな事言って。彰も結構足速いだろ?小学生の頃、選抜リレーで一緒に走ったし」
「そんな昔の事……。まあ、出来るだけ頑張ってみるよ」
そんな事を話していると、競技が終わり、次はクラス対抗リレーが始まる様だ。アナウンスで呼び掛けられ、僕達2年生は入場口へ向かった。
『さぁ、次は2年生のリレーが始まります!実況は放送部3年の樋口が務めさせていただきます』
いよいよ、リレーが始まる。基本男女が交互に走る為、トラックの手前側には男子、奥に女子が集まっている。周りの男子達の顔を見渡すと、運動の得意不得意に関わらず、皆緊張した面持ちだ。
アナウンスがあり、スタートラインに5クラスの最初の走者の男子5人が並ぶ。
「位置について、よーい……」
パンッ!
スターターピストルの音が鳴り響く。
『5人が一斉にスタート!ビブスの色は1組から順に赤、青、黄、緑、白になっております。……おっと、先頭に出てきたのは青!2組です!その後に3組、1組、5組、4組と続いています』
うちのクラスは2位。中々幸先のいいスタートだ。
その後、大きな順位変動もなく3組は2位のまま進み、いよいよ僕もトラックの中へ進む。僕の前に走るのは田端茉莉花さん。吹奏楽部所属の大人しい女子だ。
『さあ、バトンパスです。順位は2組、3組、5組、4組、1組となっています。おおっと!ここで緑のビブス。4組が一気に2位に躍り出ました!』
バトンパスは上手くいき、一生懸命に走るものの2人に抜かされてしまう。3組の現在の順位は4位だ。
「頑張れ!頑張れー!」
クラスの皆の声援が聞こえる。
彼女が次第に近付いてきた。あと10メートル位か。本来ならリードをする所だけれど、彼女の走る距離を少しでも減らす為、僕はラインの1番手前で右手を後ろに伸ばして待つ。
7メートル、5メートル、3メートル。もう少しでバトンパスという、その時。
「きゃっ……」
やっとバトンパス、という所で気が緩んだのか躓いてバランスを崩す田端さん。
「あぁっ!」というクラスの皆の悲鳴が聞こえる。
幸い転びはしなかったものの、彼女の手からバトンが離れ、そのままこちらに飛んでくる。
たった数秒なのに、スローモーションの様に長く感じた。僕はバトンをキャッチしようと精一杯手を伸ばす。しかし、あと数センチ届かず、無常にもバトンは僕の爪に当たる。
ああ、ここでバトンを落としてしまえば、間違いなく3組は最下位になってしまうだろう。悔しさに顔を歪めたその時。
バトンが数センチ浮かび、僕の手に収まった。
え?
一瞬頭が真っ白になるが、すぐに我に帰る。
駄目だ。今は考えてる場合じゃない!
僕は前だけを見て走り出した。
「はぁ〜。惜しかったなぁ」
「確かになぁ。でも、1位と僅差なんて凄い追い上げだよ!」
あれから、他のクラスでもバトンパスのミスがあり、アンカーの祐介の怒涛の追い上げの成果もあって3組は僅差で2位という結果になった。
ふぅ。トラブルはあったけれど、何とか無事に終わって良かった。
安心すると共に、僕の頭には1つの疑問が湧く。
さっきのバトンの不自然な動き。あれってもしかして……。
「井上くん」
「わぁっ!」
考え込んでいた所に、突然声を掛けられたものだから驚いて大きな声を上げてしまった。
「あ……。田端さんか。ごめん、考え事してた」
「こっちこそ、突然ごめんね!さっきのリレー、井上くんに助けてもらったからお礼が言いたくて」
「いやいや、僕は何も……」
「そんな事ないよ!あの時井上くんがバトンをキャッチしてなかったら、きっとうちのクラスは2位になれなかったと思う」
周りからは、あのバトンの不自然な動きは見えていなかったのか……。怪しまれなかった安堵感と、自分の功績でない事を褒められた虚しさが重なり僕はぎこちなく微笑む。
「それにしても、ちょっと意外だったな」
「え?」
「井上くんって、足速いんだね。頭良い印象が強かったからびっくりしたよ」
予想外の言葉に驚き、ぽかんとしてしまう。足が速い?一体誰の事を言ってるんだ?確かに必死に走ったけれど、僕は結局誰も追い越せなかったのに。
「茉莉花ー!どこー?」
田端さんを呼ぶ声が聞こえてきた。
「あっ、呼ばれてる。井上くん、本当にありがとね!」
彼女は笑顔でそう言うと、友達の方へ戻っていった。
トラックでは3年生のクラス対抗リレーが行われていた。話し相手のいない僕は暇潰しに観戦しようとクラスのテントへ向かう。
テントに着くと、前に何故か人だかりができていた。先輩、後輩、男女問わず。何でテントの外に集まるんだ?と疑問に思った僕だったが、人だかりの中心にいる人物を見て納得する。
「あっ!彰」
中心人物は5月の空の爽やかさにも負けない笑顔でこちらに笑い掛けてくる。なるほど。リレーのアンカーとして大活躍した祐介を皆で取り囲んでいたのか。まるでヒーローインタビューだ。ひょっとして、1位のクラスのアンカーより人気者なんじゃないか?
「もう俺、感動したよ!何でもない感じでバトン取ってさぁ。走り始めたらグングン距離縮めてくし。すっごくカッコ良かった!」
目をキラキラと輝かせて話す祐介。それとは対照的に冷たい目で僕を見つめる周りの人達。祐介がいる手前、何も言わないけれど「誰?」「祐介と話したいのに邪魔」という声が視線からビシビシと伝わってくる。
ごめんなさい。あなた達のヒーローを独り占めするつもりなんて、これっぽっちも無いんです。
「祐介の方がよっぽど凄いよ。4位だったのを2人抜き……いや、もう少しで3人抜きする所まで追い上げるなんて」
周りを見ると、ファンの人達はうんうん、と満足気に頷いていた。良かった。こちらに敵意のない事は伝わったらしい。これ以上、余計な事を言わないうちに退場しよう。
僕がその場を抜けようとした時、グラウンド中に歓声が響き渡る。どうやら、3年生のリレーが終わったらしい。これで全ての競技が終わり、閉会式が始まる。祐介のファン達もそれぞれのクラスへと帰って行く。偶然にもいいタイミングだ。
それにしても……長い1日だったな。
ずっと気を張っていたせいか、疲れも相まって閉会式と帰りのHR中はずっとボーッとしてしまった。ふと気が付くとHRも終わり、皆帰った様で3組の教室内はがらんとしている。
そうだ。あの事を確かめに行かなければ。僕は教室から1歩踏み出した。




