第九話 ぼっちな僕と苺のショートケーキ
「………………」
「………………」
大きなテーブルを挟んで、向かい合う男女。これだけ聞くと、お見合いか何かだと思う人もいるだろう。
残念ながら、お見合いの様な初々しいドキドキ感は無い。僕達の間にあるのは何とも言えない重苦しい沈黙と、2つの苺ショートケーキ。
ああ、どうしてこんな事に……。
「えーっと、確か……ここだったかな」
帰り道、僕は1軒の家の前で足を止めた。白い外壁に紺色の屋根の2階建て。この辺りの家では珍しい配色だ。
僕の手には帰りのホームルームで東先生から預かったプリント。そう。先生からの頼みを断りきれず、不登校のクラスメイト中山実里さんに学校に来る様説得をしに来たのだ。
中山さんとは小学校が同じで、家が近かった事から低学年の頃は他の子も交えて一緒に登下校していた。ただ、高学年になるにつれて男女で分かれて行く様になったから、特別仲が良かったと言う訳でも無い。
そんな男子がいきなり家に来て、いらっしゃーいなんて笑顔で迎えてくれる訳がない。ましては説得なんてしたら確実にドン引きされる。……先生には申し訳ないがプリントだけ渡してさっさと帰ろう。
「中山」の表札を確かめ、インターホンを押すと、暫くして小柄な女性が出てきた。中山さんのお母さんだろう。
「お久しぶりです。いきなり訪ねてしまってすみません。中山さん……いえ、実里さんと同じクラスの井上です」
「もしかして彰くん⁈背も伸びて、大きくなったねぇ。昨日東先生から電話貰って無かったら、誰か分からなかったよ」
東先生……。わざわざ僕が来る事を電話しておいてくれたのか。中々気が利いている。
「そうですか……。なら、話が早いですね。これ、体育祭のプリントと学年便りです。会って話すのは実里さんの負担になると思うので辞めておきます。申し訳無いのですが、先生には僕達が会ったと伝えておいて下さい」
お母さんにプリントを手渡し、僕がその場から足早に立ち去ろうとすると、後ろから肩を掴まれた。
「ちょっ、ちょっと待って!……そう。彰くんが来てくれるかと思ってケーキ買ってきたの。それだけでも食べていって貰えない?」
その声には必死さが滲み出ていた。
「それにね……。今日彰くんが来る事、あの子に話しておいたんだけど、先生が家庭訪問に来る時より嫌そうじゃなかったから……」
東先生……。そこまで嫌われるなんて、一体何をしでかしたんだ。
「うーん……。分かりました。僕はここで待っているので、実里さんの準備が出来たらまた呼んで下さい」
僕がそう言うと、お母さんはホッと安心した様だ。
「良かった。じゃあ、実里に話してくるから、少し待っててね」
家に入って行く後ろ姿を見送ると、僕はふぅ、とため息をつく。
昨日の先生といい、今回といい、どうも僕は必死に頼み込まれるのに弱い。面倒事に巻き込まれる前に、はっきり断ればいいのにどうも断りきれないのだ。
そんな事を考えているうちに、玄関の扉が開き、お母さんが招き入れてくれた。
「さっ、どうぞ。実里もいいって言ってるし、入って入って!」
「ど、どうも。お邪魔します……」
玄関に入ると、外壁と同じ白を基調とした内装が目に入ってくる。スリッパは屋根と同じ紺色。
実里さんのいるリビングの前まで案内してもらい、部屋の中に入ろうとするとお母さんが「それじゃあ、ごゆっくり」なんて笑顔で言う物だから驚いた。
「へ⁉︎ちょっと待っ……」
「だって私がいたら話し辛いでしょう?」
いやいや、2人にされる方が辛いです……。
「大丈夫大丈夫!」
強引に押し切られ、中々強い力でリビングへ押し込まれてしまった。あの細い体のどこにこんな力が……。
前を見ると、リビングダイニングの大きなテーブルの奥側に中山さんが座っていた。ずっと家に居るのか日焼けしていない白い肌に長い黒髪が良く映えている。ただ、最後に会った入学式の時よりも顔色は良い様だ。
「あ、久しぶりだね……。今日は無理言っちゃってごめん」
「ううん。こっちこそ、うちのお母さんが無理矢理連れてきちゃったから」
そこで会話は途絶えてしまい、今に至ると言う訳だ。チラリと彼女の方を見やると、下を向いて俯いており、表情は読み取れない。
「………………」
「………………」
ああ、気まずい。ぼっちの僕は常に沈黙や気まずさとは隣り合わせだけれど、その中でも今回は飛び抜けて気まずい。どうやって、この沈黙から抜け出そうか。
「「あの」」
殆ど同時に2人の声が重なった。どうやら、気まずいのは向こうも同じだったらしい。
「中山さんから、先にどうぞ」
「ううん、井上くんからどうぞ」
「いや、そっちから」
「そっちから」
「「ぷっ」」
譲り合うあまり、会話の進まない事がおかしくなり2人同時に笑い出す。
「はは!これじゃ、全然話進まないよ」
「確かにね。ふふ、こんなに重なる事あるんだね」
そうして笑い合っていると、さっきの気まずさが嘘だったかの様に感じてきた。
「はぁ、そろそろケーキ食べよっか」
「そうだね。折角中山さんのお母さんが買ってきてくれたんだから」
「そうそう。お母さん、井上くんが来るって聞いてすっごくウキウキして、ケーキまで買ってきちゃったんだよ?普段はこんな事滅多にないのに」
「そうなの?」
中山さんはケーキのフィルムをフォークで上品に剥がすと、悲しげにこう言った。
「うん。でも、ケーキ食べたり、好きな事してるとね、皆は頑張ってるのにずっと引きこもってる私がこんな幸せになっちゃいけないんだ、って考えちゃうんだ。誰かが見てる訳じゃ無いのにね」
クルクルとケーキのフィルムを手で剥がしていた僕は俯く彼女の言葉を黙って聞いていた。剥がし終わったフィルムからフォークで生クリームを掬い取る。
「あっ……。ごめん。こんな暗い話、聞きたく無いよね。本当に、ごめんなさい」
「ねぇ、中山さん」
「えっ。何?」
「フィルムのクリームってさ、すっごく美味しいんだよ。ケーキと同じ味に決まってるんだけどさ」
中山さんは唐突にクリームの付いたフォークを差し出しながら話す僕をポカンとした表情で見つめている。
「中山さんも試してみてよ。ちょっと行儀は悪いけど、今は気にせずに」
さあ、と僕が促すと彼女は少し戸惑っていたけれど、恐る恐る畳んだフィルムをもう一度広げ、クリームをフォークで取ると、そっと口に入れた。僕もそれに続く。
「……!美味しい」
「だろ?……このクリームみたいにさ、ちょっと手を伸ばすだけで届く幸せをさ、さっきのクリーム付いたままのフィルムみたいに捨てちゃうのは勿体ない」
「…………」
「ケーキだって、折角買ってきて貰ったんだからさ、罪悪感感じる必要なんて無いんだよ。心から幸せになって、美味しく食べた方が絶対にいい。ケーキだってその方が喜ぶに決まってる……って、何で笑ってるの?」
何と、彼女は声をあげて笑っていた。最初は頑張って堪えようとしていたけれど、耐えきれなくなったという感じで。
「アハハハ!……ふぅ。ごめんね。真剣に喋ってるのに、笑っちゃって」
「全然いいんだけどね。何か笑えるとこ、あったかなぁ……」
真剣に喋っていたのが、急に恥ずかしくなってきた。
「ケーキだって喜ぶに決まってるって、急にケーキが自我持ち始めたのが、ツボに入っちゃって……ふっ、ふふふ」
また、笑い始める彼女。……まぁ、いいか。彼女にとって、今日が少しでも楽しい1日になったなら。
ケーキを食べ終えた後、体育祭のプリントを見ながら2人で話していた。学校の話題は余り出さない方がいいかと思っていたが、彼女の方から話題に出してきたのだ。
「それで、井上くんは何の競技に出るの?」
「あー、全員参加の大縄跳びとクラス対抗リレーでしょ、あと選択競技が綱引きと玉入れだったかな。僕、クラスでぼっちだからさ。毎年団体競技ばっかりになるんだよね」
そう言うと、彼女は目を見開いて驚いている様子だった。まぁ、普通の反応だ。引かれてしまっても仕方がない。
「……嘘でしょ」
「へっ?」
予想外の言葉に今度はこちらが固まってしまった。
「えっと……。どういう意味?」
「どういう意味って……。そのまま。周りから避けられる人には見えないから。井上くん、凄く喋りやすいし、話も面白いし……。友達、沢山いるんだろうなって思ってた」
彼女の言葉を嬉しく思うと同時に、少し胸が苦しくなる。それを悟られない様に、僕は精一杯の作り笑顔で答えた。
「そんな事、初めて言われたよ。ありがとう。あ、……僕、そろそろ帰るよ」
「そっか。良かったら、また来てよ。井上くんにだったら、学校の事も話せるなって……思って」
「うん。また東先生に相談してプリント持って来るね。中山さんさえ良ければ、何でも相談してよ。僕相手なら、秘密が漏れる危険性も限りなく低いから」
「どうして?」
「話す相手自体がいないからね」
なんて、自虐ネタで締めて中山さんの家を後にした。帰り際に、彼女のお母さんにケーキのお礼を言うと、逆にこちらがお礼を言われてしまった。どうやら、中山さんが大声で笑ったのは随分久々らしい。
先生に頼まれて、最初は面倒だと思っていたけれど実際に行ってみれば、ケーキも食べられたし久々に同級生と長時間話してとても楽しかった。
中山さんにした話みたいに、僕も今までクリームの付いたままのフィルムを沢山捨ててきてしまったのかもしれない。彼女に話す中で、僕自身もその事に気付かされた。真昼の件だってそう。もしかしたら、明日にだって消えてしまうかもしれないんだ。
だから、僕は決めた。変なプライドは捨てて、会える時間があれば旧校舎へ行こう。
失われてしまってから後悔したって、記憶の中の幸せが戻ってくる訳じゃ無いのだから。




