第八話 ぼっちな僕と窓辺の幽霊
図書室の引き戸を開けると、すぐに真昼が出迎えてくれた。
「あれ?彰、遅かったね。てっきり今日は図書委員の仕事で来ない日かと思ってたよ」
ここに来る度、彼女が跡形もなく消えてしまっているのでは無いかと胸がざわつく。そんな僕の思いを知らない真昼のとぼけた様な声に気が抜けた。
「いや、委員会の仕事は2週間に1回だから、今日は無いよ。……っていうか、そう言えばこの部屋カレンダーも無いし、時計も止まってる。これじゃ、今の日付も時間も全く分からないじゃないか」
僕がそう言うと、真昼は窓際までふわふわと飛んでカーテンを開け、中学の校舎を指差した。
「あれ、見える?」
その先には、最上階につけられた大きな時計。
「ひょっとして、あの時計を見て時間を確認してたのか?」
こくん、と頷く真昼。
「彰が来るまでは、時間なんて関係なかったんだ。朝が来て、夜が来て、また朝が来る。その繰り返し」
春風が校庭の木を揺らしているのが見えた。真昼はそのまま話を続ける。
「幽霊になってからね、お腹空いたな、眠いなっていう感覚も無くなって……。暇だからこの図書室に残った本を読んだり、掃除したり。物を動かすのも最初は上手く出来なかったけど、段々上達したんだよ?ほら!」
真昼が部屋の中を向いたので、視線をそちらへ向けると机の上に積み上げられていた本達が宙へ浮かび、ストン、ストン、と音を立てながら1冊ずつ本棚へ収まっていった。
「凄いな……。これがポルターガイストかぁ」
「そ!正真正銘、本物だよ」
おどけた様にウインクを飛ばす真昼だったが、急に黙り込んでしまった。
「真昼……?どうかしたの」
「ふふ、やっぱり彰ってちょっと変だよ」
「えー、それって褒めてるの?それとも、貶してる?」
僕が口を尖らせて拗ねると、真昼はクスクスと笑いながらなだめるような声で話を続ける。
「褒めてるよぉ。だって、他の子達は物が浮いてるのを見たらまず逃げ出しちゃうからさ。幽霊の噂を聞いて肝試しに来る子達の中に1人でも私と話せる子がいないかなって探すんだけど、駄目で。ずっと、その繰り返しだったよ」
期待して、やっぱり駄目で。それでも諦め切れない気持ちは僕にもよく分かる。眠る事もできない真昼にとって、孤独な時間はどれだけ長く感じられた事だろう。
「真昼は、ずっと一人で辛くなかった?」
「……そうだなぁ。はじめは寂しかったし、辛かったよ。その内、慣れちゃったけどね」
「そっか」
「うん。でもね、最近また寂しいんだ。何でか分かる?」
唐突に聞かれて狼狽えてしまい、言葉が出てこない。部屋はしーんと静まり、外の渡り廊下を走る男子生徒の笑い声だけが聴こえていた。
「チッチッチ。はい、時間切れ!ね、本当の本当に分かんないの?」
そう言ったって、分からない物は分からないのだから仕方がない。僕はさっきの彼女の様にこくんと頷いた。
「…………彰と出会ったからだよ」
ボソリと呟かれた言葉は外の笑い声にかき消されて聞き取れず、聞き返してしまう。
「だから、彰が帰ると次はいつ来てくれるのかなって寂しくなって時計ばっかり見てるの!今までそんな事無かったのに!」
そこまで一気に捲し立てたかと思うと、真昼は急にフリーズした様に固まってしまった。言ってしまってから自分の言葉に恥ずかしくなったらしく、半透明な顔は心なしか赤い。
「あのさ、」
「あっ、もう、こんな時間だぁー!急いでお昼食べないと午後の授業に遅れるよ!」
僕の言葉は、真昼の棒読みの台詞にかき消されてしまった。それにしても、今日の真昼は何だかおかしい。さっきはフリーズしたと思ったら、今度はネジを巻きすぎたおもちゃみたいに忙しなくキリキリと動き始め、猛スピードで図書室の奥の方へと飛んでいってしまった。
何だか頬が熱いのは、きっと春の強い日差しのせいだろう。そうに違いない。
ポツンと取り残された僕が腕時計を見ると、昼休みが終わるまで残り20分。また遅刻するのは流石にまずいと急いで弁当を食べている間、さっきの真昼の言葉が何度も頭の中でこだましていた。
そうか、真昼も少なからず僕と会うのが楽しいって思ってくれていたのか。僕だけじゃ無かったんだ。何度も時計を見に行く彼女の姿を思い浮かべて、心が温かくなる。
塾の帰りにでも、時計とカレンダーを買いに行こう。外を見に行かなくても良い様に。彼女が姿を消した奥の本棚に、また来るよと声を掛け、僕は図書室を後にした。




