幻の海
逃げ水のように
現れては消える海がある
その海に住む人びとがいる
その人たちの書いた物語が、
幻の海を通じて、私たちのところまで、
ときおり流されてくる
美しい詩や、
心躍る冒険の物語
胸が締めつけられる恋の話や、
優しさに胸が温かくなる言葉
そうした想いや、魂の欠片が宿った文字たちが、
それが込められた美しい容器と共に、
私たちの住む浜辺まで流されて、打ち上げられる
容器を開けて、
文字たちを解放して、
私たちはそれを読み、
夢中になる
流れついた容器が届くのを心待ちにして、
新しい容器が開かれるのを待ち望む
そして
いつのまにか、
待っている物語が、
流れつく容器に無いことに気づく
あの物語は、
どうしたのだろうか
人たちは幻の海を探し、
届く言葉を求めて、
幻の海をめざす
けれども……、
幻の海も、
そこに住む人々も、
見つけることはできなかった
今日もまた海へと、
美しい容器が打ち上げられる
開かれる容器から出てくる文字たちは、やはり素晴らしく、
私たちは、新しい容器が届くのを心待ちにする
私たちは待ち望む
追うと逃げる、逃げ水のように、
幻の海から来る言葉たちを