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憧憬

作者: 月丘ちひろ

 ある土曜日の朝。私はパソコンを前に頬杖をついていた。活き活きしたキャラが浮かんだので、そのキャラを主人公にした物語を書こうとした。だが思いついた場面を箇条書きで数行書いたら、それだけでアイディアは枯渇してしまった。そういうわけで薄手のダウンを羽織り、自宅から徒歩三十分のところにある大きな公園に向かった。


 公園には木々に囲まれた大きな池がある。この日は春の近づきを感じる長閑な気候をしており、大きな池に沿った道を進むと、様々な人がこの公園に訪れている。すれ違い際に見える彼らの表情はまるで太陽のように輝いて見えて、当時の私には直視することができなかった。私は逃げるように早足で池の奥に進んだ。


 池の奥には浮島があり、私が住んでいる地域ではあまり見かけない生き物が生息している。タヌキが茂みに隠れていたり、私の周りではあまり見かけない鳥が浮島でウトウトしていたりする。そんな穏やかな雰囲気のエリアには、絵筆を手にキャンパスと向き合う画家の姿がある。画家はキャンパスに筆を滑らせ、浮島を描いていた。


 水色と黄色が混じった瑞々しい緑色の中に、ふっくらとした白い翼の鳥が描かれている。立体感ある会画は道行く人の視線を釘付けにする。まるで描かれた浮島の方が、本物の景色だと言わんばかりの盛況ぶりは私の胸を痛めた。私の望んだ景色が私を差し置いて形になった様なのが気に入らなかったのだ。


 結局、私は顔を俯かせて池の帰路を進んでいく。そのとき、土や草木の香りに紛れてバイオリンの旋律が聞こえてきた。顔をあげると、石畳の舞台の傍で男性がバイオリンを奏でている。曲は最近流行しているアニメの主題歌だった。バイオンリンの旋律は時々音がずれるのだが、逆に愛着が沸いてくる。おこがましいが応援もしたくなる。


 そんな私と同じように道行く人々が彼の周りに集まり、バイオリンの音色を聞き入っている。そして彼らは男性の演奏が終わると、一斉に拍手をして男性を称えたのだった。この景色を見たとき、また私の胸にチクリと痛みが走った。私はきっと、たくさんの人に囲まれているこの男性に嫉妬しているのかもしれない。


 そのとき私はハッとした。私は足早に帰宅し、パソコンのキーボードを叩いた。この物語にプロットは不要だ。私はすでにこの物語を体験しているのである。

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